そんな、始まりの話。
初投稿作品です。よろしくおねがいします!
昔から、人の心を読むのが得意だった。こと、負の感情に対して。別にそれは特殊技能のようなものではなく、ただただ「あの子今日何か嫌なことあったな」とかいうのが人より分かるだけ。私はこの特技と言うか、力というか…が、兎に角嫌いだった。
理由は簡単で、小さい頃友達と喧嘩をしたとき――といっても、他愛もない喧嘩だったはずだが――言い争いになって、ふと、相手が嫌がりそうなことが分かってしまった。苛々を抑えきれずにそれを吐き出すと、案の定効果は覿面で、その友達は捨て台詞を吐くことすらせずに居なくなった。
それ以来その子とは疎遠になり、中学に進学するときに学校が変わったのもあって、以来顔も見ていない。未だに親交があれば、一生の友達になったりしたのかな…と、今でもふと思う事がある。
そんなことがあったから、私は人と話すことを避けるようになった。意図せずに人を傷つけるのは嫌だったから。休み時間はヘッドホンで音楽を聴き、放課後は近くの廃ビルの屋上に行って、本を読んだり、ネットを見たり…こうして思うと、相当だらけてるな、とは思うけど。そんな日々を送っていた。
そんな私の、ある意味平々凡々とした日常に、番狂わせが起きたのは…ある初夏、六月の、珍しく晴れた日だった。
私は普段通り、六限終了のチャイムと同時に――掃除とかも特に無かったから――鞄を持って教室を出た。
そのまま、校門を恐らく全校生徒中最速で抜け、廃ビルまで徒歩15分。途中、一つ踏切を超え、少し奥まった脇道を抜けて、空き地の脇を通り、進入禁止の鉄柵を潜る。そうすれば見慣れたところだ。そういえばこの場所は誰が教えてくれたんだっけ…まあ、気にするほどのことでもないかな。玄関は鍵がかかっているから、非常階段を登って屋上へ。数日前に飲んだコーヒーの空き缶を放置したままだったっけ…片付けなきゃ…とか、どうでもいいことを考えながら階段を登った。
そして視界が開けて…先客がいた。恐らく飛び降り防止のため設置されている鉄柵をこえて、少女が佇んでいた。制服から見るに、隣の高校だろう。こっちを見て、驚いたように口を開いている。まあ、これから何をしようとしていたのかは想像に難くない。むしろ、それ以外には思いつかないけど…まあいいや。
とりあえず…
「あ、失礼しました」
私はそう告げると、即座にUターンして、さっきと同じように非常階段を降りる。流石に気まずいだろうと思っての配慮。それと、絶対に、少女の目は見ない。目は口ほどに物を言うというのは本当で、私は大抵相手の目で感情を読む。飛び降りようとしている少女の目を見たら、絶対に負の感情の波が来るだろう、という予想のもと。それは精神衛生上よくない…なんて考える私は薄情なのかな…?
でも、少女はやはり私が居ないほうが良かったみたい。6、7段階段を降りても、何も声をかけたりはしてこない。しかし、それから更に数歩降りて…ひどく微かな声で、「待って」という少女の声が聞こえた。気がした。そのまま降りても良かったが、何となく逃げるような気がして癪だったから、屋上に戻って、「何」と無愛想に声をかけた。少女は空の方を見ている。
「本当に戻ってきた…」
今度はさっきより幾分かはっきりと聞こえた。単に距離が近いだけかとも思うけれども。
「で、何?水を差したのは悪かったとは思ってるけど…」
偽らざる本心だ。あんなことされたら、気分を悪くしてもおかしくはない。ただ、私のせいじゃないから謝りはしないが。今のを私のせいにされたら理不尽っていうものだ。
「そんなことじゃない。というか、何でそんなに遠いの?声聞き取りづらくない?」
「…確かに聞き取りづらいけど、失礼じゃないかと思って…何なら近づいた方がいい?」
そう言うと、少し間を置いて「ご自由に」と返ってきた。とはいえこの屋上はそんな広いわけでもない。今だって、走れば1、2秒で少女の元に行けるだろう。会話の切り口が欲しかっただけだ…と、思う。まあ動かないのも何だから、3、4歩前に進む。
「ねえ、」
少女の方から切り出してくる。
「あなたは、何でこんなところにきたの?」
深い意味はなさそうな問いかけ。そのまま答えることにする。
「誰も居ないから。それだけ。」
「ふーん…。じゃあ、悪いことしちゃったね。」
「別に気にしてないからいいよ。それより、あなたこそ何でここに?私は毎日ここに来てるけど、今迄他の人が来たことはないし、形跡もなかったけど…」
「…私は最近来てなかっただけ。昔はよく来てたから。」
「じゃあ、あなたの方が先輩ってことだね。…じゃあ、私は潔く引きますねーっと…」
戯けた様な口調で喋り、5、6歩後ろに小足で進む。「待って」の声で、足を止める。「冗談ですよ先輩」と返す。と、ここまで話して気がつく。
「先輩は何でそんなところに立ってるんですか?話してる感じ、そんなに悩んでる風には見えないんですが」
事実、それなりに深く悩んでいる人は、声である程度分かる。若干上の空になっていたり、語気が少し荒かったり。まあ、初対面では大まかに察する程度しかできないんだけど。
「…人に言えない悩みって物もあるんだよ…でも、別に飛び降りたりしようとしてる訳じゃないから。靴だって履いてるでしょ?」
「ああ、そういえば…」
言われてみれば。まあ、「靴を脱ぐ」のは確か仏教思想で、イマドキJKがそれを気にしなくても違和感はないけど。
「それで、理由、ね…。んー、ここに立てば、悩みとかが小さくなるから…?」
「…なるほど…?」
正直、分かるような分からない様な。適当に相槌を打つ。「適当だなぁ」と失笑が聞こえた。聞こえないふりだ。
「まあ、そろそろ戻るよ」
と言って少女はこちら側を向き、と、そのタイミングで。ゆらり、と視界の隅で少女が揺れた気がした。数瞬の間もなく、耳に、
「きゃあっ!」
悲鳴が聞こえた。
見ている限り、足を踏み外したのだろう…あの狭い足場の上で。という刹那の思考の末、私の体は反射的に動いた。それからは一瞬が、ゆっくりと動くような感覚に襲われた。
私は少女までの距離7、8メートルを走って駆け抜け、柵の針金部分を掴んでいる少女の手を掴む。針金に圧迫されたのか赤紫がかった格子模様の付いた手が、一瞬目に入る。少女は驚いたような顔をして、こっちを見た。それと、怯えた様な。痛みと恐怖の合間にいるのだろうが、知らない。脱臼でもすればいい。命があれば上々――半ばヤケクソになった思考で、引き上げる。そして、少女の足が足場に引っかかるくらいまで引き上げて、柵を掴めるか尋ねる。幸いそれは可能なようで、私は安堵して手を離す。
少女も柵を掴んで、ほっとした…のがいけなかったのだろう。力を使い果たした私は、そのまま後ろに倒れこんだ。そして、頭に鈍い痛みが走った。後頭部を打ったのだと、数瞬遅れて理解した。屋上の床はコンクリート製で。衝撃の吸収などされず。視界がフラッシュした。一瞬だけ少女がこっちに来るのが見えて、少女の目は驚くことに澄んでいて。それで意識が朦朧として…最後に、自分がダサいと思ったのを皮切りに、ブラックアウトした。
趣味で書いているので、変なところあったりしたらすいません…。1日一話を目安に書かせて頂きます。気長によろしくおねがいします…!