地龍 ①
お約束のドラゴンさん。
【ヘルブラスカ坑道地下】
坑道内は危険の塊だ。
崩落、酸欠、有毒ガス、粉塵爆発…
数えたらきりがないくらいに密閉された局所空間は危険だらけだ。
魔導機械を用いたところで崩落や有毒ガスを防げるわけではない。
兵器である魔導機械…魔砲を用いて戦う遠距離仕様の法戦機士や魔導槍と振動を利用した分子カッターを用いる近接仕様の重装戦機士などであればコクピットは密閉され、酸素を供給する内部機構が存在するが採掘作業に一機が数百億イェン(通貨単位、一イェンは地球の一円とほぼ同価値)する代物を使うわけにもいかない。
第一、数万トンの崩落に巻き込まれればどちらも変わりはしない。
ちなみに、同じ兵器扱いの魔導機械でも下位にあたる量産機、近接、遠距離どちらにも簡単な換装が可能な換装型と呼ばれる機体は密閉されていない為に安価だが、それでも一機数億イェンする、コンボイなら数百万イェンで済むが。
昔の炭鉱夫では無いが、採掘作業とは得てしてハイリスクのわりに作業員に利益はあまりで無いものである。
……それでも年収は街で働く数倍貰える為に危険を承知で魔導機械の機動免状をとり、働きたい者は多い。
まあ、機動免状をとること自体がかなり難関である為に才能なきものがなるにはかなりの苦労があるらしいが、それはおそらく機械類を扱う才覚だ。
実際俺は然程苦労も無く免状を取得できた。
最短記録だって言われた。
「で、なんで俺はこんな深いところまで来てるんですかねぇ、アッシャーさんや?」
問いかける声が、暗い坑道に反響する。
明かりはコンボイ前部の内臓式の照明だけだ。
現在俺とアッシャーはかなりの深度まで一緒に潜っている。
なぜ副監督の俺が駆り出されたかといえば前述したように機動免状は狭き門、今うちの現場で即動けたのが俺だけだったからだ。
今、俺とアッシャーのコンボイのマニュピレーターには兵器扱いの重装戦機士が扱う分子カッターと、法戦機士が扱う魔砲の簡易版が取り付けられている、強度は本物には及ばないが数回なら同等の威力を発揮する代物だ。
「いや、用心だよ用心。」
アッシャーは平民なので、実は物凄く年上だが上下関係もあり、あまり気を使わずこうして軽口を叩くほどには仲は良い。
「主任が言っていた横穴の先に見つけた自然発生した穴を潜ってみたんだが、どうにも魔素が濃いんだよ…心当たり無いか。」
「まあ、警戒するのはいいが考えすぎじゃあ無いか、エコーロケーションでも異物は無かったはずだろう、有毒ガスも検知はされてねぇ。」
「…なら、いいんだけどなあ…」
「なんだよ?」
「なんでそんな物騒なの持ってこいっつったかわかるか…以前これに似た状況で出たことがあるんだよ。」
「…お化け?」
「アンデッドなんざ古戦場跡にでもいかなきゃいやしねぇよ…地龍さ、地龍。」
神妙な顔で何を言ってるかと思えば。
「…ハーフドワーフのお前は見た目の割に年上なのは知ってるが…いつの話だよ?」
「…20年前さ、まだ子供の地龍だったが当時の採掘隊は俺と、数人残して20機からなる大部隊が全滅…知ってんだろ、アブラクサスの大崩落だよ。」
アブラクサスの大崩落。
南方にあった魔石採掘会社クスィー社の管轄だったアブラクサス坑道で起きた崩落事故。
かなりの規模の魔石が埋まっていたから、と大々的な採掘隊が結成されたが事故により計画は頓挫。
採掘データも失われ、さらに崩落が危惧された為に廃坑になった坑道だ。
「…地龍なんざアンデッドより希少種じゃないか、大体それが本当なら帝国近衛あたりが大部隊を出して討伐に乗り出す筈だ、その情報すらないなんておかしな話だろ。」
「…生き残りが言うんだから信じろよな、箝口令がしかれたのさ、俺も口外無用の強制契約までかけられそうになった。」
「…喋って大丈夫なのか、それ。」
「ああ、その日のうちに行方くらまして名前も変えたからな。」
「…なにもんだよおまえ…」
半ば呆れて返せば、半笑いで返された。
「アッシャーさ、今はな?」
「さいですか、まあおまえを信頼しないわけじゃないし、わざわざ話したのは俺を信頼したからだよな?」
「んにゃ、それだけじゃないが前みたいな目にはあいたかあないからな……だから一番操作が上手い主任に来てもらったんだよ。」
「仮に地龍が出たとして、俺たちだけで対処できる筈ないだろ…。」
「だから用心だよ、もし地龍がでたら一目散に逃げるしかないわな。」
「…しかし、帝国は何を隠蔽したかったわけ?」
「昔から龍が守るのは財宝、だろ?」
「……夢見すぎだろ。」
思わず苦笑いで返す、と。
二機のエコーロケーションに反応が出た。
「おいおい、なんだこりゃあ──」
「……デケェ!?」
反響音から割り出されたサイズは直径20メル(メートル)に及ぶ巨大な動体だった。
「マジで当たりを引き当てちまたか、こりゃ?」
「洒落んなんねぇぞ……!」
暗がりに、大地が鳴動する微震だけが聞こえた。
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【地上、仮設宿舎】
「ねえ、ボックル。」
「なんでしょうアーシェラ監督?」
「レオ、知らない?」
「主任ならアッシャーチーフに連れられて坑道の異常調査出向いてますよ?」
「そう、困ったわね。」
「何か急ぎの用事ですか、良ければ自分が潜って呼んできますが…」
「そうね、お願いします、休日にごめんなさいね。」
「いえ、構いませんよ。」
「…内緒の話があるの、ごめんね。」
手を合わせて拝むようにするアーシェラは年相応の可愛らしい笑顔で、昨日のような棘はない。
(やっぱりアーシェラ監督、主任に気があるよなあ…とうとう監督からアタックする気かな?)
と、ズレたことを考えながらボックルが退室した後。
途方に暮れたような顔のアーシェラは。
極秘と記された書類を手に、一言つぶやいていた。
「…軍管轄の駐屯地にされるから採掘中止、だなんて…なんでこんな命令が下るのかしら…はあ、私が伝えるのよね、コレ…気が滅入るなあ。」
大地が揺れたのは、その直ぐ後だった。
大地が、揺れる…
アーシェラの胸部装甲もきっと……←
※「貴族連合」になっていた表記を帝国近衛、帝国、に差し替えました。