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呼び水の魔王  作者: 古河新後
第2章 ロイ編 絵本の騎士
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19話 宴 擬態

 ゼノンはリズレットに攻撃し、ソレを察知したハンスが彼女を庇った。


「あーれ? うーん。やっぱりゴーちゃんじゃないと難しいや」

「ハンス副隊長!?」


 ハンスは上半身を回転したかの様にネジ切られ、下半身と二つに分かれている。臓物と鮮血がテントに撒き散らされた。


「リズレット……逃げろ」


 駆け寄るリズレットにハンスはこの場から逃げるように告げる。


「そう言えば、お腹空いてた」


 ゼノンはハンスの臓物の一つを拾い上げると口に運ぶ。


「おいしー」


 異常な様にも関わらず、好物を口にしたような年相当の笑みを浮かべるゼノンに恐怖を抱く。

 なんだ……これは――


「『火球(ファイアーボール)』!」


 命を賭したハンスの魔法がゼノンへ向かう。すると、ゼノンの霧になった右半身から、“手”が現れ『火球』を受け止めた。


「ゼノンは元気ですよ。お姉さまの所に戻る前にお片付けしなきゃ」


 ザワザワと死の恐怖が全身を這う。ゼノンと言う少女の形をした怪物はただ、無邪気に笑う。


「リズレット! 行け!」


 ハンスの最後の言葉にリズレットはようやく外へ向かって駆け出した。


「みんなー、ゼノンはここですよー。ごーくん! れっつごー! キャハハ!」


 ゼノンの霧状の右半身から『ゴート』が現れる。






「なんだ?」


 生存者を保護したテントが騒がしいと思っていた他の隊員達は、同時に濃くなりだした霧に視界を覆われていた。


「おーい、近くに誰かいないかー?」


 数メートル程しか視界を確保できない。隊員の一人は声を上げて他の隊員の様子を確認する。

 すると、ガリガリと何かを引きづる音が聞こえ、こちらに歩いてくる人影がある。


「なんだ?」


 警戒し剣の柄を握る。その時、“錆びた大剣”が振り下ろされ隊員を縦に割った。

 大剣は隊員を通過し地面にヒビを入れて突き刺さる。


「あ……」


 何が起こったのかを理解する間もなく、隊員は絶命。

 錆びた大剣は繋がれている鎖に引っ張られ、所持者の手元に戻った。


「見つけたぞ……」


 鉄仮面の罪人はヒトとは別の感知を使い、濃霧の中にいる隊員達を把握していた。

 惨殺が始まる。






「ふーん♪ ふふふん♪ あれ? こうだったかなぁ」


 鼻歌を思い出すように歌うゼノンは『ゴート』の背に乗り、自分の居たテントから出てくる。


「チッチッチッ」

「ごーくん、あっち」


 ゼノンはゴートに騎士団の居る方を指差す。

 すると、潰れたカエルの様な断末魔を上げた隊員は絞った果実の様に潰された。血煙が霧に溶ける。


「キャハハ、じょうずー」

「チッチッチッ」


 ゴートの近くに浮いている上半身だけのヒト。背に乗り楽しそうに騎士団を的確に狙うゼノン。

 現実離れした光景だった。

 それは、あまりにも一方的で濃霧では騎士団は互いの存在も把握仕切れない。


「クソッ! どこだ!? どこに居やがる!?」


 錆びた大剣が声を出す隊員を斬り飛ばす。


「助けてくれー!」


 逃げ出そうとした隊員はゴートによって足をネジ切られ、絶望と苦悶の両方を浴びせられる。


「キャハハ! いいぞー! このままぜんめつだー!」


 ゼノンはゴートの背に乗って共に移動しながら無邪気に笑っていた。

 一方的に殺されて行く隊員達。ゼノンの言う通り騎士団が全滅するまで大した時間はかからない。

 リズレットにも錆びた大剣が飛来する。


「くっ!」


 横に転がって大剣をかわす。地面に突き刺さった大剣は鎖に引っ張られ、姿の見えない持ち主の元へ戻って行く。


「もっと集まってくる……ここが使い所ね」


 リズレットは『相剋』を使うことを決意した。一度使えば再度使用するには数日を要するが迷っている場合ではない。


「もっとゼノン達とあそびましょー」


 この惨状の中心に居るのはゼノンだ。

 彼女を排除すれば全てが終わる確信はないが……事が始まったのはゼノンが起点だった。


 リズレットは無邪気な笑い声が聞こえる方へ走る。視界が悪いのは幸いだ。他を巻き込むことなく標的だけを狙える。


「居た――」


 ゴートに乗ったゼノンの影を霧の中で捉える。確実に当てる為に更に接近――


「チッチッチッ」


 リズレットは本能から死を予感し咄嗟に横へ飛び退く。しかし、ソレに巻き込まれた左腕は有無を言わずにネジ切られた。


「っああ!?」


 激痛に声を上げ、思わず踞る。少し離れた所に自分の左腕が転がっていた。


「みつけたー」


 ゴートに乗ったゼノンはリズレットに近づき、勝ち誇るように見下ろす。


「ゼノンのかちー」

「ええそうね……勝ちよ。私の」


 リズレットはゼノンの姿を明確に視認し、『相剋』を発動する。


 【極北帰還】






 故郷の極北の大地。

 無慈悲な吹雪に支配された大地では生き残る生物は限られている。

 常に極寒の環境下で生きる『氷結族』は、どんな生物よりもその環境に寄り添った種族だった。

 死が隣にある故郷。それでも『氷結族』にとっては還るべき場所である。


『相剋』【極北帰還】


 リズレットが己の限界を越えた先に得た力は故郷の環境を視界内に召還するものだった。

 その瞬間だけ彼女の視界は世界の法則をねじ曲げてあらゆる生物が凍りつく環境を発現する。


「待て! リズレット!」


 ふと、割り込んできた声にリズレットは『相剋』の発動を無意識に止めてしまった。

 何故ならソレは最も安否を知りたかった(ヒト)の声だったから――


「フリサート――」


 リズレットと同郷の幼馴染みである『氷結族』の青年――フリサートがゼノンの後ろから駆け寄って来る。


「ダメだ、リズレット! 『相剋』だけは使うな!」


 視界内に彼が居る。『氷結族』でさえ装備無しでは【極北帰還】に耐える事の出来ない。


「チッチッチッ」


 その間はリズレットにとって生死を分けた。

 『ゴート』によってハンスと同じ様にネジ切られると、放心したまま仰向けで地面に転がる。


「わぁ、おねーさん。『そーこく』持ってたのー?」


 ゼノンが何を言っているのかリズレットには聞こえなかった。

 【極北帰還】の発動を躊躇った。そうだ……フリサート。彼に言わなきゃ……逃げてって……


「リズレット」


 残り幾ばくかの命であるリズレット視界にフリサートが覗き込んでくる。


「フリサート……逃げて……」

「ああ、オレは逃げた。『霧の都』は到底敵うものじゃない。ルクさん達がシラノさんの『相剋』で喚ばれた後は逃げ続けたよ」


 違う。今、目の前に驚異があるのだ。だから今すぐこの場から――


「けど駄目だっタ。オレは――ワタシに喰われたヨ」


 その瞬間、フリサートの姿が目の前で切り替わるように別の存在へと変わった。

 左右に四つずつ並んだ眼に顔の中心にある縦についた口からは乱杭歯が除いている。体毛が一つもない土色の肌を持つ魔物がリズレットを覗いていた。


「ねぇ、『シーカー』って知ってル? ワタシの事。ワタシは喰らったモノを完全に擬態できるんダ。記憶もネ」


 リズレットは驚愕に眼を見開いていた。


「そ、れじゃ……フリサートは……」

「死んだヨ。残念なヒトを亡くしたネ。彼は君が好きだったようダ」


 シーカーは頭に人差し指を当てて思い出すようにリズレットに告げる。


「君が戻ったラ、愛を告げる予定だったようだヨ? ワタシが代わりに言おうカ?」

「う……あああ!」


 悲しみと怒りが入り交じる感情の爆発。リズレットはゼノン、シーカー、ゴートを視界に捉えて【極北帰還】を――


「あ」


 放つ前に振り下ろされた大剣によって縦に割られた。

 無論、何かを発動する間もなく即死。トドメを差したのは錆びた大剣だった。

 錆びた大剣は切れ味がほぼ皆無であるため、“斬った”後の死体はまともな原型を留めない。


「お前達……油断するな……」


 錆びた大剣の持ち主である罪人は片手に“部隊長”の首を持ちながら呆れて歩いてくる。


「ハウゼーン!」


 ゼノンはゴートから降りると罪人――ハウゼンに抱きついた。


「無事だな……ゼノン」

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