14話 都の騎士 魔都
剣の重さを再現した模造刀が打ち合っていた。
振り下ろしを流され、突きをかわされ、横が薙ぎを止められる。
そして、打ち込み続けたロイの方が先に根を上げた。
「ハァ……ハァ……ちょっと休憩いい?」
「昔に比べて永く剣を振れるようになりましたね」
片手に模造刀を持ち、汗ひとつ掻かないナタリアは打ち合う度に成長していくロイの剣を嬉しく感じていた。
「振れるだけじゃ駄目でしょ。くっそー」
未だにナタリアに一太刀も入れることが出来ないロイは仰向けで倒れる。
見上げるのは晴天の空。流れ込んでくる風を心地よく感じる程には余裕があった。
「ロイ、焦る必要は無いわ。前に教えたでしょう? 騎士が剣を持つ意味を」
「……解ってるよ。けど、どうしても……考えるんだ」
片眼を包帯で覆っているジンを見る。
当人はナタリアからもらった『刻針』を使ってジェシカと共にレンに眼鏡を試行錯誤していた。
「あの事件は俺が少しでも疑っていれば防げたんだ」
「そうね。皆に責任があるわ」
そう言ってナタリアはロイの隣に座って同じように空を見上げる。
「貴方たちを四人だけにしてしまった私にも責任があります」
「そんな……リア姉は悪くないって。俺たちが勝手にやったんだ」
「貴方たちには強く生きて欲しいと言う、私の気持ちが先行し過ぎたの」
ナタリアは起き上がったロイの頭をそっと撫でる。
「力を持つと言うことは、心に余裕を生んでしまう。技や身体を鍛え、世界に対して強くなればなる程、心は衰えてしまうの」
ヒトが強くなると言うことはとても難しいのよ、と焦るロイに優しく諭した。
「ロイ、貴方の目指す『騎士』という存在は人々にとって身近に存在する剣なのです」
民は街中を騎士が巡回しているだけで安心出来る。困った時に騎士が駆け寄れば誰もが頼るだろう。
「騎士とは人々の支えであり、国の土台の様なもの。騎士が居て、その上に人々の暮らしがあるのです」
ナタリアは眼鏡について話し合っている三人を見る。すると視線に気づいたジェシカが手を振り、彼女も手を振って返した。
「ロイ、貴方が彼らの土台になってあげて。そして、それを心の支えにしなさい」
休憩は終わり、と言わんばかりにナタリアは立ち上がる。
まだ疲労感は残っているがロイは身体に重みは感じなかった。
「……リア姉。ギレオもそんな騎士だったのかな?」
「ええ」
模造刀を持ち、立ち上がるロイにナタリアは嬉しそうに彼の気持ちを肯定した。
「ロイ、魔法の使用を許可します。少しだけ本気でやりましょう」
その時、ロイは初めて己の限界まで力を引き出した。
相変わらず彼女には一太刀も入れられなかったが、それでも少しだけ自分の思い描く『騎士』に近づけた気がした。
「よりにもよってか」
ロイとジェシカがラガルトより王都の状況を聞いている頃、フォルドより早く寝るように言われたジンは中々寝つけなかった。
「おやおや、夜更かしですか? フォルドさんに怒られろ」
隣の二段ベッドから彼を見るレンは相変わらずである。
「フォルドさん達の話を聞いて、お前はどう思った?」
「別にー。だって私たちに出来ることないじゃん」
夕食の時に二人はフォルドとリリーナから王都の状況について聞いていた。
国王と王族の消滅により機能が停止した王都。
勇者領地に出現した『霧の都』。
フォルドはヘクトルから、リリーナは王都の魔術学園からの緊急の手紙で知ったとのこと。
「私としては明日はリリーナさんと買い物に行くつもりだったからそっちの方が残念ー」
リリーナは明日の朝に王都に戻ることになった。当人も不満な判断ではあったらしいが緊急なので仕方ないとフォルドにも言われて渋々納得している。
「問題は『霧の都』だ」
王都よりも未だに残る『霧の都』の方がジンとしては懸念対象だった。
「王都は人手が不足してるだろう。被害は凄まじいモノらしいからな。そして勇者の考えが未だに根付いていると仮定した時、『霧の都』を放置すると思うか?」
「うわ。よくそこまで考えられるね」
「必要なことだ」
「それじゃ、また徴兵とかあるのかな」
不安そうなレンの言葉は十年前の魔災を連想させる。
「いや、多分ソレはない」
昼間にマリーから聞いた話からして、ヘクトルは王都に対して良い印象はない。
それどころか王都事態が国の中枢として機能していないなら――
「新しい王が決まるまでは、他領地からの支援は厳しいだろうな」
「何で?」
「外から攻撃されるからだ。特に勇者の居たこの国は他国から見ても価値は高い」
「ふーん。じゃあ、国境付近の領地は今頑張ってるわけだ」
「言っておくがヴァルター領もそうだぞ」
「げ、そうだった」
物価とか上がるかなぁ。と明日の食材の事に関してレンは心配する。
「……問題はロイだ」
「二人とも王都に行ったもんね。でもジェシカちゃんが居れば大丈夫じゃない?」
いくら治安が悪くても二人なら問題ないでしょ、とレンは楽観的だった。
「さっきも少し触れたが『霧の都』に対するアプローチに既存の騎士を使うと思うか?」
「そりゃ――」
そこまで指摘してレンはようやく兄が何を言いたいのかを理解した。思わず上半身を起こす。
「え、でも新兵だよ?」
「王都はまともに機能してないし、人手不足が後押ししてる。高い確率で騎士団に入ったロイは『霧の都』に送られる」
「そんな……でもジェシカちゃんが止めるでしょ」
「……いや、ロイは曲げない。まぁ大丈夫だろ」
慌てるレンとは対照的にジンは心配していなかった。
「でも……」
「今からじゃ何も出来ないだろ?」
先ほどの妹の発言を繰り返したジンは、これ以上は考えるだけ無駄、と寝返りをうつ。
オレ達はそれぞれの道を全力で歩くと決めたのだ。それに、
「予習はしてあるしな」
ジンは男同士にしか解らない事もあると、眼を閉じた。
一日かけて騎士団の馬車は勇者領地へ。
薄い霧の中を進む馬車。すると不自然に濃霧が増している空間が遠目に見えた。
「おお、アレが『霧の都』かよ」
「武者震いするぜ」
「……皆無事だといいけど」
ロイ、サハリ、リズレットは馬車の窓から顔を出して確認する。昼間にも関わらず濃い霧が展開される様は明らかに異常だ。
都の様子は良くわからないが、霧の中をナニか巨大な物体が蠢いているのは解った。
その時、不意に馬車が止まった。大きく揺れた拍子に落ちそうになる。
「危ねぇな。なんだよ」
サハリが不満を運転手に伝えると、馬が急に進もうとしなくなったらしい。
周りを見ると他の馬車も同じように立ち往生して、中には来た道を強引に引き返そうと暴れている馬もいた。
「ここからは歩きか……」
“実際にこれらに遭遇した者でなければ脅威を感じるのは難しいでしょう”
生物の本能が持つ恐怖を呼び覚ます。
実際に経験したものは決して戻ろうとしない魔都へ向けてロイは馬車を降りる。