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夜想

 ニール達がエレメンタル・イーターを掃討した時、周囲は夜の闇に包まれつつあった。


「こりゃあ、夜営した方がよさそうだな」


 オックスが周りを見回しながら話し、ニールも頷いた。


「そうですね。無理して夜の樹海を歩く必要もありませんし。不幸中の幸いか、ここは魔物すらいない死の森です。せっかくですからここで夜を明かしましょう」


 ニールの提案で4人はこの場で夜営することにした。

 

 夜営地は夜の静けさに包まれていた。

 聞こえるのは焚き火の薪が爆ぜる音と警戒に当たっている黒蛇蜻蛉の静かな羽音だけ。

 ニールの蟲が付近の警戒をしているため、夜通しの見張りの必要はない。

 魔力切れのセルマは寝息すら立てていないかのように眠っているし、オックスは大の字になってイビキをかいて寝ている。

 やはり、あまり静かな夜ではなかった。

 そんな中、ウトウトしていたリリスがふと眠りから覚めた。

 気が付いてみると、ニールがしゃがみ込んでは何やら集めている。


「何をしているの?」


 リリスに声を掛けられて振り向いたニールは穏やかな笑みを浮かべた。


「エレメンタル・イーターとの戦いで失った蟲を集めているんです」


 そういうニールの手には潰れてしまったデス・スコーピオンの死骸があった。

 他にも装甲蟻の身体の一部もある。


「私の命令で戦って死んだ蟲です。せめて土に埋めて自然に帰してあげようと思いましてね」


 そう言うとニールは予め掘ってあった穴に蟲の死骸を愛おしそうにそっと置いて、優しく土をかけた。


「優しいのね」


 リリスの言葉にニールは首を降った。


「そういうわけでもありませんよ。私は仕事で必要があれば蟲を犠牲にしながら戦うのも躊躇しませんし、緊急時に場合によっては食料として蟲を食べることもあります。蟲使いとはそういうものです。戦いが続けば蟲の死骸を集めるなんて暇もありません。ただ、今は戦いの時ではありませんからね。戦って死んだ蟲達を送り出してやりたいと思ったんです。仕事では蟲を消耗品として扱う。業の深いことであり、そんな私が死んだ蟲を埋葬する。偽善的に見えるでしょうが・・・まあ、気持ちの切り替えですよ」


 蟲の埋葬を終えたニールは立ち上がった。


「貴方によく似た男を知っているわ。オックスの友人で、私以外に一番信頼をおいた冒険者」

「私に似ているならば、相当な変わり者ですね」


 肩を竦めるニールにリリスも寂しそうに笑った。

 

「そうね、とっっても変わっていたわ。私とオックスの長い冒険者生活の中でもとびきりね」

「エルフとドワーフ、長命種で白金等級のお2人はどのくらい冒険者を?」

「そうね、オックスと組んでからはもう40年位かしら?私はその前にもソロで10年。オックスもその程度よ」


 長命種の人生の壮大さにニールは感心する。


「セルマさんの話しだと、随分と凄い実績をお持ちのようですね」

「もう20年も前の話しよ。それも信頼できる仲間達がいたからこそ。そこの彼女が話していた冒険者だけでない、冒険者に限らず、もっと多くの仲間達と戦ってきたわ。その頃の仲間達もシルバーエルフの2人以外はもう冒険者を引退しているし、中には早々に逝ってしまった人もいる。私とオックスはその後も2人で冒険者を続けて、気付いたら白金等級までになっていたけど、オックスはどこか物足りなさを感じていたみたい。そんな時に今回の件、貴方と知り合って、久しぶりに楽しそうなオックスを見たわ」


 リリスは微笑みながら大の字で高いびきのオックスを見る。

 本来はあまり相性の良くないハイエルフとドワーフのペアの冒険者だ。

 ニールにも想像できない苦難を乗り越えて来たのだろう。

 そうでなければ如何に長く冒険者を続けていても白金等級になどなれはしない。

 リリスはニールの肩を軽く叩いた。


「また機会があれば一緒に仕事をしたいわね」


 言い残してリリスは再び焚き火の側に座り、弓を抱えて目を閉じて眠りにつく。

 残されたニールは枯れた木々の間から見える星空を見上げていた。


 翌日、夜明けを待って死の森を出た4人はドライアドの待つ泉に戻ってきた。


「皆さん、本当にありがとうございました。昨夜から森の精霊達が活発に動き始めました。これで死んだ森も徐々に蘇るでしょう」


 ニール達を迎えたドライアドは微笑みを浮かべながら流暢な言葉で礼を述べた。

 完全に共通語を学んだようだ。


「皆様へのお礼は冒険者の組合?にお渡ししてありますので、そちらでお受け取りください。その他に・・・」


 ドライアドは4人を見渡して何やら祈りを唱えた。


「皆様に精霊のご加護がありますように・・・」


 ドライアドの祈りと共にニール達の身体が優しげな光に包まれた。


「ドライアドの加護は貴重よ。受けた人によっては精霊使いの能力を発現させることもあるし、そうでなくとも、ドライアドが住む森ならばその協力を得ることができる。本来は人見知りが激しく、人前には現れない彼女達だけど、加護を受けた者は彼女達の仲間と見なされるのよ」


 風の精霊シルフを身に宿すリリスが皆に説明する。

 ドライアドも微笑みながら頷いている。


「はい、これで貴方達は森の仲間です。世界中どこの森に行っても私の姉妹達が貴方達を迎え入れるでしょう。それに・・・」


 ドライアドがニールが連れている蟲達を見た。


「この子達の主たるニール様を通して、この子達にもご加護が与えられます。中には精霊種に進化する子もいるかもしれませんね」


 そっと手を伸ばし、ニールの肩に乗る紅孔雀蟷螂を優しく撫でる。

 紅孔雀蟷螂も大人しく受け入れている。


 ひと通りの祈りを終えたドライアドは樹海の外へと続く道を指差した。


「これから暫くの間はこの先の道に魔物達は寄り付きません。安全にお帰りいただけます。皆様、本当にありがとうございました」


 最後にもう一度、ニール達に礼を述べるとドライアドはその姿を消した。


 その後、ドライアドの言ったとおり、ニール達は何事もなく樹海から出ることが出来た。


「俺達も森の都市に帰るからここまでだ。また会うことがあったら宜しく頼むぜ」


 樹海の出口でオックス達とニール達は別れることになった。


「応援、ありがとうございました。またお会いできる時を楽しみにしています」


 互いに握手をするニール達。

 セルマもニールの後ろで頭を下げている。


「じゃあな!」

「またね」


 北に向かうオックスとリリスの姿が見えなくなるまで見送ったニールとセルマ。

 

「さて、私達も草原の都市に帰りましょう」

 

 帰還の途につこうと鉄甲地蟲に乗ろうとするニールの手をセルマが握って引き戻した。


「ニールさん、大変!オックスさん達帰っちゃいましたよ!報酬の分配をどうするんですか?」 


 慌てるセルマの言うとおり、今回の依頼は草原の都市の冒険者ギルドに出されたもので、報酬の受け取りも草原の都市のギルドに戻る必要がある。

 オックス達はそれを承知の上で、帰還してしまったのだ。

 しかし、ニールは少しも慌てていない。


「分かっていますよ。今回の仕事のギルドへの報告も事実ありのままに報告しますし、報酬も等分です。オックスさん達もしらばっくれて帰ってしまいましたが、そうはいきません。メリッサさんに頼んでしっかりと森の都市に転送してもらいますよ。私は仕事のそういうことについては妥協しませんよ」


 ニールは不敵に笑った。

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