475.帰参の時です
ネメシアとの約束が終わって振り返ってみると、シアリーズは微笑ましいものを見る目をしていた。二番目でいいとかなんとか口では言っていたが、実際のところ彼女は面倒見が良いし、単純に素直な人が好きなんじゃないかと思うことがある。もちろん目が合ったら意味ありげな笑みを浮かべられた。二番手狙いだからノーダメージと言いたいらしい。やめて。
モクサンはシアリーズとネメシアを交互に見て「そういうのが好みで……」と何やら頷いているが、多分なんか勘違いしている。
と、屋根の上からカルメとキャリバンが降りてきた。
どうやらぴろろが二人に情報伝達を行っていたようで、みゅんみゅんとくるるんは何故かミラマールの近くで待機していた。どういう作戦が行われたのか知らないが、この子たちはネメシアと行動を共にしていたようだ。
「センパイご無事ですか!? 怪我は!? 擦り傷切り傷打撲痕どこにもないかチェックを!!」
「ないない。心配かけて悪いな。それよりキャリバン、状況は?」
「正直思わしくないっす」
最初の奇襲によって外対騎士団は相手の通信網を破壊して奇襲を仕掛け、人質の解放までは上手く行ったようだ。
しかし、オークの各部隊にハイブリッドヒューマンの司令官がいることがやはり災いし、奇襲のインパクトは薄れつつあるらしく、戦略的に攻めてくるオーク相手に騎士団は苦戦しているという。
「単独で部隊を壊滅させにいった腕利きの組は順調ですが、他の部隊の中には苦戦、撤退を強いられている所も多いです。しかも王宮で部隊の再編成も行われてるみたいで……」
「そうか……無差別殺人や民のパニックが起きていないだけマシだが、こうなればスピード勝負だ。キャリバン、苦戦してる部隊の方へ案内頼む。カルメは援護を。シアリーズはファミリヤつけてもらって各隊の援護、及び殲滅な。ネメシアはどう動くんだ?」
「モリョーテの影響が無視できないから一度撤退するわ。ミラマール、もう少しの我慢よ」
「ヴルルルル……クゥ」
よく見れば、ミラマールの目が少し眠そうになっている。
ワイバーン対策に王都各地で焚かれたモリョーテの影響は未だ大きく、マスクの効果が薄れてきているようだ。むしろよくここまで頑張った方だろう。ねぎらいに首を撫でてやると、やる気が出たように凜々しい目つきに戻った。テイムドワイバーンはかわいい。
「それとセンパイ……コロセウムクルーズの襲撃犯らしい存在が目撃されています」
俺、シアリーズは自然と剣を握る手に力が籠り、ネメシアは思い出したように苦い顔をした。
「王宮制圧時と、王宮に仕掛けられた爆弾の無力化作戦、そして各地での戦闘にも乱入して既にこちらの部隊が四つ壊滅、一つが安否不明です。死者こそ出ていませんが、負傷者多数です」
「王宮騎士のメンケントも彼に腕をやられて治療中よ。一緒に交戦したロマニーメイド長によると観察眼に優れ、戦闘の中ですぐに技術を盗んでくるとか……」
「メンケントが……ロマニーも勝てなかったのか」
王宮騎士の練度は知らないが、メンケントは普通の騎士団なら幹部格に近い実力を持っていた。そのメンケントがあのセバス執事長の直弟子のロマニーと組んで戦っても敗走を余儀なくされたということは、既に力頼みのあの頃の戦士ではなくなっているのだろう。
なるだけ早く接敵して撃破したい。
戦略的にも、そしてクルーズで逃げられた借りを返す為にも、そう思う。
さあ行こう、と宣言する前に俺はモクサンを振り返る。
「お前は牢屋に戻ってろ。今のこのこ出てきた所を他の騎士に見つかったら普通にドサマギの脱獄犯扱いだぞ。そうなると減刑の嘆願が難しくなる」
「えぇ……まぁ仕方ないっすね。こちとら頼まれて脱獄したのになぁ……」
「脱獄頼んだスパルバクスも元々犯罪者だってこと忘れたか?」
そう言われると反論しづらいのか、モクサンは「お気をつけて!」と一礼して留置所へと戻っていった。事情を知らないカルメが「偽センパイを名乗った不届き者ですよね? どさくさに紛れて射ますか?」と聞いてきたので止めておいた。
「お前だんだん狂犬になってきてないか?」
「そういうセンパイはいつからあの人の弁護士になったんですか? 減刑の嘆願とかなんとか!」
珍しく機嫌が悪かったので「あいつよりお前を頼りにしてるよ」と言うとちょっと機嫌が直った。なんか本当に犬っぽく見えてきた。
◇ ◆
ヴァルナとシアリーズの戦線復帰。
それはファミリヤを通して各位に伝達され、騎士団士気を向上させた。
「ヴァルナが出てくるならもう勝ち確よ!」
「シアリーズたんも無事だったんだね!」
「あの子『たん』呼び嫌いじゃなかったっけ? キモイからとか」
「キモイって言われたいからつけるんだよッ!!」
「きもい」
「きたない」
「くさそう」
「何とでも言えェェェエ!! シアリーズたぁぁぁぁぁんッ!!」
また、各地で戦況が掴めず手をこまねいていた戦力も動き出す。
「外対と聖天にだけ手柄を取らせるな! されど確実に事を為せ!! 我ら聖盾騎士団は国家の盾となって民を守ることを優先するのだ!!」
「ハッ!! 各員、行動開始!!」
「状況確認、監視網再構築!」
「民が迂闊に外に出ないよう改めて周知を徹底します!」
「外対と聖天が苦戦していたら援護を!」
「あと我らが『無傷の聖盾』の安否確認!!」
「うん、それは最優先な! あの子ったら仕事放り出して『帰ってこなかったら周囲に最大限の警戒を』って置き手紙だけ残して急にいなくなったと思ったらこれだから絶対なんかあると思うけれども、もし彼女の身に何かあればスクーディア家が俺たちの敵になるから怖いわけではなくて単純に仲間としてな! ……な!?」
「えっ! は、はい!」
潜伏していた聖盾騎士団と共に、コンサート会場に立てこもっていた聖靴騎士団でも動きがあった。
「やーーーだーーー!! 戦意高揚の為にスピーカー全開にして歌うーーーー!! 『Ork Genocider!!』歌う~~~~!!」
「メラリンを止めろぉ!! あんな電波ソング流されたら騎士団の士気に拘わる!!」
「メラリンちゃんここはガマンして、ね! 今度おいしいお菓子のお店つれてったげるから!!」
「歌うならせめて私たち『ミルキー☆ウェイ』の応援ソングにしようよ!」
「うるへーーー!! なにがアイドルユニットじゃい、こちとら魂はゴリゴリのロックでデスメタルなんじゃ~~~~い!!」
……フォーカスを当てるところを間違えたので別のところを見ると、少数の聖靴騎士団が市街を駆けていた。
「おい、本当に役立つのかあの団長が!?」
「役に立たなくてもいい! 副団長じゃ騎士団が纏まらん!!」
彼らは聖靴騎士の中でも腕利きで、オルクスの先輩の騎士たちだ。
彼らは今、すっかり表に顔を出さなくなった団長クシュー・ド・ヴェンデルの屋敷に向かっていた。彼も一応歓迎式典には出ていたのだが、みんなヴァルナに注目するものだから彼の過去の人気はすっかり寂しいものになり、式典終了と同時にとぼとぼ屋敷に帰ってしまったので騒ぎに巻き込まれていないものと思われている。
しかし、この有事に団長が現場におらず連絡も取れないという状況は騎士団にとって非常に厄介だった。なにせクシューは部隊指揮におけるリーダーシップと状況判断力を併せ持った男だった。仮にオークとの戦いで勝てなかったとしても、彼が指揮を執っていればもう少し纏まって動けた筈なのだ。
クシューが落ちぶれて以降は副団長のワルスキーを持ち上げる声もあったが、今回の有事で盛大に狼狽えてずるずる判断を先延ばしにした挙げ句、部隊の半数以上を失いながらコンサート会場に籠城を決める姿は団員を大いに不安にさせた。
「老け込んで腑抜けてても元は名将でもあるんだから、戦わなくていいから指揮だけ出させる! やっぱり万年三、四位くらいの実力をフラフラしてるワルスキーじゃダメだ!」
「そうだな! 正直次期騎士団長があいつって聞いたとき不安だったし!」
人望も三、四位あたりをフラフラしてるので副団長以上を任せるとなると急に人気がなくなるワルスキーであった。
ヴァルナに二年連続で御前試合で敗北し、「もうすぐ三連敗目か……ハァ」と完全に希望を失った目でため息をついていたとしても、クシューは聖靴の強さの象徴だった男なのだ。彼らはクシューに最後の望みを託して彼の屋敷に向かい――愕然とする。
屋敷に数十匹のオークが襲撃を仕掛けていたのだ。
指揮を執るハイブリッドヒューマンが叫ぶ。
「さっさと門を破壊してあの腑抜けを引きずり出せ! あんなのでも元は強い騎士だったらしいし、土壇場で急に暴れられても厄介だ! 今のうちに拘束して、後は我ら『ニューワールド』の訓練用カカシにでもなって貰えば良い!!」
オーク達は棍棒を使って屋敷の敷地入り口の門を破壊し、今まさに屋敷の扉を半壊させているところだった。中からはヴェンデル侯爵夫人と子供の悲鳴が聞こえる。
「こわいよママ! ママー!!」
「いやぁぁぁ!! 誰でもいいから怪物を追い払ってぇぇぇーーー!!」
「……なんてこった」
「数が多すぎる。我ら二人ではとても……!」
数を言い訳にしたが、実際にはオークという魔物を前に臆した本音を自ら無理矢理言葉で覆い隠したというのが正確だった。最初の一斉襲撃の際も彼らは初めて相対する自分より屈強な兵士の存在に腰が引け、力を発揮出来ないまま撤退に追い込まれた。
後輩であったオルクスが一番奮戦していたくらいだ。
彼は少ないとは言え魔物との実戦経験があり、モチベーションがあった。
対して、自分たちはオークに立ち向かう勇気も、力なき民を救うモチベーションも示せず、ただ団長の屋敷が襲撃されているのを見ているしかない。
だって、彼らはクシューの背中に憧れて騎士団の門を叩いたのだから。
その背中が見えなくなった今、彼らは根幹の覚悟からして揺らいでいた。
壊れ、倒れる屋敷の玄関扉。
雪崩れ込むオーク。
布を裂くような夫人の悲鳴。
そして――。
「我が屋敷に挨拶もなしに土足で上がり込む無礼者に示す礼儀などない――『八咫烏』」
ゾバァッ!! と。
突入した全てのオークが一瞬で例外なくバラバラに引き裂かれ、屋敷の外に肉片となって吹き飛んだ。
かつかつと歩いて玄関から出てきたのは、鎧を身に纏ったクシューだった。彼は飛び散ったオークの死骸を見てため息をつく。
「ハァ……庭が荒れる。血で汚れる。この辺りの土は入れ替えだな。『八咫烏』」
その剣が瞬く間に煌めくと、外に待機していたオーク達が全て切り裂かれて絶命した。何をしたのか全く見えない、まさに神の如き剣であった。
僅か数秒で部下を全て失ったハイブリッドヒューマンが、激高して剣を手にクシューに迫る。
「お、老いぼれがぁぁぁッ!!」
「喧しい。『八咫烏』」
瞬間、ハイブリッドヒューマンの防具が、武器が、関節が一瞬で切り裂かれ、彼女は目の前の現実が理解できないかのようにその場で崩れ落ちた。どうやったのか、殺してはいないが意識もあの一瞬で刈り取ったようだ。クシューは振り返り、夫人と子供を見た。
「無事か」
「え……ええ!」
「ならいい。暫く屋敷の地下に隠れておれ。不届き者を掃除してくる」
「あ、貴方……」
夫人の顔色はほのかに赤みが差し、子供はクシューの背に目を輝かせる。
それはまさしく、王国騎士のトップに君臨し続けた者に相応しい風格だった。
圧倒的な力――彼はヴァルナに二度負けたが、ではヴァルナ以外なら誰が勝てたのかを人々は知らない。
(これだ、俺たちはこの強さに……)
(この人に憧れて、ここまで来たんだ!!)
言葉にならない感動に打ち震える二人の騎士を一瞥したクシューは、指示を飛ばす。
「この化物を止血して拘束しろ。生捕りだ。人語を喋れるなら情報も吐けるだろう」
「「はっ!!」」
「本隊はどこにいる?」
「現在、コンサート会場で籠城中! 王都各地では外対、聖天の混合部隊が同じように人語を喋る人外の女に率いられたオークの部隊と交戦中です!!」
「ふん、ルガーめ。奴の連絡通りというわけか。奴の差し金と思うと本当に気に入らん」
彼は手に握りしめていた紙切れを放り捨てる。
紙には、ほんの数分前にファミリヤの手で彼に届けられた王都の簡単な現状が記されていた。ルガーとは何度も舌戦でやりあったが、だからこそ分かることもある。ルガーにはこの紙切れが「俺より若いくせに耄碌したフリをしてないでさっさと戦え」と訴えているように思えてならなかった。
結局は奴の思惑通りなのが気に入らないが、それだけ余裕がないと思えば借りを作ったようでもある。それに、ここで何もしないのでは余りにも王に不義理すぎる。最後くらいは本当に王国を救うために戦ってから引退したい。
「クシュー・ド・ヴェンデル。遅ればせながら、戦場に帰参する」
王国を守護し続けてきた『剣神』が、舞い戻ってきた。
二年連続敗北(弱いとは一言も言ってない)。




