20話 宴 才能と言う名の病気
「驚いたヨ。あの状態からでも『相剋』が撃てるんだネ」
シーカーは原型を失ったリズレットの死体を観察する。
「『相剋』は……理をねじ曲げる……どちらが怪物かわからんな……」
「アイズがずっと観てタにも関わらずカ?」
「ハウゼンー」
ゴートと死体遊びをしていたゼノンは飽きた様にハウゼンへと駆け寄る。
「ゼノン……皆が心配している……」
「お姉さまも?」
「ああ……」
「じゃあ、起きるー」
「鐘は……三回目で合わせると……言っていた」
鐘。その言葉にゴートは嫌なことを思い出す。
「わかった。ごーくん、ありがとー。しーさんも」
「またネ、リトルレディ」
ゼノンは三体を残し、霧になって姿を消失させた。
「場の掃除は『死体喰い』ニ任せて後は自由行動としましょうカ? アイズも引き上げたようですシ、残りは勝手に死ヌでしょうカラ」
空に浮かぶ“光球”を見てシーカーは気楽に過ごすことを提案する。
ゴートもシーカーに賛成したように踵を返してトコトコと歩いていく。
「シーカー……ゴート……」
去ろうとする二体をハウゼンが引き留めた。
「少し……協力して……欲しい」
「見えたぞ。騎士団の旗だ」
偵察班として先立った四人は拠点近くに立てた旗を視認し近くまで戻って来て居ることを把握する。
「霧が濃くなっただけで、こんなに時間が取られるとはな」
ジガンは地図を作っていたにも関わらず、帰り道には全く役に立たなかった事を反省点としていた。
「ごめんなさい……私がちゃんと感知出来れば良かったんですが……」
「しょうがねーよ。霧には魔力が混ざってるらしいし『角有族』でも流石にキツイだろ?」
四人とも無事だったから気にすんな、とサハリはノエル事を特に責めはしなかった。
「ジガン、やっぱり仮説は当たってるぽいぞ」
「それは僕も感じてる」
ロイ達はこの『霧の都』の環境について極端な違和感を覚えていた。
「これだけ魔力に囲まれて居るのに、能力の向上が殆どない」
ヒトは魔法を行使する際に周囲の魔力を自らのモノとして変換し使用する。
『霧の都』はノエルが索敵出来ないほどに魔力密度に包まれた空間であるのだが、探査した自分達に対する恩恵はまるでなかった。
「そうなると『霧の都』は誰かの体内、もしくは広領域の魔法が発動し続けてるって事でしょうか?」
二人の会話をノエルも理解する。
他の使用できない魔力とは……所有者が“既に存在する魔力”であるのだ。
「僕は魔術師じゃないから詳しくはわからない。けど、今のままでは規模の大きな魔法は撃てないだろう。せいぜい、体内にある魔力で初級クラスのモノを放つくらいだ」
「後は身体強化だな。逆に下手に外に放出するよりそっちに回した方が生存力は上がると思うぜ」
現状の考察と情報は自分達しか持ち得ない貴重なモノ。これを早く部隊に伝えなければならない。
「テントだ」
四人は少し晴れてきた霧の中から安堵できる場所に帰ってきた。
「……」
同時に異質な雰囲気を否応なしに感じとる。
「気配が無い……」
「――チッ、ジガン血の臭いだ」
いち早く確信を持ったのはサハリだった。『獣族』特有の嗅覚で拠点で起きた惨状を推測する。
「ま、まさか……『ゴート』がこっちに?」
「だとしたら今すぐ放れた方が良いな」
少なくとも魔物に襲われたのは事実だ。ヒトの気配は全くない上に――
「リズレットは『相剋』を使わなかったのか?」
理を超越した力である『相剋』が使用された痕跡がない。それどころか――
「襲撃を受けたとしたら死体はどこだ?」
拠点には血の臭い以外に存在していない。
まるで霧に拐われた様にヒトの痕跡はまるで残っていなかった。
「ジガン、血の臭いが強くなってるぜ」
何かが近づいてくる。四人はその正体を見極める為に身構えた。
その姿がはっきり見え――
「偵察班、生きていたか」
それは怪我を負ったハンス副隊長だった。
『霧の都』に風が流れる。
意図して作られた風の流れは使用者を運ぶ為の魔法だった。
「間に合ってくれ」
王都騎士団の鎧とエンブレムがフードコートの隙間から見え隠れするその人物は救出部隊の作った拠点へと高速で向かっていた。
「よく、無事に戻った」
「ハンス副隊長こそ。よくぞご無事で」
四人はハンスに導かれて無事なテントに入ると、ようやく一息つくことが出来た。
水や簡易食料を食べながら消耗した体力を回復しつつ外を警戒してくれているハンスに問う。
「一体、何が起きたのですか?」
「魔物の襲撃を受けた」
その一言は四人の疑問を一気に解決させると同時に新たな疑問を生み出す。
「リズレットが生存者を保護したんだが、おそらくは彼女を追っていた魔物たちだったのだろう。生存者は殺され部隊は壊滅した」
「失礼ながら、副隊長はどの様にして窮地を脱したので?」
ジガンは剣を傍らに置きながらも、ハンスの事を疑っていた。
ここは『霧の都』。万が一にもハンスが偽者である可能性は捨てきれない。
「錆びた大剣を持つ魔物に吹き飛ばされて気を失っていたのだ。荷物に埋もれた事で奴も私を見落としたのだろう」
「リズレットは『相剋』を使わなかったのですか?」
「彼女は使おうとしたが、敵は霧の中を我々とは別の方法で視認しているようだった。【極北帰還】を使う前に殺されてしまったよ。視界が不明瞭な場だったからね」
リズレットの『相剋』の能力は親しい身内か、隊長と副隊長しか把握していない。
「相性が悪いとは思ってたが、ここまで一方的だったとは」
彼女を知るサハリはハンスの言っている事は辻褄が合っていると、ジガンに頷く。
「お前達の方はどうだ? 戻ったからには何か進展があったのか?」
「はい、実は――」
ジガンは偵察に出て『ゴート』『光球』『巨大な魔物』に関しての事を報告する。
「そうか。こちらとしてもある程度の情報は精査していたが予想を上回っているな」
「と言いますと?」
「『霧の都』に太古の魔物が存在している事は立証された。同時に今回の救出作戦は継続不可能となった」
考えられる最悪の状況が判明したのだ。この『霧の都』には『ゴート』に匹敵する程の他の魔物が徘徊している可能性はほぼ確実と言えるだろう。
「有名所だと『ローレライ』に『シーカー』や『ドラゴン』と言った所か」
その名称は現在確認できている太古の魔物達である。
どれもが遭遇すれば死を避けられない存在であり、単独で国さえも滅ぼすと言われている怪物達だ。
「『ローレライ』は【陵墓】から離れないのでは?」
「可能性の話だ。現に襲撃を受けたとき【地下の庭園】にしか居ない『ゴート』の姿を確認している。こちらの常識など軽く凌駕してくるぞ」
ハンスの言葉は偵察で『ゴート』に遭遇した四人には信憑性の高いモノだった。
「状況から見るにこれ以上の任務継続は困難と判断し我々は退却する。各々準備が出来次第――」
その時、ノエルだけが気がついた。
何故、今さら索敵が使えたのかを気にかける間もなく――
「囲まれています」
その言葉に全員、戦闘態勢に入る。
「ジン、もう一回だ」
「まだやるのか?」
ナタリアの監修の下、ロイとジンは模造刀を交えて互いの剣術を磨いていた。
数回打ち合い、互いに真剣なら致命傷となる箇所を狙う。
ジンに比べてロイの反応はあまりにも速かった。
そして、あっさりとジンの首筋で模造刀を止める。
「無理だ。オレの負け」
ジンは降参するように手を上げてナタリアに助けを求めた。
ロイの動きは日に日に洗練されており、もはやジンではまともに相手にならない程に実力が開いている。
「ふっ、次は誰だ?」
「それではジェシカ、やってみますか?」
「あたし、剣は振れませんけど」
「何でも使って良いですよ。持てる限りの知識と技術で相手をしてあげなさい」
「げ、それはダメだろ!」
ジェシカと彼女の使い魔に追われながらロイは、ずるいずるい! と必死に叫びながら走る。
その様子をレンは、がんばれー、とどっちに対しても応援しナタリアとジンは別の観点を話し合う。
「ナタリア、ロイは少し異常だ」
優先事項は違えどロイとジンが剣を鍛練する時間はそれ程開いていない。
にも関わらずたった数日で手も足も出ない程に開きが出るのは才能として考えるには明らかに異常だった。
剣を交えたジンとナタリアだけがロイの持つその異常性に気づいての事である。
「そうですね。ロイは一種の“病”であると言えるでしょう」
「そうなのか?」
思いもよらない言葉にジンは聞き返す。
「この世の中には常識では考えられないような才能を持つ者達がいます。魔法とは別の才能――優れた能力は常人には理解し難いものなのです」
「? それが病とどう関係がある?」
「病とはヒトの身に起こる“普通”ではない状態の事を差します」
多くのヒトに見られる一般的な病。それとは別に“普通”ではない状態を維持し続ける者も一種の病であるのだ。
「その病は他に感染せず、当人を死に貶める事もない。生まれもって常人とは階層の違う存在であると言えるのです」
常人には追いつくことも理解することも出来ない能力を持つ者達。
その枠の中にロイは存在しているのだと言う。
「理屈のつかない身体的な異常。分類上は病と言っても差し支えは無いでしょうね」
「正直、羨ましい」
ジンは武芸に対して凡才である身として物理的に大切なものを護ることが出来る力を持つロイを羨ましく思った。
「後、二十年もすればロイに敵う者は世界でも片手で数える程にしかならないでしょう」
ロイには確固たる信念がある。
目指すモノが明確に存在しソレに対して揺るぎなく歩んで行く。
「アイツは夢を叶えるよ」
ジンはロイに関しては何も心配していなかったが、ナタリアは少しだけ危ういと感じていた。
ヒトは信念が裏返れば容易く反対に歩み出す。それは信念が強ければ強いほどに歪んでしまうのだ。
『霧の都』においての戦闘は明らかに呑み込まれた側が不利である。
予測を上回る都市の様は視界を霧に覆われる事で生存さえも困難とさせた。
だが、今回の『霧の都』は今までと違っていることが一つだけ存在する。
故に呑み込まれた者達にも僅かながら“希望”が残されているのだ。
そして、ロイにとって今回の任務は彼の生涯に取って大きな分岐点となる。
ハウゼン、フランシス。私に何かあったらゼノンを頼むよ。
「わかっています……ゴールドマン様……」
己達にしか理解できない“信念”が魔都にてぶつかり合う。