遺跡 ②
獣、目覚める。
奈落。
舞台の下に備えられた劇を盛り上げる為のギミック。
──或いは、闇の底。
ここは地下3000メルを越す穴の底の筈だ。
だが、この異様な人工物はなんだ。
足跡を追うようにして慎重に、地龍の再びの襲撃も考慮しながらも軍部の魔導兵器がいるのなら、助けを求められはしないか。
そう進言してきたのはボックル。
確かに現状、俺たちの装備で地龍を打倒するのは困難を極める。
常識的に考えれば助けを求めるのが最善手だろう。
だが。
"きな臭ぇなんてもんじゃねぇな"
アッシャーの言葉が未だにチラつく。
本当に軍部の魔導兵器を頼りにして良いのだろうか。
材質不明の石材らしきもので出来た床。
ところどころに土壁からはみ出したチューブやむき出しの配線らしきもの。
明らかに人の手が入ったものがそこかしこに見える。
「…旧世代の遺跡、ですかね。」
「ああ、恐らくは終末戦争以前の…」
バリ。
乾いた音を立て、何かが足元で砕けた。
「…な、何かの骨?」
ライトに照らされたのは、黄色がかった白い骨。
形からすれば…
「…人骨?」
「うえ…なんですこの数!」
骨、骨、骨。
まるで鯨の墓場のような光景。
違うのはそれが夥しい数の人の骨である、と言うこと。
古代レガリア期に起こった魔導兵器を操る国家間の争いは大地を焼き、天を穢し、海を干上がらせたと言われる。
「こいつらもまた終末戦争の犠牲者なのかもな。」
おやっさんがつぶやき、示した先には一筋の道。
骨が重なる中、既に何かに踏み荒らされた跡が奥へと、まるで山中の獣道の如く開いていた。
そこをかき分ける様にして進んでいく。
「気味が悪い…なんだか空気も淀んでる気がする。」
アーシェラが顔を青くしてその光景を見つめる。
無理もない、貴族のご令嬢がこんなものを見て卒倒しないだけマシだろう。
「大気は正常、とはいかねえが毒素は無いな…まあ助かるけどよ、もしかしたらここはシェルターみたいな場所だったんじゃあねえか?」
よく見れば遺骨は大人から子供まで様々。
中には我が子を抱いたまま息を引き取ったのだろう、ミイラ化し、衣服は既に風化し残っていない、時経て白骨化した母子の骨もあった。
死してなお、子を守らんとした親の愛。
抱きしめた腕は白骨化した今尚優しく我が子を抱いている。
「…こんな結末を迎える為にレガリア期の文明は栄えたのかな。」
「そうじゃないと思いたいが、ロクでもない事があったのだけは確かだろうよ。」
やがて、歩いていけば再び扉に突き当たる。
やはり、開いてた。
「この先に…軍部の魔導兵器部隊がいるんですかネ?」
「さあね、でも進まなきゃ手詰まりなのは変わらないんだ、行くしかないだろ?」
デクの言葉に投げやりな答えを返すボックル。
気持ちはわかるが少し落ち着いた方がいい、先ほどの醜態を考えればあまり人のことは言えないが。
「デク、ボックル…気持ちはわかるが落ち着け。」
「…落ち着いテる。」
「俺はデクを慰めてやっただけさ。」
明らかに強がりだが…まあ、意気消沈するよりはマシか、そう考えた瞬間。
全身の毛が逆立つような不快感を感じた。
「なんだ、この感じ…肌が泡立つ様な…っ」
門の向こうから広がってきた、黒い靄。
「ヒッ…!?」
アーシェラの声に思わず二度、周りを見渡した。
先ほどから周りに鎮座していた夥しい数の白骨死体。
それらが…一斉にカタカタと震え、鳴り始めたのだ。
「…冗談きついぜ…なあ、おい!?」
「アンデット化しただと…さっきまで完全にただの骨だったじゃねえか!」
手に手に、霊気を集めて具現した武器──と言っても様々な鍬、鋤、鎌、スコップなどの農具が殆どだ。
アンデットが持つ武器は生前に使ったものを記憶とともに霊気で再現し、生者を襲うエモノとして振るう。
故に、騎士や戦士でなくばそれは農具やスコップ、そうした道具類になる。
ならば必然、彼らは一般市民だったもの達だろう。
武器を知らないほどに、平和を謳歌していた筈の。
「まずいぞ、一部が銃らしい物を出してる。」
どうやら従軍経験でもあるものが混じっていたらしい。
「…そりゃヤバイな。」
コンボイのキャノピーは、ただの強化プラスチックだ、もしも銃弾の直撃をうければたやすく貫かれるだろう。
「一箇所には止まるなよ、攪乱して飛び道具を潰せ、いいな!」
「お、おう!」
「わかっ、タ!」
「…ち、ムナクソ悪いな!」
四機のコンボイが、散開する。
地龍の脅威も拭えぬまま、新たな敵との遭遇戦が始まった。
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「レイン少将、準備整いました。」
「ご苦労、全員退避次第開始せよ。」
「はっ!」
長い黒髪を後ろに流し、束ねた頭。
軍部、それも上級将校が着る豪華な軍服に身を包んだその姿は地球から来たものが見ればまるでとある独裁国家の特殊部隊の様だと言うだろう。
卍を傾けた様な意匠こそないが、その姿はまさにそれだった。
「遂に見つけましたよ…災厄の獣…遂に、ね。」
ドォン!、と。
壁が揺れた。
土煙がもうもうと舞う中、巨大なヒトガタ…甲冑の様なものが姿を見せ、土壁に埋まる様に存在していたそれは今や丸裸にされその全容を晒している。
「…ふふ…ふふふ、さあ…私にその力を寄越しなさい…!」
レインと呼ばれた高官の発言に続き、部下達が淡々と作業工程を復唱していく。
「──式原動機に魔石式原動機を直結します。」
「接続確認、続いて起動実験を開始。」
「…高純度魔石、投入。」
「魔石、投入開始。」
「チャンバー内圧力上昇確認…起動します!」
一瞬。
周囲から音が消えた。
今まで煩いくらいに音を立てていた、ヒトガタに繋がれた部品や計器類がまるで時間が静止したかの様に音を発しなくなる。
昏い渦が、弾けた。
ヒトガタを中心に放射状に広がったのは闇そのものが形を持ったかの様な黒い靄だった。
跳ねる様に体を痙攣させて。
まわりで作業を続けていたレインの部下達がばたりばたりと倒れた。
「…ッガ…な、なんですこれは!?」
かろうじて耐久したレインはこれがある種の強烈な呪いであると看破した。
「…既存の呪術体系には無い呪い…私も完全に耐久したかは怪しい…クソ、まさか起動したとたんに呪詛を吐くなど…化け物め、未だ乗り手は居ないはずだ…何故、それでこんな真似ができる?」
ヒトガタは、その眼に光を灯していた。
冥界の魂を思わせる青白い炎。
鋭角的なフォルムは全体的に黒い鋼、所々に青白い炎が噴き出す様にしていくつものラインを形成している。
黒い鎧に、青白い光の溝があるかの様にぼんやりと発光し、やがて土壁から埋まっていた手足を引き抜き、浮かび上がる。
「…ある程度痛めつけねばコクピットも開かぬつもりか、機械傀儡風情が…!」
仇を見る様にヒトガタを睨み、跪いて乗り込みやすい姿勢で待機させていた自身の魔導兵器、重装戦機士のカスタム機に乗り込み、コクピットハッチを閉じる。
全球型の魔導投射型スクリーンが外の景色を映し出し、まるでコクピットチェアが浮いている様になった。
「魔石式原動機、リミッター解除…全力で相手をしてやる、機械傀儡がっ!」
操縦桿を握りこみ、アクセルペダルに足をかける。
左右背面スラスターと両脚部のスラスターが火を噴き、その分厚い装甲に覆われた巨体を押し出した。
「魔導槍…炎槍、点火!」
構えた突撃槍型の魔導機械が、周囲のマナを取り込み、魔石によって濾過され、さらに火属性を付加された魔力の光となって穂先に纏わせる。
スラスター四基の推進力に、火属性の突撃槍。
その威力は10メルの厚い鋼鉄をたやすく貫く程だ。
「手足をもぎ取って…ダルマにしてくれる!」
従わない兵器などもはや無キズでなくとも構わない。
最悪コクピットさえ残せばいいのだ。
そもそも、この傀儡はこの私に牙を剥いた。
ならば本来…スクラップにしてやるところなのだ。
それをダルマで許してやろうと言うのだから私は寛大だ。
「ひははは、乗り手のいない兵器など所詮──」
炎槍がヒトガタの左脚を捉える。
超高熱に赤熱化した穂先はやすやすとヒトガタの装甲を貫き…引き抜いた瞬間、軽くなっていた。
「…なん…っ!?」
槍の、刃がない。
──ああ、美味い。
そんな声が聞こえた。
頭に、直接響く様な悍ましい声が。
「ひ…い!?」
ヒトガタの背後から、無数の闇が伸びる。
それは翼の様であり、無数の手でもあり、そして。
全てを喰らい尽くす貪欲な獣だった。
レインの意識は、それを最後に──途切れた。
ゆるゆると、次回に続く。