風の都市からの依頼
黒等級になったニールだが、特に冒険者としての生活が変わることもない。
元々がコミュニケーションの範囲が狭い上に他の冒険者から避けられていたのだから黒等級になったからといって何も不都合は無かったのだ。
リスクと報酬の割が合わなくて他の冒険者が引き受けない依頼を率先して引き受け、時にはセルマと共同で依頼を受ける。
アルバートからの薬草採取の指名依頼をこなし、アベルとクレアの相談に乗り、アドバイスをする。
冒険者ニールとしては平凡な毎日を淡々と過ごしていた。
そんなある日の休日、のんびりと蜂蜜の回収をしていたニールはメリッサの訪問を受けた。
「ニールさん、申し訳ありませんが、お願いしたい仕事があるのでギルドまで来ていただけませんか?」
風切蜂を頭の上に乗せたメリッサからの申し出にニールは頷いた。
最近ではメリッサも風切蜂を頭に乗せることが当たり前になりつつあり、小さな花の髪飾りも種類が増えている。
実を言えば、風切蜂がメリッサに懐いている原因についてはニールが突き止めていた。
メリッサに懐いている個体はメリッサが愛用している洗髪石鹸の香りに強く反応しているのである。
その上でニールの使役下にある蟲はニールの魔力によりある程度の知能を有するので、メリッサを主人であるニールの仲間として認識し、更に近付いても追い払おうとしないので此処まで懐いたということだ。
そうはいっても風切蜂の主人はニールであり、メリッサの頭の上にいて回収を忘れられても、最終的にはニールの下に戻ってくるのである。
それはさておき、メリッサがわざわざ呼びにくるのだから急ぎの仕事なのだろう。
ニールは仕事の支度を整えてメリッサと共にギルドへと向かった。
そんなニールとメリッサがギルドに到着し、中に入ろうとした時に丁度入れ替わりに出てきた冒険者と肩が当たる。
いや、相手の冒険者がわざとぶつかってきたのだ。
ザニーである。
「気をつけろ!」
相変わらずニールに見下したような視線を向けるザニーだが、それ以上は突っ掛かってこなかった。
ザニーに続くカーラとケイティーもニールに軽蔑の眼差しを向けるが何も言わずに通り過ぎる。
更にザニー達に続いてギルドから出てきたのは草原の都市では見かけない冒険者4人組だ。
白いプレートアーマーを着て腰にロングソードを差した金髪の青年。
そして、戦斧を持ち重厚な鎧を着た戦士、シーグル教の若い神官の娘に、自信に満ちた表情の女性魔導師で、全員が金色の認識票を下げている。
典型的な勇者や英雄のパーティーだ。
そんな4人組だが、ザニー達とは違い、ニールになどまるで興味がない、いや、視界に入っていないかのように、一瞥もせずに通り過ぎていく。
「王都の勇者様のパーティーです。なんでも、この都市の近くに勇者様に必要な装備品が眠っているそうで、案内役を求めていました」
ザニーと勇者達を見送ったメリッサが説明する。
ザニー達にしても、勇者の案内役とあっては鼻が高く、ニールに構っている暇も無いのだろう。
「ザニー達が案内役となれば・・・東の地下遺跡ですか」
「そうです。よく分かりましたね」
メリッサが驚きの声を上げるが、ニールにとっては何のことはない推測だ。
草原の都市の周辺には魔物が生息するダンジョンや森等が幾つかある。
それぞれの広さや住む魔物の強さで難易度が違い、様々な冒険者が自分の実力に見合った場所で経験を積んでいるのだ。
東の地下遺跡は、広大で魔物のレベルも比較的高いので主に中級以上の冒険者が活動しているダンジョンであり、ザニー達も頻繁に探索に入っている。
「ザニー達も中級上位冒険者ですし、彼等はあの遺跡に関して相当詳しいですからね。案内役としては妥当なとこですよ。ただ、あの遺跡も広いですが、殆ど調査し尽くされているのですが・・・」
メリッサに話すニールだが、ニールの方もあまり興味はなさそうだ。
本来は勇者からの求めともあれば、非常に名誉なことで、冒険者としても箔が付くのでこぞって志願するものだが、ニールはそういったことには無頓着である。
メリッサもそのことを知っているから勇者からの依頼をニールには斡旋しなかったのだが、メリッサ自身も気付かない程の心の奥底で働いた勘によりニールに回すべき仕事ではないと感じていたこともある。
それはなにもザニー達を矢面に立たせてニールを危険に曝さない等の意味ではなく、無意識のうちにニールを温存すべきだと感じたのだ。
更に風の都市からの至急の冒険者の派遣依頼があり、そちらの依頼の方がニールに適任だと判断したのである。
ギルドの応接室でメリッサから依頼の内容の説明を受けるニール。
北西にある風の都市との管轄の境界線付近、風の都市側にある村の周辺でアンデッドの大量発生があり、風の都市の冒険者がその対処に当たっているのだが、手が足りないとのことだ。
「増援を出すならば風の都市から出すのが筋なのではありませんか?」
ニールの疑問も当然なのだが、メリッサはそれについても説明する。
「風の都市から求められたのは、単独ないし少人数で集団戦闘が可能な冒険者です。出現したアンデッドの数が多すぎて多人数の増援では乱戦になってしまい、混乱してしまうらしいのです。その上、人里近くで穀倉地もあるので被害を最小限に抑える必要もあります。そこで、単独か少人数での集団戦闘が可能な冒険者が必要なのですが、風の都市のギルドに適任者がおらず、隣接する草原の都市に派遣依頼が来たというわけです。当ギルドでも条件に合致する冒険者はニールさんしかいませんのでお願いしたいのですが」
つまり、蟲達を戦力として連れているニールが適任というわけだ。
メリッサの説明に続いて同席していたギルド長のミシェルが口を開く。
「ギルド間の協力は必要不可欠なこと。更に風の都市の冒険者ギルドのギルド長は私が若い頃に大変お世話になった先輩でもあります。私としては先輩への恩返し、そして草原の都市の冒険者ギルドの威信を示すためにも貴方に行って貰いたいと考えているのよ」
ニールに伺いを立てているように見えるが、そもそもメリッサもミシェルもニールが拒否するとは考えていない。
案の定、ニールは頷いた。
「分かりました。私が引き受けます。直ぐに出発します」
立ち上がって応接室を出ようとするニールをメリッサが呼び止める。
「お1人で向かいますか?風の都市からは単独か少人数と依頼されています。セルマさんには声を掛けないのですか?」
「そうですね。今から彼女を呼び出すのもなんですし、下で姿が見えたら声を掛けてみます」
そう言って応接室を出て1階のギルドの待合室に降りてきたニール。
直ぐにアベル、クレアと話すセルマの姿を見つけた。




