#100
(フム……)どうやら今回の侵攻―――失敗に終わったようですね。
ルキフグスも所詮、口先だけの輩。
我らが“神”が貸し与え給うた軍を、全滅させるなどと……
「どうした―――何かあったのか。」
「ああ、これは―――いえ、些末な事です。 先達て仕向けた軍―――その悉くが全滅……軍の司令だったルキフグスも、彼の地にて討ち取られた由にございます。」
「なんと―――あれ程の実力者が……」
「ですが―――そう悲観する事ではございません。 ニュクスにしろ、ルキフグスにしろ、我らが“神”に逆らいし不逞の輩。 故に、先遣としたるのは、彼の地―――魔界の戦力を推し量る為の単なる捨て石に過ぎませぬ。」
ここは―――ある『世界』……しかしこれまでの流れ上、“不明”とするのも無理な話し。
そう……こここそは、ラプラス達の世界―――
その世界のどこかで、“神”に仕える者と、武勇に秀でたる者が会話を交わす。
而してその内容こそ、『ルキフグスの敗死』でした。
ルキフグス―――それは、9人で1人の、魔物のような者。
そんな魔物のような者に対しても、畏敬の念すら払っているかのような“武勇に秀でたる男”……ならば“彼”も、“彼女”も、ルキフグスと同様なのか。
「“捨て石”―――か……そんな考え方をしたくはないものだな。 確かにオレ達は、互いを認め合うまでは鎬を削り合ってきた、互いの存在の証明の為にと、生命と生命の削り合いを。 だが、お前とお前が信奉する“神”の取り計らいで、オレ達は志を同じくした。 確かにニュクスやルキフグスは、オレ達『人間』とは違うかもしれない。 だが―――……」
「さすがでございます―――さすが、私達『人間』の内で最強の呼び声高い『**様』……。 だからこそ、私はあなた様に惚れ込んだのでございます……。 あなた様のその―――高い武勇にカリスマ性……。 さあ―――共に、我らが“神”と共に、その高みへと臨みましょうぞ!」
ああ―――……『**』……。
お前の言葉はどこか甘美だ……どこか蕩けてしまいそうだ……。
だが誓おう、この剣にかけて―――そなたとの愛を! ここに誓おう……
今は伏せられ、満足に表記すら儘ならない不確定な者達。
いわゆる“神”に仕え、その託宣の下もとに聖なる教えを広めたる者……しかしながら、その女が最も得意としていたのは―――“魅了”。
武勇一辺倒の男も、この女が発する甘やかなる囁きに為す術がないままに―――言われるがままとなってしまう……今やその矜持も形骸し、その女の肉体に溺れてしまう“勇”なる者。
『英雄の最大の敵は娼婦』―――
それは誰が言い出したかは知れませんが、数々の英雄譚で身の破滅の末路を辿った英雄達の、そのきっかけを作ったのは身分卑しき己の“春”を売る娼婦だったのです。
ならば、この女の出自は―――娼婦……なのかと言えば、“そう”ではありませんでした。
女の生業は、“神”からの託宣を受け、“神”に仕え―――
そして……“神”にその身も心も捧げる……
けれどそれこそは、娼婦の本質―――
ただ、その対象が“神”だった……と、言うだけの話し。
そして、忘れてならないのは、冒頭部分―――
そう、ニュクスやルキフグスは、決して自らの意志で魔界への侵略を企てたわけではなかった。
言わば女が信奉し、その身も心も捧げてきた“神”の思し召すがまま。
総ては―――“神”の、爛れた慾望あるがまま……
女は、その“世界”では、“神”に次ぐ発言権を有し、また権力も有する。
人間等と言う矮小な種属が、ニュクスやルキフグスの様な、魔界の上位者にも匹敵しうる実力の持ち主の“上”に立ち、彼らを顎で使い―――そんな彼らの尊い犠牲の下、人間が魔界を占領しようとしていた……しかし、ルキフグスの敗死により、先遣は失敗に終わった出端は挫かれてしまった……。
だが、自分の“神”の慾望を叶えるため、今回の失敗の原因を探り出そうとする女―――……
成る程……ニュクスを仕向けさせた折、邪魔立てをした者が、また今回我らの前に立ちはだかったと……。
だが……なんだ? そうした者共の一部は、ニュクスを退けた後、亡くなっている……?
まさか―――“英霊”か!
それに……なに? 『闇の衣』だと??
まさか……我らが“神”にも匹敵しうる権能の持ち主が、あちらの世界にいたなどとは!
それに……っ―――! 『グリマー』に『神意』?!
『闇の衣』だけならいざ知らず、我らが“神”をも脅かす者までいたとは!!
むうう……確かに過去の2戦に於いては、敗けを認めざるを得ませんでしょう―――……が、この敗戦もどうやら無駄ではなかったようですわね。
それに『闇の衣』は『アレ』がないと、どうにもならない―――故に今は考えないようにしましょう……。
しかし、傾注すべきは『グリマー』の方……こちらは、この私と**様とが直接動き、『グリマー』を拐すなどして動きを封じなくては……。
今回の敗戦は無駄ではなかった―――それに捨て石として仕向けさせたニュクスからの情報も有用に活用させ、次第に魔界側の戦力を浮き彫りにさせた……。
それに更に加え、使い魔からの情報―――『闇の衣』や『グリマー』……そして『神意』など、魔界にとっては重要な情報が流出された……。
己を知り相手を知らずにいれば、勝てる戦も勝てはしない……。
女は、どうにか信奉する“神”の為にならんと奮励努力し、やがて一つの事実に突き当たってしまう……。
この『グリマー』なる者、警戒しおくべきは『神意』と言う強力無比な権能のみか!
しかも過去に於いては自然死などではなく、事故死によってその生命が断たれているではないか!
フ―――フフフ……ならば、付け入る手立てなどいくらでもある……その身体強度が一般の者と同じであれば、その付け入る手法を間違わなければ、どうとでもなる、それに―――『アレ』を抽出するには、必要不可欠。
クフフフ……この私の淫らの妙技にてその魂を堕落し、その穢れを以て『神意』を使えなくさせてや―――
いや……それでは生温いな―――その肉体を苗床とさせ、我らが“神”の尖兵の母体としてくれよう!!
そして、『グリマー』より抽出したる『アレ』を以て無効化させれば、魔界は私達のモノとなる―――!
この私と―――“神”のモノに!!
それは……最早―――“神”に仕えたる、聖なる女者の言葉ではありませんでした。
穢れ、爛れ、澱み、己の慾望あるがままに邁進する“邪悪”のそれでした。
そう……つまり魔界は、そうした者達の標的にされてしまった……と、言う事実がここに顕わとなってきたのです。
事実は―――その総てを知るべきではない……
しかし知らずに於けば、手遅れと成るのは必定。
果たして魔王は―――『三柱』の長達は……この不逞の輩の慾望に気付いていたのだろうか……?
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フム―――終にあやつめが、その重い腰を上げおったか……
来るならば来るがよい―――手厚くもてなしてくれようぞ……
ワレらが父祖が、汝らより迫害され追放された怨恨―――このジィルガ忘却まいぞ!
その魔界で、5000年以上も時を紡ぐる者は、父祖が受けた非礼や冒涜、屈辱の数々を忘れた事はありませんでした。
そして、忘れない様に―――と、自らに“呪い”をかけた……
決して傷付くことなく―――死することなく―――老いることなく―――忘るることなく―――朽ち果てることのない、“呪詛”を……。
#100;闇の深淵にて藻掻き蠢きめきたるモノ
おしまい