草原の都市の冒険者ニール
職業選択の自由、新しい物語です。
アイラス王国の南に位置する草原の都市、そこから1日程西に歩いた場所にある小さな集落の外れの薄暗い森の中にその男は立っていた。
影に紛れるような黒いマントを纏い、軽くて実用的な革鎧の下に鎖帷子を着込み、腕には革籠手をはめている。
その手に握るのは背丈程の長さの金属製の棒。
腰には短剣と呼ぶには似つかわしくない重厚な剣を帯びている。
その男の周囲にはゴブリンの死体が散乱していた。
その数は10体。
男が持つ金属棒で殴られたのか、頭部が粉砕された死体が4体あるが、その他の死体が異様だった。
全身を腫れ上がらせてブヨブヨになった死体、毒にでも犯されたのか、泡を吐いて苦悶の表情で倒れている死体、綺麗に白骨化した死体もある。
そんな死体を数え、周囲を見渡していた男は満足したように頷く。
「よし、これで依頼は達成ですね」
群れの生き残りもいないことを確認した男はその場を立ち去った。
その男は草原の都市の冒険者ギルドに所属する冒険者のニール。
パーティーを組むことも無く、単独で活動している、所謂ソロ冒険者である。
17才で冒険者になって数年、地道に実績を重ねて比較的早いペースで昇級を重ね、今や中級下位である青等級の冒険者だ。
今日も人々の集落近くに住み着いて人々の生活を脅かしていたゴブリンの群れ掃討の依頼を片付けたところだ。
総数10体と小規模な群れではあったが、人々の生活を脅かすには十分な数であり、家畜や農産物の被害も発生していた。
このまま放置すれば女を攫い、繁殖を始めるところだが、貧しい集落では冒険者を雇う金も満足に用意できず、なけなしの金をかき集めて辛うじて冒険者ギルドに依頼を出したが、ゴブリンの群れを相手にする危険度と安い依頼料との釣り合いが取れず、誰も受諾しないままで余っていたものをニールが引き受けたのだった。
ゴブリンとは小柄で非力、ずる賢い魔物だが、その本質は高い集団性と凶暴性を兼ね備えた危険な魔物である。
単独や2、3体ならばさほどの脅威ではなく、新人冒険者でもパーティーを組んで油断さえしなければ対処することができる。
しかし、10体以上の群れになるとその危険性は桁違いであり、経験を積んだ中級冒険者でもパーティーを組んで対処すべき相手である。
そんなゴブリンの群れ退治をニールはたった1人で請け負い、成し遂げたのだった。
翌日の夜明け前、草原の都市に戻ったニールだが、依頼達成の報告のために冒険者ギルドに向かうにしても夜明け前の今はまだギルドの受付は始まっていない。
当直の職員はいるが、報告を急ぐ必要もないので都市の外れの草原にポツンと建っている自分の家に立ち寄った。
家というにはおこがましい程の小屋のような自宅に1人で暮らしているニールは自宅の周辺に置かれている無数の箱の中から商品を回収する。
依頼達成の報告のついでに納品も済ませてしまおうという魂胆だ。
「季節柄か、あまり集まっていませんね・・・。でも、品質は上々です」
作業を進め、大瓶にして5本分ほどの商品を集めた頃には日も昇り、ギルドの業務も始まる時間帯だ。
ニールはそれを雑嚢に入れて背負い、冒険者ギルドへと向かった。
ギルドの扉を開いて中に入れば、中は数多くの冒険者で賑わっていた。
朝一番、ギルドの通常業務が始まる時間帯であり、丁度新しい依頼が張り出されたところのようだ。
人間やエルフ、ドワーフにホビットがいる。
騎士や戦士、レンジャーもいれば魔術師や僧侶達が仲間と共に依頼を探したり、情報収集に勤しんでいた。
そんな喧騒の中に立ち入ったニールだが、それに気付いた冒険者の多くはニールの姿を見て眉をひそめ、何やらヒソヒソと話している。
決して好意的な反応ではないのだが、そんなことは何時ものことなのでニールはまるで気にしない。
ニールを避ける冒険者達の視線をよそに受付のカウンターに向かう。
「西の集落のゴブリン討伐、完了しました」
ニールの報告を受けたのはギルドの若い受付職員のメリッサ・コールドウェル。
「ご苦労様でした。報酬は7千レトです」
ニールの報告を受けても表情を変えずに事務的に手際よく処理を進めたメリッサはカウンターの上に報酬金の入れられた袋を置いた。
無表情で対応するメリッサだが、これは別に他の冒険者のようにニールを避けているわけではない。
元々の性格が真面目で事務的なのだ。
ニールは袋の中の金額を確認もせずに懐にしまった。
「ついでに、食堂に蜂蜜を納品したいのですが」
蜂蜜という言葉にメリッサがピクリと僅かに反応する。
「それでしたら、直接食堂の調理員にお渡しください。代金は検品後にお渡しします。尤も、ニールさんの蜂蜜は極上品ですから検品の必要もありませんが、これも規則ですので」
メリッサが差し出した食堂に提出する伝票を受け取ったニールはメリッサに蜂蜜が入った小瓶を差し出した。
「こっちはギルドの皆さんへの差し入れです。皆で分けてください」
ニールから小瓶を受け取ったメリッサは僅かに微笑んだ。
「ありがとうございます。皆でいただきます」
ニール自身の評判とは対照的にニールの蜂蜜はすこぶる評判がいい。
たまに差し入れされる小瓶をギルドの女性職員は楽しみにしているのだ。
その後、ニールは食堂に納品を済ませて蜂蜜の代金を受け取ってギルドを出た。
ニールは冒険者であるが、副業として養蜂を営んでいる。
そんなニールが冒険者から避けられていることには理由がある。
それはニールの冒険者職が蟲使いであるからだ。
蟲を使役して依頼に当たるニールは他の冒険者とパーティーを組むことも出来ず、割の合わない余りものの依頼を地道にこなし、青等級まで昇級したことについて
「気味の悪い手段で楽な仕事をこなして点数稼ぎをしている」
と陰口を叩かれているのだ。
そんな陰口もニールは気にしていない。
ただ、自らが選んだ道を進むだけ。
これは蟲使いの冒険者として誇り高く生きる男の物語なのである。