遺跡 ①
再探査開始から一時間。
せんだって地龍をロープレスバンジーさせた縦穴までやってきた。
「うわあ、こんなところから地龍を落としたんですか?」
「ああ、本当に運が良かったよ。」
「底が見えない…エコーロケーションでも測りきれないわね…ざっと下まで3000メル以上かしら?」
複座式の後部座席に座るアーシェラが距離を計りながら話しかけてきた。
「問題はこの深い穴をどうやって降るかだな。」
「幸い何箇所か足場は存在しているみたいね。」
「だな、ならザイルとアンカーを打ち込めばいけるじゃろう。」
一応、ここを降るために長めのアンカーと特殊繊維のザイルは用意している。
「アーシェラ、アンカーの打ち込み座標頼んだ、姿勢制御は俺がやるよ。」
「どのみち私には姿勢制御なんかできないしね。」
何故か上機嫌でコンソールを叩いて座標と射角を計算し始めたアーシェラ。
それを見てアッシャーが妙な視線を投げかけてきた。
「いやあ、初々しい…初めての共同作業?」
「そういや主任、急に話し方変わった。」
「えっ、え!?」
アッシャーとデクの言葉にアーシェラが何故か慌て始める。
「バカ言ってねえでてめえらも早く準備しやがれ。」
マキジ班長がバカ二人を急かし、そのまま全員が降下準備に追われた。
軍用機ではなく、採掘作業向けのコンボイには姿勢制御用のスラスターなどは無い。
結果的に重心のバランスをとる以外にないのでこんな深い穴を降りるには向いていないのだが今回は圧縮空気を詰めた簡易スラスターを両肩と足元に増設している。
「こいつはいいや、おやっさんさまさまだなあ…」
プシュ、プシュ!
と空気の爆ぜる音が暗がりに響く。
降下は順調、開始30分程で、エコーロケーションによればこの縦穴もそろそろ終わりと言う場所までさしかかっていた。
「おめーらどうやって降りていくつもりだったんだ、考えなしにもほどがあんだろ。」
「行けるところまではアンカーで行くつもりだったんですがね。」
「…おめーそりゃ、制御ミスったら落下するしかねーじゃねぇか…。」
「…………。」
言われてみればそうだ。
「なんで黙るの、レオ…貴方もしかして本気で考えてなかったの?」
「いや、ミスるとか考えてなかったなあ。」
「信じらんない…現場責任者としてそれはどうなのよ。」
「責任者おまえだろ…」
「はいはい、夫婦喧嘩は他所でやってもらえませんかねえ、後がつかえてんだが。」
「「違う(わよ)!」」
「…息ぴったりじゃねーか。」
「だから、アーシェラは妹みたいなもんだっての…そういう対象じゃなくてだな。」
「同じ貴族同士なんだからいいじゃねーか、めんどくせーな主任サマはよ。」
「…ホルス家は大陸屈指の有力貴族でしかも由緒ある家柄だぞ…俺みたいな地方貴族、それも三男坊が釣り合うはずあるかよ。」
「なら主任が出世して認めさせたらいい。」
「ちげーねーな。」
おやっさんまで!
「いやいやいや、だから前提からして俺にそんな気は…!」
「レオ!」
と、否定していたら鋭い声で名を呼ばれた。
え、怒った?怒っちゃいました?
「な、なんだよ?」
「側面…壁の中に何かいる!!」
猛烈に嫌な予感がした俺はそのまま、アンカーを打ち込む予定の場所に向けて魔導砲をぶっ放した。
キュオーーー!
甲高い叫びを上げ、壁面から飛び出すようにして落ちていったのは。
「な、地龍!?」
そうか、土中移動…!
地面を負荷なく移動する地龍が持つ固有魔法…負荷が無いと言う事はつまり、石や土は奴に一切の害をなさないと言う事であったらしい。
ドパアン!、と。
水柱ならぬ泥柱が上がる。
既に底は近かったらしい、底面の大地を液状化させて落着時の衝撃を殺したのだ。
「…前回もこうやって落下の衝撃を?」
不味い、あれを殺しきれる気がしない。
「クソ、全員エコーロケーションの表示から目を離すなっ壁から飛び出すぞ!」
とにかく、下まで降りてから考えるしなない。
「…えっ、うわあああ!?」
注意喚起した直後、デクの悲鳴が通信越しに聞こえてきた。
見ればデク機の左腕…左マニュピレーターが分子カッターごと噛み砕かれている。
「大丈夫か?デク!」
「ひ、ウぁオ!?」
壁が波紋をたてるという意味不明な光景。
まるで水中を泳ぐサメが人を襲うように、再び地龍がデク機を噛み砕こうとその鰐みたいな顎を開いているのが見えた。
「させるか、このトカゲ野郎!!」
なりふり構わず飛び出したアッシャー機が魔導砲を腰にマウントし、代わりに分子カッターを持って躍りかかる。
「くたばれやあ!!」
アンカーでつりさがる格好の片腕を失ったデク機を襲おうと壁から顔を出した地龍。
その眼球にあたるであろう瘤の片側に分子カッターの先端が一瞬、火花を散らして硬い表皮を貫いた。
キシャアア!!
苦しげに呻いた地龍は再び、全身をくねらせながらドス黒い血を撒き散らして落ちていく。
「ざまあみやがれ!」
一旦はなんとかなって油断したのだ。
アッシャーが勝ち誇り、隙を晒したのは無理はなかった。
「アッシャーッ後ろだ!」
背後から、"もう一匹" 飛び出した地龍がアッシャー機の脚を持っていった。
「ぐっ、おおーー!?」
アンカーを打ち込んでいなかったアッシャー機はバランスを崩し、そのまま落下するしかない。
「アッシャーあああ!!」
数秒の間を置いて、闇の底にオレンジ色の花が咲いた。
アッシャー機の魔石式原動機が衝撃で爆散したのだ。
「う、嘘だろ、おい!」
「…レオ、また来る!」
涙目のアーシェラが唇を噛みながらもそう忠告する。
「く、そがあ!」
魔導砲を撃ち込み、反動を利用して姿勢を制御、アンカーを駆使して地龍の挟撃を回避する。
片方は傷を負いながらもその土中の潜行速度はいささかも衰えていない。
「あああああっ!!」
立て続けに連射した魔導砲が二匹の地龍を掠めて火花を散らす。
「ゴルドルフ、落ち着け!」
おやっさんが叫び、なんとか岩棚に飛び移った後はエコーロケーションを展開、息を整える為に警戒しつつ停止する。
地龍は既に壁へと潜っている。
冷や汗が止まらない。
動悸は激しく、過呼吸気味だった。
「…縦穴の底までもう100メルも無いわ、これならアンカーを使って一息に飛び降りられる。」
エコーロケーションで作成された立体地図はこの下に広い空間がある事を示している。
「アッシャー…」
「貴方のせいじゃないわ。」
「…そうダ…チーフは俺を…」
デクの沈んだ声。
「地龍…二匹もいやがるとか反則だろうっ!」
「ピーピー泣いてもしかたねぇだろう、兎に角後少しだ、地獄の底に招かれてやろうじゃねぇか。」
吐き捨てるようなボックルを励ます為なのか態々酷い物言いで続ける整備班長。
今ので警戒したのだろうか?
幸いにも地龍は再び急襲はしてこないようだった。
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「全員、着地完了ダ。」
デクの言葉に皆が小さく返事をし、コンボイのライトに照らされたものを見ている。
原型をとどめないほどに圧壊したアッシャー機の残骸だ、未だに僅かなオレンジ色の火が燻っている。
たとえアッシャーが落着時に生きていたとしても、恐らく魔石式原動機の爆発の中では生きてはいられないだろう、絶望的だった。
「確認、するまでも無い…な。」
悔しげに、絞り出したようなおやっさんの一言で我にかえる。
「…さて、こうなると俺たち全員あのトカゲをどうにかしねえとこの縦穴を昇るのも難しい。」
そうなのだ。
地龍はもういない前提であった為に考えていなかったが、地龍を振り切れない以上この縦穴を降下以上に時間がかかると言うのに昇りにかかるのは自殺行為だ。
「片方は目を潰した、潰してくれたんだ…あそこからなら奴の脳まで弾丸や分子カッターが通るかもしれない。」
「…だが、二匹だぞ。」
「それでもやるしか、ないだろう。」
「…レオ…。」
怒りに判断力が落ちていたのかもしれない。
だから、アーシェラの存在がありがたかった。
黙ってアーシェラが後部座席から乗り出し、俺を椅子ごと抱きしめる様にして両腕をまわしてきた。
椅子が遮る為に触れているのは胸に回された手と、右頰に触れるアーシェラの柔らかい頰。
「…ありがとな。」
その頭を軽く撫で、互いの視線を合わせると、おやっさんから通話が入る。
「…何やってんだお前ら…まあいい、前方200メル先に人工物だ、確認してみろ。」
「ちょ、わっ…え、人工物?」
恥ずかしい場面を見られたことに慌てるが、そのあり得ない発言に改めてエコーロケーションを展開する。
「…これ…巨大な、扉…?」
上端まで20メルはあるだろうか。
巨大な、材質不明の扉が鎮座していた。
「…開いてる?」
ライトに照らされた扉は既に開き、照らされた地面は硬い、鈍く光を反射する同じく材質不明の床板。
積もっていたであろう埃は、巨大な足跡に踏み荒らされている。
「…なあ、おやっさん…この足跡。」
「ああ、生物のもんじゃない。」
確かにファンタジーなこの世界、クロノギアには巨人族も僅かながら存在する、が。
「巨人は靴は履かねえ。」
「…それも鋼鉄製の靴は、な。」
そう、この足跡は恐らく。
「軍部の…魔導兵器…?」
「近接型の新鋭機だな、俺の記憶にある足型と少し違ってる、てこたあカスタム機か新型だろう。」
''きな臭ぇなんてもんじゃない"
アッシャーの言葉が、頭の中に反響したような気がした。