螺旋回廊2
螺旋回廊の状況を確認しながら歩を進めるニール。
ケイティーの説明では小型の馬車が通れる程度と聞いていたが、それよりも遥かに広く頑丈だ。
大型の馬車がすれ違える程の幅はあるだろう。
(・・・この広さと頑丈さ、底にいる奴も通れる造りというわけか・・・。それでも登ってこないのは、地下にある何かの番人とみて間違いない。勇者達が探していた命の宝玉か?)
周囲を警戒しながら回廊を進む。
かなりの深さまで進んできているようで、吹き抜けを見ても上も下も暗闇に包まれている。
暗闇に目を慣らすためにニール自身は松明等は持っておらず、唯一の光源は回廊の所々にはめ込まれている照明石の光だけ。
万が一の戦闘に備えて照明用の魔導具を持ってはいるが、光が強すぎるため、魔物にニールの居場所が気付かれてしまうので今は使わない。
(これは、思っていたよりも深いな・・・)
先行させた蟲達のおかげか、回廊に入ってから魔物との遭遇も殆どない。
3度程、間抜けなミノタウロスに遭遇したが、麻痺毒で弱っていたり名無毒蛾の毒で瀕死の状態であり、ニールが手を下す必要もないまま蟲達の餌食となった。
尤も、名無毒蛾の猛毒でも死なないこと自体が厄介な相手であり、できることなら単独でいるときには遭遇したくない魔物だ。
そんな遭遇戦があったのも回廊を下り始めた最初の頃で、その後は不気味な程静かに、何事もなく進んでいる。
しかし、淡々と回廊を下っているため、時間経過と距離の感覚が麻痺し始めている。
回廊を一周する毎に歩幅と合わせて簡単に測量しているが、それすらも信じられなくなってきていた。
ただ、ケイティーから聞いていた最深部への到達時間から考えると現在地が中間地点付近の筈だ。
(この辺りか・・・)
ニールは後ろからついて来る鉄甲地蟲のケースを開け、その場に蟲を放っておく。
更に回廊を下り続けると、いよいよ眼下に最深部が見えてきた。
最深部は広場のような造りになっており、奥には崩れた祭壇のようなものが見え、大小の通路が四方に伸びていた。
鬼揚羽達は最深部にまでは下りずにニールの下に戻ってきている。
ザニー達が生存していた場合を考えて毒を撒き散らすわけにはいかないからだ。
黒蛇蜻蛉の報告では付近に魔物の気配は無い。
ニールは体が大きくて目立つ鉄甲地蟲をその場に残し、紅孔雀蟷螂と赤錦百足、野槌蛇を連れて最深部に降り立った。
最深部は薄暗いながらも照明石が四方に設置され、ぼんやりとした光が灯っている。
「・・・これは!」
そこは異様な気配に包まれていた。
確かにニールの周囲には魔物はおろか、ニールと蟲以外の生物が存在する様子は無いのだが、それでいながら魔物の群に囲まれているような感覚に襲われている。
あまりにも禍々しい気配が満ちていて黒蛇蜻蛉ではその気を察知できないのだ。
これでは黒蛇蜻蛉にザニー達の気配を探させるわけにもいかず、己の感覚のみでザニー達を見つけ出す必要がありそうだ。
しかしながら、その場に立った時からニールの嗅覚に訴えかけてくる存在がある。
(やはり駄目だったか・・・)
それは血の臭いに混ざった僅かな腐臭。
そこにある死体が腐り始めている証である。
ニールは臭いの元へと向かい、その正体を突き止めた。
「・・・・・」
そこでニールが見たのは石の壁にへばりついた紫色のローブと赤毛の髪の毛が混ざった肉片。
人としての原形を留めていない魔術師カーラのなれの果てだった。
一体どれほどの力で叩きつければこうなるのか、見当もつかない。
少なくともミノタウロスやトロル程度の力強さではない。
「これは・・・間に合わなかったとかの問題ではありませんね」
今の状態からしてカーラがこうなってからそれなりに時間が経過している。
おそらく勇者達に置き去りにされて直ぐに命を落としたのだろう。
ニールは床に落ちていた紫色の認識票を拾い上げた。
「貴女の全てを連れて帰ってあげられなくてすみません」
壁にへばりついたままの髪の毛を一束はがして血脂を拭き取り、雑嚢にしまう。
「カーラさんは駄目でしたが、ザニーは・・・」
ニールは周囲を見渡すが、ザニーらしき姿は無い。
(ザニーも一端の冒険者、危険だと判断すれば脱出を試みる・・・)
ニールは螺旋回廊の登り口まで戻る。
(回廊まで戻れれば一目散に逃げる筈だが・・・仮にそれが不可能だとすると)
ニールは付近にあった瓦礫の陰を覗き込む。
「いた!」
瓦礫の下敷き、というか瓦礫に身を隠すように倒れている冒険者、全身血まみれで、左足は完全に潰れているがザニーだ。
ニールはそっと身体を揺さぶった。
硬直は見られない、いや、生きている。
「ザニー」
ニールの声にザニーはピクリと反応した。
「・・・だ?・・だ・れ・・だ?」
声がかすれて聞き取れない。
ニールは水袋を取り出してザニーの口を湿らせる。
「くっ・・・たす・に来てくれたのか?誰だ、くそっ・・全く目が見えない・・・」
確認してみれば血が瞼で固まっているだけで失明しているわけではなさそうだ。
洗い流してやりたいが、現在のザニーの状態では目が見えていようが、そうでなかろうが、自力では動けないだろう。
だとしたら余計な水を使う余裕はない。
「ニールですよ。申し訳ないが傷を洗い流している余裕がありませんが、私の声に聞き覚えはあるでしょう?」
「ニール・・あんたが来てくれたのか?」
「ケイティーさんの依頼ですよ」
「ケイティー?あいつは無事に逃げられたのか・・・」
「勇者達の転移魔法に巻き込まれたみたいですよ」
「そうか・・・カーラは駄目だったが、ケイティーだけでも無事だったか」
ニールはザニーの全身の状態を見た。
両腕は骨折し、左足は完全に挫滅している。
出血量も多く、生きているのが不思議な程だ。
「一体何がありました?」
ザニーの応急手当てをしながら事情を聞く。
「勇者達とここに到達した時に見たこともない化け物が現れた。彼奴等、その化け物を見た途端に姿を消しやがった。俺とカーラだけが取り残されたんだが、カーラはあの化け物にやられちまった。カーラのやつ、化け物に叩き潰される直前に俺にこれを投げて寄越した」
ザニーの手に握られたのは青白く光り、不思議な力に満ちた宝玉だった。
「これは?まさか、命の宝玉ですか?」
「分からねえ。ただ、この石を握っているだけで正気を保つことができた」
勇者達が探していた命の宝玉で間違いなさそうだ。
おそらく、宝玉を魔物から奪ったカーラが自分が生き延びられないことを悟ってザニーに託したのだろう。
結果的にこの宝玉がザニーの命をつなぎ止めていたのだ。
「苦しいでしょうか、我慢してください」
とにかく脱出することが優先だ。
ニールはザニーを担ぎ上げ、鉄甲地蟲を呼び寄せようとした。
その時
・・・ズン・・ズシン・・・
・・・・・・グゥ・・・ウゥゥ・
奥の通路から地響きと何かの唸り声が近づいてくる。
「奴だ・・奴が来やがった」
ニールに担がれたザニーが呟いた。




