#99
かの防衛戦から幾許かの時が過ぎ―――……シェラザードの下に、ある“文”が舞い込んできました。
その文に目を通し―――伏せるシェラザード……
その文こそは、“故郷”からのもの―――
その故郷からの文に、何が認められていたのかは、シェラザードのみしか判らない事。
けれど―――……
認められていた内容が“何”であったかは、後日のシェラザードの“ある行動”で、明らかになったのです。
「マスター・ノエル、シェラザード様が面会をお求めになられています。」
「そうですか、判りました。」
その日シェラザードは、マナカクリムにあるギルド会館を訪れ、当マスター職であるノエルに面会を求めていました。
ノエルにしてみれば、娘であるササラと同じクランに所属し、また時たまにギルドの業務を手伝ってくれた事もあるから、彼女が面会を求めて来るなど、そう珍しい事ではなかった―――
だから今回も、“そう”だと思ってしまっていた―――……
しかし―――
「(!)その身形―――」
いざ面会をしてみると、只ならぬ決意の下、ここを訪れている事を知るノエル。
そう―――ノエルが目にしていたのは、一介の冒険者としての“彼女”なのではなく……
ちゃんと髪をセットし、化粧や服装も“儀礼式”のそれ―――そしてなにより、その特徴ある両の長耳を飾っていたのは……
「王女シェラザード様、当ギルドに何用でお越しになられたのでしょうか。」
「この度私は、国に帰ることに致しました。 ノエル様に於かれましては、一番にお世話になった事への感謝の表れとし、一番に報告を致したいと思った所存にございます。」
その場にいたのは、一介の冒険者であるシェラザードではなく。
『エヴァグリムの誇り』をつけた、エヴァグリム王女のシェラザードでしかなかった……
そう―――例の文には、そうした内容が綴られていた。
それにシェラザードは、今尚“王女”であった為、いつかはこの日が訪れるとは思っていた―――……
そして、その決意が鈍らないよう―――……
「……それで、あなた様のお仲間には、この事は話されたのですか。」
その―――ノエルからの質問に、王女は答える事はなかった……
また―――またしても彼女は、“サヨナラ”も言わないまま、仲間彼らの下から去ろうとしていた……。
そして、やにわに席を立ち、この街から去ろう――――と、していた……。
「―――シェラ! どこへ行くと言うの!?」
「……クシナダ―――」
その足が、丁度街の正門へと差し掛かろうとしていた時、呼び止める声がしました―――
しかし、その声の主や、況してや仲間達にさえ今回の事は話してなかったというのに……
「そんな恰好をして―――そんな恰好をして……またあなたは、私達に一言も言わないまま、私達の前から去ろうと言うの?!」
「(……)ああ―――そうだよ……。 だって、言ってしまえば必ず決心が鈍るから……」
「『決心が鈍る』? 私はようやく、あなたと判り合えたと思っていたのに……あなたはその最初から―――」
「本当は……さ、私が起こした“粛清”の名の下、国王もこの手にかけようとしていたの。
そして―――これまでの間、多くの国民に塗炭の苦しみを味わわせた報いとして、私は王籍を返上しようとしていた……。
けどさ、ヘレナやヴァーミリオン様から言われたよ、『それはダメだ』……って。
私の一つの心残りは、“王女”を続けなければならなかった事―――王女でなくなってしまえば、こんな日が来るのなんて、なかったんだろうに……さ。
けれどそれじゃ―――そんな事じゃ『けじめはつけられない』と言われたんだよ! そして昨日……その為の“文”が、私の下に届けられた―――お別離れだよ……」
「待って! シェラ―――!!」
「来ないで! それ以上……来ちゃったら……折角の決心が…………」
惜別の涕を呑み込み、やっとの思いで絞り出される声に、本当は別離れたくもないのに別離れなければならない……そうした断腸の思いでの決心である事を、クシナダは理解しました。
そして次第に遠くなり―――終には見えなくなった“悪友”の面影に。
#99;別離れの向こう側
「ようやく……別離れられたようですね―――」
「ササラ! あなたは……知っていたというの?!」
「ええ、いつかはこんな日が来るであろう事は判っていました。 ですが、その日が今日だとは、私とて判りませんでした。」
「だったら―――」
「所詮……」
「……えっ―――?」
「所詮、庶民と王族とでは、その世界が違うのです。
王侯貴族は庶民とは違い、その暮らしぶりなどは裕福ではありますが、その分庶民へ施さなければならない。
そうした責務を負うのもまた事実なのであり、“人の上”に立つ者の責務でもあるのです。
けれど近年に於いてはそうした意識が薄れ―――その“悪い意味”での良い例がエヴァグリムと言って差し支えなかったでしょう。
ですが大樹はその根元から腐ってはいなかった……活きた正常な根がある限りは、あの国は再び繁栄を取り戻す事でしょう。
王女は、自国の民達の為に決心をしたのです……それを、私たち如きが止めてはいけません―――止める事など出来はしません……。
だからこそ、またもあの方は“サヨナラ”を使わなかったのです。
使えば……もう二度と、再開は叶わないものだと思ったから……」
シェラザードが、完全にマナカクリムから立ち去った頃合に、そしてまた見計るかのようにクシナダの前に姿を見せるササラ……。
実は彼女は、こんな日が来る事を予見していました。
そう―――シェラザードが起こした変革が功を成し得た時点から……。
だからこそ―――こうなるであろうと判っていたからこそ、クシナダの前に現れた……。
何より彼女は、不意にいなくなってしまった“悪友”の事を想い、悲観に暮れてしまった前科があったのですから。
それに……直近に於いても、嘘を吐いていたのだから―――……
クシナダの嘘―――それは……
好いてしまった相手に、一切悪態が吐けなくなってしまった……と、言う事。
だから以前、指摘されてしまった事に、つい乗っかってしまった―――
『さっきだって絶っっッッ対に、『何言っているのかしら―――』の後、『このお駄肉エルフ様は』て言ってたでしょうに!!』
以前の関係性だったなら、その禁忌の言葉は、やにわに口から吐いて出たに、違いはない……。
けれど、好いてしまった今となっては、言えようはずがない……。
でも、嘘を吐く事で彼女との関係性が保てるならば―――と、だからこそ見破られてしまった“嘘”……。
けれど、黒キ魔女も言っていた―――今回敢えて使っていた言葉が、そうした意味合いを持つと言うのならば……
その淡い期待に、胸を寄せるのでした。
つづく