第5話 マグナの種族
そう叫ぶなり、他のギルドメンバー二人を引っ張って来た猫耳の女性プレイヤーは、マグナの前にやってくる。
「どーも! また会えましたね!」
「ど、どうも……」
(まじかよ……)
ここは「エンジェルガーデン」から一番近い街にある酒場だ。
しかし、このお店は街の少し奥まった場所にあり、この街に来たばかりのプレイヤーにはまずわからない場所に建っている。
マグナも三十回以上この町に来て初めて知った穴場である。マグナがここに通っている理由は、このお店で出るミルクティーが大好きだからだ。だからこそ、六十レベル前後の彼女達がどうやってここを知ったのか、マグナには不思議だった。
とはいえ、挨拶をされた以上、反応しないわけにもいかないためマグナは軽く会釈を返す。
「さっきは危ないところを助けてくれてありがとうね!」
「いえ、別に大したことじゃ」
「お兄さん強いね! さっきの魔法って召喚魔法だよね? 何の魔法なの?」
「それは……」
マグナは決して人見知りではない。
しかし、矢継ぎ早に質問をしてくる目の前の猫耳プレイヤーにたじたじになってしまう。
「はーいそこまで! ミーナ、そんな矢継ぎ早に質問しないの!」
そんなマグナの様子をみていた高身長の犬耳の女性プレイヤーが間に入ってくれる。
「私はココと申します。先ほどは助けて頂いてありがとうございました。もしご迷惑でなければご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
正直、丁重にお断りさせていただきたいところだ。
彼女達と仲良くしゃべっているところを『盗賊の塒』に見られでもしたら、横入をしたのがマグナであることがばれてしまう。
しかし、マグナにも知りたいことがあった。
第一に、襲われたのは偶々なのか、それとも狙われたのか。
第二に、ここにきてそれほど月日が経っていない彼女達が、なぜこんな辺鄙なお店を知っているのか。
もし、自分がこのお店に通っていることが噂にでもなっているのであれば、『盗賊の塒』のメンバー達は遠からずマグナに行き着くであろう。
「構いませんよ。そちらにおかけください」
それらを考慮したうえで、話を聞く必要があると判断したマグナは着席を促す。
「ありがとうございます」
そして、他の二人も着席をしたところで、彼女達が名乗る。
「改めて初めまして。私はこのパーティのリーダーを務めているココと申します。種族は犬耳族で、職業はモンク系を主に習得してます。そしてこちらの猫耳の剣士が……」
「猫耳族のミーナって言いまーす! よろしくね!」
「……」
三人目の不機嫌な顔をした狼耳の少女は、何も言わずに俯いている。
「あ、すみません。この子人見知りで……。こらレオン! 助けてくれた人に失礼でしょ! 感謝くらいしなさい!」
そう言われた少女は、仕方なくといった感じで顔を上げ、小さく名乗る。
「……レオン。スナイパー……。一応礼を言っとく。……ありがとう」
それだけ言って、また俯いてしまう。
「レオン! 助けて頂いた方にすみません……」
レオンの態度に焦ったココが慌てるが、マグナは気を悪くした様子もなく名乗る。
「いえ、構いませんよ。初めまして。マグナ・カルマと申します。種族は……」
そういってマグナは、彼女たちの前で初めてフードを外してその顔を見せる。
「え……?」
「わぁ……!」
「ん……」
彼女達は三者三様の反応を示すが、それも無理はないだろう。
フードの下から現れたマグナの耳は長く、髪の毛は銀色に輝き、金色の瞳をしていた。
「マグナ・カルマと申します。種族はホーリーハイエルフ。職業はサモナー系を主に習得してます」
「Infinity of The Life」では種族の転生システムが推奨されており、初期からでも選べる種族は細かく分ければ三百を超えるが、この転生ではないと手に入らない種族も多数存在する。
その中の一つが、マグナの種族『ホーリーハイエルフ』である。
取得条件は五つ。
一つ、転生前の種族が森精族系のどれかであること。
二つ、プレイヤーレベルが九十レベル以上であること。
三つ、属性値の九割以上を聖属性にしていること。(転生後は属性値の九割は聖属性で固定)。
四つ、最難関ダンジョン「聖域への道標」のボスから超低確率で手に入るアイテム「世界樹の枝」手に入れること。
五つ、エルフ達が暮らす街「世界樹の森」で受けられる、魔法職ソロ専用超難関クエスト「邪悪なる者の侵略」をクリアすること。
このクエストは、縦十メートル、横六メートルの巨大な門を闇の軍勢から守るだけ、といういたってシンプルなクエストである。
しかし、絶え間なく迫ってくる敵を三時間もの間、一匹も門を通すことなく撃破し続けるという手間と時間のかかる鬼畜クエストであった。それだけの時間を魔法職でこなすのは、困難を極めていた。
これらの条件をすべてクリアし、ホーリーハイエルフへの転生に成功した人数は、僅か八名。その全員が最前線のトッププレイヤーとして名を馳せている。
それだけ取得が難しく、珍しい種族であった。
彼女達もまだ見たことがなかったのだろう。しばらくは呆気にとられていた三人であったが、リーダーのココが真っ先に我に返り、慌てて弁明をする。
「あ……、す、すみません。実際にハイエルフの方を見たのは初めてで……」
「いえ構いませんよ、驚かれるのは慣れておりますから」
ハイエルフへの転生は最低でも九十レベル必要なのだ。六十レベル前後の彼女達がハイエルフを見ることはまずないだろう。
「ありがとうございます。あのハイエルフということは……その、失礼ですがレベルは……」
「はい、百レベルです」
マグナは少しバツの悪そうな表情で白状する。高レベルのプレイヤーが低ランクのダンジョンにいるのはマナー違反とまではいわないが、あまり良い行動とは思われない。
古参のマグナももちろんそれを知っている。事情があったとはいえ、彼女達がそれを受け入れてくれるかわからなかったからだ。
「百レベ! だからあんなに強いモンスターを召喚できたのですね!」
「ハイエルフって転生が難しいって聞いたけど、じゃあマグナさんってトッププレイヤーなんだね!」
しかし、マグナの心配は無用だったようで、彼女たちの顔には一切の負の感情は見受けられなかった。それに少しほっとしていたマグナに、ミーナから質問が飛んでくる。
「ねえねえ! じゃああの魔法は百レベルの魔法?」
「いえ、あれは追撃する智天使の門番という召喚魔法で、九十レベルの魔法です」
「へー! すごいね!」
「いえ、追撃する智天使の門番の習得は難しくないですから大したことじゃありませんよ」
「そんなことないよ! 私達、半年もゲームやっているのにまだ六十前半だよ?」
「そんなものですよ。むしろ上がり方は僕のほうが遅かったくらいです」
「へー、そうなんだー!」
これは嘘ではない。ソロで非効率な経験値集めをしていたマグナが六十レベになったのはゲームを始めて十か月が過ぎたころだ。
それだけ「Infinity of The Life」のレベル上げは時間がかかるのだ。
「僕も聞きたいことがあるのですがよろしいですか?」
「うん? いいよー」
そこでマグナは本題に入る。
「まず一つ目なのですけど……、このお店、ちょっと分かり辛い場所にあると思いますけど、なぜここに?」
「あーそれはねー、ほら、これ」
そういってミーナが取り出したのは、一冊の本。
題名は「ダンジョン別穴場グルメ特集‼」と書かれ、表紙には美味しそうな料理が載っている。
「あー……」
全てを悟ったマグナは死んだ目で天を見上げるのだった。