南の山奥にて2
ニールは残り2体のオークを見据えた。
目の前の1体は石斧、その後ろは太い棍棒を持ち、突然乱入してきたニールを威嚇している。
1人で2体を相手にすることも出来るが、この戦いはニールにとっても想定外なのであまり手間も時間も掛けたくない。
・・パチン・・
ニールが指を鳴らすと後方にいたオークが突然苦しみ、暴れ始めた。
その異変にもう1体のオークの気が逸れた一瞬の隙を突いてニールはオークの懐に飛び込んだ。
オークの喉元に棍を突き込み、オークが悶絶した隙に身を翻し、その脳天目掛けて棍を振り抜いた。
頭蓋を砕かれて倒れるオーク。
苦しんで暴れていたオークも倒れて痙攣している。
決着はついたようだが、何が起きたのか分からない。
戦士の少年は恐る恐る痙攣しているオークに近づいて様子を見た。
「なんだ、蜂?」
オークの首と顔、胸に親指大の蜂が取り付いている。
「大毒狩蜂、ですよ。自分よりも大きな獣すらも獲物にする肉食の蜂。大きいものは拳大にまで成長することもあり、この個体の大きさでも人間ならば一刺しで即死する程の猛毒の持ち主です。昆虫ではありますが、魔物としても扱われています」
ニールが手を差し出すと3匹の蜂はニールの手の甲にとまる。
「あの、危なくないのですか?」
オークの脅威が無くなり、ようやく腰が立った神官の少女が遠巻きに質問する。
「私の使役下にあるので、私が指定した目標しか攻撃しません」
ニールが腰のポーチの蓋を開けると3匹の蜂は自分からポーチの中へと戻っていく。
よく見ればニールの腰には似たようなポーチが他にも2つ取り付けてある。
「私は草原の都市の冒険者、蟲使いのニール。噂くらいは聞いたことがありますか?」
蟲使いニールの名を聞いて2人の冒険者は顔をひきつらせて僅かに後ずさった。
他の冒険者達の噂を聞いたことがあるのだろう。
しかし、それでも危機を救って貰ったことは事実である。
2人はニールに深々と頭を下げた。
「危ないところを助けてくれてありがとうございます」
「本当に助かりました」
聞けば2人は草原の都市の新米、白等級の冒険者で、戦士の少年がアベル、神官の少女がクレア。
2人は幼なじみで、一緒に冒険者になるのが夢で、クレアがトルシア教会での神官修行を終えたのを機に冒険者になり、これが初めての仕事なのだそうだ。
「何故新人冒険者がこの山に?新人冒険者だけで来れるような場所ではありませんよ?」
首を傾げるニールに2人は顔を見合わせた。
「実は、俺達は他の冒険者に誘われてこの山での魔物の素材集めに来たんです。山といっても麓の弱い魔物が相手で、青等級の冒険者さんと一緒だから安心だと思って・・・」
「その方達も私達は初めての仕事で分からないことばかりだろうから色々と教えてやるって。でも、いつの間にか山深くに立ち入って、その冒険者さん達ともはぐれてしまったんです」
2人の話を聞いたニールの表情が険しくなる。
「そのパーティーの編成は?」
「剣士の男の人がリーダーで、他に魔術師と神官の女性が2人。全員が青等級です」
「剣士に魔術師と神官・・・ザニーのパーティーか」
確かに稀にある話しだ。
悪どい冒険者が新米冒険者をたぶらかして囮にし、用済みとなれば見捨ててしまう。
草原の都市の冒険者ギルドに所属する冒険者でもそういう悪い噂が後を絶たない冒険者がいることも事実。
ニールが言ったザニーのパーティーもその1つだ。
確かに冒険者はギルドから依頼を斡旋され、報酬目当てに仕事をする自由業者であり、その行動は全て自己責任だ。
故にザニー達が新米をたぶらかして囮にすることも、その結果新米冒険者が死んだとしても、それは自己責任であり、何ら規則に違反しない。
依頼を仲介するギルドもある程度は請け負う冒険者等級によって依頼を振り分けたり、アドバイスをするが、今回のように依頼の難易度と等級が合う冒険者に新米冒険者がついて行ったとしても何ら問題ではない。
当然ながら邪魔だからとか、用済みだからといって新米冒険者を直接殺傷すれば、それは規則違反で犯罪であり、厳しく処罰されるが、今回のように置き去りにすることは規則に違反しない、所謂グレーゾーンだ。
真面目でお堅いメリッサならば間違いなくそのリスクについても説明する筈だが、ギルド職員にも経験不足の新米やいい加減な職員はいる。
ザニー達もその辺を狙って手続きを潜り抜けたのだろう。
アベル達も初仕事で手痛い洗礼を受けたわけだが、それも自ら判断を誤った自己責任である。
それでもニールに命を救われたのだからやり直しの機会はある。
「まさか、騙されていたなんて・・・」
「畜生!」
ニールに現実を突き付けられても信じられないクレアと悔しがるアベル。
「騙されてはいませんよ。奴等も一緒に行こうとか、冒険の基本を教えてやる、程度しか言わずに君達を誘った筈です。最後まで面倒を見るとか、連れて帰るとは言わずに、です。虚偽の甘言で騙すのは規則違反ですからね」
「詐欺だ・・汚ねえ!」
「厳しいことを言えば、それを見抜けなかった君達2人の責任でもあるということ」
ニールは落ち込む2人に更に追い討ちを掛ける。
「で、君達はこれからどうしますか?」
「「えっ?」」
「見たところ、食料なんかも持っていないのでは?これから2人だけで帰れますか?」
2人の顔色が青ざめる。
ニールに助けられはしたが、2人は危険な山に置き去りにされているのだ。
とてもではないが、2人きりで無事に帰れる自信はない。
「あの・・・ニールさんは、これからどうするのですか?」
クレアが恐る恐る聞いてくる。
「私は明日の朝を待って山頂付近まで登って薬草を採取する予定です。それが私が受けた依頼ですから」
アベルとクレアはニールから離れて相談を始めた。
「どうする、俺達2人で帰るか?」
「無理よ。2人だけじゃ無事に下山することもできないわよ」
「でも、ニールさんは更に上に登るとか言ってるぞ・・・」
「それでもお願いするしかないでしょう?・・・聞き入れてくれるとは限らないけど」
「でも、噂の蟲使いの冒険者だぞ?」
「私達を助けてくれたんだし、悪い人ではないわよ!・・・ちょっと怖いけど」
ニールから離れたとはいえ、2人は夜の闇の中で無意識に恐怖心があるのか、あまり離れていないのでその会話はニールにまる聞こえである。
やがて意見が纏まったのか、2人はニールに頭を下げた。
「すみません、俺達も連れて行ってもらえませんか?」
「足手まといなのは承知です。でも、私達はニールさんについて行くしかないんです」
2人に頼まれてニールはため息をついた。
2人を助けた時から考えていたが、他に選択肢はないようだ。
助けておいて見捨てるわけにもいかないし、かといって2人のために依頼を諦めるわけにもいかないのだ。
「仕方ない。でも、命の保証はしませんよ」