バジリスクを倒せ
アベルとクレアを下がらせたニールは棍を構えてバジリスクを待ち受けることにした。
偵察に出した蜂からの報告でバジリスクはニールの正面、木々の間を抜けて向かってきている。
「さて、上手くいくかどうか・・・」
呟きながらニールは木々の奥を睨む。
新しく放った蟲達も配置に着いているし、まだ日も暮れていない、視界がある間に勝負を決めたいところだ。
・・・ケッ・ケッ・・ケッケッ
鶏のようなバジリスクの息づかいが聞こえ、木々の奥からその姿が見えてくる。
ニールはわざとその姿を晒してバジリスクを呼び込むが、罠を張った地点に上手く誘い込めそうだ。
バジリスクがニールを捕捉した。
ケェッ!
シューッ!
鶏の頭部だけでなく毒蛇の尾までもが棍を構えて立つニールを威嚇する。
「来いっ!」
ブンッ!
鋭いニールの声に加えて棍を振った風切り音に反射的に反応したバジリスクがニールに向かって突進する。
ニールは棍を構えて動かない。
その様子を隠れて見ているアベルとクレアだが、バジリスクの感覚器ならば彼等も既に捕捉されているだろう。
ニールという目の前の獲物を仕留めてから木の陰で怯えている獲物を捕らえればいいだけなのだ。
そのバジリスクがニールに飛びかかった瞬間
ピンッ!
細い弦を弾くような音が響き渡り、バジリスクの動きが止まった。
その身体に無数の傷ができて血が滴り落ちる。
ゲェッッ!
バジリスクが暴れるが、暴れれば暴れる程にその傷が増え、身体の自由を奪っていく。
「よし、バジリスクの力より糸の硬度の方が上だったようだ」
ニールが張った罠とは、ニールが放った5匹の蜘蛛の糸だ。
大毒狩蜂と同じく親指大の硬糸蜘蛛が木々の間に糸を張り巡らせてバジリスクを絡め取ったのである。
硬糸蜘蛛の糸は細く、とにかく硬い。
親指大の個体の出した糸でも人間の2、3人は軽々と吊し上げることが可能な程で、武器や防具の素材としても高値で取引されるものだ。
その糸に絡め取られて倒れ込んだバジリスクは拘束から逃れようと暴れまくる。
自由に動けないとはいえ、不用意に近付くのは危険だ。
パチン
ニールが指を鳴らすと現れたのは巨大な蝶だ。
鬼揚羽は手の平大の蝶で遥か東方の島国原産の毒蝶である。
致死性の毒はないが、その身体から降り出す毒の粉を浴びると身体が麻痺してしまうのだ。
鬼揚羽は糸に絡まれてもがくバジリスクの頭上を飛び回ると麻痺の粉を振り撒いた。
暴れていたバジリスクの動きが徐々に弱くなる。
ニールは毒蛇の尾の動きが止まった隙を狙って腰の鉈を抜いて蛇の尾を叩き切った。
鶏の身体も更に動きが鈍くなる。
「もう大丈夫ですよ。バジリスクは動けません。せっかくだから君達の手で仕留めたらどうですか?ギルドで討伐報酬が貰えますよ」
ニールは隠れているアベル達を呼んだ。
戦斧とレイピアを手にオドオドと近付いてくる2人。
「でも、ニールさんが倒したんじゃないですか」
「とどめだけを刺して私達の実績にするのは・・・」
躊躇して遠慮する2人だが、ニールはそんな2人に冒険者の基礎を教えてやる。
「パーティーならばよくあることです。経験や実績を与えたい者に他の仲間が戦果を譲るなんてことは常識ですよ。まあ、単独討伐でなく共同討伐の扱いになりますが、どちらにせよ新米冒険者としては異例の大戦果です。ついでに君達を利用したザニー達の鼻をあかしてやることができますよ」
よくあること、ザニー達への意趣返しが出来ると聞いて2人は顔を見合わせて頷いた。
「でも、さっきの蝶の毒は舞い上がったりしませんか?」
アベルは心配そうだ。
「大丈夫です。鬼揚羽の毒は粘膜に入り込まないと直ぐに空気で中和されてしまいますから、近付いてとどめを刺しても害はありません」
鬼揚羽もニールの肩に止まって羽を休めており、それを見たアベル達は決心した。
蜘蛛の糸に絡まれて身体の自由を失い、鬼揚羽の毒で麻痺しているバジリスクに近付くが、魔物とはいえ瀕死で無抵抗のバジリスクを一方的に攻撃するのを躊躇する2人。
「早く仕留めないと麻痺毒が切れて暴れだしますよ。毒蛇の尾は切り落としてありますが、蹴爪にも毒があります。遅効性の毒だから受けると苦しいですよ。気をつけて」
サラリと言い放つニールの言葉にアベル達は飛び上がった。
「うわわわっ!」
「ひっ!」
慌てて戦斧とレイピアを振るう2人。
程なくしてバジリスクの息の根を止めることができた。
「ハァハァハァ・・やったのか?」
「・・・・ええ、多分」
へたり込む2人に水袋を手渡したニールは蟲達を呼び戻した。
「無抵抗の相手に躊躇する気持ちも分かるけど、互いに命のやり取りをしているのです。一瞬の迷いが命取りになりますよ。魔物だからといって無闇に殺す必要はありませんが、その見極めは大切です」
話しながらバジリスクの尾羽根の中で1本だけ色の違う羽根を抜いてアベルに渡すニール。
討伐証明になるし、売ればちょっとした値がつく代物だ。
「他にも売り物になる素材もありますが、時間がありません。この場を離れましょう」
ニールに促され、山を下り始めた3人は中腹で一夜を明かすことになった。
携行していた食料が尽き、ニールが非常用に持っていた蜂蜜団子の保存食で空腹を補っての厳しい行程であったが、魔物との遭遇もなく無事に下山し、そして更に翌日には草原の都市に帰還した。