食事中はしゃべるな。
「 おいしい」
彼は呟いた。
まだこういう席にはなれていない。
するとすぐに父親に注意された。
「静かにしなさい。」と。
いつもの父親ではない声で。
彼はうつむく。
そして、謝った。
「ごめんなさい。」
「ちゃんと、目を合わせなさい。」
父親は注意した。
苛立ったのではない。
これは息子自身のためなのだ。
「ごめんなさい。」
彼は視線を合わせられない。
下を向いてしまう。
彼はまだ慣れていないのだ。
「まだ、店に行くのは無理だな。」
父親はやさしい目で息子を見つめた。
店では厳格なルールがあるのだ。
高級店?
いやファミリーレストラン、行きつけの、で。
2021年春。
お店での私語は厳禁になった。
店は喋っている客を退席させることもできるのだ。
だから、みなスマホで文字を入力し、音声変換した。
「がんばる。」
と息子はスマホに入力した。
伏線の解説。
・最初の「 おいしい」だけ話し言葉。
あとは「静かにしなさい。」と文末に「。」で文字入力。
・「静かにしなさい。」と。
いつもの父親ではない声で。
スマホの音声なので、怒っているのではない。