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最強剣士、最底辺騎士団で奮戦中 ~オークを地の果てまで追い詰めて絶対に始末するだけの簡単?なお仕事です~  作者: 空戦型
第六章 雪山の陰に潜む者

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74.勇気と無謀は似ています

 白い怪物が村に攻め込んできたとき、村人は命の危機を感じた。魔物の住んでいない地域で、どう見ても獰猛で巨大な魔物と遭遇して村を壊されているのだから無理もない話だ。この村の人でなくとも、戦いを生業としない人間は誰しも死の一文字が頭を過る。


 だが、ならば戦いを生業とする騎士は違ったのかと言えば、必ずしもそうではない。騎士も人間だ。恐怖はある。要は、その恐怖を堪えて剣を構えるだけの精神力があるかどうかが戦士とそうでない人の分水嶺とも言える。


 騎士たちは奮起した。もちろん援軍要請などの現実的な戦略は用いたが、少なくとも住民を捨てて逃げるような真似はせず、真正面から未知の化け物に向き合った。そこいらの傭兵や冒険者程度であったら間違いなく尻尾を巻いて逃げ出す強大な力を前に、理性と使命感を以てして対抗する姿勢を見せたのだ。

 格好つけて死にたい訳ではない。ただ、自分が逃げたら残された住民がどうなるのか、騎士たちは厭という程に理解していた。

 死ぬかもしれない――そんな意識もあった。


 唯一アキナだけは死ではなく打倒を信じて疑わなかったが、彼女の剛腕で振るわれた斧でも丸太の攻撃をいなすので精いっぱいだった。


 しかし、運には見放されても天には見放されなかった。

 

 今、巨大な魔物という理解しやすい形の「死」に対抗する、圧倒的な力がオークの前に立ちはだかっていた。

 一撃受ければ死を覚悟しなければならない剛腕や丸太の薙ぎ払いを顔色一つ変えずに回避し、目で追いきれない程の足捌きで敵を撹乱し、隙があれば一太刀浴びせて敵の血を巻き散らす。


 並外れた技量からか見る者に一切の不安を抱かせない。

 それが王国最強。それが、ヴァルナという騎士だった。

 ヴァルナがここにいて戦っている。ただそれだけで、騎士団の全員が自分たちの敗北を完全否定出来る。どん底寸前だった騎士団の士気は、疾風のように現れた僅か一名の騎士によって息を吹き返した。


「ヴァルナ……ヴァルナだ! ヴァルナが来たぞ!!」

「おっしゃあああああッ!! 反撃開始だぜぇぇぇッ!!」

「ったく、狙いすましたようにいいタイミングで乱入してくれるぜ、お前はよ!!」


 絶対に負けないと断言できる味方がいる。それが戦う者にとってどれだけ心強い事か。常に生と隣り合った死の存在を意識し続けなければいけない騎士たちにとって、ヴァルナの存在はそれだけで逆転の分岐点だった。

 その辺に落ちている瓦礫や石の投擲を混ぜてオークの視線を釘付けにするヴァルナが、復活した騎士団に声だけ飛ばしてオークに肉薄する。


「先輩方! そろそろファミリヤが到着しますんで、副団長の報告に耳を通した後で援護お願いします! 今日ここでこの魔物に逃げられることだけは絶対避けたいからソッチの作戦が決まるまで俺は時間稼ぎを続けます!!」

「了解!! バッチリな作戦考えてやるが、なんなら作戦より前に倒しても構わんからな!」

「むしろ俺らの手柄が減るからあっさり討伐しちまうなよな!」


 いくらヴァルナでもこれだけの巨体をいつものように瞬殺とはいかないらしいが、それでも最低限この場を生き残ることは出来る。その安心感を取り戻した騎士団の面々はすぐさまアキナを中心に陣形などを立て直し、やがて飛来したファミリヤからの説明に耳を傾けた。


「外、どうなってるんだろう。アキナさんたち、何を話してるのかな……?」


 その報告内容をこっそり家の中から聞いていたブッセに気付かずに。




 ◇ ◆




 ヴァルナがアクロバティックに背面飛びでオークの攻撃を躱すのを横目に、村にいた騎士団メンバーはファミリヤの報告によってやっと状況を理解し始めていた。といっても話は一応この場で最も上司に当たるアキナを中心に、村に回されたメンバーの中で最も場慣れしたケベス、ネージュ両名の三人で話し合っているのだが。


「つまりあの白いのは突然変異種のオークって訳か。このアキナ様をイスバーグくんだりまで来させておいて……」

「でもよー班長、ぶっちゃけあのサイズはシャレになんねーよ? あんなのがもし二匹も三匹もいたらと思うとゾっとするぜ」

「状況から鑑みて流石におかわりはないでしょうけれど、我々の手に余る戦闘力なのは確かね」


 オークコロニーは原則としてボスオークが一番強い。もしボスオークに比類する力のあるオスのオークがいたら、本能的にメスの主導権をかけて必ず争うからだ。よってあのオークが最初で最後の討伐対象であることは疑いを持たずともよいだろう。


「で、この村にアレが来た理由はなんだトリ公?」

『口ガ悪ィーナアキナハヨォ。マ、イイケド。アノ白イノハ群レヲ白熊ニヤラレタ。ダカラ白熊ヲ仕留メニ、臭イヲ追ッテキタンダヨ』

「シロクマ? あの寒い所に住んでる……じゃなくて、ヴァルナが仕留めた熊か?」

『ソダヨ。ダカラテッキリアノ熊ハ騎道車にムカッテルト思ッテタンダケド、何デココニイルンダ?』

「そういう事だったのか……くそ、俺としたことがツイてねぇ!」


 つまるところ、今この事態を招いたのはそうとは知らずにブッセに白い熊の毛皮を渡してしまったアキナ自身。あの時、ガラにもなくブッセの為にと譲り受けた白い毛皮さえなければ村は決戦の場所にもならなかったし、彼を命の危機に晒すような馬鹿な状況にもならなかった。

 しかし当然、そんな未来はアキナどころか騎士団の全員が予想だにしていなかった事態だ。つまり、誰が悪いのかと言われれば、天界のどこかにおわす幸運の女神さまのせいということだ。


「おのれ幸運の女神……このアキナ様をハメやがって! メチャ許せんぜコイツはぁッ!!」

「覚えてろよ幸運の女神!! この不運、菓子折り付きの幸運で返さない限りテメェも外来種認定してやる!!」

「いや、誰のせいでもないから女神に責任転嫁した挙句変な濡れ衣着せないであげてよ……というか現実見なさい。誰のせいとかじゃなくて。でないと――」

「でないと?」

「削ぎ落すわよ」

「……、……すいません、真面目にします」

「……わ、わーってるよ。もう女神の話はヤメにする」


 息をするように自然に、圧倒的に本気の顔でぼそりと呟かれたネージュの言葉に、アキナとケベスは真顔で謎の幸運の女神いじめを中断する。何を「削ぎ落す」のかを彼女は決して語らないが、剣に手をかけているためにかなり大事なものを削がれると思われる。

 とりあえずいじめは中断されたが、今後彼らが女神の逆襲に遭って運気がどん底まで落ちないことを願うばかりである。


「で? 俺らはどう作戦立てるんだ? 俺ぁ技術屋だから戦術はそんなに詳しくねーぞ?」

「うーん、まずヴァルナが時間稼ぎするから作戦立てろって言ったってことは、ヴァルナ的には仕留める前に逃げられる公算が高いってだよな。となるとやっぱ誘導だな」

「成程、ブッセくんの持っている毛皮を使って逆に誘導を……しかし、誘導すると言ってもどこへ? この雪の中では人間の足では追いつかれておしまいですよ?」

「援軍に来るプロくんを期待したい所だけど、現実的にはヴァルナくんかなぁ」


 周囲もうんうんと頷いてる。ヴァルナは一人で時間稼ぎしているにも拘らず平然と更なる負担を要求しようとする鬼畜先輩騎士たちだが、割といつもの事なので誰も気にしていない。本人がこの話を聞いてたら「最悪の職場だよなここ。やるけど」と結局やりそうである。

 プロに期待していない訳ではないが、元が四メートル級の毛皮なので狼に背負わせるのは面積的に少々不安が大きい。その点ヴァルナってすごいよな、といった具合にヴァルナなら何でもできるというごく自然な話の流れが勝手に出来上がっていた。出来るんだろうけど。

 しかし誘導方法はいいとして、もう一つの大きな問題が浮上する。


「しかし、誘導先をどこにするんです?」

「騎道車に戻るのは論外だし、陣営に行って早期合流を図るってのもなんだかなぁ……ここ、オークのホームグラウンドだろ? 森に入ったら逆にあっちに地の利があるだろうし、困ったなぁ。こんなことならホベルトのおっさんに特大落とし穴作ってもらえばよかったぜ!!」


 全員の視線の先には、足場が悪いはずの雪の上で紙一重でオークの猛攻を躱すヴァルナの姿があった。


「ブギャッ!! ブギュッ!! ブゴォォォォォォッ!!」

「よっ、ほっ、はいっとぉ!!」


 出鱈目ゆえに軌道の読めない丸太の連撃を、時には身を翻し、時には丸太を蹴って回避し、たまに足元を潜り抜けて背後に回ったりと曲芸のような回避を見せるヴァルナ。逃げられる可能性を考慮して出来る限り傷を狙わず注意だけ逸らしている。

 傍から見るとちょっと楽しそうだが、失敗時のリスクが大きすぎるので参加者は彼くらいしかいないだろう。しかも万一オーク側がヴァルナの思惑に気付いた場合、逃げに回ったオークに追いすがる速さが騎士団にはない。


「決定打なんて、あのデカブツ相手に本当にあるのか? クッソ、ブッセの奴がせっかく村の外に出るって言いだした時だってのに厄介ごとを……」


 思わずアキナがぼやいた――丁度その時だった。


「し……白い化け物!! 僕を見ろっ!! 僕の持ったこの毛皮を見ろぉっ!!」


 アキナはそれを見て、思わず二度見した。


 それは村長の村の裏からいつの間にか抜け出していた、あの純朴で頑固な青年――ブッセの姿だった。父の形見だと語っていたゴーグルをかけた彼は震える腕を精一杯に伸ばし、その手に握った『白い熊の毛皮』を精一杯掲げていた。


「ば……馬鹿おまえ、何考えてんだッ!!」

「こっちだ化け物!! お前の目当てはこれなんだろ!?」


 それは明らかに、自分の行為が齎す結果に恐れを抱いた顔だった。にもかかわらず、彼はそれを選んでオークの目の前に掲げたのだということをアキナは察した。つまり、今までの話を彼は――。


 意味することは一つで、変化は劇的だった。


「ブギュウウウウウウウウッ!?!」

「ちょ、おい! 何やってんのブッセ少年!?」


 オークの視線と意識は、面白いほどにあっさりとブッセ少年と、彼の掲げる毛皮に注がれる。ヴァルナが慌ててオークに過剰な挑発を浴びせるが、もはや闘争心に火のついたオークはそれを無視して足の向きを変える。


 ブッセは罠作りに長けているが、あくまで年頃より少し元気なだけの少年だ。生身で狙われて逃げ切る足もなければ、倒すだけの腕力も持ち合わせていない。そんな少年が巨大オークを挑発すれば、待っている運命は死あるのみ。

 にも拘わらず、少年は断固とした決意があるかのようにオークの前に堂々と姿を晒す。それは蛮勇ともやけっぱちとも違う、ブッセだけの理由がそうさせるもの。


「毛皮を持ち込んだのは僕なんだ……僕のせいで村が……だから、村の為に僕がお前をどうにかしなきゃいけないんだぁぁぁぁーーーーーっ!!!」

「あンの馬鹿、この期に及んでまだ村に縛られて……っ!?」


 自責の念に加えて、無謀としか言いようのない誤った覚悟。

 暴れ狂う感情の渦が、彼の心の中で暴走していた。

暴走の少年、その心は……。

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