22話 欠けた剣 騎士として
彼女は『霧の都』の生存者だった。
風が吹き荒れ、五人を中心に発生した竜巻は『死体喰らい』から彼らを護る。
「か、カーラさん!」
風を操り五人の目の前に降り立った『角有族』の女騎士の名前をノエルは叫んだ。
「話は後だ! 他に生存者は!?」
カーラは風音の中、五人以外の生存者の有無を問う。
「我々だけだ!」
ハンスの言葉を聞き、カーラは手に嵌めた腕輪を掲げる。
腕輪に嵌め込まれた無数の魔力結晶が光り出し、刻まれた魔方陣によってある魔法を発動する。
刹那、竜巻を貫く“錆びた大剣”がその光を狙って直進する。
「! くっ!」
ジガンは残された魔力を全て使い、磁界魔法にて飛来する“錆びた大剣”の勢いを殺ぐ。
それでも、カーラに届くのを僅かに遅らせる程度。しかし、それが全員の命運を分けた。
「跳躍」
六人の姿は一瞬の閃光と共に消え、“錆びた大剣”は射線の『死体喰らい』に当たって停止する。
「……行った……か」
“錆びた大剣”を引き戻すハウゼンは、餌を失くて、うろうろする『死体喰らい』ではなく、上空の“光球”を見上げた。
「ゴート……に伝えて……くれ……合図を待て……と」
ソレに応じる様に“光球”は一度明滅する。
一度光に包まれたと思ったら次には薄暗い空間に居た。
「何とかなったか」
安堵の息を吐くのは突如として現れた『角有族』の女騎士――カーラである。彼女は腕輪を外すと刻まれた魔法陣を確認ていた。
「ここはどこだ?」
ハンスの質問に答える前にノエルがカーラに抱きつく。
「カーラさん……無事で良かったですぅ!」
「全く、お前も無茶をしたな」
カーラは生存が絶望視されていた派遣隊の一人である。ノエルは同族であることもあり、彼女とは深い交流があった。
「ノエル。少し、カーラと話をさせろ」
「あ、す、すみません!」
ハンスは、やれやれ、とカーラに改めて質問する。
「色々と説明してくれるか?」
「構いません、ハンス副隊長。しかし、その前に皆の元に戻ります」
皆? と疑問視を浮かべる五人を導くようにカーラは近くのランタンを持ち明かりを着ける。廊下のような通路を通り、明かりの強い広間に出た。
「おいおい」
「はは」
「え、これって――」
「朗報って事だな」
それは、勇者領地の市民たちと、派遣隊の騎士達が巨大な広間で生きている光景だった。
勇者シラノは全ての魔法を使用する事が出来、そのどれもが標準を越える才を持っていた。
そんな彼は己の中で独自の魔法を創り出す事に成功する。それが、
「皆をここに移動させたのは『転移魔法』です」
カーラはハンスに説明しながら広間を共に歩いていた。
ロイ達は各々で生存者の様子を見るようにと命令を出し、小隊は解散状態にある。
「勇者シラノの創造した『転移魔法』は知っていたが、ここはどこだ?」
「ここは領地の地下です。勇者シラノは何かしらの襲撃があった際にここへ移動できる様に予め市民達には特殊な装飾品を渡していたようです」
「装飾品程度のモノで、ヒトを転移させることが出来るのか?」
ヒトの持つ魔力は生涯を通して固定されている。物体を転移させるだけでも強力だが、それだけの事を起こす為に、必要な魔力は計り知れないモノだと思っていた。
「私も詳しい理論は知りません。ですが、万能では無いようです」
カーラは五人を転移させた腕輪をハンスに見せる。
高品質の魔力結晶と複雑な魔方陣。それは一度の使用で粗悪品となっていた。
「距離や転移人数にもよるかもしれませんが、何度も同じことは出来ないと思います」
「腕輪はこれだけか?」
「この地下に置いてあるのは最低限のモノだけでした。あまりあてには出来ないかと」
「状況は何も変わっていない……か」
一時的に生き延びても『霧の都』の中に居るのは変わり無い。
何時、『霧の都』が終わるのかわからない以上、死の選択が“餓死”に切り替わっただけだ。
「いえ、我々は『霧の都』から脱出する術を確保しています」
こちらです、と広間の中央にある巨大な魔法陣の元へハンスを案内する。
丸と三角を主に組み合わせた魔法陣は、今まで見たことの無い形式だった。
「中央で何かしていると思ったが……これは転移陣か?」
「はい。この魔法陣の事を知っている者によると接続先は王都の中央広場だそうです」
見ると、魔法陣は中心から広間のに端々にある小さな魔法陣と繋がっているように描かれている。
「転移陣は接続先も完全で無ければ機能しないと聞くが、大丈夫なのか?」
「! まさか、王都で何か起こったのですか?」
『霧の都』に呑み込まれた者達は外部の情報を知り様がない。
ハンスはカーラに王都の現状を説明する。
「国王陛下とライド様が……それに、総司令まで」
「先に話しておくべきだった。王都は勇者と魔王の戦闘でかなりのダメージを負っている。中央広場も無事だったかは……曖昧だ」
もしも、転移先の魔法陣が損傷している場合、こちらが上手く起動しても転移は出来ない可能性がある。
「転移陣はもう間も無く解読し終えます」
「勇者シラノの創ったモノだ。彼で無ければどの様な不具合が出るか解らない以上、市民達を博打に巻き込むには行かない」
ハンスは勇者領の民も護るべき市民であり、それを不確かな博打には巻き込むことは騎士としてあるまじきであると語った。
「確かに『霧の都』が終わる保証はどこにも無いが、終わらない保証もない。食料の備蓄があるのならもう少しだけ待ってみるのも悪くないだろう」
「……しかし、ここにもいつ『太古の魔物』が現れるかわかりません」
「それでも、現状に安全性が確保できているのなら転移陣は使うべきではないと私は考える。起動だけは出来る状態にし、危機的状況に陥ったら発動する形で良いだろう」
全く予想の出来ない『霧の都』からは一秒でも早く脱出するべきだ。
カーラはそう考えていたが、ハンスの言葉にも納得できる節はいくつもある。
彼らは騎士。騎士は王と民を護る為の存在。脅威を目の当たりにした民は騎士を頼りにしている。
それを利用してはならない。
騎士の最優先は王と民を護ることだ。間違っても民を犠牲にする作戦をとってはならないのである。
しかし、今回は余りにも状況が特殊だ。
「ハンス副隊長。王都の状況を皆に話します。その上で転移陣を使うかどうかを検討しても?」
「構わない。だが、民を誘導し答えを誘発する様なマネはするな。それは我々のやることではない」
「……はい」