王を目指す理由
あれから1週間の時が本当に何もなく過ぎた。
俺は一応は歩き回れるようになるほどに回復したがまた完治していない。しかし、素直に寝ているのは限界を迎えたので病院から逃げ出すことにした。
正確に言えば、俺が入院したのは病院ではなかった。王宮の王族専用の医療施設らしい。前の世界では入院したことなかったけど、前の世界と今の世界で違う点みたいなのはなかった。骨が折れても、ハリーポッターみたいにジュースを飲めば治るなんてこともなく、超能力で治すなんて展開もなかった。只管、地道に自分自身の治癒力によって治す。ただそれだけ。
今回の怪我の内容を俺はよく分からないが、トイレなんかに行く際に、動くとそこそこには痛い。
昔はバット持った暴走族40人くらいを相手に徹夜で戦った時にはかなりバットで殴られたが、ここまで酷くダメージを負うことはなかった。あの時は、1週間くらいでなんとか人を殴れる身体に戻った気がする。
あの意味の分からない会話をして以来、この国の王様であるレイバーが病室を訪ねることはなかった。逆に、一日の大半をエアリスはここで過ごすようになった。彼女的に王にならない宣言の影響でに王宮には居場所はないが、だからと言って俺ら2人を置いて行けなくなったから消去法で病室にいるらしい。
それならもう1つ奇妙なことがある。俺よりも確実に重傷だった槍女が既に復活しているということだ。俺はゆっくり動かないと歩く度に激痛が走るような日々を送っていた。しかし、彼女は三日目くらいに目を覚ますとその後は普通に生活している。勿論、王宮の大半の人物が彼女が元帝国軍であることを知っているので自由行動は許されていない。事実上の軟禁をこの病室でされているが、当人は何もしなくても一日三食の美味しいご飯が出ると喜んでいる。
王族が皆殺しにあった直後に唯一襲撃犯として捕まったのがマリッサだ。俺が思っていた以上に彼女へ怨みを持つ人間は多い。しかし、そんな人間達も彼女には手出しができない。何故なら、ポンコツなエアリスが俺とマリッサとの契約の仲介をするはずが、3人の命を繋ぐ契約をしてしまった。もし、マリッサを殺せば、唯一の王家の生き残りであるエアリスを殺すことになる。ついでに、俺も死ぬけど。逆に、マリッサが自害すれば、王家は滅ぶことになる。このような事情から誰も手出し出来ないし、上級のもてなしをしなければならなくなっている。
王家を滅ぼす為に自害するとか絶対に彼女はしないとは思うけどな。そこまでの意思はない。
目覚めた後、二人きりだったので話をする世間話をするような関係になった。しかし、彼女が俺をどう思っているのかは議論の余地があると思う。俺からしたら、喧嘩したんだから友達だろと思っているのどけどさ。
「どうしたんだ、少年?」
「少年じゃない、霧生だ。なんで俺に付いてきている訳?」
「私は単独行動を禁じられているからね。君がいなくなる以上、共に行動するしかないのさ」
「別に1人で病室にいる分には平気だろ?」
「正直に言えば、暇なのよね。何処かの誰かさんが怪我の修復に無駄に時間をかけるから退屈しているの」
「いや、確かにそうだけど……怪我が治るのが速すぎだろ?」
「え? もしかして、スキル持ちの癖に気功の存在を知らないの?」
「スキルってお前の空飛ぶ見たいな?」
「貴方が、可愛らしい女の子になったやつよ」
俺の黒歴史をストレートに抉らないで欲しい。
あの日以来、俺の能力に関して色々な人が尋ねたが知らぬ存ぜぬで通して来たんだ。
男の中の男を自称する俺が。氵を使って書く漢である俺が、まさかの可愛い女になる認めたくない。ブスはもっと嫌だけどさ。でも、他の男に可愛いとか思われると思うと鳥肌が立つ。
「そんな顔しなくても、良いじゃない。それで話を戻すとけど、スキルは手足を動かすように簡単には使えないの。気功と呼ばれる生命オーラを消費して、スキルを使うの。気功はこの世界で暮らす全ての人間が持っているわ」
気功って、マッサージとかツボ推しみたいな胡散臭いやつだろ……本当かよ。なんて思ったが、空飛ぶ姿を見ているので信じた。
「気功を使いこなすと、怪我の回復を早めたり、身体能力を、向上させたりできるわ」
「便利そうだな。後で使い方を教えてくれよ」
「……残念ながら、そう簡単に使いこなせるようなものでもないわ。気功が使えるのは帝国軍でも准将以上。使いこなしていると言えるのは大将クラスの人間よ」
「じゃあ、帝国軍では准将だったマリッサ先生はまだ人に教えられるほどマスターしていないと言うことか?」
「嫌なところを突いてくるわね。信じるか信じないかはあなた次第だけど、私の本来のクラスは大将よ。ただ、主従契約をしたくなかったから上層部から信を得られずに准将止まりだったのよ。現状は仕方なく契約した感じだったのだけど、かなり嬉しい誤算があったわ。エアリス様には感謝、感謝ね」
間違いなく俺とだけの契約ならばここまでの扱いはされていなかっただろう。
「それで何処に向かっているの?」
「屋上の展望デッキ。俺、高いところが好きなんだよ。それに話をしたい奴がこの時間は屋上にいるらしいからね」
「結局、エアリス様を説得するつもりなの?」
「この一週間、暇だったから、馬鹿なりにエアリスのことばっかり考えていた。俺も別にこの国がなくなろうとなんの問題もない」
「私もそうね。もう帝国には戻れないから、何処かで仕事を見つけないといけないくらいよ。残念ながら、王国にいても私が仕事には就けなさそうだけどね」
話しながら迷路のような王宮を歩き回る。地図もないし、広い上にエレベーターが見つかっても一気に屋上へ行けるものがない。
この間の、襲撃で王族だけでなく使用人の大半も殺されてしまったらしく、話を聞こうにも誰も歩いていない。一緒にいるマリッサも王宮内は詳しくないらしく、怪我した身体に鞭を打つだけの無駄な時間となっている。
歩き回っていると、目当ての人物がいた。エアリスは2人に気づいたのか、向こうがこっちに向かって歩いてきた。
「こんな所で、二人揃って何しているの?」
「ちょっとお前がよく話している屋上に行きたくてね。案内してくれないな? 二人揃って迷子になっちゃって困っていたんだよ」
「ここはわざと迷路見たく作られているからね。迷子になるのも仕方がないわ」
ここまで迷うのは十字路がとにかく多い。それに加えて、廊下に特徴が一切ない。がざりもなく、中央に3個ほど明かりが存在するだけだ。無限空間に囚われたかのように錯覚させてくる。
しかし、エアリスは一切迷うの気配もなく淡々と歩き、いくつかのエレベーターを経由して屋上の展望デッキに到着することが出来た。
本日は晴天だった。お陰で、遥か遠くの大地まで見渡すことが出来た。王都周辺はとても発展した様子だが王都を離れると自然が多くなっている。
360度見渡せる展望デッキから、雲に届くのではないかと思うくらい巨大な壁が見えた。
「あれが出会った日にエアリスが言っていた壁か?」
「本当に君は何もこの世界について知らないんだね」
後ろにいたマリッサが不思議そうに言う。
俺が普通に会話出来ているからどうも理解してもらえてないが、まだこの世界に来たばかりなのだ。
「今はどうでも良いけどさ。いい景色だね」
「そうね。私にとって唯一ここが息苦しくない。その調子だとそろそろここから居なくなれそうね」
「……俺は空気が読めないし、気も使えないからストレートに言うよ。お前、王様になれよ?」
「はぁ? 馬鹿なの?」
彼女の堪忍袋の緒が切れたような音がした。勿論、幻聴だけど。それくらい怒っているのを感じた。
「最初に言っておくと別にこれは誰かに頼まれたから言っているわけではないよ。たださ、ここで、逃げたら駄目だろ?」
「……何が言いたい訳?」
「今まで散々ここにいる奴らに言いようにされて来たんだろ? 国王はなんかやばいし、お前を施設送りにした。お前だってまだ母親を見殺しにされた件に納得が言っていないんだろ?」
「それはそうだけど……」
「だからさ、とりあえずこの国の王様になって今までやられた借りを全部100倍にして返してやろうぜ。国王になるんだ。やりたい放題だ。別に国王でいることに飽きたら、国を滅ぼせば良いだけの話だろ? ここで逃げ出すのはダサいぜ」
2人は大笑いした。何がそんなに面白かったのか分からない。
「とりあえず、国王になるとか面白すぎでしょ?」
と、エアリスが言う。
「やっぱり君は狂っているよ。だけど、その方が面白い」
腹を抱えてマリッサが笑う。
「確かに、ここで散々良いようにされて、逃げ出すのはダサいわね。国王になって仕返ししてやるわ」
「私も協力してあげる。エアリス様が王様になれば、凄く良い給料が貰えそう奮発してよね」
「勿論、俺も暇だから付き合うぜ。俺がお前の剣になってやる」
「二人とも理由が最低ね。私も復讐の為に王になるから人のこと言えないけどさ」
3人とも顔を合わせて、笑った。
「私、エアリス=ブリタニアはこの昇りかけの太陽に王になることを誓うわ」