474.真の騎士とは何でしょう
隠密行動の基本はバレないこと。
ただし、このバレないとは一切目撃されないことを意味しない。
「ふう。愛剣が恋しいな」
「まったくよ、非効率ったらありゃしない」
俺とシアリーズの後ろには不意打ちで首の骨をへし折られて絶命したオークの死体が転がっている。死人に口なし、つまり目撃されたら情報が伝達される前に殺害すれば隠密行動は続行出来るのである。
牢屋から出てすぐさま行動を開始した俺、シアリーズ、モクサンだが、ただでさえ屈強なのに強化までされているオークを衛兵用の警棒でどうにかするのは無理があり、結局は全力でオークの首を即座にへし折る方向になった。
いくら拳法の応用が利いたとはいえし損じれば面倒なので毎度全力を振り絞らざるを得ないので効率が悪い。シアリーズもオーラを瞬間的に高めて無理矢理首をねじり折っているが、同じ感想のようだ。モクサンは普通にドン引きしている。
「お強いとは思ってたが、まさかここまでとは……もう武器いらないんじゃねえですか?」
「馬鹿言え、剣があれば二倍の効率で殺ってる」
「いいえ三倍よ。ヴァルナとアタシの愛のコンビネーションで効率アップするから」
「流石はヴァルナの旦那の恋人! べっぴんさんな上にお強い!」
「違う違う、恋人じゃない」
「えぇぇぇぇ~~~~? こんなに美しくて一途な女の子に求められておいて違うぅぅぅぅぅ~~~~? 旦那、そりゃちょっと男として駄目ですぜ。据え膳食わぬはって言うじゃないですかぁ~~~~?」
とりあえず尻を蹴って黙らせる。シアリーズはそんな様子をくすくす笑うだけだ。
モクサン的には煽っている訳ではなく「自分なら絶対にOKするし、しない理由がないのに何で?」という純粋な疑問なんだろうが、こっちにはこっちの事情があるし、今その話を始めると無駄な時間にしかならない。
俺たちはモクサンを囮にオークを暗殺しながら牢屋を突破していくが、剣を持ったオークは見当たらない。不思議に思ったが、そういえば、と今まで倒したオークを思い出す。
オーク達は牢屋の奥に向かっていた。
更に、どうやら俺とシアリーズには抹殺命令が出ているらしい。
ということは、あのオーク達は俺たちを外に連れ出す、ないしその場で殺害するために送り込まれて、本隊は外でそれを待っているのではないだろうか。時間的にまだ怪しまれるタイミングではないが、外に耳を欹てると騒ぎはある程度終息しているようにも思える。
流石に素手で武装したオーク複数を同時に相手取るのは手間だが、シアリーズと二人なら勝算はある。ただ、相手の戦力が測れないから出たとこ勝負になるのが厄介だった。
出入り口は防犯上の理由で一カ所だけ。
ここから出るには絶対に通らなければいけない。
シアリーズとモクサンは俺に判断を委ねたのか何も言わずにこちらを見る。
時間をかければ相手の警戒が高まる以上、待つのは悪手。
意を決して飛び出そうとした刹那、空から大きな気配が近づく。
直後、扉の向こう側から轟音が響き、オークたちの悲鳴と混乱の鳴き声が響く。状況は掴めないが混乱しているなら好機とみた俺は、扉をそっと開いて向こう側を覗き見た。オークたちは扉の前に数匹。いけると判断して即座に飛び出し、シアリーズと共に先ほどまでの要領で始末する。
「あ、こいつアタシの剣持ってるじゃない」
「俺の剣は、ないな。シアリーズ、一本剣貸してくんね?」
「ほい、エアガイツ」
ぽいと投げ渡された細剣は、確かドラゴンウェポンのエアガイツである。
人生初のドラゴンウェポンをこんな形で握るとは、と思いながら次々に部屋を突破し、オークに刺突と斬撃による死をお見舞いする。シアリーズも水を得た魚のように超高速で移動しながらすれ違い様に次々にオークを斬り伏せた。
本当なら派手に出血させたくはないが、建物内なら土壌汚染の心配はないし、そもそもそんなこと気にしていられない。ここは恐らく衛兵の留置所だろうが、衛兵たちには一応騒ぎが収まったら平謝りしておこうと思いつつ一気に建物の外に出る。
そこには、ワイバーンのミラマールと共に地上に降りてオークを突撃槍で薙ぎ払うネメシアの姿があった。
「ヴァルナを返しなさい、下郎共ッ!!」
『グアアアアアッ!!』
頭上に掲げた突撃槍はオーラを帯び、刺突は正確にオークの急所を捉える。
嘗てはそこまでの力量には見えなかった彼女だが、イセガミ家と付き合う中でタキジロウ義父さんに槍の指南を受ける機会があったのか、オーク相手に一歩も引かない立ち振る舞いで次々にオークを仕留める。
更に、その合間にミラマールが頭や尾、爪を振り回して主人に近寄るオークを蹴散らすので敵を寄せ付けない。ふたりの絆ならではのコンビネーションだろう。
ミラマールの口内に紅蓮の炎が渦巻き、噴射。
まともに炎を浴びたオークが藻掻き苦しみながら逃げ惑う。
そんな中、冷汗を流しながら指揮を執っていたハイブリッドヒューマンの女が耳をぴくりと震わせ、勢いよくこちらを振り返る。
「な、貴様ら!? どうやって脱獄した!?」
「教える義理はない! それより腰の剣を返してもらおうか!!」
彼女の腰にあるのは見間違えようもない俺の二本の愛剣だ。
エアガイツは俺には軽すぎ、そして威力が過剰すぎる。
接近すると、ハイブリッドヒューマンの女は即座に自分も抜刀する。
剣と剣が衝突し、鍔迫り合いになる。
俺は驚いた。
この女、かなりの剣術の心得がある。
素人ならば今の一撃でとっくに剣を吹き飛ばされているからだ。
「何者だ?」
「今や名乗る名もない暴虐の徒よ!!」
剣が弾かれ、剣戟に突入する。
恐らくハイブリッド化前でも六星クラスはあったであろう実力は、オークの因子を得たことで更なる成長を見せているようだ。その様に彼女自身が歓喜している。
「素晴らしい! 世界一の剣士相手に対抗できるこの肉体! 恩師バンは実に素晴らしい投資をした!!」
「宗国人……いや、違う。この剣術は列国のものと見た! 確か、柴現流一刀術!」
バジョウとタキジロウ義父さんがそれぞれ少しだけ披露した動きだが、相手は言い当てられたことが意外だったのか目を丸くする。が、それは即座に好戦的な笑みに変わった。
「その若さで大した慧眼だな! 奥義、幻牙!!」
滑るような独特の走り出しから一転して突如として迫る刃を、八の型・白鶴で打ち払う。腕ごと弾き飛ばすつもりで振ったが、エアガイツの軽さに加えてハイブリッドヒューマンの筋力増強を見誤った。技量を後押しする柔軟かつ強靭な筋肉は、鍛えすぎるとデッドウェイトになるという体作りの短所を補っている。
状況を俯瞰して見る。
ネメシアとミラマールのコンビはうまく立ち回っているしシアリーズが雑魚の始末を優先しているので俺はこの相手に専念できるが、今のやりとりでより強く思ったことがある。
彼女はオークではあるが、人間でもあるのだ。
犯罪者であれば切り捨てても問題はないのが王国法だが、騎士団としてはオークは皆殺しにすべきだろう。その辺の判断をひげジジイがどう下したのかは分からないが、相手はどちらにしようか迷っていられるほど余裕の相手ではない。
(……俺は!)
覚悟を決め、踏み込む。
エアガイツの剣の細さを活かした刺突で相手の剣を上に上げさせ、即座に裏伝六の型・火喰による超低空の回し蹴りを放つ。自分でも悪くないと思う連携だったが、相手は必要最低限の跳躍で綺麗に躱す。
「地に足ついた剣術だと侮ったな、世界最強!!」
「いいや、貰うものはいただいた」
「なに!?」
回し蹴りの勢いのまま彼女とすれちがった俺は、離脱の瞬間に彼女の腰に収めたもう一本の愛剣の鍔に爪先を引っかけて抜き取っていた。彼女が驚愕して叫ぶ。
「馬鹿な!! このような戦いの中で、足を引っかけた程度で綺麗に剣が抜ける筈がない!!」
「誰の剣だと思ってんだ。俺の剣だぞ」
ゲノンじいさんが俺の癖を熟知して拘り抜いた、俺の求めていた剣だ。
どれくらいの角度でどれくらい力を込めれば抜けるかくらい想像出来る。
それに、俺は他人曰く足癖が悪いらしい。
「一撃で決める!!」
「おのれ、驕るな!! 奥義、牙々咬連ッ!!」
「両翼打翡翠ッ!!」
ハイブリッドヒューマンの渾身の斬撃を、俺は九の型を二本の剣で行うことによって迎え撃った。
ガガギャァンッ!! と、耳障りな金属音。
一拍置いて俺が剣を下げると、彼女は力なく大地に倒れ伏した。
意識はあるが、胸部に受けた衝撃に体の芯を揺さぶられたようだ。
「さ、細剣を僅かに速く放って我が剣を打ち払い、続く一閃で峰打ち……見えたが、対応、できなんだ……」
「当たり前だろ。専用の剣を使っておいて俺が泥棒に負けるかっての」
「なぜ、愛剣で我が奥義を、打ち払わなかった……? 重い剣の、方が、打ち払うには向いて……」
「殺さず戦闘不能に追い込む難しいオーダーだし、愛剣以外に任せられない」
俺の返答に彼女はほんの少し笑い、「甘いな」と言い残して倒れ伏す。
彼女の手から愛剣を奪い返す折、その腕に古傷を見つけた。
傷の大きさと形状からして、腕に運動障害が残るほどの傷だ。
どのような人物で、どのような経緯を経てこの戦いに参加したのかは知らないが、俺とシアリーズのいる場所に配備されていたのを鑑みても戦闘能力は高い方だったと思われる。
彼女の今後の人生がどうなるのかは分からないが、ひとまずは人間の犯罪者として扱うことにした俺はモクサンが持ってきた拘束錠で彼女をしっかり捕縛した。
エアガイツをシアリーズに返すと、彼女は「まだ持ってていいけど?」と嘯く。
俺は苦笑いして首を横に振る。
「ちょっとじゃじゃ馬すぎて俺には使いこなせないよ」
俺の愛剣を使ったハイブリッドヒューマンも、だからこそシアリーズの剣を選ばなかったんだろう。ドラゴンウェポンの名は伊達ではないが、殺傷力が高すぎる。オークを刺突する際も破壊力に反して手応えの薄さが際だった。
世が世なら、多分魔剣と呼ばれる剣だ。
「それよりもネメシア、まさかお前が助けにきてくれるとは。ミラマールもありがとうな……ネメシア? あぁえっと、もしや怒ってらっしゃる……?」
無言で俯いてふるふると震えるネメシアに、俺はやばいと直感的に思った。
そういえば、人質を殺させない為にと思って彼女に何一つフォローを残さずここまで来てしまった。彼女からしたら、気付いたらもう行ってしまっていた状態だ。心なしかミラマールの視線も冷たい。
数秒の沈黙ののち、目尻に涙を溜めた瞳でキッと俺を睨んだネメシアは渾身の力で平手を振り抜いた。
「バカぁぁぁぁ~~~~~ッ!!!」
バッチィィィィィィン!! と、情け容赦のないビンタが俺の左頬に炸裂した。人生史上一度も経験したことがないくらい滅茶苦茶痛かった。痛すぎて泣きそうだけど、ネメシアが既に泣いてるから我慢した。誰か褒めてくれ。
……泣かせた原因俺だから誰も褒めてくれなさそう。シアリーズも遠巻きからめっちゃニヤニヤしながら見てるし。あいつ絶対面白がってるだろ。やっぱ泣きたい。
「バカッ! ドバカ! 大バカ! 自己満足最低愚昧平民!!」
「いや、その、ごめん」
「何に対してのごめんか言ってごらんなさい!!」
「黙って勝手に人質に取られたことかな……」
「違う!! 全然違う!!」
ネメシアの拳が俺の胸に叩き込まれる。どうしよう、結構痛い。
ネメシアは俺の胸ぐらを掴んで自分の顔に寄せる。
「平民を守るのは騎士の役目!? そうでしょうよ!! 騎士道的に見逃せない!? 貴方なら言うでしょうね!! 時間稼ぎのため!? ええ、ええ、組織としては正しい判断でしょうね!! でも、でも!! 私が何より許せないことがぁ……っ!!」
彼女はそのまま、俺をきつく抱きしめた。
「人のことをどうこう言うくせに自分の命を大切に出来ないところが嫌なのよ……!! はっきり言ってやるけど、自分自身の命を守れるようになれないなら理想の騎士にもなれないんだからね!! 遠くの人ばかり観て、貴方に傷ついて欲しくない人の気持ちを顧みることが出来ないで何が立派なのよ!! みんなが認めたとしても、私が認めないんだからぁッ!!」
「……ッ」
ビンタも拳も痛かったが、ネメシアの言葉が一番心に効いた。
人質に向かった際、命の保証が一切なかったのは確かだ。
職務としては立派な騎士だったとしても、身近な人間の気持ちを顧みないのは人としてあるまじき姿だ。騎士道と人道は近いようで遠い。その狭間で理想の騎士道を胸に抱く俺にとって、この上ないダメ出しだった。
ネメシアは泣きはらした顔を上げて、ぐしぐしと涙を拭うと俺の肩を掴む。
「貴方が突き進むことは止められない。だって貴方馬鹿だもの」
「ひどいぞお前……」
「だから、せめて一つ誓いなさい! これから絶対、何があっても生きて帰ってきて。生きて帰れる保証がない場所に行くときでも、生き残る可能性を最大まで高めて、何があっても絶対に生きて帰るって気持ちを持ち続けなさい!!」
「ネメシア、俺は……後悔したくないんだ。たとえ危険だとわかっていても現実は選択がついて回るから、選ばなかったことに後悔したくない」
「後悔を一度もしない人間がどこにいるのッ! 何も失わずに居続けようなんて虫の良い話はない! 目の前しか見えない人の驕りだわッ!!」
何も言い返せない程の正論だった。
俺の騎士道がたまたま誰も死なせない道を進んでいるだけに過ぎないのを、自分を貫き通した結果だと勘違いした未熟な俺は言い返せず、しかし助けられる命を諦めて逃げ帰ることを悍ましいとも思ってしまう。
揺れる心を見透かしたネメシアが、ふっと表情を和らげる。
許した笑顔ではなく、何かを決心した顔だった。
「誓えないなら、誓わざるを得ないようにしてやるわ」
瞬間、ネメシアは俺の唇を奪った。
柔らかく、暖かく、恋しくなるような口づけだった。
ゆっくりと、名残惜しむように唇を離したネメシアは潤んだ瞳で俺をまっすぐに見つめる。
「私、ネメシア・レイズ・ヴェン・クリスタリアはヴァルナのことを愛しています。ヴァルナの身に危険が迫る度にいつも胸が苦しくなります。ヴァルナが笑いかけてくれる度に胸の高鳴りが収まらなくなります。恋のライバルがいることも、ヴァルナに選ばれないかもしれないことも知っています。でも、それでも……」
誰よりも真摯に、誰よりも本気で、誰よりも傲慢に。
「騎士道を捨ててでも、私一人のためだけに帰ってきてよ! 這ってでも、泥を啜ってでも! 帰ってきた貴方を抱きしめて、心臓の鼓動を確かめて、一秒でも長く貴方の隣にいさせなさい!!」
人の夢、騎士道すら踏み倒す特大のワガママが彼女の渾身を以てぶつけられた。
俺の意見は完全無視、やりたい放題だ。
でも彼女の言葉にはいつも目を反らせない真実が含まれている。
それは言葉にするのも無粋な、たしかなもの。
(俺は騎士だ。この窮地に戦いに赴かないという選択肢はありえない。でも……)
約束を守れない騎士は騎士失格だ。
いや、俺自身がこの想いを踏み躙ることを許せない。
それは彼女の純真な願いを投げ捨てることと同じなのだから。
ネメシアの手を恭しく取った俺は、手の甲にキスをした。
「ヴァルナ……」
「俺、負けないよ。絶対に負けないって約束する。運命にも死にも負けてやらない」
「やっ、約束よ!! 破ったら地獄まで追いかけ回してミラマールにお尻噛みついて貰うんだから!!」
「うん、約束だ。ミラマールも」
「ヴォウッ!」
鼻先をぐりぐり押しつけてくるミラマールを撫でると、ミラマールも頭を引いた。
ネメシアは嬉しそうに、本当に嬉しそうにはにかんだ。
俺が自分で立てた誓いなら、俺が守らないと嘘だよな。




