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呼び水の魔王  作者: 古河新後
第2章 ロイ編 絵本の騎士
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16話 霧と都 最悪の魔物

 月夜に照らされる海を進む帆船。

 漆黒の鎧を身に纏う騎士ギレオは、頼まれた荷物運びを終えると船員達の礼を受けてから甲板へ出た。

 星が見え始める時間帯。穏やかな波に揺れる船は比較的に安定している。


「良い船だね」


 ギレオは甲板に居る客の中で船長と話しているナタリアを見つけて近寄った。


「ギレオ。もう、困ってる人はいない?」

「目につく限りはね」

「ギレオの旦那。船員が何かと迷惑をかけて済まねぇな」


 船長は筋骨隆々の体格を持つ『鬼族』である。彼は船乗り界隈では名の知れた存在で、過去に海図を作る世界的なプロジェクトである『大陸横断計画』で船団の指揮を執った経験もあるベテランである。


「好きでやっているのです。気にしなくて結構ですよ」

「それ、僕の台詞だよね?」

「カッカッカ。俺は仕事に戻る。何かあったら船員に声をかけてくれ、ナタリアさん」


 そう言って船長は仕事に戻った。その場に残されたナタリアは微笑ましく彼の背を見送り、その様子にギレオは察する。


「彼も君が導いた者か」

「あの子は昔から勤勉でした」


 船長はかつては港町に捨てられた孤児だった。ナタリアと出会い、多くの事を学んで船乗りに成ることを志した過去を持つ。


「もう手を引いてあげる必要はないみたいです」


 ナタリアは寂しそうに笑う。彼女が手を差しのべた者たちは多い。そして、それだけの別れも経験してきた。


「力があるから手を差し伸べられる。そうやって君は少しずつ世界を良くしてきた」

「それは貴方も同じでしょう?」


 鎧で表情が見えないギレオにナタリアは微笑む。

 ギレオもナタリアのように世界を歩き、多くを救ってきたからわかるのだ。


「でも今回は難題だ。ゼノンはまだ眼を覚まさない」


 船に乗ってから横になったままの仲間の事を話題の中心に置く。


「どうやら勇者の『相剋』に引っ張られてしまった様なのです」

「勇者シラノ……。流石に『魔王』との戦いでは僕たちも無傷じゃ済まなかったか……」

「この世界は“修復期”に入っています。『魔王』の動きはその一旦です」

「この世界に有らざる者たちか……厳しい戦いになるかな」

「それでもやり遂げなければなりません。この世界を生きる者達の未来のために」


 『勇者』と『魔王』の戦いで彼女は決意したのだ。

 間違いは正さなくてはならない、と――


「それに『イフ』はヒトの答えを待っています」


 するとナタリアは船室の扉から出てくるセバスチャンに気がついた。

 あちらもナタリアを捜していたのか、目が合うとまた中へと戻る。


「ゼノンの元に行きます。ギレオはどうしますか?」

「後で僕も行くよ。ゼノンとは君が二人きりの方がいいからね。僕の剣が必要になったら呼んでくれれば良い」

「その時は存分に」


 ナタリアは身内の元へ急ぐ。ギレオは夜空に浮かぶ星を眺め、今一度心を整えた。


「今度こそ間に合って見せるさ。その為の“ギレオ”だ。ハウゼン、ゼノンを護ってくれ」






 夜霧に包まれた都は不思議と昼間と変わらない視界を有していた。

 目立たない様にフードコートを着た四つの人影が『霧の都』を壁沿いに進む。

 舗装された道は歩きやすいが、人気のない都では無駄に音が響いている様で落ち着かない。


「やっぱりダメか。魔力探知は捨てた方がいいな。サハリ、君の嗅覚はどうだ?」

「特に反応はねえ」

「ノエル、君の感知は一番秀でてる。何かわかるかい?」

「えっと……すみません。わかりません」


『獣族』のサハリ、『角有族』のノエル、『人族』のジガンとロイと言った調査班は敵との接触を特に警戒しながら進んでいた。


 夜の偵察。本来ならば闇はこちらの味方だが、今回に限り完全な悪手である。

 それでも偵察班が出発した理由は、夜間での『霧の都』は進行可能か、と言う事と生息する魔物の有無を確認する為でもある。


「昼間と視界の範囲が殆ど変わらねぇな。それと、空に浮いてるあのデカイ光はなんだ?」


 霧に包まれた状態においても、上空には薄く都を照らす球体が確認できる。夜にも関わらず不自然な明るさはアレのお陰と言っても良いだろう。


「仮説では『霧の都』には視覚に頼らない魔物ばかりが存在すると言われていた。けど、これは僕たちにとってもありがたい要素だ」


 光が必要な魔物も存在する。事前段階では不確かだった情報が良い形で埋められていくのはこちらにとっては追い風だ。


「それに建物間の道も広い。大通りなのかも知れないけど、馬車があれば一気に抜けられそうだ」


 地図を作りながらの進んでいる事もあり、後続に渡せる情報は有益になりそうである。


「……」


 ロイは殿を勤め、常に後方を警戒していた。順調そうに見えるが逆にソレが彼にとっての懸念でもある。

 都合の良すぎる事態は心に隙間を生む。そして、その隙間には“最悪”が流れ込んで来るのだ。


「ロイ、何か気がついたのかい?」

「いや……ただ確認してるだけだ」


 三人の意識は前に向きすぎている。五メートル程しか視界は確保できない上に、広い通りは咄嗟に身を隠す場所もない。

 何かしらの奇襲でもされてしまえば一瞬で全滅する。

 地図を作っているとは言え、霧によって来た道も前に進む度に消えているに等しい現状では、敵の情報が全く無いのは逆に不安になる。


「あう」


 するとノエルが転ぶ。常に周囲の異質な雰囲気に当てられ続けているためか、身体が硬直し足がもつれたのだ。


「す、すみません!」


 眼鏡を直しながらノエルは慌てて立ち上がる。しかし、彼女のおかげで他の三人も気だるい様を意識できた。

 思った以上に体力を消耗している――いや、なにかおかしい……


 大丈夫かい? とノエルに手を差し伸べるジガン。サハリは依然正面を警戒し、ロイはふと、上空を照らす“光”を見上げる。


「――――ジガン」

「もう少し進んだら休もう。通りから隠れられる場所を選んで――」

「ジガン」

「なんだい? ロイ」


 ジガンは見上げるロイに釣られて同じ様に“光”を見上げた。


 その時“光”が一度、明滅(・・)する。それは生物が(まばた)きした様と同じであったのだ。


「冗談だろ……」

「全員、路地に移動だ。なるべく自然な形で」


 四人は自分達を見下ろす“光”から自然な動きで道の角を曲がり、影になっている箇所から路地裏へ入る。


 ずっと見られていた……?


 霧によって“光”の正体が何なのかは視認できない。しかし、ソレが相手からもそうなのだとすれば――


「……」


 “光”から外れた四人は裏路地で身を潜める。少し間を置いて、巨大な“腕”が大通りに降りてきた。

 ソレはヒトの手のように指があり、腕は痩せ細った様に細長い。路地からは本体が見えない程に巨大であることだけはわかったが、確認の為に顔を出す事は出来なかった。

 四人は声を圧し殺す。鼓動だけがやたら大きく聞こえ、誰もが見つからない事を祈った。


「…………」


 永遠にも思える時間を感じ、大通りに降りた腕が持ち上がるように消えた。感じ取れた巨大な気配は何処へと去り、ジガンが手鏡で通りを確認する。


「……ありゃなんだ?」


 声を出せば死と同様であった状態からようやく声を出したのはサハリである。


「あんな魔物見たことねぇぞ」

「幻覚とも違う感じでした……明らかに巨大な質量が居ました……」


 ノエルの至近距離で捉えた感知ではあの巨大な手に比例した大きさの生物が居たことは間違いなかった。


「上空の“光”は……見た目は変化はないな。ロイはどう見る?」

「気づいた時の違和感は今はない……けど、状況は最悪だ」


 淡く『霧の都』を照らす光。アレの下は常に敵の監視下にあるのだとすれば、隠れ続ける事など出来ない。


「予想を超えています。こんなもの……相手に出来る訳ありませんよ……」


 ノエルの発言はこの場にいる誰もが思った事だ。

 まだ、生息する魔物の姿さえ確認できていないが、これ以上進む事は危険である事だけは確かだった。


「この情報を持ち帰ろう。あの“光”をリズレットに排除してもらわないと、先に進めない」


 こちらの切り札である『相剋』の使いどころを定めた所で四人は引き返す為に路地から出る。その時――“魔物”と遭遇した。


「チッチッチッ」


 四人ともソレを見た瞬間、思考を停止した。その魔物は――


「嘘だ……」

「冗談だろ……」

「うっ……」

「何でここにいるんだよ……」


 四足歩行。体毛を携え、頭部から生える巻き角を含めてヤギに酷似した姿をしている。

 しかし、その魔物には眼や鼻や耳が存在しない。上半身だけ残したヒトが魔物の近くに浮き、生きているらしく未だに声を発していた。


 その、明らかに異質な光景は世界で見ることの出来る場所が存在する。


 『地下の庭園』と呼ばれる古に呪われた場所。そこに生息する魔物『ゴート』は太古より生き、遭遇すれば決して死を逃れることの出来ない最悪の魔物であった。


「チッチッチッ……」


 『ゴート』は歩みを止めると四人に気づいたように顔を向ける。

 そして唯一ある顔の部位――口をヒトの様に歪ませて嗤った。

霧の都

挿絵(By みてみん)

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