記憶と、転生、それと僅かな違和感。
「あれ…?」
目が覚める。何か長い夢を見ていたような気がする…。
「あれ…?確か屋上で頭を打ったんだっけ…?」
記憶が混濁している。とりあえず、周囲の状況を確認。…寝ているのは…恐らく、病室のベッドの上。ということは、病室だろうか。窓から入る陽光が眩しいので、時刻は朝、もしくは昼。病室は3、4人が入ることができそうだけど、今は私一人しかいない…と、ここまで考えて、あることに気がつく。喋っている声に、違和感があった…気がする。いや情報処理遅くなりすぎだと思うけど、まあ寝起きだから、と割り切らせてもらう。だけど…声が変わる?怪我の影響?いや、そんなの聞いたことない。…とりあえず、確かめるに越したことはないか。
「あ、あ~、え!?」
うん、明らかに違う。
記憶より柔らかい、というかふわっとした…様な声。確か私の声は、比較的強気に聞こえると知り合いに言われたこともあり、少なくともこんな可愛らしい――自分で言うのも変だけど――声じゃなかった…と、思う。自分の声が出ていなくて、他人が自分の考えを全部喋っている…様な違和感を覚える、だけど…その割には、何か聞き覚えがある気も、する。ふと視線を落として、自分の手を見る。やけに白っぽく、華奢な、自分のものではないような手。それが自分の意志で動いている事が、ひどく新鮮な気もするし、当たり前な気も…する。どういうこと…?
「思い出さなきゃ…」
記憶を辿ると、断片的に見えてくるのは、屋上での出来事。ただ、その時の自分はいつも通りだった…と、思うんだけど、今の自分の体はまるで他人の様で、それでいて何故か違和感がそれほどない。何か…違う誰かの記憶が混ざっている様な。
ガラガラ、と病室のドアが開く音が聞こえる。そっちを向くと、看護師が入って来るのが見えた。
「あ!目が覚めたんですね!」
と、話かけられる。正直、眠っていたという実感があまりない。なんと答えればいいのか分からず、看護師の方を見ていると、「まだ起きたばかりで思考もぼんやりしているようですからなんたら」みたいな感じのことを言われた。気が付いたら私は、看護師に向けて訪ねていた。
「…すか?」
「はい?」
「あ…今日は何日ですか?」
違う。本当は自分は誰なのかを訪ねようとしたのだ。看護師は微笑んで、日付を教えてくれた。
日付は、記憶にある最後の日から1日後だった。
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「目が覚めたって聞いて…!大丈夫?変なところはない?」
あの後、1時間程度して、駆けつけてきた女性に、見覚えがあった。時間が経ってある程度思考が纏まってきて、ある程度の推測もできたけど…それはさておき、この人は誰なのだろうか。見覚えはあるが、記憶にない。
しかし私は、半ば無意識に、口に出していた。
「お母さん…?」
言ってみて、納得がいった。少し変な気もするが、思い出した。というか、もうひとつの人生の記憶を少し、思い出した。少し頭痛がしたけど。
母はその後、無言で私を抱きしめてくれた。それだけなのに、どうしようもなく暖かかった。久し振りに再会した時の様な懐かしさを感じた。
「全く、こんな時期に階段で転んで大怪我なんて…明後日から新しい学校でしょ?心配したんだから…」
数秒か数分後、私から離れた母がこう言った。
記憶にない。やっぱり、私は誰か違う人と入れ替わったか、兎に角この前体は私のものじゃないみたいだ。
気が付いたら、私は尋ねていた。
「私は、誰?」
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我ながら、失敗したな、と思う。そりゃあ娘に急にあんな事尋ねられたら引くよね。まあそれでも、しっかり教えてくれた辺り、私の母はやさしいのだと思う。
教えてくれたことによると、私は引っ越しをしてこの街――奇しくも、かつて住んでいた街と同一――に来て、いよいよ3日後には新しい学校が始まる…という日に、階段を踏み外して怪我をし、気を失って…幸い怪我はそこまで深刻ではなく、一日で目が覚め。そして今に至る、という。その他、学年、名前、趣味まで…そういったことも全部教えてくれた。途中からは自分でも思い出していたが、頭痛が時々して、ちょっときつかった。やっぱり、記憶は普通に残っていて、もう一つの人生の記憶は、長い夢の記憶の様に認識されているようだ。
現在時間は夕方。回転力の少ないとは自覚している私の頭で考え抜いた結果は、まあ…非現実的ではあるが。
「転生…かな。」
言葉にしてみると一層馬鹿馬鹿しくなるが、実際問題そうとしか考えられない。どうしてこうなったのかは全く分からないけど…恐らく、この体の持ち主も死んじゃったのかな…。御愁傷様です…。
そういえば忘れていたが、この体、顔についてだけど…前より結構小柄で、肌は白く、顔は童顔気味で…正直、可愛い。自分で言うのもなんだけど。私なんかに相応しい体じゃないよ!と叫びたい気分。
…そんな風な、無意味でぐちゃぐちゃな思考や体験を経て迎えた夜。時刻は9時半を回った頃。
「なんか…違和感がある…」
そう。さっきから感覚に違和感がやけにある。音が妙に聞こえやすい、遠くがはっきり見える、エトセトラ。過敏というか… さっき気付いたことだけど、もしかしたら気付いていなかっただけで最初から感覚の差はあったのかも知れない。まあ、誤差なので気にしないでも大丈夫だし、例えば目がよく見える、などは悪いことではないと思っているので、一旦は保留だ。とか考えていると、
「ふあぁ…」
欠伸が漏れた。疲れたのかな。それとも、この体が疲れやすいのか。ならちょっと不便かもしれない。
…取り敢えず今日はちゃんと休むのが吉か…。
そんなことを考えながら、私は微睡んでいった。新しい体が小柄だからか、布団の包容感が凄い…気がする。そんなどうでもいい思考も、徐々に薄れて行くのだった。
こういう感じです。
毎回2000字程度で書かせて頂きます。短いと思った方はすいません…
更新頻度早めにがんばります!