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メリッサの迷走

 ニールは闘技大会1回戦に勝利した。

 端から見るとニールの方が優勢のままにリーンを打ち倒したようにも見えるが、決してそうではない。

 ニールも当初は相手の出方を見る程度の余裕はあったが、実際に打ち合ってみればその実力は拮抗していた。


 そんな2人の勝敗を決めたのはサポートのセルマによる抜群のタイミングの援護だった。

 特にそう決めていたわけではなく、セルマの判断によるものだったが、それがニールや蟲達と抜群の連携を見せた結果、勝利の天秤がニールに傾いたというわけだ。


 控え室に戻ったニール達を待ち受けていたのはメリッサだった。


「お疲れ様でした。初戦突破おめでとうございます」


 さすがのメリッサもやや高揚した雰囲気だ。


「少しは余裕があるかと思いましたが、甘かったですね・・・」


 椅子に座り込んで深く息を吐くニール。

 身体的なダメージは皆無だが、かなり疲れている様子だ。

 普段は飄々としているニール故にセルマもメリッサも気付いていなかったが、相当な重圧を受けていたらしい。

 

 目の前で疲れた身体をほぐすニールを見るメリッサ。

 闘技場でのニールのサポートはセルマやケイティーに任せるしかないのだが、自分もニールのために何かをしたいという感情が湧き立ってくる。


(出場を依頼したギルド職員として・・・ニールさんの力になりたい)


 自分でも正体の分からない感情に心の中でギルド職員としての責任であると蓋をする。


(ギルド職員としてなら!)


 メリッサは決断する。


「ニールさん、明日は試合がありません。ご都合がよろしければ私にお付き合いいただけませんか?」

「「えっ?」」


 予想外の一言にニールとセルマが声を上げた。

 ニールには完全に予想外の申し出だったが、セルマはちょっと事情が違う。


(しまった!油断して先を越された・・・)


 似たようことを考えていたセルマは先手を打たれたことになる。


(仕方ない、ここはメリッサさんに譲りましょう)


 セルマにしてみれば、日頃の仕事でもニールとパーティーを組み、大会ではメインのサポートとしてニールと戦っている自分の方にアドバンテージがある。

 ここは日頃からお世話になっているメリッサに譲った方が長い目で見てプラスになるだろうと判断して無言を貫くことにした。


「・・・午前中はケイティーさんと打ち合わせと連携のすり合わせをする予定です。夜は早めに休みたいので、午後から夕方までならば空いてますよ」


 ニールの返答にメリッサは僅かに頬を赤らめながら俯きつつ頷いた。


 翌日の午前中、ニールはケイティーとの連携を確認した。

 明日の2回戦は風の都市の冒険者との戦いだ。

 若い銅等級の剣士だが、問題は別にある。

 登録されているサポート要員は死霊術師のアリエッタ・ルファードだ。

 当然ながら死霊術で攻めてくる筈だが、その戦いに向けて神官のケイティーと戦略を練り、意思の疎通を図り、宿の中庭を借りて互いの連携についても確認した。

 世界中で広く知られ、人々の信仰の中心であるシーグル、トルシア、イフエールの3神ではなく、小規模教団である星読会の神官であるケイティーもアンデッドに対して有効な能力を有しており、明日の2回戦でもその能力を遺憾なく発揮してくれるだろう。


 ケイティーとの調整を済ませたニールは約束どおりメリッサと2人で王都へと繰り出したのだが、初っぱなから問題に直面した。

 半ば勢いでニールを誘い出したメリッサだが、何をしたらいいのか分からないのである。

 地方出身のメリッサは王都のギルド本部採用の職員で、草原の都市に配属される前に王都で数ヶ月間の研修を受けたが、元来の生真面目さから、研修に没頭して王都の流行りの店や場所なんかに興味は無かった。

 先日の勇者とのいざこざがあった店も予め友人のリタやギルド本部で情報収集して、綿密に計画を立てた上での激励だった。

 しかし、今回はその場の勢いで誘ってしまったこともあり、事前情報が何も無く、メリッサ自身も何をすればいいのか分からないのだ。


 連れ立って王都の大通りを歩くが、何の目的もない。

 隣を歩くニールは物珍しげに周囲を見ており、王都見物を満喫しているようにも見えるが、これではニールの力にはなれていないどころか、気の利いた会話の1つもなく、変な空気になっている。


 そもそも王都の大通りともなれば建ち並ぶのは役所関係が多く、店であっても格式の高いものばかりで、私服であっても一分の隙もないメリッサと違い、普段どおりの黒装束のニールでは場違い感も甚だしい。

 歴史ある建物も多く、見物するにはよいが、生真面目なメリッサと朴念仁のニールでは話題が広がることもない。


 自分から誘っておきながらほぼノープランだったメリッサはその真面目な性格が災いしてその思考は徐々に混乱し始めていた。

 明日の試合に向けてニールを重圧から少しでも解放したい、ニールのために何かをしなければ、との思考がグルグルと回り、その挙げ句に出た言葉が


「ニールさん、何かさせてください。貴方のために何をしたらいいでしょうか?」


だった。


「???」


 訳の分からないニールも返答に困る。


「あのっ、なんでもしますから、おっしゃって下さい」


 メリッサは混乱している。

 混乱して思い詰めた表情のメリッサのこの発言は人通りの多い大通りで道行く人々にあらぬ誤解を招いてしまう。


 ニールは窮地に陥った。

 しかし、逆境になると冷静になる性分のニールは即座に打開策を見いだすことができた。

 メリッサが何をしたらいいのか分からないならば、その道筋を示せばいいのだ。


「メリッサさん、お腹が空きました。喉も渇いたし、どこかでお茶にしましょう。ただ、大通りだと格式が高いので、ちょっと横道を覗いてみましょう」


 ニールの機転により横道に入った2人は静かで程良い喫茶店を見つけることができた。


「すみませんでした。私の方から誘っておきながら、ニールさんに気を使わせてしまいました」


 お茶のカップに目を落とし、申し訳なさそうなメリッサにニールは肩を竦めて笑う。


「そんなことありません。むしろ、普段と違うメリッサさんを見ることができて新鮮でしたよ」


 ニールの言葉にメリッサの頬が赤くなる。


「私、昔から堅苦しくて、融通が利かない性格なんです。何でも準備万端、計画どおりでないと落ち着かないんです。でも、今日は勢いでニールさんを誘ってしまって、却ってご迷惑を・・・」

「ご迷惑だなんてとんでもない。いい気分転換になりましたよ」

「・・・」

「メリッサさんには打ち明けますが、こう見えて私も相当なプレッシャーを感じているんです。ただ、そのプレッシャーを程良い緊張感に変えて挑んでいるんですがね」


 メリッサは顔を上げてニールを見た。


「やっぱりニールさんです。実は、ギルド長から大会出場者を人選するように言われて、私はニールさんしか思い浮かびませんでした。直感のようなものですが、普段のニールさんの仕事ぶりから考えてもやっぱりニールさんしか考えられませんでした。ただ、それでニールさんに余計な負担を掛けてしまって・・・」


 ニールは首を振る。


「負担だなんて思っていませんよ。正直言えば面倒だし、気も乗りませんでしたが、いつもお世話になっているメリッサさんのためならば何ほどでもありません。しかも、今となってはあの勇者とやらに一矢報いてやらなければなりませんからね」

「・・・フフフッ」


 メリッサは自然な笑みを浮かべる。


「構いませんね?大会に優勝して勇者に喧嘩を売ってしまっても。後で余計なことをしたなんて言わないでくださいよ?」


 ニールの宣言にメリッサは頷いた。


「はい。ガツンとやっちゃってください」


 メリッサは代表にニールを選んだこと、そして、ニールを連れ出して良かったと思うことができた。

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