整備班長【マキジ】
「はぁ!?地龍っ!?」
あの後程なくして上に戻る中合流したボックルが裏返った声で驚く。
「ああ…死ぬかと思ったぜ。」
「しかも成龍だ、念のために持っていったカノーネの複製魔導砲、一丁オシャカだよ。」
「うぇぇ、よく生きて帰れましたね?」
「たまたま開いてた縦穴に急制動できねぇタイミングで真横に跳んでロープレスバンジーして貰ったよ。」
はっきり言って運が良かった。
地形次第では簡単に追いつかれて噛み砕かれていただろう。
「…報告書かあ…書きたくねぇなあ、アッシャーお前やんね?」
「…嫌だね、管理職の仕事だろソレ。」
そーだが、そもそもお前がいらん事言わにゃあんなのと…いや、結果的に危険が排除できて良かったのか?
「ああ、それと主任、ホルスタイ…じゃねぇ、アーシェラ現場監督が呼んでますよ。そもそもそれを伝えに探しに来たんですから。」
「ああ?なんか用事あったっけ…?」
「なんか思いつめた顔でナイショの話〜なんて言ってたけど告られんじゃないの?」
「…な、無いだろ…無い無い…ない、よな?」
ちょっと動揺してしまう。
遠縁とは言え近親婚にはならないくらい離れてるし…これはもしかしたら、もしかして結婚を前提に、なんて展開が来たりするのか!?
…いやまて落ちつけ、落ち着こう。
前世でも過度な期待をして散々痛い目をみたじゃないか、学べよ自分!?
「「主任が狼狽えてるとなんか癒やされるわ」」
何ハモってんだテメェら…査定厳しくすんぞ。
「あ、これは職権濫用して脅してやるとか考えた癖にヘタレだから口にしかねたって顔ですわ。」
アッシャー、今日は高い酒奢らせてやるからな…
「で、今度はチーフに高い酒でも奢らせようって顔だな、わかりやすい。」
ぬぐぐ!
ボックル、貴様もか!
「エスパーかおまえら!」
2人にはエスパーって単語は通じなかった。
まあ確かに、魔法がある世界で超能力者とか無いよね。
◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎
「おい、レオ、アッシャー。」
「は、はい。」
「んだよおやっさん。」
目の前には、赤毛に、同じく赤銅色した顎髭を蓄えたずんぐりした体型の、しかし筋肉の塊みたいな男。
アッシャーと違う純血のドワーフ族である整備班の班長、マキジだ。
「なんで警戒のためとか言って坑道に潜って魔導砲まで無くして、挙句に二機ともアクチュエーターぶっ壊して帰ってきてんだ、あ?」
辛くも地龍を縦穴にロープレスバンジーさせた俺たちだったが、その代償に二機のコンボイのアクチュエーターや関節部は損耗し、ダメになりかけていた。
「いやそれがマキジのおやっさん、地龍が…」
「誰が言い訳しろっつったダボがあ!」
理不尽!?
聞いたのおやっさんだろ!
「だから地りゅ…」
「っだゴルァ!?」
またかよ!?
「だから!」
「やかましいわっ、ダボ僧が!」
……結局、理由を説明しようとするたびにおやっさんが怒鳴り始めるものだから話を終えた頃には数時間経過していた。
「と、言うわけなんだよ…わかってくれた?」
「は、んなご大層な話かよ…納得はするが許しちゃやらんぞ若造が。」
「……わ、悪かったよ、整備班に予定外の仕事を増やすのは本意じゃ無いんだ、すまない。」
「…やっと謝りやがったか。最初から素直に詫び入れりゃ許してやったものを…怒鳴り疲れたわい。」
「「え〜〜。」」
珍しくアッシャーとハモった。
つうか、この時ばかりは表情まで同じだと思う。
「やっと終わった?あ、あのね…副監督…ちょっと話、いいかしら?」
振り返ると声をかけてきたのはアーシェラ。
現場監督様だ。
え、ちょっと言いにくそうに、しかしなんだか上目遣い…マジでそう言う話!?
「本社から、通達が。」
意を決したのかキリッとした仕事用の顔になるアーシェラ。
…ですよねー。
知ってたよ、知ってた!
◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎
来客用の個室を施錠し、周りに音が漏れないのを確認してからアーシェラがパイプ椅子に座る。
「…悪い話と良い話、どちらから聞きたいかしら?」
「…悪い話からで頼むわ。」
はあ、とため息ひとつ。
言いにくそうにしながらも口を開いたアーシェラが語り出したのは正直信じられない内容だった。
「…現場からの撤収命令が出たの。」
「…は?」
「撤収命令。」
いや、待て。
意味がわからない。
魔石の採掘量はまだまだ枯れたとは言えないし、採算だって取れている。
だというのに何故、撤収なんだ?
「…意味がわからん。」
「聞いてみたわ…これはオフレコでお願いしたいの、話すなら、マキジ技師だけにしておいて。」
「…それ程の理由がある?」
「ええ、軍からの徴収なのよ…この坑道付近を全て演習場にするんだそうよ。」
「…馬鹿しかいないのか、軍の上層部は?」
魔石が馬鹿みたいに大量に眠るこの地域で演習なんかしてみろ、魔石が魔導兵器の爆発や魔力共鳴を起こして爆発しかねんぞ?
「…あたり一帯消し飛ぶわね。」
「ガキでもわかるだろ。」
「一応坑道周辺は輸送機の発着場にするとかいう話だけど…多分理由は別。」
再び盛大なため息をつき、立ち上がってコーヒーメーカーに手をつけるアーシェラ。
「ああ、俺がやるよアーシェラ。」
と、さえぎろうとした手がアーシェラの手に触れる。
柔らかく、暖かい。
…久しく忘れていた女性の柔肌の感触にドキリとした、なんて言えない…。
「あ…っと、アーシェラ、さま。」
なんて今更呼び方を変えて誤魔化すが余計に彼女の眉間に皺が寄った。
「…様はいらないってば…もう。」
「だから立場がだな…」
「口調、昔に戻ってるのに今さらな言い訳よね。」
あ。
指摘されて気づくとか間抜けか、俺は。
いつの間にやら気が緩んで昔遊びに来た幼い頃のアーシェラに接したみたいな話し方に戻っていた。
「…ふふ、その方が私は嬉しいのよ、お兄ちゃん?」
「それこそやめろ、今更する呼び方じゃないだろ。」
「なら…レオ?」
悪戯っぽく、身体を密着させながら息がかかるような距離で呟くアーシェラの香りに、クラクラした。
豊かに実る双丘から、ほのかに香る…
何かの香水か?
いや、そんなキツイ匂いじゃない…コレ、アーシェラ自身の…
「…っ、い、いい知らせは…なんなんだ?」
強引にアーシェラの胸元から視線を引き剥がし、アーシェラの肩を掴んでパイプ椅子に再び座らせる。
「……馬鹿。」
「…いい知らせ、は?」
ワザとでかい声で咳払いしながら問う。
「…………………。」
結局、彼女は数秒沈黙した後にため息をつき、やれやれという顔で口を開いた。
「…貴方と私の昇進が決まったみたいよ。」
「…昇進?」
「ええ、本社に帰ったら二階級特進。」
「…軍やシュバリエで殉職したみたいに言わないでくれ、縁起でもない。」
因みにシュバリエとは守護騎士。
地球で言えば警察組織と自衛隊の間みたいな組織だ。
このタイミングでの撤収に、現場監督と副監督の不自然な昇進。
…つまりは「黙って従え」と言う意思表示と、飴と言う訳だ。
もし、それに従わなければ…
相応の鞭が振るわれると考えた方が良さそうだ。
「きな臭くなってきたなあ…」