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暗殺者1

 ニールは日が暮れる前にウィズリー家の屋敷へと向かい、侵入口の確認を行ったうえで屋敷の動向を観察していた。

 夕暮れ後に通いの使用人と思しき者数名が屋敷を出て帰宅した様子はあったが、試しに蜂に尾行させてみたものの、彼等からは不自然な点は見つからない。

 やがて、完全に夜の帳が下りると人の出入りも殆どなくなり、夜中にもなれば屋敷に灯りも消え、周囲に人の姿も見当たらないのだが、何処からか、ニールを監視する者の気配を感じる。

 件の接触者なのか、ニールからは確認が取れない位置にいながらもその気配は隠そうともせず、時折わざとらしく咳払いをしたりと牽制をしてくる。

 とりあえず邪魔も敵対もする様子がないので放っておくことにした。


 そんな中で夜も深くなったころ、闇に紛れるように全身をローブで覆った人物?が荷車を牽いて屋敷内に入っていったのだが、蟲達は荷車から血と肉の臭いを感じ取ったようだ。

 しかも、ローブを纏っていたのは人間等ではないらしい。


(やはり、何か怪しげな儀式でもしているのか?)


 ニールはポーチを2つ開いた。

 1つ目のポーチからは小指の先程の大きさの装甲蟻そうこうありが10匹。

 毒は無いが、強力な顎と固い甲羅に守られた体をもつ蟻で、集団になると熊やトロルですら骨になるまで喰らい尽くす凶暴な蟻だ。

 今回は数が少ないので、実戦力というよりは屋敷へ潜入させて中の様子を窺うことに使う。

 そしてもう1つのポーチからは細く小さい体の毒死百足どくしむかでが3匹。

 あまりにも強力で刺されれば死ぬという猛毒を持つが故にそのままの名が付けられたその百足はニールの使役する蟲の中でも1、2を争う強力な毒の持ち主だ。

 影蠍よりも細く小さい体はあらゆる隙間から入り込み、人間ならば即死する程の毒で獲物を仕留める、今回の暗殺依頼にうってつけの蟲だ。

 ただし、ローレンスの現在の状況が分からないので、毒死百足にも屋敷内の偵察と、ローレンスを発見した場合にはその様子を観察してニールの指示を仰ぐように命じておく。


(これで様子見だ)

  

 蟲達を屋敷内に放ったニールは身を潜めて様子を見ることにした。

  

 屋敷の近くには木に囲まれた小さな公園があり、ニールはその公園の木の陰に身を隠して屋敷の様子を見始めたのだが、その直後


「貴方、いったい何をしましたの?」


音もなくニールの背後に立った人物に声を掛けられた。

 ニールとて油断していたわけではないのだが、いとも簡単に背後への接近を許してしまった。


「いつの間に・・・」

「振り返らないでくださいまし。私の顔を見ようとしたら、その素っ首を叩き斬りますわよ」

  

 接近を許したが、相手に敵意は無いようだ。

 その証拠にニールの肩に潜む斑大蟷螂も反応を示していない。

 ニールは屋敷から目を離さずに答える。


「別に振り向きやしませんよ」


 それにしても、あまりにも実力差があり過ぎる。

 声の様子からして、年の頃はニールと同じ位か、自信に満ちたよく通る声で、その口調とは裏腹に、僅かな緊張が感じられるが、そうは言っても2人の実力差は歴然だ。

 ここで余計な揉め事を起こしたくない。


「ならば結構。私は今のところは貴方の敵ではありませんが、味方でもありません。そんな貴方に正体を明かすつもりはありませんの」

「別にどうでもいいですよ。私の仕事の邪魔をしなければね」

「邪魔なんてとんでもない。ただ私は貴方が何をしているのか興味があるだけ。ローレンス・ウィズリーを暗殺するために今何をしましたの?」

「私が何者かご存知ないのですか?」

「ええ、ロレッタに仕事を頼まれた冒険者だとしか知りませんの。ただ、何やら不思議な雰囲気がありますわね」


 ニールは肩を竦めた。

 随分と親しげにロレッタの名を挙げたことからも、背後に立つ女はロレッタが話していた聖務院の手の者に間違いなさそうだ。


「私は草原の都市の冒険者、蟲使いですよ」

「名は?」

「名を名乗らないばかりか、その姿さえ見せない無礼な貴女に名乗る必要性を感じませんね」


 別に隠すようなことでもないが、ささやかな意趣返しのつもりで答える。


「そう・・ですわね。まあ、別に名乗らずとも構いませんわ。しかし、蟲使いの冒険者?珍しいですわね。だとすると、先程放ったのは貴方の手下の蟲かしら?」

「そうですね。偵察と暗殺の準備のために放ちました」

「純粋に興味があるのですが、どんな蟲ですの?」

「秘密です。貴女は敵ではないようですが、味方でもないのでしょう?そんな人に手の内は明かしません」


 ニールの言葉に女はクスクスと笑い出した。


「それもそうですわね。なら、お仕事の邪魔をしませんからここで見ていてもよろしくて?」

「お好きにどうぞ」


 断ったところで素直に聞いてくれるとは思わないので好きにさせておくことにした。


 蟲達が屋敷に潜入して数刻が過ぎた。

 蟲達から送られてくる情報によれば、屋敷内に人の動く姿は無い。

 住み込みや宿直の使用人はいるようだが、皆が不自然な程の深い眠りに就いており、装甲蟻が顔の上を歩いても起きない程で、何か香のような臭いが屋敷内に充満している。

 屋敷内にローレンスと現当主サイモンの姿は無い。

 当主執務室の棚の裏に地下へと伸びる階段が隠されており、毒死百足1匹が地下に向かった。

 蟲達の報告を受けたニールは地下に向かった毒死百足に意識を集中し、視覚と聴覚情報を共有する。


(石造りの階段・・かなり古いものだ。階段を下りた先に古い木の扉・・・その先は・・・)

「・・・っ!」


 突然、毒死百足との感覚共有が途切れた。


「どうしましたの?」 

「蟲との連絡が途絶えました」


 ニールは立ち上がる。


「蟲に何かあったようですが、目標の居場所は分かりました。ただ、今屋敷内に放っている蟲では荷が重いようです」

「どうしますの?」

「私が屋敷に侵入します」


 今日のニールは普段持っている棍を持っていない。

 自分が屋敷内に侵入して戦闘に陥った時、限られた空間での戦闘には棍よりも腰の鉈の方が戦いやすい。

 他にも暗殺に役立つ得物は幾つか隠し持っている。

 

「随分と慣れているように感じますわ」 


 屋敷に侵入するために歩きだしたニールの背中に問い掛けられた。


「まあ、暗殺の仕事を受けるのは今回が初めてではありませんからね」


 ニールは自虐的に笑った。

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