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南の山奥にて1

 草原の都市を出発したニールは南に向かって進んだ。

 予定では急がずとも明日の昼前には目的の山に到着する筈だ。

 長閑な草原の中を抜ける道を進むとやがて黄色い花が絨毯のように群生する場所にさしかかる。

 カリアナの花の群生地だ。

 カリアナの花の蜜はサラリとした優しい甘さが特徴で、お茶に入れたり、料理の隠し味にと使い道も様々で、値段は高くはないが、ギルドの食堂では喜んで買い取ってくれるニールの主力商品だ。

 ニールが姿を見せると群生地を飛び回っていた蜜蜂達が集まってくる。

 この地域でカリアナの蜜の収集を担当する群れの蜜蜂達だ。


「みんな、ご苦労さん」


 周りを飛び回る蜜蜂達をねぎらうニール。

 ついでにこの周辺の様子を聞いてみるが、付近に魔物等の脅威は無いようだ。

 挨拶を済ませた蜂達が仕事に戻るのを見届けたニールは再び南に向かって歩き始めた。


 翌日の昼前、ニールは予定どおり目的の山の麓に到着した。

 このまま山に入ると山の中腹で夜を迎えることになり、夜営をしたうえで薬草が自生する頂上付近に到着するのは明日の昼過ぎになりそうだ。

 魔物が生息する山の中での夜営は避けたいところだが、明日の朝を待って山に入っても日が出ている間には戻ってこれず、結局は山の中で夜営することになるが、その場合にはより危険な頂上付近での夜営を強いられることになるので直ぐに山に入ることにする。

 ニールは周辺を見渡すと、木の枝で羽を休めていたトンボを見つけた。

 ニールが指を鳴らすとトンボは飛び立ってニールの指先にとまる。


「山頂までの道案内をお願いするよ」


 蟲使いの魔力を乗せた言葉で頼むとトンボはニールを先導するかのように飛び立った。

 

 ろくに道も無い山だったが、トンボの道案内により迷うこともなく山の中腹に到着した。

 そろそろ日も暮れるので夜営に入ることにする。

 火を焚いて夜の闇に備えれば、道案内をしてきたトンボも近くの木の枝にとまって羽を休めている。


 夜の帳が下り、周囲が闇に包まれ、焚き火の灯りだけが夜を照らす。

 耳を澄ませば夜の虫達の音色と薪の焼ける音だけの静かな夜だ。

 パーティーを組んでいる冒険者ならば交代で夜通しの見張りをするが、ソロのニールだとそうはいかない。

 ただ、周辺には夜の虫が数多くいて穏やかな鳴き声を奏でているが、この虫達の音色がニールの警戒網となるのだ。


 携行食で空腹を満たし、周囲の音に神経を張り巡らせながらウトウトとしていたニールだが、パタリと虫の音色が止んだことに気付いた。

 耳を澄ませば何者かの叫び声と金属音の不協和音が届く。

 闇の先で誰かが戦っているか、何かに襲われている。

 即座に焚き火を消して闇に目を慣らすニール。

 音からしてかなり距離があるので危険を避けてこのまま離脱することも可能だが、万が一にも人が襲われていたとすれば見過ごすことはできない。

 ニールは闇に向かって走りだした。

 僅かな音と月明かりを頼りに木々の間を駆け抜ける。

 徐々に近づいてくる剣戟音と緊迫する声、男女2人はいるようだ。 

 そして、魔物か獣が吠える声。

 間違いない、この先で誰かが戦っている。

 ニールが戦闘に備えて腰のポーチの蓋を開くと、ポーチの中からニールの配下達が飛び立った。


 ニールの走る先にぼんやりと光が見えてきた。

 炎の灯りではない、視界を確保するための魔法の類だ。


「灯りがあるのは助かる!」


 灯りのおかげで状況が見えた。

 冒険者だろうか、若い男女がオークに襲われている。

 3体のオークに対峙しているのは戦斧を持つ戦士、まだ少年のように若い。

 そして、その戦士に守られているのは同じ年頃か、神官の少女だ。

 武神トルシアの神官のようで細身のレイピアを手にしているが、腰を抜かして座り込んでいる。


「お前だけでも逃げろ!」

「む、無理!足に力が入らない。それにアベルを残していけないよっ!」


 腰を抜かしている神官を守る戦士だが、やはり恐怖に竦んでいるのか、腰が引けている。

 どう見ても経験の無い新米冒険者だが、この山は新米冒険者が2人きりで来るような場所ではない。

 目の前にいるオークにしても3体を相手にするなら、新米冒険者ならば最低でも5、6人のパーティーを組んで対処できるかどうかだ。

 ニールなら1人でも問題はないが、それでも油断できる相手ではない。

 いずれにしてもこのまま見捨てれば男は餌に、女は欲情の捌け口にされた挙げ句、繁殖の道具にされてしまうだろう。


 双方に気付かれていない今ならばニールの配下を突入させて不意を突くことも出来るが、体重の重いオークでは即死させることは難しい上、2人がパニックを起こす可能性もある。

 やはり、ニールが飛び出す必要がありそうだ。


 ならば、先手必勝。

 ニールは戦いの場に踊り込み、今まさに神官に襲い掛かろうとしていたオークの頭に棍を打ち込んで叩き潰した。


「ヒッ・・・」


 突然のことに神官の少女が悲鳴を上げる。

 突然の乱入者に戦士の少年も残りのオーク2体も動きを止めた。


「加勢する!」

「えっ・・・?」


 ニールの声を聞いても少年は状況を把握できていない。

 これでは戦闘で役には立たない。


「神官を連れて下がれ!」


 ニールは鋭く一喝した。

 この状況では一瞬の躊躇が命取りだ。

 少年は飛び上がり、半ば反射的に腰を抜かしている神官の少女を引きずって後退した。


 オークに他に仲間がいないことは既に報告を受けて把握済み。

 後は目の前の2体を倒すだけだ。

 そうなると、ニールが手を出さずとも倒すことは出来るが、後ろで見ている2人に状況を理解させるためにも、少なくとも1体はニールが相手をした方がよさそうだ。


「まったく、手間が掛かる」

 

 ニールは棍を構えた。

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