小さなアオちゃんと、三匹の不思議な生きものが一緒に暮らしていた頃のお話
目次
第一話 クーネルキルあらわる
第二話 クーネルキル、アオちゃんと友達になる
第三話 クーネルキル、けんかする
第四話 クーネルキルのとりかえっこ
第五話 キヨさんあらわる
第六話 クーネルキル、赤ちゃんに手こずる
第七話 アオちゃん、クーネルキルの代わりにはたらく
第八話 さよならクーネルキル
第一話 クーネルキルあらわる
「このうちは、なかなか良さそうじゃないか」
アオちゃんが自分の部屋で、今まで聞いたことのない声を聞いたのは、桜色の大きな月が出ていた夜のことでした。ちょっとかすれた、甲高い声が、すぐそばで聞こえた気がしたのでした。
そう、あれは確か四月の満月の二日前ではなかったでしょうか。ベランダのローズマリーが、二十三センチの背丈まで伸びた時でしたから。
「着物だって、悪くないのが少しはあるな。私の腕の見せ所だね」
甲高い声が、続けて言いました。
「そうかい。食料もまあ、最近じゃこんなものだろうな。道具がちょっと物足りないが、僕なら上手くやれるさ。ネルはどう思う」
せっかちそうな早口の声が尋ねました。
「このねぐら、せまいけど何だか落ち着くよ。ボク、好きだな」
間伸びした低い声が、のんびりと答えました。
街の上には、青いテーブルクロスそっくりの空が広がっていました。テーブルクロスの真ん中を、オレンジ色の、ぴかぴか輝く鉄塔がフォークのように突き刺していました。
アオちゃんは、いつもぐっすり眠って朝まで起きないのですが、その晩だけは、お月様が鉄塔の真上に来た時に、なぜだか目が覚めたのでした。
アオちゃんは、空のお月様によく似た瞳を開くと、天井を見上げました。天井からは、金色と銀色の馬が吊り下げられ、くるくると追いかけっこをしていました。
次にアオちゃんは、自分の足元を眺めました。そして、布団の陰に、ごそごそと動くものを見つけました。そのとき、あの話し声が聞こえてきたのでした。
アオちゃんは、声がもっと良く聞こえるように、ほんの少し体を起こしました。その弾みに、掛け布団がカサリと音を立ててしまいました。
三つの影は、ピタリと動きを止めました。
アオちゃんはどきりとして、息を止めました。
「起きたんじゃないか」
再び、甲高い声が言いました。
「ネル、どうにかしろよ」
「おかしいな、この子は朝まで起きないはずなんだがなあ」
「着物が悪いんじゃないか」
「そんなはずはない。洗いたてのフランネルのパジャマを着ているんだから。それに、ラベンダー油だって振っておいた。なあ、ネル」
「うん。もしかして、お腹が空いたんじゃないかなあ」
「まさか。アオは夕飯にコロッケ二つをオカズにご飯をお代わりして、食後にりんご半分と、寝る前にはホットミルクまでもらったんだよ」
アオちゃんは、自分の名前が呼ばれ、また晩ごはんのメニューまで知られていたので、びっくりして、つい、
「えっ」
と、声を上げてしまいました。
とたんに、話し合う声は途切れました。
アオちゃんは、しばらく待ってみましたが、部屋はしんとしてしまいました。 隣の部屋からは、パパの大いびきが聞こえています。パパもママも、眠っているのだとアオちゃんは思いました。
「ねえ。そこでお話ししてた人たち」
アオちゃんは、小さな声で言ってみました。三つの影は、やっぱりそこに見えていましたが、じっと動きません。アオちゃんは、もしかしてぬいぐるみと見間違えたのかと思いましたが、三つの影は犬のピケより大きく、クマちゃんより小さいようでした。
「どうして私の名前、知ってるの」
もう一度、影に向かって言ってみましたが、返事はありません。
アオちゃんはむっとして、
「そこに、いるんでしょう!」
と、いきなり枕元のランプのスイッチを入れました。そうして、大きなランプを抱え上げると、三つの影にぐいっと突き出しました。
三つの影は弾かれたように、ばらばらの方向へ飛び上がりました。隠れ場所を探すように、目にも止まらぬ速さで駆け回りましたが、結局アオちゃんのベッドの上に戻ってきてしまいました。何しろ、アオちゃんの寝室は、小さなベッドに、小さな机と椅子、小さな衣装棚を置いたら、後はアオちゃんが一人立つだけの場所しかなかったのです。だから、いくら探しても、雪だるまのお腹ほどもある三つの影が姿を隠せる場所はないのでした。
アオちゃんは、スタンドの灯りで三つの動くものをよく見ようとしました。スタンドの光を受けて、六つの丸い玉が、パチパチと光ったり消えたりするのが見えました。
ようく見ると、丸く光っていたのはどうやら目玉のようでした。
どれも黄色くて、きらきらしています。あるものは早く、あるものは遅く、パチパチ、パチパチ、開いたり閉じたりしていました。
「きみたち、誰? どこから来たの」
アオちゃんは、ちょっとえらそうに言いました。何しろ、ここはアオちゃんの部屋なのですから。
六つの目は、パチパチするのをやめ、驚いたようにそろって大きくなりました。
「僕らに言ってるの?」
赤い巻き毛を頭に生やしたのが、びっくりして言いました。アオちゃんは、大きくて強い子だと思われたかったので、背すじを伸ばして、わざと厳しい顔をしてうなずきました。
「見えてるのね、ボクたちのこと」
白いフワフワした毛が全身に生えているのが、おっとりと言いました。
「あらまあ、いつ以来かねえ。こんな子供に会うのは」
真ん中にいる、青くて長い毛を持ったのが、目を細めてつぶやきました。
「見えるよ、よーく見える、きみたちの顔。アオは目が良いって、よくパパに言われるもん」
三匹の変わった姿をした生きものたちは、おでこを寄せ集め、話し合いをはじめました。
「どうする?」
「よそに行くかね」
「だけど、さんざん探してやっとここに決めたんじゃないか。僕、もうつかれたよ」
「しかし、やっかいなことにならないかね」
「どうかなあ。前のときはどうしたんだっけ」
「スエちゃんでしょ。あの子は優しい子だったからな」
「だけど、この子はずいぶん気が強そうだぜ」
アオちゃんは、どうやら自分の悪口を言われていると思ったので、咳払いをして言いました。
「あのさあ、きみたちは、お客さん? それとも、どろぼう?」
「どろぼうだって、失礼な」
細長いのが怒りました。
「お客さんでもないけどさ」
赤い毛が言いました。
「じゃあ、一体なに? お客さんなら、お茶を出さなくちゃ。もしどろぼうだったら」
そう言って、アオちゃんがパパとママを呼ぶために口を大きく開けたとき、赤い毛をしたのが、何かをアオちゃんの口の中へ投げ入れました。
アオちゃんは、思わず口を閉じました。とっても良い香りがしたものですからね。
「何これ。おいしい」
「蒸しパンだよ」
「ふわふわね」
「上等の粉とお砂糖だからね。それに、ハッカクをほんのひとつまみ」
「きみが作ったの」
アオちゃんは、口をもぐもぐさせながら、赤い毛の子に聞きました。
「そうとも」
その子は、そう言って胸を張りました。
「すごーい。ママはいつも、蒸しパンがうまくふくらまないって落ち込んでる」
アオちゃんはちょっと考えて、
「ねえ、きみ」
「クーって呼んでよ。良い名前だろ」
赤い巻き毛が、自慢げに言いました。
「クー。明日もこれ作ってくれない? 明日、リョウマくんが遊びに来るんだ」
「そうさね、キルとネルと相談してみなくちゃ。何しろアオにぼくたちが見えるとなると、ぼくたちうまくやれるかどうか」
「さあ、ぼくたちは会議をしなくちゃならないんだから、アオはもうお眠り」
そう言って、青い毛の、細長いのが、アオのパジャマのボタンを留めてくれました。
「あったかくして」
丸っこくて白いのが、アオに布団を掛けてポンポンと叩くと、変わった歌を歌い出しました。
外ではお月様がオレンジ色の塔から転がり落ち、アオの目はまた閉じてしまいました。
第二話 クーネルキル、アオちゃんと友達になる
朝が来ました。
街の空は、夜の青いテーブルクロスを外し、少しほこりっぽい水色の素顔を見せていました。
最初にアオちゃんの鼻がピクピク動き、それからアオちゃん全部がむっくりと起き上がりました。
「ベーコンの焼ける匂い。それに」
アオちゃんは、急いでキッチンへ走ってゆきました。
キッチンには、カリカリに焼かれたベーコンと目玉焼き、それからホットケーキが、山のようにお皿へ盛られて並んでいました。それから、あの蒸しパンも用意してありました。
どれも、たった今焼き上がったように、ほこほこと湯気を立てていました。
それなのに、誰もいないのです。
ポトリと一滴、蛇口から水が滴ったきり、何の音も聞こえません。フライパンもボウルも、綺麗に洗われて棚に収まっていました。
「パパが作ったのかしら」
アオちゃんは、パパがどこかにいないか探してみましたが、パパとママの寝室からはまだいびきが聞こえていました。
アオちゃんは、きのうの夜に見た、あの不思議な生きものたちのことを思い出しました。あの三匹がどこかにいるのではないかと、キッチンの引き出しをぜんぶ開けてみましたが、何もいませんでした。
「わあ、アオちゃん。朝ごはん、作ってくれたの」
パパが起きてきて、目を丸くしました。
アオちゃんは、困ってしまって何も言えませんでした。
「ほんとは、パパも手伝ったのよね。もちろん、ほんの少しでしょうけど」
後から起きてきたママが、大好きなカリカリベーコンをかじってにっこりしました。
「いいや、おれもぐっすり眠ってたんだよ。ねえアオ」
「まさかあ。でも、ありがとね、アオちゃん」
その日は日曜日でした。パパもママも、一日中ご機嫌でしたが、アオちゃんは、朝ごはんを作ったのは自分ではないと言えませんでした。ふたりがあんまりほめてくれるものだから、とうとう言い出せなかったのでした。
「君たち」
アオちゃんは夜、自分の部屋で一人になると、勇気を出して言ってみました。
「いるんでしょう」
返事はありませんでしたが、アオちゃんはかまわず続けました。
「朝ごはん、作ってくれたの? ママが、カリカリのベーコンが好きだって知ってたの?」
返事を待って、じっと部屋の壁を見つめていると、壁の上の隙間(この壁は、アオちゃんの部屋を作るためにお父さんが自分で取り付けたのです。外の光が入ってくるようにと、少し隙間が残してありました)から、月の光がするすると伸びてきました。
光の筋が、おばあちゃんのランプに届きました。このランプは、アオちゃんのおばあちゃんがアオちゃんにくれたものでした。おばあちゃんの、そのまたおばあちゃんのものだったというので、古びてはいたけれど、綺麗な花の絵が描いてあるのでした。
アオちゃんは、ランプをつけてみることにしました。
白い月の光に、ランプのオレンジ色が重なって、部屋は金色に輝きました。
すると、ベッドの足元に、あの三つの毛玉が姿を表したのでした。
「当たり前だよ。家族の好みはもちろん知ってる。君のママはベーコンが好きだし、パパはドーナツが好きだろ」
赤い巻き毛のクーが答えました。
「だけど、君はうちの家族じゃないよ」
「なんて生意気な言い草だろう。ほんとにこんな子のために働く気かい、クーよ」
細身で、青いサラサラした毛を肩まで伸ばしたのが言いました。
「ふうん、確かにこの子は気が強いけど、ここのパパとママはずいぶん疲れているだろ。僕、あの人たちにおいしいものを食べさせたら、きっと元気になるんじゃないかって思うんだ。それが僕の一番好きなことだからね」
クーと呼ばれた赤い巻き毛が答え、
「そうかい。まあたしかにね、ここんちって、アオの服はまあまあ綺麗にしてあるけど、ママの下着のゴムは伸びてるし、パパのシャツは擦り切れてるもんな。見られたもんじゃないから、あたしもついつい直したくなっちゃう」
と、青い毛も頷きました。
アオちゃんは、黙って二匹の話を聞いていました。丸っこくて、白いフワフワした毛並みのが、そろりとアオちゃんの隣に寄ってきて、アオちゃんの肩にブランケットをかけてくれました。
「ありがとう。君、なんていう名前?」
「ネルだよ」
ネルは、恥ずかしそうに言いました。
アオちゃんは、おもむろに枕の下から袋を取り出すと、大きな声でこう言いました。
「これ、食べる?」
にぎやかに話していた二匹の生きものとネルは、アオちゃんの出した袋をのぞきこみました。
「何だね、それは。あたしたち、舌は肥えてんだよ。クーの料理を食べてたら、よそのものは食べられないくらいおいしいんだから」
疑わしげにそう言ったものの、キルはお腹が空いているのか、アオちゃんの方へじわりと寄ってきました。
「そう? じゃあ、君はいらない?」
「あのね、あたしにはキルっていう立派な名前があるんだよ。そう気軽に、君、なんて呼ぶのは止しておくれでないかい」
「わかった。あなたはキルね」
「いかにも」
キルは、長い髪をさらりと揺らし、胸を張りました。
「ねえ、それってもしかして」
クーが、そっと尋ねました。
「レーズンだよ」
と、アオちゃんが言うと、三匹は小さく歓声をあげました。
「ボクたち、それが大好きなの」
「なぜ、あたしたちの好物を知ってるんだ。妙な子だね」
「レーズンはすてきだよ。そのまま食べても美味しいし、パンやケーキに入れてもいいからね。このレーズンは、なかなか悪くないな」
三匹は、初めはそろりとレーズンをつまんでいましたが、一粒食べると、競い合うようにどんどん手が伸びて、あっという間に平らげてしまいました。
「なぜ私たちの好物がわかったのかね」
キルが、歯をせせりながら聞きました。
「私も好きなの、レーズン」
アオちゃんは、空になった袋を手に、ちょっと残念そうに言いました。
「気があうね」
ネルが、うれしそうに言いました。
それから、三匹はレーズンに気を良くしたのか、アオちゃんのうちで働いてくれているようでした。クーとネルとキルは、アオちゃんとパパやママが、仕事や保育園へ出かけている間や、眠ってしまった夜中に仕事をするらしく、働いているところをアオちゃんが見ることはありませんでした。その代わり、うちの中でいろんなことが起きるようになったのでした。
週末の朝にパンケーキができていたり、晩ごはんの時冷蔵庫に入れっぱなしだったハンバーグのたねや、お魚が焼かれてあったりしました。
パパのジャケットに空いていた穴は、いつの間にかあとかたもなくふさがれ、いつもくちゃくちゃのまま着ていたママのシャツは、どれもシワが伸ばされていました。
布団は、ずっと干していないはずなのにからりとしていてフカフカで、お日さまの香りがしました。
パパとママの機嫌は日毎に良くなり、次の週末には久しぶりに、アオちゃんの好きな海へ連れて行ってくれました。海辺の町はまだ肌寒かったけれど、アオちゃんはパパに暖かいカーディガンを着せてもらったので平気でした。アオちゃんは、砂遊びや貝殻探しをぞんぶんに楽しみ、丸っこくてツルツルした貝殻を三つ見つけると、ポケットに入れてうちへ帰りました。
第三話 クーネルキル、けんかする
真夜中、車のタイヤが雨水を撥ねる音で、アオちゃんは久しぶりに目を覚ましました。
アオちゃんは、自分が起きていることに気づくと、急いでランプを点けました。また、クーとネルとキルに会えるのではないかと思ったのでした。
思った通り、三つの影が天井まで伸びているのが見えました。
「ねえ、あたしみんなにお礼を言わなくちゃ。君たちのおかげで、パパもママも上機嫌なんだから」
「そりゃそうさ。あたしたち、昼寝もせずに、あんたたちの面倒を見てるんだから」
キルの声がしたので、三匹がベッドに乗っていることがわかりました。
「そうなの」
アオちゃんは、ちょっと申し訳ない気持ちになりました。自分は、ネルがフカフカにしてくれるお布団にくるまって、毎晩ぐっすりと眠っていたのですからね。
「ごめんね」
「良いんだ、ボク、お布団を干すの、大好きなんだ」
ネルが、モチモチと丸いからだをゆすって言いました。アオちゃんは、ここのところ毎日雨続きなのに、ネルはどうやって布団を干しているのだろうと、ちょっと不思議に思いました。
「それに、これくれただろ」
クーが、首に下がっているひもをひっぱりました。ひもの先には、アオちゃんが拾ってきた貝殻がついていました。
アオちゃんは、三匹が欲しがるのではないかと思って、貝殻をベッドの下に置いておいたのでした。「おみやげ」と書いた画用紙に、きちんと乗せておきました。
「すてきなネックレス」
まるい貝殻は、きらきらするビーズといっしょにきれいなひもに通してありました。3つの貝殻は気分良さげに、三匹の首のところでゆれていました。
「キルが作ってくれたんだ。こうすれば、いつでも眺められるだろ。僕たち、貝殻って大好きなんだ。つるつるで、ひんやりしてて」
アオちゃんは、彼らが喜んでくれたとわかって、とてもうれしく思いました。彼らが来てから、良いことばかりでした。パパとママは機嫌が良いし、時々このおもしろい生きものたちと夜更かしできるのですから。
「さあ、もうお眠り。明日は晴れるよ」
「うん。ねえ、いっこだけ、聞いていい?」
「なんだい」
「君たちの中で、誰が一番えらいの?」
アオちゃんの言葉に、三匹は黄色い目を丸くしました。
「なんだって」
「誰がえらいか、だって」
「そんなこと、考えたことなかったなあ」
三匹は、互いに目を見合わせましたが、すぐにキルが、
「そりゃあ、あたしってことになるだろうね。あんたたちには悪いけど」
と言いました。
「どうして?」
残りの二匹とアオちゃんが一緒に尋ねました。
「簡単さ。ハダカじゃ表に出られないだろう」
キルは胸を張りました。
「たしかにそうね。だけど、おうちにいれば、ハダカだってかまわないんじゃない」
「ばかをお言いよ。それじゃ、けだものと一緒じゃないか」
「いや、ハダカだってどうにかなるよ。だけどね、君たち。ごはんがなくちゃ生きられないよ。だから、僕が一番えらいんだよ」
クーが自信ありげに言いました。
「たしかにね。わたし、ごはんは毎日たべるもの」
キルはくやしそうにクーをにらみ、
「それじゃあアンタたち、明日からハダカで出かけるこったね、あたしゃ知らないよっ」
と、甲高い声を張り上げました。アオちゃんはパパとママが起きないか心配になったくらいでした。
「ねえ、あの」
ネルが、遠慮そうに小さな声で何か言おうとすると、キルとネルが、
「なんだい、お前さんまであたしに張り合おうってのかい。ネル、お前ってば、布団干してるだけじゃないか。布団だって、お前じゃなくてお天道様がフカフカにしてくれるんだ」
「ネル、君のことは好きだけど、やっぱりごはんが一番大事だと思うんだ」
と競って言い、ネルのことばをさえぎってしまいました。
「いや、あの、ボク、アオちゃんはもう寝たほうがいいと思って」
かわいそうなネルは、涙を浮かべてふるえていたかと思うと、わたあめがしぼむように、すうっと消えてしまいました。
「ああ、バカらしい。夜更かしは美容に悪いってのに。だけど、一番はゆずらないよ」
キルも、そう言いすてると着物の裾をひるがえして、姿を消してしまいました。
「考えてみると、僕が一番だいじな仕事をしてるんだな。だから、僕がえらいのさ」
クーも、ひとりでニヤリと笑ったと思うと、湯気のようにただよい、いなくなってしまいました。
次の日から、アオちゃんのうちで起きていた不思議なことが、ぴたりと止んでしまいました。
朝ごはんのテーブルに、 パンケーキが出てこなくなりました。使ったお皿がいつのまにか棚に戻っていることもなくなりました。汚れて、シンクにたまったままでした。
ママは、前と同じようにシワシワのシャツで出かけ、パパのカーディガンに毛玉ができても、それが消えることはありませんでした。
「どうしちゃったんだろう」
アオちゃんは、とても悲しくなりました。きっと、クー、ネル、キルの三匹が、うちからいなくなってしまったのだと思ったのでした。
ママとパパも、優しいのは変わりませんでしたが、なんとなく元気がなくなったようにみえました。
アオちゃんは、三匹を探すことにしました。寝たふりをして、パパとママに隠れて、できるだけ遅くまで起きていました。いくら開けようとしても、まぶたが閉じてしまいそうになった頃、思いきっておばあちゃんのランプを点けると、三匹の名前を呼びました。
「クー! ネル! キル!」
アオちゃんがそう呼びかけると、どこからかサッカーボールくらいの丸っこいものが三つ、ベッドの上に落ちてきました。
「よかった! まだうちにいたのね!」
アオちゃんはそう言いましたが、三匹の姿がはっきり見えてくると、どきっとしました。
三匹はみんな、顔に引っかき傷ができていて、着物もどこかがやぶれていたり、汚れていたりしたのです。
「いったいどうしたっていうの!」
アオちゃんはさけびました。
「コイツらが、なかなか引き下がらないのさ。アタシが一番えらいって言ってるのに」
キルがこうまんちきに言いました。でも、いつも綺麗にしている着物がぼろぼろなので、なんだか迫力がありません。
「意地っ張りなんだ、二人とも。ボクが一番だってみとめるまで、ごはんは作ってやらないんだ」
クーはそう言って腕を組み、口を尖らせました。クーも、巻き毛はくしゃくしゃに絡まり、白い前掛けは汚れてしまっていました。
「ぼく、だれがえらくったっていいんだ。仲良くしたいのに、二人とも自分に味方しろって」
ネルは、またもや泣きべそをかいていました。
アオちゃんは、北風が背中に入ってきたように思いました。自分が、誰が一番えらいかなどと聞いたばっかりに、三人はずっとケンカを続けていたのだと思うと、とても寂しい気持ちになりました。
「待って。わたしが悪かったの。だれが一番えらいかなんて、ばかなこと聞いたりして」
アオちゃんがあわてて言いましたが、三匹には聞こえなかったようでした。
「ねえ、もういいじゃない。ネルが言うとおり。きみたち、みんなすごいよ。クーはおいしいごはんを作ってくれるし、キルのおかげでわたしたちの服はきれいになったよ。それに、ネルがいなくちゃ、わたしもう眠れないかも」
アオちゃんは、一生懸命三匹を褒めました。ですが、三匹はお互いににらみ合ったままでした。
アオちゃんは困ってしまって、腕を組んでしばらく考えていましたが、
「そうだ」
と叫ぶと、
「みんなで、仕事をとりかえっこしてみたらいいんじゃない?」
と言いました。
「とりかえっこ?」
ネルがつぶやいて首をかしげました。
「そう。みんな、いつも他の人がやってる仕事をやってみるの。そしたら、自分の仕事とどっちが大変で、どっちがえらいかわかるでしょう」
キルは、みょうな顔をして、
「そうすると、あたしは着物を扱うんじゃなくて、こいつらの仕事をやるってことかい」
と言いました。
「うん。そうね、じゃあキルは明日、ネルの仕事をやってみたら。ネルは、ごはんを作って。クーは、服の手入れをお願いね」
「僕が着物を?」
「ふん、無理に決まってるやね。着物の手入れが、一番難しいんだから。だから、あたしが一番偉いんだって言ってるだろ」
「着物の手入れくらい、僕にもできるさ。でも、ネルに料理なんてできっこないよ」
「やってみないとわからないじゃない」
アオちゃんは、自分でも不安そうなネルの代わりに言いました。
「それに、これで誰がえらいのかはっきりするわ」
「ふん、まあいいか」
三匹の姿が消えそうになったので、アオちゃんは急いで、
「明日の夜、また出てきてね」
と言いました。
第四話 クーネルキルのとりかえっこ
朝、アオちゃんの鼻へ、焦げ臭い匂いが漂ってきました。
アオちゃんが起きてゆくと、テーブルには以前のように朝ごはんが並んでいました。でもよく見ると、なんだか様子が違うようでした。
真っ黒焦げのトーストに、焼き過ぎの目玉焼きが並び、ベーコンは焦げてカチカチになっていました。
「おや、またアオちゃんが朝ごはん作ってくれたの?」
着替えを済ませたパパがやってきて、ニコニコと席につきました。
「おはよう」
ママも、パジャマのまま現れました。
「ハルちゃん、ほら、またアオちゃんがご飯を作ってくれてるよ」
「えーっ、すごいじゃない、アオ」
「ええっと」
アオちゃんは、困ってしまいました。
「コーヒーもある?」
「このポットに入ってるみたいだよ」
パパが、ママにコーヒーを注いであげました。
「むっ! ゲホゲホッ」
「ハルちゃん、大丈夫?」
「アオ、これ、まさかコーヒー豆をそのままお湯にとかした?」
ママは、水をゴクゴク飲んで言いました。
「えっ、そうなの? えっと、ああ、そうかも。ごめんなさい」
アオちゃんは、仕方なくママに謝りました。パパとママは、それ以上文句も言わないで、焦げた朝ごはんをもくもくと食べました。
「五歳の子にしては、上手すぎるくらいだよ。でもアオ、今度からは、パパを起こしてね。一人で火を使うと、危ないからね」
そう言って、キッチンにお皿を下げに行ったパパが、
「おっと、これは」
と言って、ため息をつくのが聞こえてきました。
「なあに?」
パパの後ろからキッチンを覗き込んだママは、
「うわあ!」
と、悲鳴を上げました。
アオちゃんもママとパパの足の間からキッチンを見てみると、そこは大変なことになっていました。
卵がいくつか割れて、床や壁にひっついていました。
フライパンは、真っ黒に焦げ付いたままコンロに置かれ、ありったけのボウルや泡立て器がシンクいっぱいに溢れていました。
「アオ、ごはんを作ってくれるのはいいけど、後片付けのことも考えなきゃだめなのよ! ああ、これ片付けてたら仕事に遅れちゃう」
ママが、アオちゃんに言いました。
「そんなにアオを責めないであげて。がんばったんだよね、アオちゃん。だけど、今度からは一緒にやろうね」
パパは優しく言って、アオちゃんの髪を撫でました。
アオちゃんは、自分じゃないとも言えないので、すっかり困ってしまいました。
その日は、何もかもがめちゃくちゃでした。
パパが着替えたスーツは、よくみるとなぜか小麦粉のような白い粉がいっぱいついていましたし、ママのシャツには、アイロンで焦がした穴が空いてしまっていました。
二人は、あわてて着替え、アオちゃんを保育園に連れて行きましたが、アオちゃんのお着替えも、もうずいぶん蒸し暑くなったというのにウールのセーターやら、もう小さくなってしまった入らなくなったズボンが入っていたりしたので、アオちゃんは保育園にあった男の子の服を着せられてしまいました。
夜になっても、アオちゃんはなかなか眠くなりません。布団も、なんだか湿っているようでした。
「ねえ、出てきて、クーネルキル」
三つの影が、にぎやかにおしゃべりしながら現れました。互いに肩まで組んで、すっかり仲良くしているではありませんか。ケンカしていたのがうそのようでした。
「どうも」
はしっこのキルが、ニコニコと会釈しました。
「やったのね、とりかえっこ」
「うん、わかった?」
クーが言いました。
「うん。今日は、ひどい日だったもの」
「いやあ、僕たちも疲れちゃった。やっぱり、なれないことをするのは大変だね。僕、アイロンって初めてだったから、ちょっと失敗しちゃった。フライパンみたいに服を乗せて、カリッとさせるのかと思った」
「ママ、がっかりしてたよ。買ったばかりの服だったの」
「まあ、そう言うなよ。アオが、とりかえっこしてみたらって言ったんじゃないか。だけど、案外難しいもんだな、布団干すってのも。お天気が良いもんで、布団の横でつい居眠りしてたら、ザーッと来たもんだ。乾かそうとしたんだけど、まだちょっとだけ濡れてるようだな」
キルは、自分が座っている布団を気味悪そうにつついて言いました。
「今頃のお天気は変わりやすいんだよ。布団干しは、お天道様のご機嫌を取らないとね。アオちゃん、キッチンを汚しちゃってごめんなさい」
ネルが、すまなさそうに丸く縮こまって言いました。
「いいよ。君たち、仲直りしたみたいだし」
アオちゃんは、ほっとして言いました。
「まあね。ずっとケンカしてたって、しょうがないし。それに、みんな大事な仕事をしてるってわかったよ」
と、クーが言いました。
「そうさね、適材適所っていうやつだな」
「テキザイテキショ?」
「みんな、うまくやれる仕事と、そうでもない仕事があるってことさ」
キルに教えられて、アオちゃんはなるほど、と頷きました。自分が得意なことをやるのが一番なんだなと、アオちゃんは思いました。
「だけど、ボク、料理ってけっこう楽しかったな。また、ときどきはとりかえっこしない?」
アオちゃんは、そう言ったネルにあわてて、
「それはダメ」
と言いました。
第五話 キヨさんあらわる
「あら」
ママが、棚の上をさわって言いました。
「アオちゃん、ここ拭いてくれたの?」
「え? ううん」
「そう、じゃパパかな。綺麗になってるわ」
アオちゃんは、もしかしてキルあたりが掃除してくれたのではないかと思いました。
「ねえ、誰かいる?」
夜、ベッドに入ったアオちゃんはランプを点けて呼びかけました。
「いるよ。どうしたの?」
焼きたてのパンの匂いとともに、クーが姿を見せました。
「クー、うちのおそうじしてくれた?」
「いいや。さっき、パン焼き器を見つけたから、生地をセットしといたけど」
「わあ、そうなの。あれ、ママが買って二回しか使わなかったの。楽しみ」
「この子はほんとに食いしん坊だねえ」
キルがお線香のような香りとともに現れて言いました。
「じゃあ、キル?」
「何のことだい」
キルは、首をかしげました。
「綺麗になってたんだって、家が」
ネルが、眠たげに言いながら姿を現しました。
「何だって」
キルが顔色を変えました。
「綺麗になってたって、そうじしてあったのかい?」
「そう。棚の上とか、テーブルのホコリがなくなって、ピカピカに」
キルは顔をしかめて、
「あのばあさんか」
と呟きました。
「なあに?」
アオちゃんが聞きましたが、キルは答えず、苦い顔をしました。
「そうかもね」
クーが、ひとりで頷きました。
「なんなの?」
「キヨさんが、来たのかも」
五秒くらいかけて、ネルが言いました。
「キヨさんて、だれ?」
「キヨさんはね、えっと、掃除が大好きなおばさんだよ」
と、クーが言うと、
「もうばあさんだろ、ありゃあ」
と、キルが苦々しげに呟きました。
「どこもかしこも、ピカピカにしてくれるんだ」
ネルが、うれしそうに言いました。
「あーあ、来ちゃったのか、あのばあさん」
キルは、わざとらしくため息をついてみせました。
「ぼく、好きだよ、キヨさんて。優しいもの」
「お前のことは、ほっとけないんだろうよ。ネルは、あのばあさんが来ると頼りっぱなしだもんな。シーツを糊付けしてもらったり」
「キルだって、ずいぶん世話になってたじゃないか。アイロンがけは、キヨさんの方がキルより上手だし」
「あっちはうんと年季が入ってるからな。アイロンより先に生まれたんじゃあないかね。クー、お前こそ、台所を磨いてもらうつもりだろ」
クーは、キルに言われて、
「だけど、まだ確かに来たって決まったわけじゃないんだろ? 誰か、見た? キヨさんのこと」
と、みんなに聞きました。みんな、一斉に首を横に振りました。
「ねえ、それじゃ探してみようよ。キヨさん」
「ええ? わざわざこっちから探すってのか? お前さんのパパとママを起こしちゃうんじゃないかい?」
「大丈夫だよ。今日は金曜日だから、クタクタになってぐっすり眠ってるもの。ほら、聞こえるでしょ、二人のいびき」
たしかにアオちゃんの部屋の薄い壁を震わせて、大きないびきと小さないびきが、二本の縄跳びの縄がすれ違うように、交互に繰り返していました。
アオちゃんは、三匹を引き連れて、暗いリビングへと出ました。
リビングの奥にあるキッチンものぞいてみましたが、真っ暗で何も見えませんでした。
アオちゃんは、暗い中をさらに進んで、廊下へ出てみました。普段、一人では夜中にトイレへ行くことができないのですが、クーネルキルがいるのでどうにか進む勇気が出ました。
「誰もいないね」
アオちゃんは、そう言って振り返りました。でも、クーネルキルの三匹は、いつのまにかいなくなっていました。
アオちゃんは、急にどきどきしてきました。自分の部屋に戻るのも怖くて、パパとママの部屋に逃げ込もうかと考えた、その時でした。
「かーらあすー、なぜ鳴くの。からすはやーまーにー」
かすかに、歌を歌う声が聞こえてきました。
アオちゃんは、ますます恐ろしくなりました。ネルたちは、キヨさんは優しいと言っていましたが、一体どんな人なのか、アオちゃんは会ったことがないのでわからなかったのですから。
歌声は、まだ聞こえています。
「かーわいい、なーなーつーの子があるかーらーよー」
声は、細かく震えてはいましたが、よく聞けばなんだか楽しそうな調子に聞こえました。
アオちゃんは、少し落ち着いて、声の方へ行ってみることにしました。
声はどうやら、お風呂のほうから聞こえているようでした。
脱衣所に入ってみると、お風呂場の電気が付いているのがわかりました。
「かーらあすー、なぜ鳴くの。カラスの勝手でしょー」
と歌った後で、
「うふふふふ」
という笑い声まで聞こえてきました。アオちゃんは、そっと風呂のドアを開けました。
バスタブの中で動いていたものが、ピタリと動きを止めました。
「あらまあ。お目々が覚めてしまったのね、アオちゃん」
その人は、両手にスポンジと洗剤のボトルを持って、アオちゃんのほうを振り返りました。お風呂場じゅうが泡まみれで、どうやら掃除の真っ最中のようでした。
「あなた、キヨさんですか」
「はいはい、そうですよ」
キヨさんは、優しい声で答えましたが、アオちゃんは、おや、と首をかしげました。
キヨさんは、ウエーブのかかった長い髪を、リボンのついたクリップで留め、ワンピースの上から、可愛らしいうさぎの形のポケットが付いたエプロンをしていました。
でも、優しげに話すその声は、パパよりももっと低かったのです。
「あの、お掃除してくれてたの?」
「そうですよ。キレイキレイにしておくと、気持ちが良いですからね」
「ありがとうございます」
「うふふ、いいのよ。お掃除って、とっても楽しいのよ」
「そうなの? ママはめんどくさいって言うよ」
「それはね、ほかにお仕事がたくさんあるからじゃないかしら。あたくしのお仕事は、お掃除ですからね」
キヨさんは、そう言うとまた風呂桶を磨き始めました。それが終わると、ブラシで風呂の床をゴシゴシとこすりました。しかも、それはものすごい速さで、あっという間に、どこもかしこもピカピカになってゆきました。
ワンピースの袖からのぞくキヨさんの腕は、小さな体に比べて案外たくましく、硬そうな毛まで生えていました。
「あら、アオちゃん、あなたはもうお休みなさいな。明日も保育園に行くんでしょう」
アオちゃんは、キヨさんのテキパキとした仕事ぶりに見とれていましたが、そう言われると急に眠たくなって、大きなあくびをしました。
「アオちゃん、どうしてこんなところで寝ているんだい。ママ、アオちゃん、ここにいたよ」
アオちゃんは、パパの声で目を覚ましました。アオちゃんは、いつの間にか脱衣所で眠っていたのでした。それでも、体には大きなバスタオルがきちんと巻きつけられていたので、風邪は引かずに済んだようでした。
「キヨさん」
アオちゃんは、思わずそう言って風呂場を見てみましたが、やっぱりキヨさんはもういませんでした。
その夜、アオちゃんはもう一度キヨさんに会いたくて、寝る前におばあちゃんのライトをつけてみました。
小さな影が三つ、ベッドの足元に見つかりました。
「クーネルキル。ねえ、クー、ネル、キル」
「なんだい、聞こえてるよ」
キルが、めんどくさそうに答えました。
「私、キヨさんに会ったよ。キヨさんて、優しい人だね。また会えるかな」
「優しいだって?」
キルが叫びました。
「誰が優しいもんか。俺たち、あのばあさんにしごかれてクタクタなんだよ。あんなにきついばあさん、他にいないぜ」
「えっ、そうなの?」
「キヨさんはね、掃除にかけてはカンペキシュギなんだ。だから僕たちも、掃除の手伝いをさせられて、昨日の晩はあれから大変だったよ」
クーが、ふーっとため息をつきました。
「でも、シーツも布団カバーも洗って、糊付けまでしてくれたよ」
ネルは、布団の上で跳ねながら言いました。そう言われてみると、木綿の布団カバーは、パリッと気持ちの良い手触りになっていました。シーツも、ほんのりと石けんの香りがしました。
「ネルは、キヨさんに任せっきりだったじゃないかよ。俺は洗濯ができてないって、やり直しさせられたよ。ぜんぶのシャツにアイロンがけしたんだぜ。クーは、台所にパンくず一つ落ちてないようにって、徹底的に掃除させられたし、たまったもんじゃないよ」
キルは早口でまくしたてると、布団の上に伸びてしまいました。
「アオちゃん、これ、なんだと思う?」
日曜日、買い物から帰ってきたママが、うれしそうに言いました。指差した先には、タイヤを寝かせたような形の、丸くて黒いものがありました。
「新しいおもちゃ?」
「違うわよ。サルサよ!」
「サルサって?」
「掃除ロボットだよ。お掃除してくれるんだ」
パパが言うと、ママはいそいそとサルサの真ん中についているボタンを押しました。
サルサは、威勢のよいモーター音を上げながら、やる気満々で部屋中を駆け回りはじめました。
「キヨさんみたい」
アオちゃんは思わず言いました。
「えっ、アオ、なあに? 」
「ううん、何でもない。ねえママ、サルサってどういう意味?」
「サルサはねえ、ダンスの名前よ。すっごくかっこいいダンス」
「へえ、そうなんだ」
「ああ、これでやっと掃除機がけから解放されるわ」
ママは、満足げに言いました。
「まあ、サルサも完璧じゃないらしいけどね。サルサが届かないところは、僕がやるよ」
パパも、うれしそうでした。
アオちゃんは、キヨさんがサルサを見たら、なんて言うだろうと思いました。
サルサが働くところを、どこかでキヨさんやクーネルキルが見ているんじゃないかと思って、部屋をよく見渡しましたが、誰も見えませんでした。
「あー、おかしいったらありゃしない」
その夜、ベッドに入ったアオちゃんの耳元で、ケタケタと笑う声が聞こえました。
アオちゃんの枕のはしっこに、キルが座って笑い転げていました。
「どうしたの?」
アオちゃんは、笑っているわけをキルに尋ねました。
「あの、おかしなカラクリだよ。掃除するっていうあれさ」
「サルサのこと?」
「そう、そのサル」
「サルサだよ」
「なんだっていいけどさ、あいつは良いよ。あれが掃除してくれるっていったら、キヨばあさん、寝込んじまうんじゃないかと思ってさ」
キルは、意地悪そうに、とがった歯を見せて笑いました。
「どうして?」
「だって、何百年もやってきた仕事がさ、あんなカラクリに取られるっていったら、ガックリくるじゃないか」
「キヨさん、かわいそう」
いつのまにか、アオちゃんの布団に入っていたネルが、悲しげに言いました。
「ちょっと待てよ。何か聞こえない?」
アオちゃんの衣装棚の上に座っていたクーが言いました。
みんながだまって耳をすますと、たしかに、部屋の外から何か音がしていました。
そうっと部屋を出るアオちゃんに、三匹もふわふわとついてゆきました。
「かーらーすー、なぜ鳴くの。あ、そうそう、そこをしっかりおねがいね。ああ、そっちはだめよ。みんなお休みなんですからね。なるだけ静かにやるのよ」
居間に出たアオちゃんは、びっくりしました。
そこでは、キヨさんが、サルサに部屋を掃除させていました。
不思議なことに、サルサはキヨさんが言う通りの場所を、入念に掃除しているのでした。昼間、あんなに大きかったモーターの音さえも、猫が喉を鳴らすほどの可愛らしい音に変わっていました。
キヨさんはといえば、紅茶のカップを片手にソファに座ったまま、悠々とサルサに命令しているのでした。
「あら、起こしちゃったかしら。ごめんなさいね。ほんとは誰もいないときにしようと思ったんだけどねえ。あんまりこの子が可愛いもんだから、お掃除の仕方を教えてたところなのよ。ちょっと不器用だけど、素直で良い子ねえ。素敵なお友達ができたわ」
キヨさんは毛の生えた太い指で、ブラウスについているレースの襟をちょっと直すと、すまして言いました。
「よかった、キヨさん、この子が来たらお仕事がなくなって悲しむんじゃないかと思ったの」
「ふふふ、そんなにすぐにはこの子をしつけられないわ。それにあたくしは、お掃除だけじゃなくって、こうしてゆっくりお茶をいただくのも好きなのよ」
アオちゃんは、そうするとキヨさんもまだしばらくはこの家にいるんだな、と思って安心しました。クーネルキルの時と同じように、キヨさんのこともアオちゃんは好きになってきていましたからね。
クーとネルとキルは、あっけに取られて、部屋中をうれしげに動き回るサルサを眺めていました。
第六話 クーネルキル、赤ちゃんに手こずる
「えーっ! それは大変。わかった、とりあえずそっちに行くから。あんたは寝てなさい、わかった?」
枯葉の匂いのする、ひんやりとした風が吹き始めた土曜日の昼、ママが大きな声で電話に向かって言いました。
それから、アオちゃんとパパに、
「アキが、寝込んじゃったんだって。すごい熱らしいの。あたし、今からアキのところに行って、タッくんを連れてこようと思うんだけど」
アキちゃんは、ママの妹で、タッくんは今年生まれたばかりのアオちゃんのいとこなのでした。
「ええっ、それはすぐに行ってあげて」
パパが、心配そうに言いました。
「アオも行く」
アオちゃんも、急いで言いました。アオちゃんは、初めてできた、いとこのタッくんをいっぱい可愛がってあげようとはりきっていたのでした。
「だめよ。あんたにも病気が移っちゃったら大変よ。アオはパパとお留守番してて」
ママはそう返事すると、北風にも負けないほどの素早さで玄関を出てゆきました。
パパが作ってくれたパスタをお昼ごはんにたべてから、アオちゃんはパパと一緒に、タッくんを迎える準備をしました。
「あ、あった、これこれ。なつかしいなあ。アオ、これ覚えているかい」
「ううん」
「そうだよな。この布団、アオが赤ちゃんの頃、これで寝てたんだよ」
「ふうん、ずいぶん小さいのね」
「これだって、大きすぎるくらいだったんだよ。生まれた時のアオは、とくべつ小さくてね。用意した服も全部、ブカブカだった。すぐにぐんぐん大きくなったけどね。これ、干してきてくれる? パパはお掃除をしなきゃ」
アオちゃんは、黄色いひよこのアップリケが付いた布団を、ベランダの物干し竿に干しました。布団は、アオちゃん一人でも干せるくらい小さなものでした。
アオちゃんは、タッくんのことを思い出しました。すごく小さくて、歯がまだ一本もないお口であくびをしたのが、とっても可愛かったのを覚えていました。最後に会ったのは、まだ暑い時でしたから、もう少しは大きくなっているかもしれません。
パパは、アオちゃんの部屋をきれいに掃除してから、アオちゃんのベッドと壁の間の、せまい床の上にひよこの布団を敷きました。
「ほかに場所がないから、タッくんにはここで寝てもらおう」
「タッくん、わたしと一緒に寝るの?」
「ははは、タッくんと一緒に寝たら、アオは一晩中眠れないよ。赤ちゃんていうのはね、夜中に何度も起きて、ミルクを飲むものなんだ」
「そうなんだ」
「そうだよ。アオちゃんだって、起きてたよ。まあ、割とよく寝るほうではあったけどね」
アオちゃんは、ちょっと考えて、
「じゃあ、わたしはどこで寝るの?」
「そうだな、ベランダにテントを張って寝てくれる?」
「えっ」
「冗談だよ。パパたちといっしょに寝るか」
「オッケー」
アオちゃんは、久しぶりにパパとママの部屋で寝ると聞いてうれしかったのですが、恥ずかしいのでわざとそっけなく返事をしました。
それから、アオちゃんはタッくんが来るのが楽しみになってきました。
アオちゃんも、パパやママに負けないくらいタッくんの面倒を見ようと思いました。
「フギャア! フギャア!」
ママと一緒に、大きな泣き声がうちの中に入ってきました。
おくるみにくるまれたタッくんは、アオちゃんが覚えているよりもずいぶん大きくなっていました。タッくんは、顔だけなら、もうアオちゃんと変わらないほどでした。体だって、どこもかしこも、これ以上太れないだろうというくらいにむちむちと張り切っていました。
そのおでぶさんがほっぺを真っ赤にして、家がふるえるのではないかというほど大きな声で泣き叫んでいるのでした。
「タクシーの中でもずっと……お母さん大変ですね、って……」
ママの声が、タッくんの声の間から途切れ途切れに聞こえました。
「お腹が空いているのかな? おむつは?」
パパがたずねました。
「オムツは……替えたばかり。……臭くない……ミルク……?」
「お湯……よ」
パパの声も、ほとんどタッくんの泣き声にかき消されてしまいました。
「ありがとう……思い出すわね……アオ……」
パパとママがミルクを作り、粉の量を間違えたことに気づき、もう一度正しい分量で作り直している間、タッくんは泣き続けました。声は全然小さくならずに、むしろだんだん大きくなってゆくみたいでした。
アオちゃんは、
「こんなに泣いて疲れないのかしら」
と思いました。アオちゃんなら、五分も泣き続けたら、鼻が痛くなり、涙も枯れて、のどが苦しくなってしまいます。でも、タッくんは風船のような手足をバタバタさせながら、スピーカーみたいにすばらしくよく響く声で泣き続けるのでした。
タッくんは、ことあるごとに泣きました。ミルクを飲み終わると足りないといって泣き、げっぷが出なくて泣き、眠くなると泣き、オムツが濡れると泣き、布団が暑すぎると泣き、お風呂が嫌で泣き……。
週末が終わる頃には、パパもママも疲れ果てていました。
アオちゃんも、タッくんが泣いていないときでも、あの恐竜の子供みたいな泣き声が耳の中で鳴っている気がしました。
「疲れちゃったねえ。アオは、ここまで泣かなかったと思うんだけど」
ママが、ソファに寝たままで言いました。
「やっぱり、ママがいないからかなあ」
「それもあるけど、よく泣く子らしいのよ、タッくん。アキも、いつもくたくたらしいわ」
「ナオくんもいないしなあ」
アオちゃんは、タッくんのパパのナオくんは、外国へお仕事に行っていると聞いたことを思い出しました。ナオくんは、アオちゃんともよく遊んでくれる優しいおじさんですが、今は奥さんのアキちゃんや息子のタッくんと、うんと離れて暮らしているのでした。
「アキ、やっぱりインフルエンザだって。できれば、あと五日は預かってやりたいのよね。だけど、私たち仕事もあるし、無理かしら」
「でも、タッくんにうつったら大変だもの。どうにかうちで見てあげようよ」
ママとパパは、金曜日までタッくんを預かることを決め、アキちゃんに電話しました。ママは、なるべく仕事をおうちでやり、ママのママであるおばあちゃんにも、手伝いに来てもらうことにしました。
「ずいぶんかわいいお布団だね」
ネルが、うれしそうに言いました。
「お布団はね。ううん、タッくんもかわいいんだけど」
アオちゃんは、ため息をつきました。
「だけど?」
「一日じゅう泣いてるのよ。お昼だけじゃなく、夜も泣いてるんだって」
「そうかあ。赤ちゃんだもんね。ぼく、赤ちゃんって好き。お日様にあてなくたって、干したてのお布団とおんなじ匂いがするんだもの」
「そう」
「アオちゃんは? 赤ちゃんきらい?」
「うーん。タッくんに初めて会った時は、とっても好きだと思ったんだけど」
アオちゃんは、腕組みをして考えました。
パパとママは、タッくんのお世話で疲れきっていて、アオちゃんが絵を描いても、タオルをたたんでお手伝いしても、いつものようにはほめてくれませんでした。
それに、本当ならアオちゃんはパパとママの部屋で寝るはずだったのですが、ママが言うには、
「タッくんはなかなか寝ないし、寝たと思ったらすぐ起きちゃう」
ので、結局タッくんがパパとママの真ん中に寝て、アオちゃんは自分の部屋に戻ることになったのでした。
「アオ、おまえさん、赤ん坊にパパとママを取られてさみしいんだろう」
キルが、こっそり持ってきたらしい、ママのよそ行きのドレスを自分の胸に当ててみながら言いました。
「そんなことないよ。わたし、もう大きいし」
「ねえ、僕らも手伝ってあげようよ」
クーが、とびはねながら言いました。
「ええ? あたしたちにできることなんかないと思うけどね。クーが作ったごはんはあの子まだ、食べられないだろ。それにあたしだって、せいぜいあの子の下着を洗ってやるくらいしかできないよ。だいたい、赤ん坊って苦手なんだ、あたしは」
「あ、また泣き始めた」
ネルが、泣き声を聞きつけ、
「ぼく、ちょっと行ってみる」
と、部屋を出て行きましたが、すぐに戻ってきて、ひよこの布団をつかむと、それを引きずってまた出てゆきました。
「ほら、行くよキル」
「ええ、あたしも? 仕方がないねえ」
アオちゃんは、三匹の後ろ姿を見送りながら眠ってしまいました。アオちゃんも、時々泣き声で目がさめるので、近頃とても眠たかったのでした。
「アオちゃん、いつのまにタッくんを居間に寝かせたの?」
朝、アオちゃんが起きると、ママがアオちゃんのそばに座っていました。そして、目を覚ましたアオちゃんに、小さな声で言いました。
「え?」
アオちゃんは、まだ眠い目をこすりながら、
「私は寝てたよ」
と言おうとして、はっと口を閉じました。アオちゃんが、ママと一緒にそっと居間へ出てみると、タッくんは、ひよこの布団の上で気持ちよさそうに寝ていました。パパとママと一緒に見ているうちに、タッくんがうっすらと目を開けたので、三人はドキッとしました。また、大きな声で泣き始めるんじゃないかと思ったのです。
でも、タッくんは三人を見て、にっこり笑いました。
「かわいい!」
アオちゃんは、思わず言いました。
「かわいいねえ。赤ちゃんが笑ってくれると、とっても幸せな気持ちになるよね」
パパもママも、ニコニコしてタッくんを見つめました。
その晩も、その次の晩も、タッくんは気がつくと居間に寝かされていて、真夜中から朝まで、ぐっすり眠ってくれたのでした。
そうして、すっかり元気になったアキちゃんが迎えに来て、タッくんはおうちへ帰ってゆきました。
「ありがとう。みんながタッくんを眠らせてくれたんでしょう」
夜、アオちゃんはランプをつけてクーネルキルに呼びかけました。
本棚から、何冊かの本が落ちるのと一緒に、クーネルキルが落ちてきました。
「えらい目にあった! 見ておくれよ、わたしのいちばん上等の服がめちゃくちゃだ」
キルが、レースの破れたそでを見せて言いました。
「あの子、かんたんには寝てくれないんだよね。僕がミルクをあげても、キルが着替えさせてもだめ。やっぱり、ネルはすごいよ」
「お布団を毎日干しておいたからね。赤ちゃんは、とにかく根気よく寝かせてあげるのがいいんだ。それに、ボクは秘密の子守唄を知ってるからね」
「すごい。そうなんだ! ネル、ありがとう。ねえ、わたしにもその子守唄、教えてくれる?」
「いいよ。だけど、みんななかなか覚えられないんだ」
「どうして? むずかしい歌なの?」
「ううん、とっても簡単なんだけど、ぼくが歌うと」
ネルの代わりに、キルが続きを言いました。
「みんな、途中で寝ちまうのさ!」
第七話 アオちゃん、クーネルキルの代わりにはたらく
アオちゃんの保育園は今、長いお休みの最中です。
アオちゃんは、保育園が大好きなので、すっかり退屈していました。保育園では、他のお友達と木登りをしたり、給食をたべたり、絵を描いて遊びます。アオちゃんは、どれも大好きで、毎朝保育園に行くのが待ちきれないくらいでした。だから、ことしの秋は十日も保育園がお休みになると聞いて、がっかりしました。
他の子は、パパやママと一緒にいられるし、そうでなくても、田舎のおじいちゃんおばあちゃんのうちに行くことができると喜んだのに、アオちゃんだけは、
「十日も保育園がなかったら、つまんないよ」
と、残念がっていました。
アオちゃんのパパとママは、十日間ぜんぶがお休みにはなりませんでした。
「ごめんね、アオちゃん。今、ママお仕事が忙しくて。本当は、パパと三人でゆっくり過ごしたかったんだけど」
「パパも、ちょっとだけお仕事に行かなくちゃならないんだ。でも、その日はおばあちゃんにきてもらうからね。それが終わったら、三人で海にいこう」
「わかった。大丈夫よ。わたし、もう赤ちゃんじゃないんだから」
アオちゃんは、聞き分けよく言いました。
「聞いてたぞ。アオ、お前さん強がっちゃってるんじゃないのかい」
夕方、アオちゃんが自分の部屋で絵を描いていると、キルの声が聞こえてきました。
日が暮れたばかりの、こんなに早い時間に出てくるとは、めずらしいなとアオちゃんは思いました。
「強がっちゃってるって、何が?」
「パパとママがお休みじゃなくても大丈夫だって、ほんとう? ほんとは、一緒にいてほしかったんじゃないの?」
クーが、心配そうに言いました。
「そんなことないよ。わたしはただ、保育園でもっと遊びたかっただけ。園庭のひみつ基地だって、もうすぐできるところだったし」
「ふうん」
「ただ、退屈すぎて困ってるだけだもん」
休みの間、アオちゃんのパパとママは、なるだけ家で仕事をするようにしていました。でもその間、アオちゃんは一人で遊ばなければならないのでした。
「そんなに退屈なら、アオも働いたらどうだい」
キルが、思いついたように言いました。
「私が、はたらく?」
「そうさな。考えてみりゃ、昔なら、あと一、二年もすれば丁稚奉公に出たっておかしくない年だ」
「デッチボウコウ?」
「よそのお家に住んで、そこで働くことだよ」
ネルが、おっとりと言いました。
「へえ、それってなんだか君たちみたいね」
「なんだって? まあ、よそのうちで働くってのは一緒だけど、あたしらは丁稚なんかよりずっとえらいんだぞ。このちびめ」
キルが、きっとなって言いました。
「わたし、やってもいいよ、お仕事!」
アオちゃんは、気にせず答えました。
「じゃあ、あれかい、あたしらに弟子入りするってことかい、お前さん」
「デシイリ?」
「僕たちが先生になって、アオちゃんに仕事を教えるってことだよ。キルはなんでも昔の言葉で言うから、わかんないんだよ」
クーが、アオちゃんにわかるように説明してくれました。
「ふうん。いいよ、じゃあわたし、弟子入りする」
「する、じゃなくて、させてくださいって言うんだよ。なってないなあ」
「だけど、アオちゃんに教えるなら、昼間だろ。僕ら、眠たくなっちゃわないかなあ」
「まあ、朝のうちなら大丈夫だろ。じゃあアオ、明日の六時、ちゃんと起きるんだよ」
キルがそう言い残して消え、ネルが歌い始めると、アオちゃんはすぐに眠りへとおちてゆきました。
「おい、起きるんだよ、チビすけ」
キルの声で、アオちゃんは目を覚ましました。
「あれえ、さっき眠ったばかりでしょ」
「何言ってるんだい、昨日はお前さん、あのまま晩御飯も食べずに眠っちまったんだ。もう十分だろう。さあ、仕事だぞ」
「そうだった。オッケー、何する?」
アオちゃんは、急に目が覚めてきました。初めて、仕事というものをするというので、わくわくしてきました。
「まずはあたしが、洋服の選び方を教えてあげる。まず、大事なのは、その日何をするのかを考えて選ぶことだ。じゃあ、砂場で遊ぶ日は、何を着る?」
「そうね、このワンピースはどう?」
「それは、よそ行きだろう。砂場で遊ぶ時は、汚れるってわかってんだから、ズボンとか、ジーパンとか、汚れても洗濯しやすい服にする」
「えー、でも、わたしこの服好きなんだけど」
「好きなら、汚したくないだろう。それに、洗濯するものの身にもなってみなさい。この着物は、いろんな飾りがついてるから、洗うのが難しいんだ。だから、ほんとうに大事な日にとっておいて、いざというときに着て出かける」
「そっか」
アオちゃんは、真面目な顔で頷きました。
「今日は、おばあちゃんと公園へ行くんだろ」
「うん」
「それじゃ、何を着る?」
「このワンピース」
「何だって! あたしの話を聞いていたのかい?」
キルは、三角の目をもっととがらせて言いました。
「だって、わたし今日はこの服が着たいのよ。すてきなイチゴのもようもついてるし」
キルは、ふーっと息を吐き出すと、
「だめだ、この子は手に負えない。あたしゃ寝るよ」
と言って、消えてしまいました。
服を着替えたら、こんどはクーが先生になる番です。
「いい、アオちゃん、卵は一つずつ割って。殻が入らないように気をつけて」
「まかせて。わたし、卵割るのって大好き」
「そう? あ、だけどそんなに思いっきりぶつけたら」
アオちゃんが力を入れすぎたので、卵は真っ二つに割れ、中身の半分以上がボウルの外にこぼれてしまいました。
「あーあ」
「大丈夫、半分は残ってる。今日はスクランブルエッグにしよう。ぐるぐる混ぜるんだよね」
「そう。あ、そんなにはげしくかき混ぜちゃだめ、静かに混ぜたほうがふんわりできるんだよ。それから、静かに油を引いたフライパンへ注ぐんだ」
アオちゃんは、クーの話を聞かずに、混ぜた卵をいきなりフライパンへ入れました。
油をひかなかったので、卵はいっぱいフライパンへこびりついてしまいました。できあがったのは、ほんのスプーン一杯の、固い炒り卵と、濃くて酸っぱいコーヒーでした。コーヒーが苦すぎるのは、アオちゃんがコーヒー豆をどっさり入れ、お湯をドボドボと注いだせいでした。
「あーあ、アオちゃんったら、全然いうことを聞かないんだもの。だけどまあ、料理は気持ちが一番大事だからね。まあいいか」
「気持ちって?」
「食べる人のことを考えながら作る、ってことだよ」
「それなら大丈夫。パパとママが、アオちゃんよくできたね、って言ってくれるかなーって思いながら作ったもの」
「そっか」
クーは、ちょっと呆れた顔をしましたが、アオちゃんが洗ったお皿をもう一度洗い直してから、すうっと消えてゆきました。
「さあ、さいごはボクとお布団を干そうね。パパとママはまだ寝てるから、アオちゃんのをベランダに出して」
「オッケー」
アオちゃんは、自分の布団を部屋からベランダへ運び出しました。
「お布団って、けっこう重いのね」
「そう? 転ばないように、気をつけてね」
アオちゃんは、よろけながらお布団をベランダの手すりに掛けました。
「ふう、できた。ああ、良い天気。こうしてると、お布団に乗って飛んでいけそう」
アオちゃんは、お布団にもたれて、お日様にまっすぐ向いて、眩しい光を顔じゅうで受け止めました。
「アオちゃん、気をつけて。そんなに乗り出したら、落ちちゃう」
「大丈夫だよ。ほら、魔法のじゅうたんみたい」
アオちゃんは、布団の上に身を乗り出しました。勢いよく乗ったせいで、アオちゃんは布団ごと、手すりからすべり落ちそうになってしまいました。
「あっ、あぶない!」
ネルの声が聞こえ、どうしよう、と思った途端、体がふわりと軽くなるのをアオちゃんは感じました。
「あれ」
アオちゃんはいつのまにか、布団ごと空を上へ上へとのぼっていました。布団の隅には、ネルがくっついています。
「わたし、どうなっちゃうの」
「このままずうっと、雲の上まで上がっていくんだよ。ぼく、いつもお布団に話しかけて、お日様の近くまでのぼっていってもらってるの。今日はアオちゃんが落ちそうになったから、急いでお布団にお願いしたんだよ」
ネルが、そう言いました。
「へえー、ネルってすごいのね。それに、お布団が空を飛べるなんて、知らなかった」
「飛べるさ。タオルだってシーツだって、褒めてあげればお日様のところまで飛んでいってくれるんだよ」
「なんて言って褒めるの?」
「いつもがんばって働いてくれてありがとう。君なら飛べるよ、って」
いつもおっとりとして物静かなネルでしたが、空の上では不思議とよく話すのでした。
二人が話しているうちにも、布団はぐんぐんとのぼってゆきます。おうちが見えなくなり、街や川が小さくなったかと思うと、全てが雲に隠れてしまいました。
しばらく真っ白な世界が続いて、アオちゃんが退屈してきたころ、ようやく布団は雲を抜けました。
「うわあ、雲の上なんて、はじめてよ」
「ここなら、いつでもお布団を日干しできるからね」
「あら、ほかにもお布団が来てるの」
アオちゃんが雲の上を見渡すと、いくつもの布団やシーツが、気持ちよさそうに太陽の光を浴びているのが見えました。
「うん、ぼくの仲間が連れてきてるんだ」
そう言われてよく見ると、どの布団にも、ネルによく似た、丸っこいものがくっついていました。
「へえ、こんなにネルの仲間がいるんだ」
アオちゃんは、目を丸くして言いました。
「うん。いろんなおうちに、ボクやクーやキルみたいなのが住んでるの。でも、これは秘密だから、クーやキルに、ここに来たこと、言っちゃだめだよ。もちろん、パパたちにも」
ネルがそう言うので、アオちゃんは誰にも言わないと約束しました。
「わかった。そっか、ここに来てたから、雨の日でも布団がフカフカだったのね」
「うん、でも雨の日は、レインコートを着せて連れてこないといけないから、大変なの」
「そうかあ。ああ、早起きしたから眠たくなってきちゃった。ここ、とっても気持ちがいいね」
「じゃあ、ボクが歌ってあげる」
ネルの歌が雲の上に響き渡り、アオちゃんはまぶたにお日様の光を感じながらすぐに眠ってしまいました。
「アオ、起きて」
アオちゃんは、ママに起こされて目を覚ましました。壁の隙間から、高く昇ったお日様の光が、ちょうどアオちゃんの顔に当たっていました。
「ぐっすり寝てたわね。アオ、またごはんを作ろうとしてくれてたの?」
「えっと、うーん」
アオちゃんは、まだぼんやりする頭で考えました。
「そうだ、わたしクーネルキルに仕事を教えてもらってたんだ。それから、ネルとお空にのぼって」
ぶつぶつ言っているアオちゃんに、ママが、
「まだ寝ぼけてるのね。さあ、顔を洗っておいで。今日は、パパもママもお仕事、お休みにしたの。おばあちゃんも一緒に、みんなでお出かけするよ。そうだ、アオが着る服も選んでおこうね。今日はどれを着る?」
アオちゃんは、にっこり笑って、
「イチゴがついてるワンピース!」
と、元気に答えました。
第九話 さよならクーネルキル
寒かった冬が終わり、また春がやってきました。ベランダの植物たちも、小さな新芽をたくさん吹いて、毎日ぐんぐんと大きくなってゆきました。
アオちゃんは、保育園で一番大きい子たちがいるさくら組になりました。
「さくら組さんは、たんぽぽ組さんと手をつないで公園に連れて行ってあげるの。それに、メメちゃんとトトちゃんのえさやり当番もあるんだよ。それから、運動会では、リレーと体操をするし、発表会では一番最後に長いお芝居をするんだから」
「メメちゃんとトトちゃんて?」
クーが、レーズンをつまみながら言いました。
「メメちゃんはうさぎさん。トトちゃんは金魚」
「そうなんだ。さくら組さんて、とっても忙しいんだね」
ネルが、ニコニコして言いました。アオちゃんは、重々しく頷きました。
「それじゃ、つまり、アオはだいぶお姉さんになったってことかな」
嬉しそうなアオちゃんに、キルが、めずらしくゆっくりと言いました。
「そうだよ。はなぞの保育園では、一番大きい子のクラスだもん」
「そうか」
キルは、そう言って、
「クー、お前さんお言いよ。あたし、こういうの得意じゃないんだよ」
と、クーをひじでつつきました。
「えーっ、いつも一番おしゃべりなくせに、こういう時だけ」
クーは、不満そうでしたが、
「あのねえアオ、僕たち、引っ越さなきゃならないんだよ」
と、アオちゃんに、言いにくそうに打ち明けました。
「えっ、お引越し? どうして? どこに?」
「まあ、ちょっと、な。あんまり詳しいこたあ言えないんだよ」
キルが、もごもごと言いました。
「じゃあ、みんなうちからいなくなっちゃうってこと? やだよう」
アオちゃんの眉毛がくにゃりと八の字にゆがんだと思うと、涙がぷわっと目に浮かんできました。
「アオちゃん、泣かないで」
ネルが、困りきったようすで言いました。
「せっかくみんなと友達になったのに。ひどいよ」
アオちゃんが本格的に泣き出そうとしたのを見て、ネルが歌い始めました。歌は心なしか、いつもより寂しい調子に聞こえました。涙のあとをほっぺに残して眠りに落ちたアオちゃんを見届けると、三匹は静かに姿を消しました。
次の日は、日曜日でした。お天気も良くって、アオちゃんは明るい気持ちで目を開けました。でも、
「そういえば、クーネルキルがいなくなってしまうと言っていたんだった」
と、昨夜のことを思い出して、たちまち気持ちが真っ暗になってしまいました。
「アオちゃん、これは一体、どうしたんだろうね」
パパが、起きてきたアオちゃんを抱き上げて、食卓の上を見せてくれました。そこには、アオちゃんが見たこともないほど豪華な朝ごはんが乗っていました。
楕円形のオムレツは、しっとりと黄色く輝き、うさぎやリボンのかたちに飾り切りされたフルーツが添えられていました。ロールパンは、今焼かれたばかりというように、つやつやの焼き目から湯気を立てていました。スープは春の野原のような若草色で、白い雲の切れ端みたいなクリームがひとすじ飾られていました。デザートには、アオちゃんが一番好きなプリンまでありました。
「いったいどういうことだろう。ママも、絶対に自分じゃないっていうんだよ。もしかして、おばあちゃんがこっそり来て作ってくれたのかな」
パパは首をひねりながらも、
「でも、すごくおいしそうだよね。アオちゃん、せっかくだから一緒にたべよう」
と、アオちゃんを椅子に座らせました。
「このオムレツ、昔泊まったホテルでコックさんが作ってくれたのにそっくり」
「このグリーンピースのスープも、いつかハルちゃんとレストランで食べたのと同じ味だ」
「パパが、レストランから取り寄せてくれたんじゃないの。今日は、何の記念日だったかしら」
「いいや、僕じゃないよ。ハルちゃんのママが来て、作ってくれたんじゃないかと思うんだ。あの人、みんなをびっくりさせるのが好きだろ。後で電話してみよう」
不思議がりながら、朝ごはんをおいしそうに食べるパパとママを見て、アオちゃんはふくざつな気持ちでした。きっと、これがクーの作ってくれる最後のごはんなんだ、と思ったからでした。
「アオ、見て、この服。とっても気に入ってたんだけど、もう入らなくて着られなかったの。でも、ほら、ぴったりでしょう。私、いつのまにかやせたのね。それに、えりの形がちょっと古臭いかなと思ったんだけど、よく見たら今年の流行の形だったわ。こんな形だったかしら。とにかく、とっても素敵じゃない?」
「うん、ママ、とってもきれい」
アオちゃんは、鏡の前に立ってご機嫌のママにそう答えましたが、心の中はもっと暗くなってしまいました。これも、キルが最後の仕事にやったことだろうと思ったからです。
「さあ、今日はピクニックだよ。晴れてよかった。天気予報は雨だったんだけど」
パパはそう言って、荷物を抱えました。アオちゃんも、ベッドの上に置いてあったピンクのシャツと紺色のズボンをはき、お気に入りの、イチゴのワッペンが付いた帽子をかぶりました。
天気は上々で、アオちゃんは大好きな公園で、パパとサッカーをしたり、ママと日焼け止めを塗りっこしたりしました。それでも、心の中の黒い雲は消えてくれませんでした。
夜になりました。アオちゃんは、おばあちゃんのランプをパチリと点けました。
「よう、チビすけ」
キルが、照れくさそうに笑っているのが見えました。
アオちゃんは、むくれて黙っていました。
「アオ、元気出してよ。朝ごはん、おいしかった?」
アオちゃんは、黙ってうなずきました。
「ママの服もかっこよかっただろう。あのままじゃ、時代遅れだったもんな」
アオちゃんは、もう一度うなずきました。
「アオちゃん。今夜でお別れなんだ」
ネルが、静かに言いました。アオちゃんは、今度は首を横に振りました。
「いやだ」
クーネルキルの三匹は、顔を見合わせました。
「あのなあ、ほんとは、次の行き先は言っちゃならないんだけど。あたしたちはね、今度、赤ちゃんがたくさんいるうちへ行くことになったんだよ」
「赤ちゃんがたくさん?」
アオちゃんは、いとこのタッくんが来た時のことを思い出しました。
タッくん一人でも、みんな眠れないほど大変だったのに、タッくんみたいな赤ちゃんがたくさんいるとなると、そのうちのパパとママはどんなに大変だろうと思いました。
「そう。それにね、そのうちには、パパとママがいないんだ」
「えっ」
「そこはね、パパとママと一緒に住めない子供たちが暮らしているところなの。お世話してくれる人たちはいるけど、とっても忙しそうなんだ」
アオちゃんは、びっくりしました。そんなおうちがあることを、アオちゃんは初めて知りました。クーネルキルは、きっとアオちゃんのうちのように、パパやママとその子供が住んでいるおうちに引っ越すのだと思っていました。
「そうなんだ」
「ボク、赤ちゃんたちに歌を歌ってあげたいの。ぐっすり眠れるように」
ネルが言いました。
「あたしゃ、はじめは反対したんだ。ああいうところには、そんなにおもしろい着物はないからね。だけどさ、行ってみたら、あんまり忙しそうなんで、ほうっておけなかったんだよ。急いで洗濯するもんだから、下着もタオルもごわごわなのさ。あたしがちょいと仕事すりゃ、ぐっと肌触りがよくなるからね」
キルが、いつもの早口で言いました。
「赤ちゃんたちは、僕のご飯は食べられないけど、お世話する人たち、お昼ご飯もゆっくり食べられないみたいなんだ。僕、こっそりご馳走を作ってあげようかなって思うんだ」
クーも、自分の考えをアオちゃんに打ち明けました。
アオちゃんはまばたきするのも忘れて、ずいぶん長いあいだ考えてから、言いました。
「わかった。そのおうちに行ってあげて。そこの子たち、きっとみんなが来たらよろこぶよ」
「そうかい」
キルが、にいっと笑って答えました。
「ねえアオ、お願いがあるんだ」
クーが、真面目な顔をして言いました。
「僕たちに、思い出をくれない?」
「思い出?」
「実はね、僕たち、みんなの思い出を使って仕事をしてるんだ。今まで作ったごはんや服も、パパやママやアオちゃんの思い出からできてたんだよ」
「そうだったの」
アオちゃんは、「思い出」ってどういうものだっけ、と考えました。クーは、アオちゃんの考えがわかったように、
「ごはんを食べておいしかったこととか、綺麗な服で出かけてうれしかったこととか、僕たちはそういう思い出を少しだけもらって仕事をするんだ」
と言いました。
「そっかあ」
「だけどね、こんどのうちの子供たちは、あんまりたくさんの思い出は、持ってないわけさ。だから、アオちゃんとあたしたちの思い出を、もらっていってもいいかい」
キルが、口ごもりながらアオちゃんに頼みました。
「わかった、いいよ」
アオちゃんは、そう返事してから、ふと、心配になって、
「だけど、そうするとわたし、みんなのこと忘れちゃうの?」
と聞きました。
「わからない。吸い取り機の調子にもよるし」
クーが答えました。
「吸い取り機って?」
「これ」
ネルが、ベッドの下から、掃除機を小さくしたようなものを取り出しました。
「何たって、年代物だからな。あたしたちも、だましだまし使ってるんだ」
キルが、吸い取り機を指で叩いて言いました。
「じゃあ今夜、アオが眠ったら、思い出をもらって僕たちは引っ越すよ。アオ、このうちはとっても楽しかった。料理を手伝ってくれた子は初めてだったんだ。失敗したっていいから、またやってみてよ」
「うん、クー、わたしも楽しかった。おいしいごはんをありがとう」
アオちゃんは、クーと手のひらを合わせてハイタッチしました。
「アオちゃん、ボク……ボク」
「泣かないで、ネル。大丈夫、わたしもうさくら組さんだから、一人でもちゃんと眠れるよ」
アオちゃんは、ネルを抱きしめてあげました。
「達者でな、チビすけ。お前さんは、ちっともあたしの言うことを聞きやしなかったけど、案外そこが良いところなのかもしれないよ。いまどき珍しい、なかなか骨のあるチビすけだ。それに、あのイチゴのワンピースはお前さんにぴったりだね。大きくなっても、自分の着たい着物を大事にするんだよ」
「わかった。キル、君ってほんとにすてきなおしゃれさんだよ。そうだ、キヨさんも一緒に行っちゃうの?」
「ばあさんは、もう先に引っ越したよ。子供たちを見たら、張り切っちゃってね。アオによろしくって言ってたよ。直接さよならを言うと泣いちまうから、だとさ。あと、サルサにも」
「わかった。キヨさんにも、元気でねって言ってね」
「いいとも」
ネルが、アオちゃんの腕の中でそっと歌い始めました。アオちゃんは、目を閉じて、この変わった三匹の生きものとの思い出を夢に見ました。
いつもの朝が来ました。
甘い花の香りに鼻先をくすぐられて、アオちゃんは目を覚ましました。まくらの下に、アオちゃんはラベンダーの花が入った袋を見つけました。
衣装戸棚を開けると、アオちゃんの洋服が、虹の色と同じ順番で、きれいに並んでいました。いくつかのシャツやズボンには、見覚えのないイチゴの刺繍も刺してありました。
アオちゃんがキッチンへ行くと、調理台の上に、食パンと卵がおいてありました。アオちゃんは、何か自分で作ってみたくなって、食パンをトースターに入れ、卵をボウルに割り入れました。
「卵は、静かにかき混ぜるんだよね。あれ、これって誰が教えてくれたんだっけ? パパだったかな」
パンの焼けるおいしい匂いで起きてきたパパとママに、アオちゃんはにっこり笑って、
「おはよう」
とあいさつしました。