遺跡 ③
スケルトンパラダイス。
カタカタ、カタカタ、カタカタカタカタ!
骨達が奏でる歯を鳴らす不快な大合唱。
数えるのも馬鹿らしくなる数のスケルトンを分子カッターと蹴りで斬り、蹴り砕いて凌ぐ。
「なに…これ、身体が震えて…さ、寒い…!」
「不味いな、気をしっかり保てお嬢!」
「これは…呪詛カ!」
音は、振動であり、波だ。
空気を震わせ、波形を作り、人の鼓膜を通して脳に伝達され、初めてそれが「音」と認識される。
つまり、恨みを、怨念を込めた歯鳴りの音は人の精神を蝕む呪いと化した。
寒い。寒い、寒い。
何故、オマエはそんなにもアタタカイのか。
そんな死者の心が生者を蝕む。
「アーシェラ、同情するな。アレらはもう真っ当な骸ですらない…澱み、濁った淀魔素に侵された魔物なんだから。」
後部座席のアーシェラを叱咤するも、聞こえてはいても聞いてはいない様子だ、ぶつぶつと呟きながら目は虚空を見つめている。
「でも…子供を護りたかっただけのお母さんが居たの…、ただ、日々を生きて緩やかな生活をしたかっただけの人が居たの…なのに、なのに…奪われた、奪った…命を奪った…ああ、寄越せ、寄越せ、寄越せ、なんで貴方は生きているの…レオ…死んで、死んでよ、私と…一緒にぃ!!」
狂ったように叫びながら、アーシェラの白く細い指先が、俺の首を締める。
「な、ぐうっ…はっ…離せ、アーシェラ!?」
流石に首を絞められてはまともに操縦など出来はしない、今まで辛うじて骨達を蹴散らし、群がられないでいたが最早時間の問題だった。
「主任…!」
「ゴルドルフッ止まるな、捕まるぞ!」
「あ、アーシェラッ…やめ…ぬああっ!」
後ろから手を回し、首を締めるアーシェラの腕を掴み、無理やりにこちらの座席へと引き倒した。
「…きゃっ!?」
アーシェラが乗り出すようにしていたのは幸いだった、引き手を掴んで倒せばまるで抱きしめるような格好になる。
自然、離れた手は空をきる。
「…だめ、だめよ…奪われたから、奪わなきゃ…」
唇は真っ青で、身体は小刻みに震えている。
まるで雨に打たれて震える子犬の様だ。
「大丈夫、大丈夫だ…俺がアーシェラから奪うわけがないだろう。」
「嘘よ!私の12歳の誕生日…あの時レオはいなくなっちゃったじゃない!あのまま私の家にいたらよかったのに、どうして!?」
過去の傷を抉られたのだろう。
アーシェラは随分昔の事を話し始める。
当時ホルス家の娘であり、体が弱かったアーシェラは友人を作ることもできず離れで療養するしかできないでいた。
たまたま年齢も近く、三男だった俺は後を継ぐわけでもない「どうなっても良い息子」だった。
故に上流貴族に恩を売るつもりだったのか、友人と言う名の家令のような扱いで俺はアーシェラの話し相手に充てがわれた。
それでよかったし、誰かの笑顔が見えるならいいと本気で思った。
だが、親父が急逝し、長兄が家督を継いだ。
次兄もまた商才で財をなしたゴルドルフの一族にふさわしく、親父が残した仕事を引き継いだ。
折に入り、困ったのは本家に血縁がいなくなることだった。
様々な資料、商談に使われる貴重な素材や金子…それらを管理するものがいなければ家令や端た女がそれをくすねて姿をくらます可能性が出た。
所詮は使われる人間。
平民出の者をそうまで信用するには兄二人は貴族と言う枠に嵌りすぎていた。
結果として要らない子、であれ身内は身内。
少なくとも財産に手をつける心配はないと俺は突然に本家に呼び戻されたのだ。
「…仕方なかった、親父は死んで、長兄が家督を継いだ…ゴルドルフ家にはあの時、留守を預かる誰かが必要だった。」
操縦桿を離し、アーシェラを強く抱きしめる。
内緒話をした時も感じた甘い香り。
アーシェラ自身の花が咲いたような好ましい香りが鼻腔をくすぐる。
「…レオ…レオォ…やだよ、いなくなっちゃやだ…私、貴方と離れた時、胸が引き裂かれそうだった、お父様もお母様も、何かにつけては家のため、お前は礎になるんだ、って…そんなの、嫌だよ…私は私、どうして将来を全て決められなきゃいけないの?」
ぐすぐすと、鼻をすすって子供みたいに泣きじゃくる姿は今まで溜め込んでいたものを吐露して童心に帰ったのか。
「…大丈夫だ、少なくとも今、俺はここにいる。」
そうか、幼かったこいつにそんな思いをさせちまってたのか…。
「もう、いなくならない?」
「ああ、約束する。」
名残惜しいが、暖かなアーシェラの身体から手を離し、操縦桿を再び握る。
強化プラスチックのキャノピーに白骨の群れが張り付いていた。
今にもキャノピーを破らんとツルハシやスコップを振り上げ、叩きつけている。
「…空気の読めないアンデットどもには…ご退場願うぜ、本当によおっ!!」
圧縮空気の簡易スラスターを全開で吹かす。
バシュン!
一際大きな空気の波が張り付く白骨を吹き飛ばし、機体は盛大に回転した。
「らああああ!」
バラバラと砕けた骨片が散らばり、拘束が解ける。
「ゴルドルフッ、扉の向こうに急げ…あちら側には白骨がいねえ!」
理由はわからない、が。
つまりはこのシェルター跡からは白骨達は出られないのかもしれない。
「主任、はヤく!」
「弾がきれる!早く、早く!」
ボックルが魔導砲を乱射してこちらを援護してくれていた。
矢継ぎ早に叫ぶデクとボックル。
俺がアーシェラを宥めている間にちゃっかり安全圏に避難していたようだ。
「どっ…せぇぇい!!!」
おやっさんのコンボイが気合一閃、石喰を振り回す。
巨大な回転掘削機はその回転力と、自重を持って白骨達を次々破砕していく。
射程内のスケルトンが回転に手足から巻き込まれ吸い込まれる様にして粉砕されていく。
「ありがたい…突っ切る!」
嵐の如く回転掘削機を振り回すおやっさんの開いた道を走り抜ける。
門を超えた途端、あれほどしつこかった白骨の群れが門柱を遠巻きにするだけで近寄って来なかった。
「…なんでかはわからんが…やれやれだな。」
「おう、だがこれで完全に後戻りできなくなったな。」
確かに。
これではもう縦穴に戻ることもできない。
「この奥…物凄くいやな予感しかしないんだがな…」
運命の女神様は…非情だった。