勇者に幼馴染を寝取られたが、女神様は見ていてくれました
ランバルトとシルキスの結末を変えました
以前のが好きだった方は申し訳ございません
「ウェンバー!」
「ん、何?シルキス」
「んー、呼んだだけ、えへへへ」
村が一望できる、丘。
白い花の絨毯に、少年と少女が並んで座る。
空は一面の青。
風が吹くたびに、シルキスと呼ばれた少女の、銀色の髪が流れる。
それを見て、中性的な少年ウェンバーは、髪と同じ金色の瞳を細めた。
ウェンバーとシルキスは、ここ、タダノ村で生まれ育った、所謂幼馴染同士だ。
王国内の端にある、ザザンザンザ山とパコパ湖に囲まれた、辺鄙な村。
だが、自然の恵み豊な、平和でのどかな村だ。
この世界は、魔物で溢れている。
にもかかわらず、それらからの被害がなく豊かなのは、タダノ村に女神の祝福があるからだと言われている。
豊穣神フジョッシ。
命を司る、豊穣の神。
村の人々は敬虔に、この女神を崇めていた。
中でも、ウェンバーは他の村人より女神を敬っている。
毎日、時間さえあれば祈るほどである。
それも、病気で死んだ両親が、あの世で安寧である様にと願うからだ。
「ウェンバー、いよいよ明日だね」
「うん、どうしよう、緊張してる」
「私もよ、一体どんな命職になるのかしら」
シルキスの言葉に、ウェンバーは複雑な顔をして頷いた。
命職。
この世界における、人の魂の形。
製造系。
戦闘系。
魔法系。
他にも多くの命職があるが、所謂ジョブだ。
人は皆、この命職を定める儀式を、13歳の夏に行う。
そして、そこで定められた命職への道へと、歩き出す。
命職を得た者は、その命職にあった能力を授かるのだ。
タダノ村での儀式は、明日。
故に、2人は楽しみでありながら不安を抱え込んでいるのだ。
「ウェンバーは何がいい?」
「僕は…やっぱ農業系かな、この村で生きていきたいし」
「そっか、私は…えへへっ、」
「な、なんだよ」
シルキスの目が細くなり、ウェンバーを見つめる。
幼馴染が浮かべる色っぽい顔に、ウェンバーは顔を赤らめた。
「私はね、ウェンバーと一緒にいれるなら、何でもいいかな」
「シルキス…、うん、僕もだよ、シルキスと一緒にいたい」
「えへへ、じゃあ、約束!」
「うん、約束!」
2人は互いに微笑み、それぞれの小指を絡めた。
「私とウェンバーは、将来結婚して、幸せになる!」
「僕とシルキ…え、ええええ!?け、結婚!?」
「何よ、一緒にいるって事は、結婚するって事よ?」
「それはそうだけど…まだ早いよ!僕たち子供…!」
ウェンバーは慌てるが、途端に寂しそうな顔になった幼馴染を見、言葉を止めた
結婚はまだできない。
でも、約束はできる。
「…じゃあ、これ、持っててよ」
「なぁに?…わぁ、綺麗!」
ウェンバーが取り出したのは、赤いリボンだ。
どの道、この場所でシルキスへとプレゼントする予定であった。
「薪を売ったお金で買ったんだ、これが約束の証!」
「ウェンバー、私、大事にする!結婚するまで、身に付けておくね!」
シルキスは早速、銀色の髪にリボンを絡める。
それを見てウェンバーは、ドキドキしながら綺麗と洩らした。
村を眺めながら将来を誓った2人の約束は、今も、ウェンバーの心の中に鮮明に残っている。
それは、村からシルキスがいなくなって久しい、今でも…。
□ ■ □ ■ □
ウェンバーの一日は、鍛錬から始まる。
朝、陽が出る前に起床し、村の周りを走り、剣の稽古をする。
そして、汗が陽で輝く頃に鍛錬を切り上げ、水を浴びるのだ。
水を弾く、若々しい体。
中性的だったウェンバーは顔こそ綺麗なままではあるが、その体は逞しく育っていた。
12歳の頃に両親を亡くし、天涯孤独となったウェンバー。
だが村人達の協力もあり、また、シルキスのと約束を希望に、力強く生きてきた。
(…やっぱ、来ていないか)
汗が滲む体そのままで帰宅したウェンバーは、ポストを覗き込み、ため息をついた。
一週間に2回は来ていた、シルキスからの手紙。
それが最近、全く来なくなったのだ。
ウェンバーは、赤い布が巻かれた剣の鞘を立てかける。
赤い布…、あの時、シルキスに贈ったリボンの片割れだ。
(…まぁ、忙しいんだろうな、何せ勇者一行のお仲間、剣姫、だからな)
ウェンバーは、2人が離れる事となった3年前のあの日…命職の儀の日を思い浮かべる。
村の中央に立つ、創造神ツクールを奉った教会。
この村では女神フジョッシを奉っているが、その辺は緩い村であった。
その小さい教会で行われた、命職の儀。
「俺は…やった!狩人だ!父さんの手伝いが出来る!」
「私は薬師!これでおばあちゃんを救える!」
「ぁぁぁ、僕は武道家だよ!戦いたくないよ!」
「私は魔法使いが良かったのにぃ、商人だよぉ」
教会内に響く、悲喜交々の声。
自分の定められた命職を喜ぶ子もいれば、落胆する子もいる。
だが、結果がどうでアレ、命職を進まなければならない。
それが、この世界における常識、いや、運命なのだ。
「次、シルキスだね」
「うん、ドキドキしてきた」
神官が、シルキスを呼ぶ。
シルキスは、言われるがままに、赤い水晶に手を載せた。
次の瞬間。
「な、け…剣姫、じゃと!?」
「け、剣姫!?あの、伝説の!?」
「シルキスちゃんがかい?嘘じゃろ!」
「魔王が蘇ったと聞いてたが、まさか…」
「とにかく、お、王都に報告を!」
神官の声に、大人達が沸いた。
「ウェンバー!」
「シルキス!」
シルキスがウェンバーへ駆け寄ろうとしたが、神官がそれを留める。
それからはあっという間だった。
シルキスは教会の中で過ごす事になり、会う事が出来なくなった。
ウェンバーがいくらお願いしても、シルキスの両親しか面会ができなかった。
そして数日後、王都からの迎えが来た。
この世界には、魔物の他に魔族がいる。
最近、その魔族を治める魔王が復活したのだ。
これに対し、王国は勇者を選定し、魔王討伐へ向ける事にした。
魔王現る時、勇者も現る。
聖女、剣姫、賢者、弓聖もまた、勇者のために現る。
王国に伝わる、伝承。
それを元に、王国は各地からその命職の者を集めていた。
剣姫の命職を得たシルキスは、「世界の為」と勇者のパーティーに組み込まれる事となった。
また、ウェンバーの命職は「戦士」であったが、激動の中、特に話題になる事は無かった。
「シルキス!僕、待ってるから!」
「ウェンバー!私、絶対帰ってくる!約束、忘れないでね!」
「うん!シルキスに相応しくなるよう、強くなる!」
「私も!手紙書くから!ウェンバー!また!」
王都へ向かう馬車に、人が群がる。
そこから伸びた幼馴染の手に、ウェンバーは必死で返す。
走って、走って、躓いて、走って…。
青い空の下、馬車が見えなくなるまで、幼馴染の名を呼んだ…思い出。
(あの日から、もう3年経つんだな…)
ウェンバーは、机に置かれた箱を開ける。
中には、シルキスからの手紙が詰まっていた。
シルキスと離れて当初は、毎日のように手紙が来ていた。
仲間と会った、勇者以外皆女の子だ、訓練がきつい、剣を貰えた。
まるで日記の様な手紙、だけど、結婚の約束を忘れまいとする文。
ご丁寧に、返信用の封筒と切手も入っていた。
手紙が届く間隔が開き始めたのは、2年目からだ。
文中で、やけに勇者について書く事が増え始めた。
内容も、勇者を褒め称え、尊敬するような…。
ウェンバーは胸騒ぎを覚えたが、シルキスなら大丈夫だと、不安を抑え込んでいた。
やがて、手紙が届かなくなる。
ウェンバーは今すぐにでも王都へ向かい、シルキスに会いたかった。
が、下手をすれば相手に迷惑をかけてしまうと…踏み切れないでいた。
陽が高くなった頃、ウェンバーの家に来客があった。
「ウェンバー、いるか?」
「おじさん?何かあったんですか?」
訪れたのは、シルキスの父親だ。
両親を失ったウェンバーに、夫婦ともに、村で一番親身になってくれた人物である。
「今、お茶入れます」
「いや、それより、コレを見て欲しい…今朝、大金と一緒に送られてきた」
いつもより厳しい、シルキス父の顔。
ウェンバーは不安を感じ、その手にあった手紙を読み始める。
「… … …は、はは…、そんな」
ウェンバーから、乾いた笑いが漏れだす。
自分の両親には手紙を送っているのに、何故俺には?
最初そう思っていたウェンバーだが、理解した。
手紙の内容。
勇者一行が、魔王四天王の一人を倒した事。
褒賞を貰ったので、一緒に送ったお金で美味しいモノを食べて欲しい事。
その事で、少し暇を貰えた事。
皆で、半年後にこの村を訪れる事。
そして…。
「なんで、俺との約束は…」
「私としては、ウェンバーと結ばれて欲しかったよ…娘が、すまない」
ウェンバーのひり出した言葉に、シルキス父が目を伏せる。
手紙の最後。
そこには、シルキスが勇者と結婚の約束をした事。
だからこそ、ウェンバーに手紙を送り辛かった事。
この村に訪れた時に、ウェンバーに全てを話す事。
ウェンバーにとって、絶望の内容だった。
□ ■ □ ■ □
その日から、ウェンバーから生気が消えた。
シルキスの事を、祝うべきだ。
だが、想いを裏切った彼女は許せない。
自分より、勇者といた方が幸せになれるはずだ。
だが、俺が勇者より強くなれば…?
あっちは命のやり取りをする場で、背中を預け合う仲だ。
恋仲になるのは当然だ。
だが、俺と過ごした時間はどうなる?
それを否定されるのは良いのか。
シルキスは重責を負っている、それを分かち合えるのは勇者だけだ。
だが、俺ではだめなのか?俺じゃあ無理なのか?
何より、何故俺に最初に相談しないのか。
いきなり伝えて、一方的に拒絶するつもりだったのか。
ウェンバーは毎日の様に、答えの無い自問自答を繰り返した。
意を決して手紙を送ったが、返事が帰って来る事は無かった。
それからである。
ウェンバーは鍛錬に励むようになった。
まるで死に急ぐ様に、悩みを忘れるかの様に、魔物と戦い始めた。
強くなる一方、事情を知っている村人達は、彼と距離を置き始める。
恐怖、同情、そして、問題を起こした時に巻き込まれぬように。
シルキスの両親だけが献身的に向き合ったが、ウェンバーの心は晴れる事は無かった。
そして、運命の日…。
「王都からの馬車が来たぞー!」
見張りの声が響くと同時に、村人が入り口へと殺到した。
煌びやかな馬車の集団が、ガタガタと悪路を進んでくる。
やがてその列は止まり、騎士達が見守る中、馬車から人々が吐き出された。
「皆様お疲れ様です、気分が悪い方はいませんか?」
クリーム色の長い髪の少女、聖女ミサ。
「んー、シルキスには悪いけど何も無さそうな村だね、僕つまんないや」
エルフの里から選ばれた、弓聖パーシャ。
「後で面白いモノが見れるだろ、我慢しとけ、くひひ」
メガネをかけた釣り目の少女、賢者ヴィハンナ。
「ふー、やっとついた、聞いてたのより遠いじゃないかシルキス」
青い鎧を着込んだ、黒髪の優男。
勇者ランバルト。
「ごめんなさいランバルト、久々だから仕方ないの」
馬車から延びる、白い肌。
久しく聞いていなかった、安らぐ声。
短くなったが、輝きを増した銀色の髪。
馬車から降り立った剣姫シルキスは、まさに高貴さを漂わせる女性となっていた。
「皆様、よくぞお越し下さいました、私は村長の…」
大人たちの挨拶を耳に流しながら、シルキスは目的の人物を探す。
幸いにも、その人物はすぐに見つかった。
(あぁ、ウェンバー…ごめんなさい!)
3年ぶりに見るウェンバーは、シルキスから見ると大いに変わっていた。
まず、身長が伸び逞しくなっていた。
勇者と言う存在が無ければ、恐らく惚れ直しただろうとシルキスは思う。
次に…目が死んでいるのに気付く。
シルキスは察した、彼は全て知っているのだと。
だからこそ、心の中で、形式的に謝罪する。
「ウェンバー!」
シルキスが呼ぶと、ウェンバーは無言のまま前へ進んだ。
村人達は、逆に下がり始める。
「やぁ、シルキス、いや、剣姫様とお呼びした方がよいかな?」
「ウェンバー…、昔みたいに名前で呼んで?」
「わかったよシルキス…よく、顔が出せたな」
シルキスの中には、ウェンバーは許してくれるという甘い希望があった。
故に、幼馴染から放たれる悪意に、戸惑いながらもイラついてしまう。
「君がウェンバー君か、シルキスから話は聞いてるよ」
「ちょっと、ランバルト!」
2人の気まずい雰囲気の間に、青い鎧が滑り込み、シルキスを抱き寄せた。
口では非難するも、シルキスの顔に喜色が浮かぶ。
「勇者様、今俺はシルキスと話して…」
「おいおい、シルキスは剣姫だ、平民の君が気安く名前を呼ぶんじゃないよ」
「いいのランバルト!彼は、幼馴染だから!」
「…いいだろう、僕の婚約者が許したんだ、僕もそれに倣おう」
勇者による、挑発。
だが、ウェンバーの表情が動く事は無かった。
それが気に食わないのが、勇者だ。
寝取った女の相手が苦しむ顔、それが見たくて、わざわざこんな場所まで来たというのに。
「…ウェンバー、貴方を裏切って、本当にごめんなさい」
「嘘だな、その目は謝意を持っていない目だ…そこは昔と変わらないな」
「ウェンバー…、そう、ね、私は、彼と結ばれて当然だと思ってるわ」
シルキスの目が、ウェンバーの目を真っ直ぐに捉える。
「仕方ないじゃない、ランバルトと過ごした時間、それが如何に充実していたか…ウェンバーには解らないわよね?」
「あぁ、でも、それよりも長い時間を、俺達は過ごしてきたはずだ」
「時間なんて関係ない、相手と何を成したか、なの」
ウェンバーは、黙ったままシルキスの言葉を聞く。
「ウェンバーがこんな田舎で燻っている時、私達は世界の為に戦ってたのよ?文字通り、命を懸けていた。そのお陰で四天王も倒せたの」
「…だから、俺と過ごした時間は、交わした約束はそれに劣る、って事か」
「うん、ウェンバーには悪いけど…貴方との時間は…もはや思い出せない部分もあるわ」
「そっか…、お前、変わったな、シルキス」
シルキスの心が、跳ねあがる。
ウェンバーが今まで見せた事がない目をしたからだ。
この目は、そう…哀れみ。
その意味を理解し、シルキスの頭に血が上る。
が、その怒りは勇者によって抑えられた。
「女性は変わるものさ、幼馴染君」
「… … …そうだな」
「そうさ、それに、君が彼女の何を知ってるって言うんだい?」
勇者の顔が、薄らと歪みだす。
それを見ていた勇者のパーティーメンバーが、また始まったと肩をすくめ、同じく顔を歪めだした。
「幼馴染さん、可哀そう」
「僕の元カレみたいに、不能になるかな?」
「それか自殺するかもなうひひ」
3人の声をかき消すように、勇者の言葉が響く。
「夜の彼女を知ってるかい?戦う時と同じく、激しいんだ。君は彼女が顔を真っ赤にし、声を押し殺す様を見た事あるかな?」
「ランバルト!何言ってるの、やめて!」
「良いじゃないか、僕は君の事を知らない彼に、教えてあげてるんだよ」
「でも、それ以上は…」
先ほどと同じく、シルキスは勇者を諫めるも、止めようとはしない。
「昨日もね、彼女に寝かせて貰えなかったんだ。何もしなくても、勝手に腰を動かすんだ。困ったものだよ、僕には他の娘もいるというのに」
勇者がちらりと、横を見る。
その目を受け、聖女、弓聖、賢者の顔が赤らんだ。
気付くと、ウェンバーは涙を流していた。
(わかってはいた…わかってはいた、のに!)
彼女の、初めて。
それを、こんな屑に奪われた悔しさ。
防げなかった、不甲斐なさ。
いや、それ以上に、その事を結婚の約束をしていた自分に見せつける、茶番。
それを止めようともしない、幼馴染、いや、クソ女。
瞬間、ウェンバーの中で、急速にシルキスへの想いが無価値へと変わった。
「…ごめんねウェンバー、そういう事だから」
シルキスが懐から、くすんだ赤いリボンを取り出す。
それを宙へ放り投げると、シルキスが抜いた剣が、二人の約束を切り刻む。
ウェンバーは、シルキスの声に何も感じない。
ただその剣舞が、スローモーションの様に、ハッキリと見えた。
「これで、あの約束は無かった事にしてね」
「解ったよ、…幸せにな」
ウェンバーは踵を返し、家へと帰ろうとする。
が、勇者の耳障りな声が邪魔をした。
「どこに行くんだい?幼馴染君」
「もう俺に絡むなよ、帰るだけだ」
「いや、君は…違うか、君たちは今からあの世に行くんだよ」
勇者の言葉に、村人は首を傾げ不安を感じる。
が、自分達がいつの間にか囲まれいる事を知り、不安が恐怖へと変わった。
「な、何を成さるつもりですか!」
「お前達には消えて貰う」
「何故!?我々が何かしましたかな!?」
騎士団長へと、村長が尋ねる。
それに答えたのは、シルキスだった。
「皆さん、魔王を倒した後、私は勇者様と結婚し、貴族になります。だからこそ、私がこんな場所で生まれた事は弱みになる」
「シルキス、何を、言ってるんだ?」
「冗談と言って頂戴、シルキス」
「お父さん、お母さん、ごめんね…、親なら、娘の幸せの為に死んでくれるよね?その為に、最後に贅沢できるようにお金贈ったんだし」
シルキスの、悪意の詰まった笑み。
シルキスの両親は、言葉を失う。
「なっ、へ、陛下がこんな悪逆を許すはずが」
「陛下からは御許しが出ている、安心して死ぬが良い」
「な、なんと…!」
「住民を殺した後は、村を焼き払え!」
村人達の罵詈雑言を、騎士たちは無言で流す。
もはや事務的に、殺戮が始まろうとしていた。
勇者一行は、劇を見るように目を輝かせ始めた。
その様子を、ウェンバーは冷めた目で見つめる。
「シルキス、お前、本当にクズになったな」
「ウェンバー、大人になるって悲しい事なの…何かを捨てて、進まなくちゃいけないの」
「だからと言って、人の命を奪う資格なんざお前達には無いだろう」
「有るわよ、私達は世界を救う存在なの!貴方達と命の価値が違うのよ」
「そうか、俺にはわかんないな」
「えぇ、弱くて童貞の貴方には一生わかんないでしょうね、貴方と言う存在も将来、私の弱みになる…私の為に、死んで?あの世で恨んでも構わないわ…さよなら」
ウェンバーは、諦めと同時に呪った。
こんな屑どもを選んだ神を、世界を、…何もできなかった自分を。
(俺に力があったら、こんな事じゃなく、救うために使うのにな…)
シルキスの手が、腰に下げられた剣へと伸びる。
その閃光は、ゆっくりとウェンバーの首へ…。
『やめろ、この馬鹿ちん共があああああああああああ!』
瞬間、雷鳴と共に、空から大きな声が轟いた。
□ ■ □ ■ □
『ちょ!?フジョッシ殿、ストップ!ストッォォップ!』
『止めるなオネショタン!あの屑どもに天の裁きを!』
『バブー!お茶、気を落ち着かせるお茶を淹れてあげて!』
『了解よ~ツク~ルちゃん、ささ、フジョッシちゃん、落ち着いてね~』
『私は落ち着いてるわよ!それより下界のバカ共を…!…あふー、おいち♪』
空から発せられる、複数の姦しい声。
この異常な光景もだが、人々は今発せられた名前に対し、呆然としていた。
フジョッシ…豊穣神フジョッシ。
オネショタン…戦女神オネショタン。
バブー…聖母バブー
そして、ツクール…創造神ツクール。
世界で崇め奉られる神々の声が、聞こえているのだ。
声に何らかの力があるのか、皆それを疑う事は無かった。
『ツクール!今期の勇者、なにアイツ!クズじゃん!あんなのに世界を任せられないわよ!』
『落ち着きなさいなフジョッシ、彼は所謂踏み台なのよ、本当の勇者は貴女お気に入りのウェンバーよ』
「えっ!?」
驚きの声が重なり、皆、ウェンバーの方を見る。
落ち着かないのはウェンバー本人だ、あまりの事に頭が白くなりかけた。
『ランバルトは確かに人よりちょっぴり強いわ、でもそれだけなのよ』
『…どういう事よ』
『彼、成長率が最低のZなの。だから、どんな鍛えてもこれ以上強くならないわ』
「え?」
今度は、ランバルトへと視線が集まる。
ランバルト本人も、もはや唖然とするしかない。
『だがツクール殿、彼は四天王の一人、土のザコルミョーネを倒したでござるよ?』
『私見てたけど~、正確には彼より、その仲間の活躍が大きかったと思うわ~』
『オネショタン、バブーの言う通りだ、ランバルトの力はもはや頭打ちなんだ』
『…ツクール、貴女どういう筋書き考えてたの?』
3人の女神に対し、創造神ツクールは溜息を吐きながら、言葉を続けた。
『この村で、ウェンバーとランバルトはシルキスを取り合う、そして、ウェンバーが勝ち、聖剣に認められるの』
下界では、もはや言葉が生まれない。
人々の目は、ウェンバーと勇者パーティーを、忙しなく見るばかりだ。
『いやいや、ウェンバー殿は命職戦士でござろう?今の時点で勇者に勝つのは…』
『余裕で勝てるわよ、だってウェンバーの成長率、S+なのよ』
『…マジでござるか?』
『あー、ウェンバー、魔物一杯狩ってたよね、じゃあかなり強くなってる?』
『見てみるわね~…あらすごい、レベル174超えてるわ~』
『え?カンスト直前じゃない!』
『もはや英雄レベルでござるな!』
少しの、間。
ズズー、と何かを飲む音が響く。
『それで、ウェンバーの命職が戦士から勇者に代わる、って熱い展開考えてたのに』
『命職がかわる、それも勇者…前例皆無でござるな』
『希望を持たせたかったのよ、誰かが勇者になれるなら、誰もが勇者になれるはず、ってね。本来だったら、ウェンバーが仲間に加わって、ランベルトがライバルになって、5人で旅する予定だったのに』
『勇者の事は解ったわ、でも、メンバーの股ゆるビッチ共もひどいじゃない!』
『あー、彼女達ね』
途端に、創造神ツクールの声が低くなる。
『聖女、弓聖、賢者、あと剣姫…彼女達は成長率A、よね?』
『でござるな、初期能力を高めにして、その様にしたでござるよ』
『えぇ、私も右に同じく~』
『このまま強くなれば、彼女達も歴史に名を残す英雄レベルになった…のにねぇ』
『あのビッチ共がそんな恵まれた能力って事にムカついたんだけど、何かあるのね?ツクール』
豊穣神フジョッシの問いに、創造神ツクールは深いため息を吐いた。
『勇者と性交しちゃったじゃない?だから、勇者の成長率Zが上書きされたのよ』
この言葉を聞き、勇者パーティーの女性4人が、声を上げる。
その瞳には惑いと共に、絶望が滲み始めた。
『なんと…それでは、彼女達は、もはや…』
『そうね~、これ以上強くなれない存在になっちゃったのかしらね~』
『ざまぁ!ってか、成長率を上書きしちゃうってどんだけよ、ツクール』
『んー、その辺は私も想定外だったの、勇者パーティーが彼と性交する事を含めてもね』
『一時の快楽に身をゆだね、一生を台無しにしてしまったでござるか…』
『あら~?ウェンバ~ちゃんなら、それすら上書きできるのではないかしら~?』
『できる、けど…』
『あんな扱いした大鋸屑女を抱くほど、私のウェンバーは直結じゃないわよ!』
だよねー、と。
空からのほほんとした声が聞こえる。
それとは対照的なのが、地上だ。
踏み台扱いされ、成長が望めないと知らされた勇者。
そんなのと性交してしまった故に、将来得るはずだった名声を失った剣姫、聖女、弓聖、賢者。
言葉にならない唸りを、空ろな目で漏らし始めた。
そこに、更に追い討ち。
『…あ、ツクールちゃん、王国にペナルティー与えて良い?』
『あー、下らない理由で村滅ぼそうとしたもんね、じゃあ加護を与えるのやめるわ』
『拙者も』
『あら~、じゃあ私も~』
『勿論私もよ、加護が無くなれば、精霊が居なくなるわね』
『大地は穢れ、風は淀み、水は腐り…陽も当たらなくなる…緩やかに国が死ぬでござるな』
『現王様もかわいそうに、勇者を輩出した誉ある王と歴史に名を残すはずが、国を滅ぼした愚王になったわね』
『ざまぁ!…あ、でもそしたらウェンバー行く所無くなるじゃない!』
騎士団の面々が、悲痛な声を上げる。
命令とは言え、自分達が成そうとした事が、王国を滅ぼす事へと繋がったのだ。
『帝国に神託送っておくわ、あと、貴方達にも仕事お願いするわ』
『新しく弓聖、剣姫を選出せねばならないでござるな』
『聖女と賢者もよ~、いい人材居ればよいけど~』
『2人とも、お願いだからあの4人みたいな女を選ぶのは止めてね!』
『それじゃあ、早速仕事始めるわよー』
『はーい…げっ!?』
『どうしたでござるかフジョッシ殿』
『いや、なんでもない、です!先行ってて!』
空から響く声が小さくなり、やがて聞こえなくなる。
『神託ボタンずっとオンに?…え、じゃあ今までの会話世界中に…!?』
コホン、と。
『ウェンバー、私はいつでも貴方を見守ってますよ、あと、この村も見守っていますよ、それでは』
静寂が、戻った。
□ ■ □ ■ □
「み、認めない!俺は認めないぞぉ!」
沈黙を破ったのは、勇者ランバルトだ。
声を荒げ、抜いた聖剣をウェンバーへと突きつける。
「俺は勇者なんだよ!世界を救い名を残す存在なんだよ!お前みたいな田舎者とは、違うんだ!」
力強く、それでいて流れるような、殺意を乗せた剣閃。
普通であれば、人を軽くブツ切りにする威力だ。
だが、ウェンバーはそれを指二本で止めてしまった。
「なっ!?嘘、ぐ、離せ、剣を離せよぉぉぉ!」
「自覚はなかったけど、そっか…俺、強いんだ」
ウェンバーは、女神達のやり取りを思い出す。
真実を教えてくれた事への、感謝。
見守ってくれていた事への、感謝。
そして、自分は何かを救えるという、希望。
気付けば、ウェンバーは再び涙を流していた。
「…やる事一杯だな、ぁ、勇者、これは貰っておくよ」
ウェンバーが腕を引くと、力に負けたランバルトから剣が離れた。
同時に、前のめりになるランバルトへ、ウェンバーは握り拳を叩きつける。
「ぶ、ぎゅばぺぁぁぁっ!?」
「ごめん、一応、今はあんなでも婚約者を奪われた報復」
歯と血を撒き散らしながら、元勇者が崩れ落ちる。
ランバルトの強さを知っている王国側の人間は、女神達の会話が事実だと思い知った。
「ウ、ウェンバー!私、貴方はやる男だと信じてたわ、大好き!」
すかさず、シルキスが媚びる様な目で抱きついてきた。
以前はあんなに心地よかったのが、ここまで嫌悪を抱くモノになったのかと、ウェンバーは内心驚く。
「私、ランバルトに騙されてたの!ウェンバーが勇者だったのなら、私は貴方に」
「すまないが離れてくれないか」
「そ、そんな事言わないでよ!あ、そうだ、約束どおり結婚しようよ!今からでもさ!」
「幼馴染さん!わ、私、貴方が勇者なら、一緒に戦いたいです!」
「抜け駆けはずるいよ!ねぇ、僕、君に一目惚れしちゃった、強いね!」
「くひっ、女神に祝福されたお前、どうだ、わ、私と共に生きてみないか?」
ウェンバーに殺到する、元勇者の仲間達。
普通であれば喜ぶ場面だ。
だが、ウェンバーの心は、砂が混じるかのようにざわつく。
「お、おばえら!うら、ぎるのがっ!」
「裏切ったのはそっちでしょ!何が勇者よ、嘘つきが!」
「ぐばぁっ!?」
血まみれのランバルトが立ち上がるが、シルキスはその頬を引っ叩く。
その隙をチャンスと思い、聖女、弓聖、賢者がウェンバーへと密着する。
「ウェンバー様、今日の夜、空いてますか?私、貴方になら…」
「僕が先だよ!ねぇ、幼馴染、いや、勇者君、エルフ、抱いて見ない?」
「盛るな雌共が!なぁ勇者、良い媚薬が有るんだ、どうだい?今夜」
「ウェンバーに近づくな!ねぇ、ウェンバー、私が間違ってた!本当に愛してたのは…」
「いいから離れろ!あの男の体液が染みこんだ気持ち悪い体で触るんじゃない!」
突如ウェンバーから怒気が発せられ、4人は情けない声を出し、後ずさった。
しかし、ココで喰い付かねばと。
シルキスはめげずに、ウェンバーへと近づく。
「た、確かに初めてはアイツだけど、心は貴方のモノよウェンバー!私の事、ホントに好きなら、経験済みでも気にしないよね?だって無理やりだったの!本当は、ウェンバーに捧げたかったのに!本当よ?あ、でも、今なら貴方を満足させられるわ!私、良い具合なんですって!ウェンバーが望むなら何時だって何処だって!」
だが、ウェンバーは無反応、いや、シルキスを憐れむ目を向けだした。
ウェンバーだけじゃない、彼女の両親を含む村人もだ。
「な、何よ何よ何よ!私は悪くない!全部ランバルトが悪いの!そんな目で見ないでよ!ねぇ、ウェンバー!」
「…無様だな、お前」
「う、…うああああああああああああああああああああああ!」
もはや名前すら呼んで貰えない。
シルキスは頭に血が上り、ウェンバーへと斬りかかった…が、ランバルト同様に防がれてしまう。
「な、ん!?私の渾身の居合い、が…!」
「ホント、残念だったよ…シルキス」
「ぁ、ぁぁ…あ…」
ペキン、と。
シルキスの剣が、指二本で折られる。
ウェンバーは、自身の鞘に巻かれた赤い布を解き、空へと放り投げた。
それを見、シルキスの心も折れ、へたりと地面へ座りこむ。
「シルキス、ここでお別れだ。お互い、もう昔には戻れないよ、そうだろ?…村長、おじさん、おばさん、俺、帝国に向かってみます」
「あぁ、女神様の言葉に従った方が良かろう」
「ウェンバー、苦しかったら戻って来いよ」
「この村なら大丈夫、豊穣神様が見守ると言ってくれたから」
「そ、それは困ります!勇者様、是非、王都へ!」
村の住民一同が、ウェンバーの門出を祝う。
慌てたのが、騎士団だ。
このままでは色々とまずいと、ウェンバーの行く手を遮る。
「この村を滅ぼそうとした王国に?冗談でしょ?」
「違うのです!それは何か誤解があったのです!お願いですから!」
「近いうちに無くなる王国に、用などありません…あなた方をこの場で斬らないだけ、良しと思ってください」
村の中へ帰っていくウェンバーに、村人達も続く。
残された王国側の人々、勇者パーティーは、力なく項垂れ、この先どのような事が起こるのか考えないようにしながら、王国へと帰って行った。
その夜、村では祭が開かれる。
皆、ウェンバーの新しい門出を祝い、励ました。
今日この日より、勇者ウェンバーの伝説が、始まる。
「救う」事を信念とした、勇者ウェンバー。
彼は帝国の名を背負い、行く先々にて、大小関係無しに人々を救っていった。
そして魔王との激戦の末、ウェンバーは魔族と和解するという偉業を成し遂げる。
帝国と、魔族。
世界はこの2つの繁栄により、末永く栄え、ウェンバーの名は遠い未来まで語り継がれることとなった。
だが、一方で、女性関係には頭を悩ませていたようだ。
簡単に言うと、女性不信。
彼の成長率S+が組み込まれた遺伝子を求める有象無象の女性に、苦労したと言われている。
結局、誰とも結婚どころか肉体関係すらも無かった、勇者ウェンバー。
その傍には、女神を自称する4人の女性が居たという。
彼女たちに囲まれた勇者ウェンバーからは、笑いが絶える事がなかった…そう、残されている。
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その後の話をしよう。
女神の加護がなくなった王国は、ウェンバーの村を滅ぼそうとした事もあり、世界中から非難された。
国王は、魔王を倒すことでその汚名を返上しようと画策する。
それに選ばれたのが、言うまでもなく元勇者のランバルトパーティーだ。
だが、女神の話通り、いくら訓練しようと強くなる事は無かった。
業を煮やした王国は、騎士団と共に魔族領へと突撃させる。
結果、四天王二人目で、壊滅。
王国はその後、人々が離れ、緩やかに滅びていった。
女神の言う通り、王の名前はこの世界の歴史に愚王と刻まれる事となる。
また、元王国民は、女神の加護を失った民とされ、迫害される対象となり今に至る。
当時、ウェンバーの村を滅ぼそうとした騎士達の骸は、今も王国跡地で晒されているという。
勇者パーティーは死にはしなかったものの、各々各地へと逃げ、名を偽り生活していた。
聖女ミサは、聖女の身でありながら姦通したと、教会を破門。
ランバルトに身を捧げた事を後悔しながら、小さな孤児院で働いたという。
弓聖パーシャは、悲惨であった。
人間と性を交えたとして、エルフの里から放逐。
四天王戦で腕をなくし、自慢の弓を使えないまま、山奥でまるで隠者の様に過ごしたという。
賢者ヴィハンナは、ウェンバーを諦めなかった。
彼と性交をすれば、歴史に名を残す身に戻れる、と。
ウェンバーをその気にさせる媚薬を作ろうとしたが、調合中に発生した毒でそのまま帰らぬ人となった。
シルキスとランバルトは二人で逃げ、打算を含めて一緒に過ごし始めた。
木を隠すなら森の言葉通り、人が多い帝国で、ひっそりと暮らしだす。
口では罵り合うも、仲はそこそこ良好であった。
だが、人間一度覚えた贅沢は忘れられないものだ。
冒険者のまねごとをしつつ稼いだ金を使い切る生活が続き、また、シルキスに子供ができた事を含め、二人の生活は困窮する。
そんな中、ランバルトは久々にシルキスを抱こうとしたが、シルキスの顔を見て、唖然とした。
この女はこんなに醜かったのか、と。
実際、シルキスの状態はひどいモノだった。
いや、シルキスだけではなく、ランバルトも同様だ。
貧困、育児、心労…もはや形振り構わない生活が、二人の魅力を、そして本来の強さを壊していたのだ。
次の日、二人は大きな歓声で、浅い眠りから目覚めた。
声のする方…大通りにて、二人は見てしまう。
煌びやかな光に囲まれた、勇者ウェンバーを。
「私、なんであの時あんな…、なんであんな事…」
「シルキス…」
「戻りたいよ、あの時からやり直したいよ、もう、こんな生活、いやだよ…」
涙を流し、うわ言の様に同じ言葉を繰り返すシルキス。
ランバルトが肩に手を伸ばすが、無意識になのか、シルキスはそれを押しのける。
ランバルトは唇を噛み締め、同じく涙を流しながらウェンバーの凱旋を、死んだ目で追う。
凱旋が終わっても。
人々が、解散しても。
二人は肩を震わせながら、遠くで赤ん坊の泣き声がするまで、地面を見つめていた。
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