29話 絵本の騎士 “アンサー”
「ッハァ!」
敵が消滅し緊張から解き放たれたカーラはようやく大きく息を吸えた。
同時に全身の力が抜け、立っておくこともままならなくなる。
「今手当を!」
ジガンがよりキツくカーラの腕を縛り止血する。
広間に現れた敵の総滅。生き残った騎士団は最初の三割まで減り、市民達は半数は殺されてしまった。
それでも、生き残った者たちは互いに喜び会い、抱き合ったり、負傷した者達を手当する。
「……悲しむのは後だな」
転送陣は機能している。人数が減った事で即座に起動できるだろう。
ジガンは斬られたカーラの腕を布にくるんで近くに持ってきた。
「ジガン、点呼を取ってくれ。誰も置いていかない」
「分かっています」
驚異は去った。他の通路からも敵が来る気配はない。いつの間にか鐘の音は止んでおり、霧も消失していた。
「……ノエル。ありがとう……」
カーラはそっとノエルの遺体に感謝する。
ノエルはカーラの後輩だった。彼女が新兵だった頃から付き合いで妹のような存在であったのだ。
「おにーちゃん……大丈夫?」
壁に背を預けたまま、少しの間意識を失っていたサハリは、生き残った騎士団と市民達に治療されていた。
「……ああ。嬢ちゃんは怖くなかったか?」
「うん。助けてくれてありがとう」
それは『死体喰らい』に襲われていた少女だった。少女の母親もサハリに頭を下げて礼を言う。
サハリは自分の手を見る。深度を深めすぎた事でヒトから獣に近い姿から戻っていなかった。
「……けど、悪くねぇな」
それでも、目の前の人たちを救えた事に対する満足感に自分の事は特に気にならなかった。
「君は無事だね」
ジガンがサハリの様子を見に訪れる。
「ああ……ちょっと男前になっちまったがな」
「君のおかげで多くの命が救われたよ」
「……ギリギリだったけどな。ヤツはマジで強かった」
結果として一対多数の戦いだったが、こちらが全滅しかける程に敵の実力は圧倒的だった。
勝てたのは一人一人の思いが敵に引けを取らなかったからだろう。
「ノエルが逝った」
「ああ。見てたよ」
カーラが眼を閉じさせているノエルの遺体へ視線を向ける。
「オレらも……気合いを入れねぇとな。ノエルに負けてらんねぇ」
「そうだね。王都に戻れば忙しくなるよ」
「そう言えば、ロイのヤツを見なねぇな」
「僕も捜してる。広間に居ないからこれから通路を見てみるよ」
「ったく。こっちは大金星だってのによ……」
サハリはこの場に居ないロイの事を心配していた。
『死体喰らい』なんかにやられるヤツじゃない。それにこれだけ広間が騒がしければどこに居ても戻って来るハズだ。
「……お前まで死んでんじゃねぇぞ、ロイ」
ジガンがロイの居る通路へ向かった時、ふとソレに気がついた。
片膝をつき、敵の持っていた大剣を手に取る一人の黒い騎士。あまりにも存在感が無かったので今まで気がつかなかった。
「……安心してくれ友よ。君の意志は繋がった」
黒い騎士が立ち上がる。その時、場に居る全員がようやくその存在に気がついた。
「――敵」
「“アンサー”」
黒い騎士の目が赤く光り、腰に持つ剣を抜き放ち横に凪ぐ。
それは、一瞬の間を置いて景色が両断されたと見る者全てが錯覚した。
全ての命が両断される。
この場に居る者達は皆、満身創痍だった。
精神的にも肉体的にも、無傷の者は居らず誰もが今すぐにでも膝を折りたかった。
そこへ、現れた新たな敵。
どうやって入ってきた?
何故誰も気づかなかった?
「“アンサー”」
と言った考えを巡らせる前に放たれた一太刀。その場の全ての命が糸が切れた人形のように膝から崩れて死を与えられた。
黒い騎士の放った一太刀はそれだけに留まらず、発動を控えた転移陣を割れたガラスの様に破壊し霧散させる。
「あ……あぁ……」
カーラは目の前で殺された仲間や護るべき市民達を見てそんな声しか出せなかった。
「なんだ……ふざけんなよぉ……」
サハリも笑顔でお礼を言ってくれた少女とその母親が目の前で死んだ様を見ている事しか出来なかった。
「そうか……君たち二人は死に体か。それに距離が遠過ぎた故にズレが生じたみたいだね」
広場で唯一生き残っているのは瀕死のカーラとサハリ。黒い騎士はその二人を見て納得する様に呟く。
「何だ……」
「ん?」
「お前達は……何が目的だ……」
カーラはせめてサハリだけでも生かそうと黒い騎士の注目を自分に向けさせる。
「君たちが気にする事じゃない。それに『霧の都』は今終わった。ここからは個人的な事だよ」
黒い騎士はカーラに向かって歩み寄る。
「友――ハウゼンの仇を討たせてもらう」
敵意を向けられてカーラは黒い騎士の圧を感じ取った。
この騎士は総出で倒した大剣の剣士よりも遥かに――
すると、黒い騎士はカーラへの歩みを止め、別の方を見る。
それは本来、『ゴート』が来るべきだった通路。そこから弾けるように接近してきた若い騎士に黒い騎士は反応する。
「――ほう」
二、三回、剣を交えた二人は、若い騎士が技量で競り負け、大きく後ろへ弾かれた。
「……お前がやったのか?」
若い騎士――ロイは広場の惨劇を見て怒りに震えていた。
「信念のぶつかり合いがあっただけだ。僕はその後始末に来ただけ」
黒い騎士は剣を鞘に納める。それだけで、ロイは一気に冷静になる程に黒い騎士の技量を悟った。
「ロイ……! 抜かせるなぁ!」
「“アンサー”」
サハリの声が届く前に黒い騎士が先程の一太刀をロイに放つ。
避ける事も防ぐことも出来ない一閃にロイは胴体を凪がれた。
「――――どういう事だろう?」
しかし、ロイは斬られていない。それどころか傷一つ無かった。
その結果を最も不思議に感じているのは意外にも黒い騎士である。
すると、黒い騎士は剣を交えた際にロイの懐から落ちたアレンのピアスを見つける。
「……ああ、そう言う事か。君か『ゴート』を止めていたのは」
まるで全部見ていたかのように黒い騎士は納得すると剣を納めた。
黒い騎士から敵意が消え、それに釣られる様にロイも剣を下ろしてしまった。
その雰囲気があまりにも彼女に似ていたからである。
そして、冷静にその姿を見ると――
「お前は……ギレオなのか?」
憧れた存在にあまりにも類似していた故に、この場で出るべきではない言葉が口から漏れる。
「君からすれば“騎士ギレオ”は見た目なのかな?」
そう言うと黒い騎士の姿は半透明になり始めた。
「次に剣を交えるまでに答を期待するよ」
風が煙を拐うように、黒い騎士の姿は空間に溶けるように消えて行った。