新米冒険者の帰還
草原の都市の冒険者ギルドではメリッサがとある冒険者パーティーの依頼達成報告を受けていた。
「・・・で、南の山中で一緒に依頼を受けたアベルさん、クレアさんの2人とはぐれたということですか?」
無表情で事務的に確認するメリッサにパーティーリーダーの剣士ザニーは軽薄な笑みで頷いた。
「そうなんだよ、彼奴等は冒険には不慣れだから俺達の側を離れるなって言っていたんだかな。魔物に遭遇したら腰抜かして逃げ出しちまったんだよ。なあ?」
ザニーは背後にいる魔術師カーラと神官ケイティーを振り返った。
「ええ、あれほど言い聞かせたのにね。私達も魔物を相手に戦っていたから止める暇もなかったわ」
「2人はパニックを起こしていたようで、山の奥の方に逃げ込んでしまいました。戦いの後に探したのですが、見つかりませんでした」
申し合わせたように話す3人の説明をメリッサは真に受けてはいない。
そもそも、依頼受諾の手続きから抜けがある。
依頼受諾の手続きをしたのは新米の受付職員だが、初めての依頼受諾であるアベルとクレアの新米冒険者に対してリスクの説明をしていない。
必ずしなければならないものでもないが、冒険者の生還率を高めるには必要な一手間だ。
特に新米冒険者に対しては、その説明が有ると無しではまるで違う。
しかも、ザニー達3人組は普段から報告が曖昧だったり、共同で依頼を受けた他の冒険者が戻らなかったりと、あまり良い評判はないのだから余計にリスクの説明をするべきだったのだ。
しかし、その報告に疑いがあろうとも、証拠があるわけでもなく、仮に新米冒険者を見捨ててきたとしても、直接殺傷したり、虚偽の計画を申し向けて意図的に見殺しにしたりでなければ規則には違反しない自己責任の範疇だ。
今回の報告ではザニーの作戦計画が無謀にも見え、問題はあるものの、あくまでも作戦の誤りとしての扱いで、彼等に責任を問うわけにはいかない。
ザニー達は共同依頼を受けた2人の冒険者が行方不明のまま依頼にあった魔物の素材を集めて帰還したのだ。
報酬も本来は5人で等分なのだが、2人が未帰還なのでザニー達の総取りになる。
「分かりました。それでは依頼完了とみなして・・・」
「ただいま戻りました!」
メリッサが依頼完了の手続きに入ろうとペンを手に取った瞬間、ザニー達の背後から割り込むように掛けられた声に手を止めた。
ザニーが舌打ちをしながら背後を振り返る。
「チッ!俺達が手続きしてるんだ、割り込むんじゃねえよ、虫やろ・・・っ?」
ニールに突っかかろうと振り向いたザニーはニールの背後にいる2人の姿を見て息を呑んだ。
「南の山中で仲間に置き去りにされた冒険者2人を救出しました」
ニールの背後ではザニーに飛び掛かろうとしているアベルをクレアが止めている。
メリッサがペンを置いた。
「どういうことでしょうか?何故アベルさん達とニールさんが一緒にいるのですか?詳細を報告してください」
促されたニールはザニー達を押しのけてカウンターの前に立った。
「南の山の中腹でオークに襲われていた彼等2人を救出しました。聞けば他の冒険者に誘われてついて来てみたら、夜通しの見張りを押し付けられたり、魔物の囮にされた挙げ句、食料も持たされずに置き去りにされたとのことでした」
ニールの報告を聞いたザニーが吠えた。
「嘘っぱちこいてるんじゃねえよ!其奴等は逃げ出したんだよ。ゴブリン如きにブルッてな」
ザニーの言葉にカーラとケイティーも頷いている。
「とんだ言いがかりだわ」
「本当に、いくら新人だからといっても資質が疑われますよ」
ニールが首を傾げる。
「ゴブリンから逃げ出したんですか?あの山ではゴブリンは麓にしかいません。私が彼等と出会ったのは山の中腹です。しかも、絶対に勝てないであろうオーク3体を相手にして逃げずに立ち向かっていましたが、その彼等がゴブリンから逃げ出したと?」
「そんなことが信じられるかよ。おおかたオークに追い回されて山の中で迷ったんだろうよ。だいたい、俺達が其奴等を見殺しにしたって言うのならば証拠はあるのかよ?」
したり顔で言い放つザニーと頷いているカーラとケイティー。
「物的な証拠はありませんが、第三者の私の証言では足りませんか?私がアベルさん達の利益になるようなことを証言しても何の得もありません。むしろ、あの山で足手まといの新米を拾って厄介な目にあって大損ですよ」
「そんなことが証拠になるかよ!お前みたいな胡散臭い奴の話しなんか信じられねえよ!」
ニールは肩を竦めた。
「証拠というならば、貴方達は彼等を見殺しにしていないという証拠を示せますか?」
「・・・・・」
ザニー達は言葉に詰まる。
ギルド内に居た他の冒険者はニールとザニー達のやり取りを遠巻きに見ていた。
彼等にしてみれば悪い噂が後を絶たないザニー達と皆から避けられている胡散臭い蟲使いニールの揉め事だ。
どちらにも関わり合いたくないのである。
そのニールとザニーのやり取りを黙って見ていたメリッサが口を開いた。
「双方のお話しはよく分かりました。アベルさんとクレアさんは何か言うことはありますか?」
メリッサに促されたアベルとクレアが頷いた。
「ニールさんの言ったとおりです」
「私達はニールさんに助けてもらいました」
アベル達の言葉にザニーが舌打ちする。
「ケッ、虫野郎に手懐けられただけだろうよ」
ザニーの悪態を聞いてもメリッサは表情を変えない。
ギルド職員として冷静に、公平に判断する。
「分かりました。今回の件、もしもニールさん達の言うことが正しいのならば重大な規則違反です。でも、ザニーさんの言うとおり、明確な証拠はありません。よってギルドとしてはザニーさん達の行為は責任を問うようなものでは無いと判断します。今回は双方の意思の相違があり、アベルさん達がはぐれたということで処理します。異論はありますか?」
メリッサの説明にザニーが嫌らしい笑みを浮かべた。
「まあ、そういうこったな。お互い誤解があったが、無事だったから良しとしようぜ」
自分の主張が認められたと思い、余裕を取り戻したザニー。
だが、ニールも飄々とした笑みを浮かべている。
「ただ単にはぐれただけですか。主張が受け入れられなくて残念です。そうですか、はぐれただけね・・・。ならば仕方ない、成功報酬は等分ですね」
ニールの言葉にザニー達の表情が固まる。
「あっ?何を言っているんだ?」
「えっ?逃げ出したんでなく現場ではぐれたけど、無事に帰還したら報酬を受け取る権利がありますよね?」
メリッサを見れば澄まし顔で頷いている。
「そんなのおかしいわ!その子達は何の役にも立たなかったのよ」
「そうです。却って足手まといでした」
カーラとケイティーも不満を爆発させる。
「何の役にもって、囮にしたり、見張りを押し付けたりと十分に役に立ったんじゃないですか?それに、足手まといも何も、それを承知で共同依頼を受けた筈ですよね?新人冒険者の面倒を見るため、冒険者としての基礎を教えてやるために」
ニールに言いくるめられ、旗色が悪くなり黙り込むザニー達。
その間にメリッサは報酬を5等分に分けた。
「今回はギルドの判断で5人による依頼達成とします」
メリッサの宣言でザニー達は異論を唱える余地は無くなった。
しかし、意地の悪いニールの意趣返しはこれからである。
「そうだ、私が受けた依頼も完了しました」
と話しながら10株のヨシノサの草を提出する。
メリッサはその状態を確認した。
「はい、大変良い状態です。ご苦労様でした」
依頼達成の報酬を用意するメリッサ。
その間にニールはクレアとアベルをメリッサの前に押し出した。
「あの、私達もザニーさん達とはぐれた後にヨシノサを採取したんですけど、引き取ってもらえますか?」
クレアが貴重なヨシノサの草を取り出したのを見てザニー達の顔色が変わる。
周りで傍観していた他の冒険者達もざわついている。
追い討ちをかけるようにアベルがバジリスクの尾羽根をカウンターに置いた。
「ザニーさん達とはぐれた後に、ニールさんと一緒にバジリスクを討伐しました。この尾羽根も引き取ってください」
ギルド中が驚愕の声に包まれた。
「新米がバジリスクを?」
「マジかよ!」
ザニー達も固まっている。
「私との共同討伐ですよ。ザニーさん達とはぐれた足手まといを2人も連れて山頂まで行くのは大変でしたよ」
白々しく語るニール。
ザニー達はその場にいることに耐えられずに顔を真っ赤にしてギルドから出ていった。
メリッサはクレアが差し出したヨシノサの草とアベルが差し出したバジリスクの尾羽根の状態を確認し、買い取りの手続きを済ませてその代金をカウンターに置いた。
「ヨシノサを2株とバジリスクの尾羽根、合計で1万3千レトです。この金額でよろしければ承諾書にサインしてください」
アベルとクレアは仰天した。
「1まんって!」
「そんなに・・・」
ザニー達と5等分した報酬より、ニールが受け取った依頼の報酬よりも高額だ。
「ニールさん!流石に俺達だけでは・・・」
アベルが振り返ると、ニールは自分の報酬だけを受け取ってギルドから出ていこうとしている。
「ちょっと待ってください、ニールさん!」
クレアが呼び止めるとニールは立ち止まって振り向いた。
「その金は貴方達のものです。これ以上貴方達に関わるのも面倒なんです。もう厄介事は勘弁してください」
笑いながら言い残すとそのまま出ていってしまう。
困った2人がメリッサを見るが、メリッサは既に別の仕事に取りかかっている。
アベル達はカウンターに置かれた金を受け取るしかなかった。
こうしてアベルとクレアは苦い経験と貴重な出会いと共に冒険者としてのスタートを切ったのである。