決着
「わっ、私ですか?」
驚きの声を上げるクレアにニールが頷く。
「はい、ブレイン・スライムは分裂によって際限なく増殖しますが、その実は本体から分裂したスライムが人の脳を喰らって寄生し、身体を支配して本体に吸収させるんです。どれほど増えても結局は1体のブレイン・スライムで、本体を倒せば分裂体も戻るべき場所を失って死んで?しまいます。つまり、本体を倒せば全て解決です」
「でも、それと私の力と何の関係が?」
「奴の分裂体に寄生された人々はアンデッドではありませんが、そこはそれ、死体ですからね。死霊の気を纏っていないとはいえ、不浄の者に違いはありません。そんな死体を取り込んで自分の物にした本体には聖なる力が有効なんです。ただ、奴の粘液には祈りは通じません。聖なる力を乗せた攻撃で核を破壊する必要があります。大量の炎でも倒すことは出来ますが、地下室内でそんなことをすれば私達まで焼けてしまいますからね。そこで、クレアさんの力が必要なんです」
ニールの説明と段取りを真剣な表情で聞くクレア。
自分の力が必要だと言われれば武神トルシアの神官としては気持ちも高揚する。
それを横で聞いているアベルは改めてニールの知識の深さに驚いている。
「ニールさんは蟲や薬草だけでなく、魔物の知識も凄いですね」
アベルの問いにニールは頷く。
「情報というのは形のない武器です。それの有る無しでは生き残れる率がまるで違います。特にブレイン・スライム等のレアな魔物は遭遇率が低い分、その情報は少ないのですが、それを学んでおけば不意に遭遇した時に選択肢が広がります。特に私はソロ冒険者ですからね、自分の経験や蟲達から得る情報だけでなく、ギルドの資料室の情報にも目を通していますよ」
ニールのソロ冒険者との発言を聞いたセルマがニールの脇腹を小突くが、ニールは気付かないふりをして皆を見回す。
「ブレイン・スライムは強酸の粘液を飛ばしてきますので限られた空間での戦いではこちらが不利です。なので、時間を掛けるつもりはありません。奴との戦いは一瞬で決めます!ただ、奴がいる祭壇までにも敵はまだまだいます。切り札のクレアさんを守りながら一気に突破します」
ニールの言葉に全員が頷いた。
ニール達は地下墓地の奥、祭壇の部屋に向かって突き進む。
ニールの蟲、アリエッタのアンデッドを前面に、その後にニールが続く。強力な紅孔雀蟷螂と上位スケルトンに加えてセルマには殿を任せる。アベルはクレアとアリエッタの護衛だ。
真っ直ぐな通路の左右には幾つもの埋葬用の小部屋があり、前方よりも背後に現れる敵の方が多い。
しかし、ニール達は背後の敵はセルマと紅孔雀蟷螂とスケルトンに任せて振り返ることなく駆け抜けた。
やがて進路の先に質素ながら装飾の施された扉が見えてくる。
「クレアさん、私の棍にトルシアの加護を!」
ニールの声にクレアは走りながら全力で祈りを捧げる。
「武神トルシアよ、この者が持つ武器にご加護の光を」
クレアの祈りに応えてニールの棍が淡い光を帯びる。
「アベルさん!扉を破ってください。一撃で決めます!」
「はい!」
ニールの前に飛び出したアベルは祭壇の部屋の扉に体当たりした。
バキッ!
古い扉は蝶番ごと破壊され、体当たりしたアベル諸共に倒れた。
扉に突っ込んで倒れたアベルは即座に起き上がろうとするが、そのアベルを飛び越えてニールが室内に突入する。
「大きい!」
祭壇の室内にいたのは5メートルを超えようかという巨大なスライムだった。
その大きさに圧倒されながらも、かねてからの打ち合わせどおり、アベルは戦斧を構えながら部屋の外に後退し、クレアとアリエッタの守りに戻る。
室内に飛び込んだニールは即座にスライムの核の位置を見極めた。
「ど真ん中!一気に貫く!」
ニールは渾身の力を込めてスライムの核目掛け、投げ槍のように棍を投げつけた。
「援護します!」
追いついたセルマが火の精霊サラマンダーの力を借りた炎の精霊魔法を放つ。
ニールの棍よりも先にブレイン・スライムに届いたセルマの炎はスライムの粘液に突き刺さり、核に向かっての穴を穿つ。
続いて突き刺さったニールの棍はクレアの祈りの力を借りてブレイン・スライムの核を一撃で破壊した。
ニールの宣言どおり、一撃で勝敗は決した。
核を破壊されたブレイン・スライムはその形状を維持出来ずに潰れ、流れ広がる。
「強酸です!触れてはいけません」
ニールも部屋の外に飛び出してくる。
「ニールさんの棍は?」
クレアが叫ぶがニールは振り返らない。
「無理です。取りには戻れません。酸が収まるまでは室内に入れませんが、その頃には腐蝕しています。それよりも、強酸により周囲の空気が失われます。脱出します!」
ニールに追い立てられるように外に向かって走り出す一行。
本体が倒されたことにより通路に群がっていた分裂体も全て倒れている。
ニール達は小部屋に残っていた墓守の老人達を誘導して地下墓地の外へと脱出した。
「本体を倒しましたからもう安心です」
無事に脱出したニールは人々に説明した。
皆一様に安堵の表情を見せるが大変なのはこれからだ。
本体が倒れたことによりこの一帯には寄生された者達の死体が散乱している。
彼等の埋葬もそうだが、それよりも、幾つもの町や集落が失われ、故郷を失った者達のケアも必要だ。
尤も、それらのことは冒険者の仕事ではなく、風の都市の行政役場の仕事だ。
ブレイン・スライムを倒した今、冒険者、特に草原の都市からの応援のニール達の役目は終わりだ。
仕事が終われば長居はしないのがニールのモットーである。
「それでは、私達はこれで草原の都市に帰ります」
そう言って素っ気なく帰還の途につこうとするニールを呼び止めるアリエッタ。
「待ってください」
その手には地下墓地に残してきた筈のニールの棍があった。
「撤退する時にレイスに回収させました。付着した酸も拭き取りましたので損傷はありません」
そう言って棍を差し出すアリエッタ。
受け取ってみれば、元々の素材のおかげでもあるが、早期に回収したおかげで傷一つない。
「ありがとうございます。これも道具に過ぎませんが、手に馴染んだ道具というのは貴重ですからね。惜しかったと思っていたんですよ」
棍を受け取りながら礼を述べるニールにアリエッタは首を振った。
「私の方こそ、ありがとうございました。ニールさん達が来てくれなかったらどうなっていたか。本当にニールさん達には色々と学ばせて貰いました。今回のことを教訓にこれからも冒険者として精進していきます」
頭を下げるアリエッタを頷きながら見たニールはセルマ達と共に帰還の途についた。
そんなニール達の背中に向かってアリエッタはローブの裾を摘まんでカーテシーをしながら再び礼を述べる。
「本当にありがとうございました。私は風の都市の冒険者、死霊術師のアリエッタ・リドルナです!また何処かでお会いできることを願っています」
ニール達は振り返ってアリエッタに手を振った。




