12話 都の騎士 三災害と呼ばれる事象
実際に見ないと分からない。見ようとしなければ始まらない
~ガリレオ・ガリレイ~
「三災害?」
ある日の授業で四人はナタリアから共通認識として必要なことを学んでいた。
「この世界において、最も危険視されている災害の事です。不意に現れては多くの被害と後災を残して消える、とても危険な現象の事を差します」
「『魔獣パラサザク』は?」
「パラサザクは生物的な存在であり、現象ではありません。ヒトにとっては脅威ではありますが、討伐された事を見るに三災害としての要素は弱いでしょう」
ナタリアは大樹の大きな葉に三災害の名称を書いて四人に見せる。
「『イフの魔神』『迷宮』『霧の都』。これら三つを人智の及ばぬ災害――三災害と世間では認識されています」
言葉だけではあまりピンと来ない四人は、へー、と言いたげに頷くばかりである。
そんな彼らにナタリアも、ふふ、と笑う。予想通りのリアクションであったようだ。
「実際にこれらに遭遇した者でなければ脅威を感じるのは難しいでしょう。特に『イフの魔神』は伝承が残るのみで遭遇した者はいません」
「もし、コレに遭遇したらどうすればいい?」
ジンは手を上げて三災害に遭遇した際の最適な立ち回りを尋ねる。
「第一は逃げることです。馬でも馬車でも魔法でも何でも良いので最速で距離を取り、決して自分から近づかぬ事」
「不意に巻き込まれたら?」
次のレンの質問は最もあり得る状況を示唆していた。
「常に生きるために思考を向ける事。常識を捨て、状況に応じて最適解を取り続ける必要があります」
「難しいな」
知識の備えは大事だ。特にジンとしては運に頼るような対策を考えたくはない。
「後は脅威が去るまでその場で潜伏する事も選択の一つです」
「可能なんですか?」
ジェシカは不思議そうに質問する。
ナタリアの話から三災害とは有無を言わさずに死を連想しなければならないようなモノであったからだ。
「はい。特に『霧の都』はその手段で生き延びた例もあるそうです。しかし、お薦めはしません」
「何故?」
「言うまでもなく危険だからです。中でも『霧の都』に存在する太古の魔物たちは私たちの想像を越える生態をしています。『魔獣パラサザク』がその辺りを歩いている様なものです」
国を脅かす程の怪物が何体も闊歩する都。脱出するという考えも瞬く間に消え去るほどの現象は呑み込まれれば絶望しか存在していない。
「誰かを助けに行く場合は?」
ロイの言葉に三人は彼を見る。そんなに以外だったか? とロイは驚いて三人を見返した。
「今まで多くの存在が『霧の都』の攻略に力を注ぎました。ある者は空から、ある者は地中から、ある者は己の力に絶対なる信頼をおき、『霧の都』へと侵入したのです」
「どうなったの?」
過去に多くの戦士や探検家、知恵者が『霧の都』に挑んだ。しかし、結果は――
「誰もが『霧の都』には入るべきではないと結論付けたのです」
ナタリアは一度入った者ならば二度と入ることはしないと明言する。
「時に処刑にも使われる程の危険な現象なので、誰かを助けに入ろうとするのは止めておいた方が良いでしょう」
ロイを含め、他の三人はそれ以上その話題を追及することを止めた。
この中の誰かが『霧の都』に巻き込まれたらどうする?
と言う質問をした際にナタリアに答えて欲しくなかったからだ。
「それでは今回は宿題を配りましょう。『霧の都』から生きて脱出する為にはどうすれば良いのか。皆さんで話し合ってみてください」
「お二方も確認された通り、王都は国の心臓部としての役割を停止しています」
食事を終え、ロイとジェシカはラガルトから王都市民目線での現状を話して貰っている。
「騎士団は食料や物資の確保、死傷者の確認に追われ、内外の治安には対応しきれていません。ここ、中央区画はまだマシな方ですが」
「しかし、その程度ならばいくらでも融通が効くのでは?」
王都の復権は周辺領地としても真っ先に行う事案だ。領地への協力や補給を要請すれば断ることは出来ない。
「……それは国王殿下がお亡くなりになられたからです」
「……嘘」
「おいおい……」
面識は無く、遠い存在であるロイとジェシカでもラガルトの言葉の意味は理解できる。
王の死。それは戦場で総大将を失う事と動議だ。しかし、この国に限りそれだけではここまでひどい有り様にはならない。
「勇者は何を?」
そう、この国には異世界から来たと言われる勇者が居たハズだ。加えて王位の次代としてライド王子もいる。
「勇者の所在はわかりません。しかし、国王殿下を筆頭にライド王子を含め、国の中枢を取りまとめる貴族達は皆、亡き者にされていると言っても良いでしょう」
膝元がここまで混乱しているにも関わらず、それらを導く存在が一人も名乗り出ない。
王都の指揮能力を開示する意味でも生きてさえ居れば騎士団は公表するだろう。
「それで、他の領地は支援を渋ってるのね」
ジェシカは王都に着く前に何度かすれ違った伝令の兵士達を思い出す。
彼らによって各領主たちへ王都の状況は伝わったハズだ。しかし、国の指針としての機能を失った王都に支援をしたところで、誰が消費した物資を補填してくれるのか。
「詳しい事はわかりません。しかし、王都の現状を見るに他領地からの支援は現段階では無いと見て間違いはなさそうです」
「殆ど崩壊してるようなものか」
ロイは疲れたように息を吐く。
現在は国としては滅亡か存続かの瀬戸際にある。王都から各領地への連携が取れない以上、次の大きなうねりで滅びる可能性も十分にあった。
大変な時期に王都へ来たものだ。
「ここまでされて勇者の領地からは何も支援が無いんですか?」
勇者が居なくなったとしても彼が育てた者たちは残っているハズだ。国の危機に動かぬとは考えづらい。
「……これは混乱を避けるために関係者にしか伝えられていないので他言無用でお願いします」
ラガルトは念を押すように二人に釘を刺すとその理由を口にした。
「勇者様の領地に『霧の都』が出現し、領地内に居る者たちの生存は絶望的だそうなのです」