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ワイズテイマー:~フェルマーの最終転生~  作者: 槙弘樹
第1章「フェルマー」
2/10

ケイティ・タウ・センター

 その日五人目の一八歳を送り出し、執政官は一息吐いた。

 始業からここまで見事に女子が連続している。

 珍しい例だった。


 しかし、記録もここまでらしい。

 手元の資料によれば六人目は城島()(いち)

 男子だ。

 しかし古風な名である。

 変に関心しながら、手元のコンソールに手を伸ばした。

 マイクをONに入れた。


「次の方、1号室へお入り下さい。受付番号36番でお待ちの方、1号室へお入り下さい」

 アナウンスと同時、圧搾空気の抜けるような音がした。

 向かいの扉が横へスライドして開く。

 システムが自動で入口を開放したのだ。


 ほどなく、そこへ大柄なシルエットが姿を現した。  

 無数のカメラとセンサーが即座に生体認証を行う。

 解析結果は即座に執政官の元にも届いた。

 間違いなく城島鬼一本人だった。


 年齢はもちろん一八。

 身長は一七九・六センチ。

 もう切りよく一八〇で良いのではないか。

 そう言いたくなる上背に、七九キロの体重。

 体脂肪率一四%。


 なにかスポーツをされているんですか?

 高確率で聞かれる体格だ。

 実際には、中高とも部活には所属せず。

 スポーツに専念した経歴もないという。


「――どうも」

 ぶっきらぼうにも聞こえる声が、短く言った。

 軽い会釈が添えられる。

 人生最後の日だというのに、城島鬼一はどこか眠たげな印象だった。

 やや下がり加減な目尻のせいか。

 しかし、三白眼気味の双眸(そうぼう)は自体は鋭く、全体的には充分に強面(こわもて)の部類に入る。

 手元の資料もそれを裏付けていた。

 特に異性からは、第一印象で恐れを抱かれることが多いとある。


「はじめまして。この度は変生日おめでとうございます。本日、担当を務めさせていただく執政官のイトーと申します」

 執政官は起立して微笑を浮かべた。握手までは求めない。

 代わりに椅子を勧めた。

 相手が腰を落とすのを見届け、自らも着席した。

 事務用デスクを挟んで対面する構図だった。


「では、形式上の本人確認ということで、まず氏名と生年月日、それから現住所を口頭でお願いします」

「ええ、と――ジョウジマ・キイチ。二〇一九年四月一〇日生まれ。で、住所でしたっけ?」

「はい。お願いします」

 頷くと、彼は番地までよどみなく暗唱した。

 もう二度と帰ることのない生家の地理座標だ。


「ありがとうございます」

 執政官は紙資料をデスクの上でとんとんと揃える。そして訊いた。

「では、ここまでで何か質問はありますか?」

「は?」

 城島鬼一が眠たげな目を見開いた。

「いや……質問っていうか、疑問しかないんスけど」


「だよね。ですよねえ」

 執政官は手にしたボールペンの尻でがりがりと頭を()いた。

「あの」不安げな声が言った。「俺、これから転生するんですよね」

「はい、そうです。正式には〈(かく)化変成処置〉と言うんですけどね。まあ、この辺はもう学校でみっちり予習済みだと思いますが」


 ――二〇三七年現在、人類は誰もが一八歳で人生を終える。

 正確には殻化の処理を受け、異世界に転生する。

 (へん)(じょう)と呼ばれるこの一連の制度に、例外は一つとしてない。

 熱帯樹林の奥地で人知れず暮らす原住民ですら、逃れた者はない。


「殻化って、マジで身体バラされて脳だけにされるんですよね?」

 そう問う一八歳は、病院で注射されるかを気にする幼児の顔だった。

「はい。そこは授業で習う通りですよ。嘘はないです。脳や脊髄の一部といった限られた部分だけ取り出して、培養液に満たされた〈特殊容器(シェル)〉に入れられます」

 これは一時、「脳の瓶詰め」などとも揶揄されたことがある。


「で、そればっかを集めた軌道衛星上のステーションだかどこかに収容される?」

「いや、そうとは限らないですね。詳しいことは〈コム〉の管理上の機密ですし、私も知らされてないんですが」

 いずれにせよ、人間は殻化で肉体を捨てる。

 もっとも永遠の喪失ではない。彼らは、誕生時に完全なゲノム解析を受けている。よって〈コム〉は、殻化した人類にかつての肉体を返すことも可能だ。一から培養された、本人すら気づけないほど精巧な複製(クローン)体に、脳を再移植されるという形で。


「――さて、城島さんにはこれから変成していただくわけですが、ええと事前調査ではソード&ソーサリィ系が第一希望でしたね?」

 いわゆる剣と魔法のファンタジィ世界だ。

「そうです」

 殻化された人類。通称〈殻人〉。

 彼らの脳は、ただ瓶詰めにされるわけで決してはない。

 ただちに仮想現実(VR)システムに接続され、解放される。

 すなわち第二の人生を歩み始めるのだ。

 誤解を恐れず言えば、極めてリアルなゲームの世界に生まれ変わる。


 物理法則から、空気中に舞う(ほこり)の数まで。全てが完全に演算・再現された、もう一つの現実世界だ。

 五感をはじめとする感覚。生理現象。そして死。

 そこではあらゆるものが現実(リアル)として成立している。

 やり直しはきかない。


 執政官の聞くところ――

 場合によっては仮想空間ではなく、見知らぬ辺境惑星に送られる〈殻人〉もいるらしい。

 言うなれば〝異世界〟ではなく〝異星〟転生だ。

 どういうことかと言うと、一度脳だけにされたあと、〈コム〉が培養した新しい肉体が用意されるのだ。


 この場合、転生先も仮想現実空間ではなく〈コム〉が環境整備(フォーミング)した実在の惑星だ。

 ただし、言うまでもなく地球とはまったく別ものである。

 未知の生物が闊歩(かっぽ)し、月が二つ三つあるのも当たり前。

 拡張現実で、あたかも魔法のような法則が再現されていることもあるという。


 果たして、ゲームの中に放り込まれたのか。

 遺伝子工学で造られた肉体に脳を移植され、別惑星に放り出されたのか。

 殻人が判別する術は皆無だ。する意味もない。

 どちらであれ、元の世界には二度と戻れないのだ。

 転生先の第二の人生こそが唯一絶対のリアル。

 死をもって全てが終わることを含め、現実は絶対に覆らない。


「――で、俺がどのリージョンに入るかは今、教えてもらえるんですか?」

 城島鬼一が訊いた。状況を考えればしごく平静な声音だった。

「はい。ご要望にお応えして、ソード&ソーサリィ系ですよ」

 もったいぶる必要もない。すぐに答えた。

「おお……」


 このように転生先はある程度、事前に選ぶことができる。

 その選択肢もまた多様だ。

 神や精霊や魔獣が実在する剣と魔法の世界――

 一〇〇〇年後の未来を忠実に再現したSF世界――

 独自技術の発達した、蒸気たちこめるスチームパンクの退廃的世界。

 数多の怪盗・怪人と私立探偵たちが秘宝や謎を巡りしのぎを削るミステリ世界――


 仮想現実上であれ、手を加えられた異星であれ、これら異世界をリージョンと呼ぶ。

 そしてリージョンとそこに生きる殻人を管理するのが、自我を持ち、自立と独立を果たした西暦三〇〇〇年代の人工知能AI群――〈|人類保全機構《The Conservation of Mankind》〉。

 すなわち〈コム(CoM)〉である。


「さて、じゃあ早速行ってみますか? 剣と魔法と言っても色々パターンはありますし、どんな所か気になりますよね」

 執政官はデスクに両手をつき、腰を浮かせた。

 だが、肝心の相手が口をぽかんとさせている。

「えっ、いいんスか?……説明とかは」


「あ、説明いります?」

 中腰のまま訊き返した。

「まあ、知っとくべきことがあるなら、知っときたいですね」

「そうですねえ」

 執政官は椅子に座り直す。

「授業で公開されてないことで、ここで言える範囲の話となると……ああ、城島さんが行かれるリージョンですけど、名前は〈オルビス・ソー〉と言いましてね。ちょっとマイナーなところになってます」


「オルビス・ソー……」

「はい。色んな神様が実際にいて、モンスターが普通に存在する世界ですね。その怪物退治を仕事にしてるいわゆる冒険者みたいなのもいて、彼らは〈レイダー〉と呼ばれてます。で、注目の魔法ですが――これは、マイナー路線だけあって、資料見る限りちょっと独自の仕様みたいですね」

「独自って?」


「誰でも使えるわけじゃなくて、最初から使える人として生まれてくるか、ある日、力に目覚める感じのようです」

 城島鬼一は、それで「あっ」という顔になった。

「そう言や、俺は俺のまま向うに移動するんですか? それとも、別人で赤ん坊からやりなおし?」 

「ああ、それ大事ですよね。結論から言っちゃうと、城島さんの場合はこのままです。キャラメイクみたいなのもできません。姿も年齢もほぼ変化なし、固定で再スタートです」


 途端に青年の眉間(みけん)にしわが寄る。

「じゃ、魔法使えないんじゃ?」

「その可能性は高いですねえ、残念ながら。途中で覚醒するケースは珍しいみたいですから」

「マジかよ」

 うつむいた城島鬼一がうめくように漏らす。

 だが次の瞬間、はっとした様子で顔を上げた。

「なんか転生する奴は、ゲームの初回ログイン特典的なのをもらえるみたいな噂を聞いたことあるんですけど……」


 執政官は思わず微笑んだ。

 変成に関する基本知識は、学校教育であけすけに広めている。

 一方、踏み込んだ部分については伏せていることも多い。

 噂話として流布するに留めている情報もある。

 目の前の一八歳がもちだした話は、まさにその代表例だった。


「その噂は事実です。ありますよ、初回特典」

「マジっスか」

「それから、転生する時には一八歳までの人生をどう生きたかが反映される、といった噂も聞いたことありませんか?」

「あります。じゃ、それも――?」


「それも本当です。現実(こちら)で金持ちに生まれた人は、貧民として転生しやすくなってます。逆に外見で色々悩まされた人は美男美女に生まれ変わりやすいですね」

 もちろん、これは傾向にすぎない。

 富豪の家に生まれても、財に溺れず奉仕の精神を磨いた者は、転生先でも優遇される。

 貴族として再スタートすることも珍しくない。


 逆に言えば、人より容姿が劣っていた者が必ず美しく生まれ変わるとは限らないことになる。

 劣等感をこじらせ鬱屈した者。

 欠点への憎悪を他人や世間への憎悪に置き換えてしまった者。

 彼らには再び試練を与えられることもあり得る。


 一八歳までの生き方が転生先のステータスに反映される――

 それを噂として流しているのは、「どうせ転生するから」と開き直らせないためだ。

 前世に意味を持たせるためだ。

「ん……? なら俺は?」

 城島鬼一が自分を指さす。そのままって?……と首をかしげている。


「城島さんの場合は、まあそういうことですね。何でも逆転するわけじゃないですし。あなたは生まれ持った長所にも短所にも、わりとフラットに向き合って生きてきたということでしょう。少なくとも〈コム〉はそう評価したようです」

「そっスかね? まあ、良いけど」

 あっさり引き下がる。

 そういう所ですよ、と言いかけた執政官は結局、微笑むだけに留めた。


「あ――で、俺がもらえる特典ってなんスか?」

「それはランダムに決められるんで全くの運なんですが……城島さんへのギフトは〈狗神使い〉のスキル、となってますねえ」

「いぬ――?」

「犬です。ドッグ。まあ異世界ですから〝犬系の何か〟くらいに考えておくべきでしょうね。それっぽい生物を仲間として三度まで召喚できるという才能です」


「おお、召喚」

 年頃らしい瞳の輝きだった。

「それって一時的に呼び出すだけなんですかね。それとも仲間にできる?」

「仲間にできるタイプみたいですね」

「なら――」

 執政官は無言で手のひらを突き出した。矢継ぎ早に続けようとする青年を制する。


「これ以上の詳細は無償ではないので気をつけて下さい。スタート時の所持金が減るだとか、装備のグレードが下がるなど、何らかの代価が必要になります」

「そんなのあるのか」

 鼻白んだようにつぶやく。

「無償で提供できる情報は、そうですね……たとえば、転生先での七日間の生存率は九五%になるよう調整されている、とかですね」


「つまり、五%は一週間生きのびられないってことですか」

 執政官は肩をすくめた。

「現実世界でも、生まれたての赤ん坊は五%では済まないくらい死んでますよ。歴史的、世界的に見ればね。そして、あなたは生まれ変わるんです」

 論理的な思考ができるタイプらしい。城島鬼一は黙り込んだ。

「まあ、ここで話していても確率は変わりませんよ。それよりも、ここまできたら冒険が待ちきれないでしょう?」


 今度こそ、執政官は立ち上がった。

 身体の向きで奥のドアを意識させる。

「ちなみに、ペナルティ覚悟でなら聞ける情報ってどんなのがあるんですか?」

 椅子から腰を上げ、城島鬼一は後に続く構えだ。

「スタート地点がどんな所か、街は近いか、どっちの方にあるか……なんてのがそうですね。あとは国際情勢や市場に関する情報。周囲に出没する危険に関することなんかも有償です」


「払って聞く奴いるんスか」

「まあ、もしも人里離れたところからのスタートなら、買い物なんてできませんから。そうなると持ち金なんて不要だから、生存確率を上げるための情報をくれと考える人もいますよ」

 難しいのは、スタート地点自体が伏せられていることだ。

 街の近くなら、逆に金がないと不利になる。ペナルティを受けてまで得た情報は、街でなら世間話で簡単に手に入る程度のものでしかない。


「どうします?」と振り返る。

「俺はやめときます。将棋も初期配置が一番強いって言うし」

「将棋ですか。ああ、そう言えば――」

 執政官は思考で仮想デバイスにアクセスする。城島鬼一のプロフィールを脳内に展開した。

「城島さんは少し変わったご趣味をお持ちでしたね」

「変わってますかね?」


 無論、変わっていた。

 レトロ趣味。そして占い。

 冗談のような組み合わせである。

 前者は、なんであれ年代ものが(しょう)に合うという嗜好性の話だ。

 生まれもってのアナログ派とでも言うべきか。

 とかく好みが古い。


 音楽からしてもう違う。

 ジャズ。歌謡曲。演歌。

 お気に入りの女優はイングリット・バーグマン。

 歌手は石川さゆり。

 アイドルはアグネス・ラムときている。


 愛読書はマクリーンをはじめとした冒険小説。

 司馬や池波といった時代小説も大の好物らしい。

 一部、史書などにも興味を示すというから、間違いなくマイナー路線だろう。

 むしろ本当に一〇代かというラインナップだった。

 盆栽かゲートボールを加えれば、たちまち高齢者の仲間入りだ。


「占いもされるんですよね。そういうのは、どちらかと言えば女性が好むと思っていました」

「俺は好きというより、得意なんですよ。才能がある」

「ほう――」

 執政官は思わず立ち止まった。

 ドアは目の前だ。

 ボタン一つで開くところだが、あまりに話が気になった。


「そんなに当たるんですか? そこまで言われると、何か占って欲しくなりますね」

「俺としては、そんなことより早く先に進みたいんですが」

「ああ、すみません」

 頭を下げ、ドアを開ける。二人で戸口を潜った。


 広がるのは横長の中部屋だ。

 分厚い灰色のコンクリートに囲まれた無骨な空間である。

 初見の者にとっては奇異だろう。

 なにせ窓の一つも存在しない。

 通ったばかりのドアが唯一の出入り口ですらある。


 そんな中、目を引くのが向こう正面の壁だ。

 間隔を広くとって左右に一個ずつ。

 成人が中腰でようやく潜れる程度の穴が開いている。

 トンネル状を思わせる、かまぼこ型のくり()きだ。


 そこから地面を這って伸びているのが、U字型を描くレールだった。

 片方のトンネルから出て大きくカーブを描き、もう片方へ。

 それは一見、路面電車の線路にも見える。

 あるいは、空港の荷物受取り用ベルトコンベアか。


 実際、それらはほとんど正解だった。

「では、城島さん。こちらへどうぞ」

 執政官は大きく一歩、横にずれた。

 そうしてゲストの視界と進路を解放する。

 視線で示すのはU字レールの湾曲(カーブ)部分。

 そこに鎮座する巨大ポッドだった。


 一言でいうなら、それは人が丸ごと収まる薬用カプセルだった。

 内部の大部分を占めているのは座席シートである。

 歯医者。美容室。ないし献血所。

 これらで見るような、背もたれが大きく後ろへ傾いたタイプである。

 カプセルの上半分は透明なシールド。

 戦闘機のキャノピィよろしく開閉する物で、今は全開されている。


「ここに座るんですか」

「そうです。服も靴もそのままで構いませんよ」

 手振りで(うなが)すと、城島青年は従った。

 おっかなびっくりシートに腰を落ち着ける。

 シートベルトを探すような素振りを見せたので、執政官はそんな物など存在しないことを教えねばならなかった。


「――で、占いの件なんですが」

「まだ言うのかよ」

 呆れ半分、驚き半分の声が返った。

「まあ、良いじゃないですか。あ、何か道具がいるんですかね? だったら諦めないといけないか」

「いや、まあそこは適当に対応できますけど」

「そうですか。じゃあ、何かひとつ、餞別(せんべつ)と思ってお願いできませんかね? ちゃんとご案内はしますので」


「この場合、餞別ってのは俺がもらうものなんじゃ?」

「まあ、そう言わず。じゃあ、先にお仕事しちゃいますが、このままシートに横たわっていれば、自然に意識が落ちます。全身麻酔の経験はあります? あんな感じです。次に目が覚めた時は、もうオルビス・ソーですよ」

「目覚める前にモンスターの胃袋に収まる的なオチは?」

「少なくともそれはあり得ないようになっています。全員が確実に目覚めを迎えますし、しばらくは案内役がつきます。詳しくはそちらに確かめて下さい」  


「なるほど」

「それから占いのお代を先払いということで、個人的にちょっとしたアドバイスをさしあげますね」

「良いんですか?」

 意外そうな顔だった。

「まあ、少しなら。こう見えて私、〈コム〉から出向してる本ケイティ・タウ・センターの副局長でして。結構、偉い管理職なんですよ」


「へえ」

「で、助言ですが……転生後のスタート地点は、大雑把なエリアこそ〈コム〉が事前に決めていますけど、その先の細かい座標はランダムになっています。どこになるかは結果が出るまで誰も知りません。

 ただ、城島さんに割り当てられたエリアは、どうやら人口密度が低い所のようです。街の近くが当たる確率は低いでしょう。装備品や備蓄はできるだけ温存することをオススメします」


「そらまた、貴重な情報だ」

 口元には笑みが浮かんでいたが、目は真剣だった。

「でも、よく当たる占いがあるなら、こんな大雑把な助言なんて不必要でしたかね?」

「いや」

 城島鬼一は静かに首を左右した。

「俺の占いには制限っていうか、ルールがあるんですよ」


「ほう」

「自分のことは占えない。イエスかノーかみたいな、単純なことは占えない。あと、占いの結果は絶対に当たらない」

「はい?」

 よほど間抜けな顔をしていたのだろう。執政官の反応に、城島青年はにやりとして見せた。

「俺の占いは外れる」


 宣言すると、彼はポケットを探った。

 しばらくして取り出されたのは、無色透明のビー玉だった。

 それを手のひらの上でゆっくり転がし始める。

「占いの方法は何でも良い。何について知りたいか、まず頭の中に対象を刻みつける。あとは気分を落ち着けて、何か機械的な動作や作業に没頭すればいい。マッチを燃やしてひたすら眺めたり、裏返したカードを適当に弄って並べたり……」


「手のひらでビー玉を転がしたり、ですか?」

 彼は頷き、目を閉じた。

 それきり黙り込む。

 ビー玉を乗せた右手だけがゆっくりと揺れている。

 穏やかな小川に浮かぶ木の葉を見るようだった。

 静謐が場を支配した。


「しばらくすると、ふとした瞬間にイメージが見える」

 ややあって、城島鬼一は目を開き、つぶやいた。

「暇してる時、別に好きでもない歌が頭の中で流れたりするけど、あんな感じだ。それで占いは終わる」

「私を占ってくれたんですよね。何が見えました?」

「今日の昼。どっか食堂みたいなとこで、サンドウィッチを食ってた」

「え……はい?」


「俺の占いは外れる。つまり今日の昼、担当さんがサンドウィッチを食うことはない」

「いや……それは」

 予想外のが来た。それが正直な感想だった。

「でも、その占いを聞いた私が、あえてサンドウィッチを選ぶかもしれませんよ?」


「それはない」

 すかさずの断言だった。

「必ず外れるってジンクスを破ると俺の旅立ちにケチをつけると考える性格だとか。急な仕事で昼にメシを食うチャンスがなくなるとか。食堂が臨時休業だとか。当てようとしても無理な条件が必ず揃う」

「ふうむ」


「そもそも、絶対に当ててやると思うような奴には、狙って当たるようなヴィジョンは見えないんですよ。天気とか、電車が遅れるとか、弄れない事が占いに出る」

「事実なら……興味深いなあ」

「事実ですよ。占いは、たぶんもう千回はやってきてる」

 可能なら彼を昼食に誘いたかった。

 サンドウィッチを巡る占い談義はさぞかし盛り上がることだろう。


 だが、時間はそれを許さない。

 ブザーが鳴った。

 同時にカプセルのキャノピィがゆっくりと閉り始める。

 これで密閉されるともう肉声は届かない。

 無線での会話は可能だが、あくまで緊急用である。


「占い、ありがとうございました。昼が楽しみですよ」

「賭けても良いですよ。俺の占いは外れる」

 転生者は口角を吊り上げる。

 執政官は微笑でこたえた。

「良い旅を。第二の人生に幸あらんことを祈っています」

「――どうも」


 それが彼と交わした最後の言葉になった。

 キャノピィが閉りきる。

 青年は執政官から視線を切った。

 真っ直ぐに前を見詰めている。


 やがてオールグリーンを示す電子音が響き渡った。

 モーターの駆動音が聞こえる。

 カプセルの底面に供えられた車輪が、厳かに回転運動を始めた。

 執政官は半歩後ろに下がる。

 そして走り始めたポッドが壁の向こうまで、消え去るまで見送り続けた。


 確かに、城島鬼一の占いは外れるだろう。

 サンドウィッチは昨日のランチだった。

 そして執政官はローテーションでその日何を食べるかを厳密に決めている。

 二日続けて同じ物を食べることは断じてない。


挿絵(By みてみん)

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