ニールの日常
青等級冒険者ニールの朝は早い。
夜明け前に起き出して蜜蜂の巣箱の状態を確認して回る。
巣箱の中に蜜が溜まっていても、必要なのは自分で消費する分と小遣い稼ぎ程度にギルドに納品する分だけなので採蜜は頻繁には行わず、蜂達の好きにさせておく。
それでも蜜の状態を確認するためには指ですくっての味見は欠かさない。
通常の養蜂であれば厚手の服に網付きの帽子を被るが、ニールにそんなものは必要ない。
ニールの家の周辺に置かれている巣箱にいる数十万の蜜蜂は全てニールの使役下にあり、どんなに薄着で巣箱に手を突っ込もうが刺されることは絶対にないからだ。
そんなニールの毎日の日課は蜂達の状態確認と情報収集である。
巣箱ごとの群れは蜜の収集先が違い、それぞれの群れが担当する地域に飛んで蜜を集めてくるが、その範囲は王国の南部地方全域に渡る。
そこで蜂達が集めてくるのは蜜だけではなく、気候の変化や魔物の分布等、様々な情報を集めてくる。
とはいえ、数十万に及ぶ蜂達の情報全てを聞いているわけではなく、蜂達が集めた情報を巣箱ごとにいる群れの女王が集約し、ニールに伝えるのだ。
「今日もこの地方は大きな変化はなし。暫くは天気が大きく崩れる様子もない」
女王蜂からの報告を受けた後は冒険者ギルドに向かい、集めた情報を元に受諾する依頼を選択するので、ニールは効率よく依頼をこなせるのである。
今日もギルドに向かい、掲示板に貼られた依頼を探す。
掲示板を見ても大口や割のよい依頼は既に他の冒険者が受けたようで、残っているのは文字どおり余り物の依頼ばかり。
依頼を受けた多くの冒険者は既に出発しているようで、ギルド内にいる冒険者の数は多くはないが、その冒険者達もニールのことを遠巻きに見ているだけで、誰も近づこうとしない。
いつものことで気にもしないニールは残っている依頼の中から薬草採取の依頼書を手に取った。
依頼者はアルバート・ビンガム。
都市の貧しい者達が住む地区で薬師をしている男でニールもその名は知っている。
医師の診察を受けられず、薬も買えないような貧しい者の弱みに付け込んだり、足元を見るような商売をしているとの噂があるあまり評判の良くない男だ。
そのアルバートからの依頼は都市の南方にある山奥に自生している希少な薬草採取だった。
南方の山には魔物も生息しており、その行程には危険が伴うが、その割に報酬金が安いので誰も受諾しないようだ。
「南方の山ならば5日もあれば戻ってこれるけど、危険性を含めての報酬が5千レト。これでは誰も受けないだろうな・・・」
1人で呟きながらもその依頼書を手に受付に向かう。
「この依頼を受けます」
受付にいるメリッサに依頼書を差し出した。
ニールから渡された依頼書の内容を確認したメリッサは表情を変えないままニールを一瞥したが、ため息をつくと手際よく依頼受諾の手続きを行う。
「依頼受諾を確認しましたが、相変わらず1人で行かれるのですね?」
「はい。一緒に行く人もいないのでね」
飄々と答えるニールにメリッサは再びため息をつく。
「だったら、ニールさんはもう少し装備品に気を使ってください。いくら報酬の安い依頼ばかり受けているとはいえ、一定の武器を揃える程度の収入はある筈ですよ。装備を充実させることが身を守ることになることを分かっていますよね?」
メリッサの苦言にニールは首を傾げる。
「武器ならば使い慣れた棍があります」
「ただの金属の杖ですよね?」
「万が一に備えて剣も持っていますよ」
「それ、剣ではなく鉈ですよね?」
あまり表情を変えないメリッサが呆れ顔だ。
「そもそも、ニールさんは武器と言い張っていますが、どこで購入しました?ギルド提携の道具屋で揃えたものですよね?」
ニールは肩を竦めた。
「まあ、手に馴染んだ武器の方が頼りになりますから」
「・・・とにかく、ニールさんは常に単独行動なのですから気をつけてください。ギルドとしても他の人が受けてくれない依頼をニールさんが積極的に受けてくれて助かっているんですからね」
メリッサの小言を背に受けながらニールはギルドを出た。
ギルド提携の店で5日分の携行食料を購入し、都市を出て南に向かう。
1人で気ままに依頼を受けるが、余り物の依頼を率先して片付けるので草原の都市の冒険者ギルドの依頼の不受諾率は極めて低く、それに貢献しているニールのギルド内での評価は極めて高いのだった。
これがニールの何時もと変わらぬ日常だ。