11話 王都陥落 子供の事情
ジェシカの使い魔で少年を追跡した事によって二人は自宅を突き止めていた。
「よう。さっきぶりだな」
ロイは扉を開けたラキアに挨拶する。しかし、ラキアにとっては完全に詰みの状態であった。
「知り合いかい?」
ラキアの反応から父親が顔を覗かせる。
「あ……えっと……」
言葉に詰まるラキア。ジェシカも親子であることを瞬時に察し、事情を説明しようと前に出る。
「貴方はこの子のお父上ですか?」
「はい。ラガルトと申します。この子が何か?」
「実は――」
「実はですね、ツレがポーチを落としてしまいましてお子さんが拾ったと人伝に聞いたものですから心当たりがないかと」
ロイの割り込みにジェシカは元より、ラキアも驚いた様子で彼を見る。
「ラキア、本当かい?」
「え……あ、うん」
ラキアは服の内側に隠していたジェシカのポーチを恐る恐る差し出す。
「ラキア。他人の物を拾ったらまずは騎士の人に渡すようにいつも言っているだろう?」
「もう暗くなりますからね。それに騎士団は王都の被害に追われている様子ですから落とし物程度の小事は相手にされないでしょう。こっちとしてはお子さんが持っていてくれて助かりました」
ラキアを庇うようにロイは発言しながらポーチをジェシカに手渡す。彼女は少しだけ納得いかない様子だが、ロイに成り行きを任せる。
「……そうですか。わざわざご足労をありがとうございます」
「気にしなくて結構ですよ。それでは」
「あ、待ってください」
扉を閉めようとした所をラガルトは呼び止めた。
「よろしければ夕食をどうでしょうか? 見たところ旅の方ですよね」
ラガルトは服の仕立屋として、彼らの服装からある程度の身元を推測し引き止める。
若い二人だが、身なりは小綺麗で立ち振舞いもしっかりしている。
「今、王都は最低限しか機能していません。外食はあまりお勧め出来ませんし、出来たとしても高くつきますよ」
怪我人や家を失ったヒトに対して騎士団の指揮下で食事の配給は厳選されていた。
飲食店は材料の提供を義務とされ、王都の機能を回復させることが第一とされている。
「実は王都には先ほど着いたばかりでして、その辺りの情報も教えて貰えると助かります」
「構いません」
ジェシカもロイの作った流れに乗ることに決め、ラガルトの申し出を受けることにした。
「ロイ・レイヴァンスです。こっちはツレのジェシカ」
「お言葉に甘えさせていただきます」
丁寧にお辞儀をするジェシカに、こちらこそ、とラガルトも畏まる。
「ラキア、お前は着替えて来なさい。着替えたら御二人に飲み物を持ってくるように」
「わかった……」
父の意図が掴めないラキアはロイとジェシカに一目向けてから部屋の奧へ向かった。
「申し訳ありませんでした」
ラガルトは二人を中に通し、客間に座って貰うと深々と頭を下げた。
どうやら、全てを察していたようだ。
「物は戻ってきましたし気にしていません。頭を上げてください」
ジェシカはポーチの中身は何も欠けていないことを確認し、未遂で良いとラガルトに告げる。
「いえ。あの子が罪を犯した事には代わりありません」
「ラガルトさん。私たちからすれば食事と情報を貰えるだけで割には合っています。ただ、人によっては殺されていた可能性はちゃんと教えてあげてください」
魔術師の持つ道具はどれも命の次に大切な物だ。中には優先順位が命と逆になるモノもある。
それを盗む、又は盗もうとしただけで当人だけでなく、身内の全てに報復されてもおかしくないのだ。
「まぁ、ラガルトさんとは良い関係で行きたいので、今後とも贔屓してくれるって事で手を打ちましょう」
最初にラキアの居場所を突き止めた時にここが服の仕立屋であることを二人は認識している。
店の体裁もあるだろうとロイは察し、納得できそうな条件を出すことで事を納めた。
「ありがとうございます」
すると開きっぱなしの扉から、オボンに紅茶を淹れたカップを乗せたラキアが現れる。
ズボンや帽子をかぶった外着からは解らなかったが、一目見れば少女とわかる可愛らしい顔立ちをしていた。
そして、彼女の側頭部には巻角が生えている。
「どうぞ」
ラキアはロイとジェシカの前に丁寧に紅茶を置く。馴れたような所作に普段から家の手伝いをしているのだと察せる。
「失礼ですがお子さんとは――」
「私は『人族』ですが妻は『角有族』でして、娘は妻の血が強く現れています」
「なる程な」
だから逃げきれると思ったのだろう。
『角有族』は探知能力の高い種族である。ロイとジェシカが完全に追ってきていない事を把握した上でラキアは自宅に帰ったのだ。
「ラキア、御二人に言うことはあるかい?」
「……ごめんなさい」
「謝るくらいなら何で私の物を盗んだの?」
ジェシカは少し厳しい眼でラキアを見る。ロイは、おおコワっ、と紅茶を啜った。
「……店が潰れるって」
娘の言葉からラガルトは申し訳なさそうに肩をすくめる。
「ラキア、店は潰れないよ」
「だって! 騎士団の人たちが仕事に必要な生地を全部もって行っちゃたじゃん!」
「怪我人に使う包帯が足りないんだ。仕方ない事だよ」
「でも! 父さんは仕事を止めてるみたいだし……」
「王都の状況を見ているんだ。必要なら出る必要があるからね」
今現在の王都で本来の仕事をするのは難しい。近くの領地に古馴染が居るのでどうしようも無いと判断したらそちらを頼るつもりであった。
「申し訳ありません。発端は早とちりだったようで……」
「だってよ」
すると、ジェシカは立ち上がるとラキアの前に立ち目線を合わせるようにしゃがむ。
「ラキア、だっけ?」
彼女の圧にラキアは、は、はい! と畏まった。
「貴女はこの店の生地を全部盗まれたらどんな気持ちになる?」
「……嫌な気持ちになる」
「貴女にポーチを盗られたとき、私もその気持ちになったわ。それに、もしかしたら殺されていたかも知れないわよ?」
真摯な言葉は取り返しのつかない事になってからでは遅いと告げる。
「私達が簡単にここを突き止めた様に、他のヒトも同じようなことが出来るわ。そして、犯人を捕まえたら暴力を振るう可能性も十分にあり得る」
まだ、ナタリアと出会う前の事を思い出しながらジェシカは語る。
当事者であるロイも彼女の言葉は決して冗談や比喩ではないと知っていた。
故にその言葉は未熟な心を持つラキアにも十分伝わるのだ。
「次は貴女の大切なヒトが償う事になるわ」
ラキアはラガルトを見る。父もジェシカの言葉は実際に起こり得る事であると真剣な眼差しだった。
「ごめんなさい……」
ラキアは服を強く掴みながら、ぽろぽろと泣き出した。軽率な気持ちで、決して許されないことをしてしまったのだと悔いた気持ちから出た涙だった。
「貴女の手はこれから多くの事を成し遂げる為に正しく使う必要がある。もう、二度と今日のようなことを繰り返さないで」
「わかった……」
「じゃあ、許してあげる」
そう言ってジェシカは笑みを作ってラキアの頭を撫でてあげた。
「――お二方はここに居てください。食事をお持ちします。ラキア、手伝ってくれるかい?」
「うん」
ラガルトは会釈すると娘と共に客間を後にした。
「優しいもんだな」
「アンタほどじゃないわよ」
ジェシカはロイの隣に座りなおすと紅茶を啜る。
「ラキアほどスマートじゃなかったけどな。俺達は」
「そうね。今思えば無茶したモノだわ」
10年前……村が魔災に呑み込まれ、逃げ延びた四人の子供たち。彼らは物を漁り、盗みながらその日その日を生き延びていた。
その後、助けてもらった大人に裏切られ、ただ沈んでいくだけの道を歩いていた所を彼女が助けてくれた。
「ロイは騎士団に入ったらどうするの?」
「当面の目標は“奴”を捜す。そんで見つけたら――」
それだけは絶対に譲る事は出来ない。ソレは……ロイの人生において一度だけ騎士の道を外れ、私利私欲のために行う報復だった。