ようこそ、転生ライフ
俺は確かにあの瞬間に死んだ。
人生最後の記憶は、日本刀を持った男に殺された瞬間だった。
300人を超える仲間を俺は率いていた。それにも関わらず、たった一人の男によってメンバーは惨殺された。2020年、ドローンを使った空飛ぶ宅配便サービスが試験運用されたり、自動運転が実用化されている現代に、『竜殺し』と呼ばれた男。その渾名の由来は存在するかもしれない最強の存在である竜ですら殺せる力を持つ。そんなおとぎ話に敗北した。頭の良かった親友は最後に俺たちに投降を進めた。あいつ、ワタルの言うことを聞いていれば、違う結果になったのだろうか?
死んでしまった今となれば、後悔などいくらしても意味がない。もう、俺は死んだのだから。そう思っていた。俺は昔から自分でも自覚はしているが馬鹿だ。考えることは全部、ワタルに任せてただ力を求めた人生だった。だから、死後の世界ついて一切、考えたことはなかった。
しかし、死後の世界というのが、俺のいた都会の喧騒に近い世界だとは思わなかった。
この鼻を衝く、生ごみの臭いに吐しゃ物の臭い。隣には意識を失ったおっさんが寝っ転がっている。息はしてようだから、死んでないようだ。まるで、新宿の裏通りそのものだ。そして、近くからは逃げる女の声がする。おまけに、それを追う声だろうか。男たちの声もする。騒がしい足音はこちらに近づいてくる。
試しに手を開いて、閉じてみる。身体はしっかりと動く。生前という言い方が正しいのだろうか? 『竜殺し』の日本刀に切断された右腕も、腹にも切り傷もない。手も足もある。だが、昔、施設の連中に熱湯をかけられてできた火傷の跡歯しっかりとある。服は高校の制服である黒い学ランだ。学ランに赤いTシャツ。これは生前に着ていた服で、俺のスタイルだ。学ランに剣による切り傷はない。俺は昔から身長が高くて、通常サイズが入らなかった。だが、特注を頼む金もなく、ワタルが生地を足して俺でも着れるようにしてくれた。それを死後も着ていた。おそらく、死ぬ前に受けた傷や損傷した物だけが元に戻っているようだ。
何の因果だろうか。ちょうど俺が寝ていたゴミ捨て場に前世の俺の相棒である鉄パイプが落ちていた。鉄パイプとして、純粋に汚い。錆びている上に油で汚れていた。どこかの厨房の一部だったのだろうか。だが、これで戦えるだろう。
人助けは趣味ではない。頭は悪く、物覚えも悪い俺であったが身体だけは周りよりも幾分か丈夫だった。何も持っていなかった俺が生きるには、戦うしかないと思った。戦いに身を投じるにつれ、どうしようもなく戦いにのめり込んでいった。戦闘狂と呼ばれることだってある。俺の前世は闘いの日々だった。自由を得るための闘い。それが俺の人生の意味だった。こうして、死んだ後だ。別に、あの頃のしがらみはないけど、だからと言っても戦いはやめられない。
鉄パイプを持って、俺は足音の方へと走り出した。偏見ではあるが、街中は香港のようなネオン街である。ビルのテナントに店がビッシリと出店している。それぞれが店の存在を主張する看板が所狭しと、並んでいる。きらびやかな街であるが、外出している人が1人としていない。電気はついているから屋内に入るとは思うが、外を歩いている人はいない。アナウンスで自宅に避難するようにと街中にうるさいくらいにアナウンスが流れている影響だろうか。何が起こっているのか分からない。ただ、街中を走っていると、言語体系が異なるのか看板の文字は分からない。しかし、鉄筋コンクリートのビルやコンビニみたいな建物。その見たことのある街並みは少なからず俺を安心させた。
全力で走り続け、ようやく声の主を見つけた。
黄金の剣を持った黒髪の少女とを包囲する兵士たちがいた。白いプロテクターに身を包み、目にはゴーグルのようなものを付けている。手にはそれぞれ銃や、剣を持っている。人数は30人くらいだろうか。これは下手したら、死ぬだろう。こっちの武器は鉄パイプが一本だけだ。
だが、それが面白い。
「お前ら、寄って集って一人の少女追っかけ回すなんてダサいな。それでもお前ら、男かよ」
「なんだ貴様。殺されたいのか」
「俺の名は『竜殺し』の霧生だ。覚えて死ねば、少しはあの世で自慢話にはなるだろうぜ」
包囲の後ろに現れ、戦国武将のように声高らかに名乗った。別に俺は竜殺しと呼ばれてなんかない。それは見栄を張っただけだ。次はあの男には負けない。だから、俺はそう名乗った。
鉄パイプを強く握り、銃を持っていた兵士をバットを振るような要領で数メートル吹っ飛ばした。あまりにも一瞬の出来事すぎて、兵士たちは傍観していることしかできなかった。そのまま近くにいたやつを思いっきり鉄パイプでぶん殴る。さすがに奴らも襲われていることに気が付いたのか、銃で撃ってくる。狙いは甘いが、たまたま当たった銃弾を鉄パイプで弾くと儚くもあっさりと折れて、長さ的に戦える武器ではなくなってしまった。
「思っていたよりも錆びていたか。そりゃ、ゴミ捨て場に捨ててあったようなものだからな。博打がすぎたな」
撃って来る銃弾からローリングして、回避した。そして、襲われていた少女の元へと駆け付けた。160センチくらいの黒髪の少女だ。顔つきからして、俺よりも歳下だろう。
「ごめん。助けてくれ」
「え……状況が分かっていないの? 突然、よくわからない連中に襲われて困っているの私にどうしろと? 貴方こそ、王宮から助けに来てくれたん衛兵じゃないの?」
「残念ながら、俺はヤンキーだ。衛兵見たく立派じゃない。だが、俺は強い。まともな武器があれば、戦えるんだけどさ。素手では、この人数の剣や銃には勝てない」
「なら、これを使って。大切な剣で他人に貸してはいけないって言われていたのだけど、こんな所で死ぬよりはマシだから。それにこんな剣あったところで私には使いこなせないわ」
そう言って手渡されたのは重そうな剣だ。日本刀と言うよりも、西洋の剣に近い。アニメとかで見たことあるやつだ。鋭く尖った刃を持った十字架の形をした黄金の剣。
「この程度の連中ならば、こんなでっかい玩具みたいな剣は使ったことないが、行ける気がする」
「作戦会議は終わったか?」
悠長にも合流した途端に、攻撃をやめていた兵士がそう聞いてきた。さっさと包囲した瞬間に中で撃てば確実に殺せはしなくとも俺も含め、反撃する力はなかっただろうに。別に敵の装備からしてもわざわざ追っていた女を生かして捉えることを望まれていそうにはない。だが対象が美少女と見て、この馬鹿どもは欲をかいたな。昔もそういった連中がいた気がする。瞬殺したから、忘れたけどさ。今回も同じ。
「優しいな。俺たちの作戦会議を待っててくれるなんてさ」
「いや、この状況に対して、何をするのか気になってな。どうやら、時間の無駄…………」
俺は相手の話を遮って、持っていた鉄パイプを指揮官らしき男に向かって投げる。指揮官の武装は銃。愚かにも、鉄パイプを手に持っていた銃で弾いた。身体で受けてもそこまで痛くはないだろうにさ。こういう所に訓練された兵士とそうでない兵士の差が出る。
投げたと同時に飛び出した俺は、そのまませっかくの銃がパイプを払うのに適当な方角を向いている隙に、首に向かって剣で切り込む。首の骨は硬いので、動脈さえ斬れればいいやと思ったが、剣はあっさりと首を骨ごと切断した。
「こいつ案外使えるな。行けるぞ」
指揮官の首が飛び、慌てふためいている姿が見える。死んだ指揮官の死体の首元を掴み、隣の男に向かって投げると同時に、蹴りで足りない距離を稼ぐ。銃を持った兵士は元指揮官を無下にできず、中途半端な態度をとっているところを剣で指揮官ごと剣で貫抜いた。そして、持っていたアサルトライフルを奪い取り、兵士に向かって片手で適当に乱射する。反動もあるし、銃なんて拳銃くらいしか撃ったことがないから当たらない。銃弾がよくて掠る程度だ。その間に、剣を引き抜く、即座に投げた。剣を兵士に腹部に直撃し貫いたまま吹っ飛ぶ。
剣の切れ味が想像以上で、気持ちが良かった。誰かの家で、一度だけやった『無双』系のゲームを思い出した。昔、あんなふうに戦いたいと思ったんだっけ? 夢が叶ってしまったな。鉄パイプだと投擲だけで殺すなんてできないもんな。
まるで、人の形をした豆腐を切っているような感覚だ。とんでもない切れ味だ。剣が優秀なのだろう。おまけに、相手の戦闘力はかなり低い。その上、まったくと言っていいほど数の有利を生かしていない。逆に、有利な条件である数が本来の兵士たちのポテンシャルを殺しているまである。
剣を持った兵士が数人で取り囲んでくるが、同時には攻撃してきても二人なので避けるのはたやすい。隣同士では剣の軌道がかぶるので皆が、互いのタイミングを見計らって攻撃する。そして、誰かが攻撃したのを見てちょうど反対にいる兵士が剣をさしに来る。部隊間での連携が取れていないので、日足だけ前にくる場合や二人目の初動が大体遅い。故に、剣を大ぶりした馬鹿か、遅れたやつを素早く斬る。一撃が致命傷にならずとも構わない。万全の身体で現状ならば、傷さえ与えれば問題はない。そして、避けると同時に確実に1人は斬れる。
ここまで分かれば、あとは単純な作業だ。焦らずに、一人。また、一人と確実に殺していく。
兵士が残りの人数を片手で数えられる頃には戦意を完全に喪失し、バラバラに逃走を図った。急いで、剣を投げて一人を殺すと、落ちていた兵士の銃を奪い逃げる背を撃つも当たらずに逃げられた。結果、2人に逃げられてしまった。
戦闘の最中は気が付かなかったが、吐き気がするくらい酷い血の臭いだ。まぁ、辺りには20人を超える死体が転がっているから無理もない。俺が殺したんだけどさ。雑魚でも、相手の武器が当たれば俺は死んでいた。考えてみれば、前世では経験したことのない真剣勝負だった。
「大丈夫? 青い顔しているけど?」
「良く考えたら、生まれて初めてこんなに人を殺したから少しばかり疲れただけだよ。あ、剣をとっさに投げたから取ってくるよ」
足が少しだけだかふらつく。
「咄嗟にどころか、大切な剣つて言ったのにちょくちょく投げていたけどね。でも、助かったから良いわ。私が取ってくるから、少し休んでいて……移動しましょう。お礼に肩を貸すくらいはするわ。ここだと周りが血臭くて休まらないわね」
「賛成だ。ただ、肩は借りない。これでも俺は男だからな。女に肩を借りるなんてみっともない真似は死んでもできない」
見栄を張ったが、かなりしんどかった。