第3話 救われた過去
マグナは運よく初回盤を購入できた最古参プレイヤーであったが、四六時中ゲームの中に潜り続けられる環境になく、決まったパーティも組まなかったことから、次第にトッププレイヤーから外れていき、中堅層で頑張っていた。
当時、今のような自らを隠ぺいするようなアイテムもなく、またPKに対する知識もなかった。
しかし、運よく穴場を見つけたことで非効率ながらも、一人で相性がよくて経験値も多いモンスターを狩ることができていた。
そんな時、安全マージンもろくにとっておらず、ぎりぎりの戦闘を行い、MPも全く残っていないところを盗賊PK集団に襲われ、麻痺にされた挙句、盗賊のスキルによって身ぐるみをはがされ続けたことがあった。
今は一人のプレイヤーから盗めるアイテムの数は決まっているものの、このゲームがリリースした当時はそのような規制はなく、本当にほぼすべてのアイテムを奪われかけたことがあった。
何もできず地面に倒れ伏したまま、せっかく集めたアイテムが奪われていくログを見続けていた時の無力感と怒りは今でも鮮明に覚えていた。
(でも……俺の時はあの人が助けてくれた)
低レベルのHP回復ポーションまで根こそぎ奪われたとき、自分を救ってくれたのが今のギルドマスターである。
なぜ助けてくれたのか。
そう聞かれたギルドマスターは、はにかみながらこう言った。
「自分が君の立場だったらきっと助けてほしいって思うからさ」
(ギルドマスター……)
そしてマグナの覚悟は決まる。
右手に持ち続けていた杖を天にかざし叫ぶ。
「出でよ! 追撃する智天使の門番!」
次の瞬間、マグナの周囲に六個の巨大な魔方陣が現れ、神々しく眩い光とともに、背中に四枚の翼を生やした天使が魔方陣から姿を現す。
出現した六体の天使達は、天使という名にふさわしく金と白で彩られた装備をつけていた。現れた天使達の構成は両手に炎を纏った大剣を持った『断罪の智天使』が四体と背中に大弓を背負った『聖罰の智天使』が二体。
それぞれの天使が闇属性に対して非常に高い耐性を持ち、広い索敵スキル、さらにはモンスターのレベルも八十五レベとマグナの召喚できるモンスターの中でも上位に入る。
更には、このステージに現れるモンスターと同じ、聖属性に百パーセントの属性値が振られており、ステージの恩恵を百パーセントの恩恵を受けられ、九十レベルのモンスターに匹敵する強さを誇っていた。
その構成はいたってシンプルでありながら、聖属性と火属性の対策をしていないであろう彼らには攻略が難しい天使達である。
出現した天使は、マグナを守るように囲み、命令が下されるまで待つ。召喚されたモンスターは、悪魔系や狂乱などのスキルで召喚主以外を無差別に攻撃するもの以外は命令、もしくは攻撃対象にされない限り自分の意志では攻撃しない。
そんな天使たちに、マグナは命令を下す。
「追われているプレイヤーを助けろ!」
命令を下された天使達は即座に動き出す。
四枚の羽根を目いっぱいに広げた断罪の智天使達は突撃を敢行し、後衛の聖罰の智天使達は大弓を引き絞る。
「ひゃはははは……、何⁉」
突撃を敢行した天使たちの接近に気づいたPK側の斥候が慌ててこちらを振り返る。
だが、それを仲間たちに知らせる前に、後衛の天使二体が大人よりも大きい弓の弦を放すのが早かった。
ビュンという音を立て、光の軌道を描きながら真っすぐに飛んだ矢は、逃げていたプレイヤーの背中にとどめを刺そうとしていた盗賊の塒のメンバー二人に直撃した。
「ぐわっ⁈」
「な……なんだ⁉ 何が起きている?」
突然の攻撃に悲鳴を上げながら吹き飛ばされた二人を見て、他のメンバーたちは一瞬硬直する。
そこに、すかさず突撃を加えた四体の天使が大剣を振りかぶり、混乱していた他の四人を斬りつける。
「ぐおっ!」
「なっ……このダメージ量、こいつら、このステージのモンスターじゃねーぞ!」
(やっぱり気づかれたか)
マグナはこのステージに来るのは久しぶりで知らなかったのだが、ここは数週間前から盗賊の塒が狩場と称してPKを行っていた場所であり、レアモンスターや隠し通路までほぼ全てを熟知していた。
その知識から即座にこのモンスター達がこのステージには存在しないと気付いたのであろう。
「ちっ……召喚モンスターか。お前ら! 引くぞ!」
六人の中で一際レベルの高いプレイヤーはそう命令しながら、隠し持っていた煙玉を地面に投げつける。
充満した煙の中から敵を見つけるスキルを持たないマグナは、不意をうってこちらに向かってこないかだけを警戒する。
しかし、煙が晴れた時には盗賊たちの姿は跡形もなく消え去っていた。
(……逃げたか)
それから数十秒数え、そう判断したマグナは姿を現し、その場にへたり込んでいる五人パーティにゆっくりと近づいていく。
そして、懐から回復ポーションを取り出しながら、話しかける。
「助けを呼ぶ声が聞こえましたので横入させていただきました。これ、よかったらどうぞ」
「え……あっ……ありがとうございます」
本当に助けが来るとは思っていなかったのであろう。
へたり込んでいた彼らはしばらくマグナの顔を見つめた後、慌ててお礼を言った。
その言葉に我に返ったメンバー達も口々にお礼の言葉を重ねる。
「……いえ、これくらいはなんてことないですよ。それよりこちらをどうぞ」
繰り返しお礼を言われ、一度見捨てようか悩んだマグナは、気まずく感じ、目をそらしながら、ポーションを押し付ける。
しかし、彼女達はそのポーションのビンにマークされた紋章を見て慌てて遠慮する。
「え、これオーダーメイド品じゃないですか! も、貰えませんよ! 助けていただいたのにポーションまでもらうわけには……」
「いや余りまくってる物だから」
そういいながら無理やりポーションを押し付け、
「じゃあ、気を付けて」
そう言って、マグナは三人に背を向けて歩き出す。
「ほ、本当にありがとうございました! いつか絶対お礼をしますから!」
その言葉に、マグナは一度顔だけ振り返り、会釈をしてまた歩き出した。