15話 霧と都 偵察班
あなたが想像できる事はすべて現実なのだ。
~ベートーヴェン~
「『霧の都』か……ナタリアの話だけだと少し危機的意識に欠けるな」
ナタリアから配られた課題『霧の都から脱出するにはどうするか?』に対して四人は話し合っていた。
「太古の魔物って言われても確かにピンと来ないわね」
「その手の専門家ならある程度は予測できるんだろうが……オレたちには無理だな」
『霧の都』にて最も障害となる太古の魔物達を中心に攻略しようと思ったが、イメージそのものが難しい。
「その辺りの情報って『本棚』から取り出せないの?」
レンが大樹の根本にある『世界の本棚』を利用する事を提案する。
「『世界の本棚』は思ってる程便利なモノじゃないわ」
『世界の本棚』は扉を開けようとする者が最も望む情報を本として与える。しかし、それは開ける者が意識的と無意識の両方から求めていなければならないのだ。
「考えの散った状態じゃ情報は何も得られない。そっちをあてにしない方向で考えましょ」
改めて四人は考えを口に出す。
「生態系の問題もあるな。太古の魔物はナニをもってして生命力を維持しているか」
「そこは普通の魔物と同じじゃない? ご飯と魔力!」
「となれば、ご飯ってそこに巻き込まれたヒトってこと?」
「うえ……」
レンは嫌なことを言ったと後悔した。
「……そうか、食料の問題か。生物である限りエネルギーを自己完結出来ない。取り込んだヒトが唯一の食料である場合、ナタリアの言った通りに隠れてやり過ごす事は有効な手段かもしれない」
「感知能力がある可能性は?」
「こちらを把握する術があると言うことはそれに対して擬態をする事も可能だ」
「でも、どんな方法で見つけてくるわからないよ?」
「外見からある程度は想定できる。後、追われ方でもな」
情報が少なくても失敗を少なくする選択は出来そうだ。
「だったら一番良いのは皆で一緒に居ることだね!」
レンは今までの議論を全て振り出しに戻すように、皆でいることが一番であると拳を握った。
「お前は悩みが無さそうで羨ましいよ」
「聞き捨てならないね、兄さん。私は常に悩んでます。明日の献立とか!」
「はいはい」
「そんな料理番の私を蔑ろにする兄さんには嫌いなナスのサラダを作ってあげましょう。そろそろ収穫出来そうなので」
「きたねぇぞ! お前!」
べー、と舌を出してジェシカの影に逃げるレンと、くっ! と言葉を詰まらせるジンの様子にジェシカは、あははと笑う
「ロイ、お前は何かないのか?」
ジンはここまで一度も意見を出さないロイに視線を向ける。彼はずっと考えている様だった。
「そうだな。俺にはちょっと無理だ」
「何がだ?」
「俺は逃げるよりも助ける方しか考えつかねぇよ」
論点のズレたロイの言葉に三人は、少しだけ難しく考え過ぎていたと改める。
「上手く言えねーけどさ、俺は誰かが助けを求めてるなら場所なんて関係ないと思ってる」
「お前ならどうする? この中の誰かが『霧の都』で助けを求めたら」
ジンはロイの視点から『霧の都』を生き延びるにはどうすれば良いか尋ねた。
「俺に出来る事は一つしかない」
ロイは大樹の近くに設けた道具置き場にある模造刀と『騎士ギレオの物語』を一瞥し、シンプルな一言を皆に告げる。
「なにそれ」
レンは眉をひそめる。
「何て言うか、ちょっと雑じゃない?」
ジェシカは納得がいかない様だった。
「――はは。ロイ、オレはお前の考えに賛成だ」
二人とは違い、ジンはその考えを好意的に受け止めた。
「意外だな。俺はお前は否定すると思ったぜ」
「どんなに準備しても最後にはそこに行きつくからな。ロイ、オレはお前の考えが最適解だと思う」
それから四人はもう少し話し合ったが、結局はロイの意見を代表としてナタリアに告げた。
すると彼女はとても嬉しそうに、
「そうですね。それは二番目に有効な手段でしょう」
と言った。
馬車は使い物にならなくなり、騎士団の救助任務はいきなり石に躓いた。
『霧の都』
濃霧に覆われた中心部は建物が規則的に並び立ち、整備された道に街灯など文明の高さを伺える都である。
霧に含まれる魔力によって、『角有族』の感知も曖昧になり千里眼の類いも無効にされてしまう。
「これで最後だな」
ロイとサハリは馬車で運ぶハズだった荷物を下ろし終えた。
まだ距離のある位置に簡易的な拠点を作るために騎士団は総出で馬車から荷物を下ろしているのだ。
「ったくよ。随分と消極的だな」
その作業にサハリは納得していない様子で渋々従っている。
彼としてはさっさと中心部に入り、どの様な形でも良いから功績を重ねる事が最優先なのだ。
「隊長も乗り気じゃないみたいだしな」
今回の任務は必ず成果を挙げなければならないが、中心部を覆う濃霧を前に足を止めるのはあまり良い判断とは思えなかった。
未だに姿を見せない太古の魔物たちはこちらを見ているかのように常に視線を感じる。
「全員、作業しながら聞け!」
すると、副隊長が声を上げた。
「これより、偵察班を設ける! これから名前を呼ぶ者は前に出るように!」
「おいおい」
ロイは現状のおかしさに思わずそんな言葉が漏れてしまった。
ここまで来て待機班を設ける意味はあるのだろうか? 下手に戦力を分散させる意味は全くない――あ……
ロイはそこまで考えて気がついてしまった。
「――ジガン! ノエル! サハリ! ロイ! 以上四人は装備を受け取り次第、第一次偵察として『霧の都』に侵入せよ!」
「! ちょっと待ってください!」
調査班の選定に名前が呼ばれなかったリズレットは声を上げる。
「私も偵察班に加えてください!」
元より彼女はその為に来たのだ。目の前に家族が居ると言うのに待機は納得がいかない。
すると部隊長が声を出す。
「リズレット、君は重要な戦力だ。いざとなれば『霧の都』に攻撃をしてもらわなければならない」
「家族の安否がとれないのに攻撃なんて出来ません! 私の『相剋』がどの様なモノか知っているハズです!」
「ならばこそだ。君を前に出し、失ってしまえば『霧の都』を終わらせる術を失う。そうなれば被害は膨大なモノになるだろう。勇者シラノも無用な被害は望むまい」
勇者シラノ。彼は人々を脅かすものを決して見逃さなかった。部隊長の言う通り、この場に彼が居ればどの様に選択するか――
「……解りました」
おいおい、とロイは心の中で呆れてしまった。
リズレットを偵察班に加えて生存者の有無を確認した瞬間に『相剋』を放つ方が被害を抑えられる。
少なくともそうすれば偵察班の生存率はかなり高くなるハズだ。
「やべーな」
サハリもロイ同様に気がついた様だった。
この救援部隊を指揮する部隊長は目の前の現状に前に進むことを諦めたのである。
『霧の都』は得体の知れなさは、卓上の理論と違いすぎたのだろう。
そんな中でもリズレットの『相剋』だけが唯一の対抗手段ならば手元から離すハズはない。
「……悪いなジェシカ」
ロイは腹を括る。
ここで抗議に出ても意味は殆どない。後は持てる限りの能力を使い、生き延びるしかない。
もうじき、日が暮れる。