暗殺者4
ニールはじりじりと悪魔との間合いを詰めた。
ニールが持つ鉈は重厚で切れ味も鋭いが、その長さは剣には及ばない。
コボルドから変質したであろう悪魔はニールよりも素早い上に剣を持っているのだから1対1ならばニールの方が圧倒的に不利だ。
しかし、ニールは1人ではないし、剣戟もニールの望むところではない。
斑大蟷螂はニールの動きに合わせて悪魔の背後に回り込んでいる。
風切蜂は隙あらば悪魔の目を刺そうと狙い、装甲蟻も散開して攻撃の機会を窺っている。
鬼揚羽の毒は通用しないし、体の小さい毒死百足はそれぞれが人間2人に対して毒を使ったので残る毒は少ない筈なのだが、鬼揚羽にはまだ役割があるし、毒死百足も残された僅かな毒でニールの役に立とうとしているのだ。
悪魔が魔法詠唱をしながらその手を翳した次の瞬間、その指先から火球がニールに向けて放たれたが、ニールはその火球を避けようともしない。
火球はニールの目の前で弾け飛んだ。
悪魔の表情が変わった。
「貴様、何をした?」
悪魔の問いにニールは惚けたような表情を見せる。
「別に、大したことはしていませんよ?」
「惚けるな!貴様の力量ではあの火球を止めることはできない筈だ!」
ニールは悪魔を馬鹿にしたように首を傾げた。
「火球?ああ、そちらのことでしたか。貴方も悪魔になって日が浅いのでしょう?あの程度の初級魔法、鬼揚羽には通用しませんよ」
麻痺毒を持つ鬼揚羽だが、もう1つの特性を持っている。
魔法耐性が強く、魔法を覚えたての悪魔が放った火球程度ならば弾き返してしまうのだ。
今も火球がニールに届く前に鬼揚羽が割り込んで火球を弾いたのだ。
「あの程度だと?」
虚仮にされた悪魔は怒りの形相を見せるが、馬鹿にしたようなニールの表情は変わらない。
「それよりも、貴方は私が何をしたのか、本当に気付いていないのですか?」
ニールに指差されて視線を落とす悪魔。
「何だこれは!」
目にしたのは右肩と腹部に深々と突き刺さった針だ。
いや、針と呼ぶにはあまりにも長く、太い。
針というよりも串のような金属の棒だ。
ニールは鬼揚羽が火球を弾いたと同時に悪魔に向かって2本の投げ針を投擲し、その肩と腹に突き刺したのだ。
「いつのまに・・・」
悪魔自身も全く気付かなかったニールの攻撃。
「痛みは感じなかった筈です。幻惑カゲロウの唾液がたっぷりと塗りつけてありましたからね」
強い麻酔作用のある幻惑カゲロウの唾液は、更に内蔵や肉を溶かす作用もある。
その唾液が塗られた針が突き刺さったということは、その唾液が体内に注入されたということだ。
悪魔に対して幻惑カゲロウのフェロモンの催淫効果は効かなかったようだが、唾液の麻酔効果はあったようだ。
そうなると、最後の効果もどうなるか分からないが期待はできる。
「貴様ぁ!」
投げ針を引き抜いた悪魔が吠えた。
しかし、ニールは未だに表情を崩さない。
「吠えている場合ですか?」
ニールが言うや、斑大蟷螂の鎌が悪魔の背後からその足を刈り払い、更に両肩を捕らえて引きずり倒した。
「がぁぁっ!」
たまらずに声をあげる悪魔。
その肩と腹の傷口からは泡のような液体が溢れ出ている。
幻惑カゲロウの唾液が悪魔の身体の内側を蝕み始めたようだ。
「貴様ぁ!許さぬぞ!・・・ハヒッ・・・」
悲鳴混じりに吠える悪魔だが、急に痙攣を始めた。
斑大蟷螂に引き倒されたその首に2匹の毒死百足が取り付き、残された毒を注入している。
そして、装甲蟻も悪魔の身体に取り付いてその肉を引きちぎる。
最早立つことも声を出すことも敵わない悪魔に鉈を持つニールが歩み寄って。
「ヒッ・・・やめ・・」
驚愕の表情を見せる悪魔を見下ろすニール。
「暗殺というよりは討伐になってしまいましたね。しかし、貴方が下級悪魔で助かりました。中級以上ならば些か面倒でしたね」
言いながら鉈を振り下ろして悪魔の首を叩き斬った。
「ぎゃぁ!・・・・おのれっ!」
首を落とされても叫ぶ悪魔。
むしろ、首を切り落としたことによって毒が脳に回らずに意識がはっきりしたようだ。
どちらにせよ長くは保たない。
「貴様のような奴に討たれるとは無念だ・・・だが、ただでは死なん。貴様に呪いを残して・・・」
言いかけて悪魔は絶命した。
すると、ニールの足下に転がる犬のような悪魔の頭部が姿を変え、元のローレンス・ウィズリーに戻った。
頭を落とされた身体も同様に元の姿を取り戻している。
ニールは屋敷の使用人とローレンスの計6体の死体に囲まれて立っていた。
今回は毒死百足1匹を失ったが、とにかく、これでロレッタからの依頼は完了である。
ニールは生き残った蟲達をそれぞれ腰のポーチに戻した。
斑大蟷螂も体を縮めてニールのマントの下に潜り込んでいる。
「さて・・・グッ!」
蟲達を回収して立ち上がったニールは突然背後からの焼けるような衝撃に膝をついた。
振り返ったニールが見たのは剣を手に憎悪の表情でニールを見下ろすサイモン・ウィズリーだった。
剣の先からはニールの血が滴り落ちている。
「賊め!何故我が息子を、我が家の者達を手に掛けたのだ!」




