459.何が出るのでしょう
世界サミット歓迎式典は国を挙げて行われる大歓迎イベントだ。
この式典に動員される人数や規模によって、国家代表の求心力や国力がおおよそ推し量られる。規模が大きく人が多いほど、その国の代表は絶大な権威を示すことが出来る。
イヴァールト王も己の格を示すため、外対騎士団以外の騎士団は総動員だし普段王都に住んでいない民にも式典を喧伝してかき集め、今、王都は誰も見たことがないほどの人口密度に達している。皇国には劣るかも知れないが、それは比較対象が悪いだけだ。
形容するなら人の波。
都そのものも祭りより派手で豪華に飾り付けられ、歓迎ムード一色だ。
そんな中、俺たち外対騎士団だけ服装が地味というわけにもいかないらしく、珍しく国から贅沢な礼服が届いていた。全てがオーダーメイド品で、しかも班長格と絢爛武闘大会で活躍した面々は一際装飾が凝っている。
では王国筆頭騎士の俺はどうかというと……。
「衣装に着られている……こんなに眩しいとオーク狩りのときに隠密出来ないだろ」
あちこちに金ぴかの装飾が施されたかっこつけ以外の機能が見当たらない礼服に、なんとも言えない着心地の悪さを感じていた。
ただでさえこの手の礼服は着慣れていないせいで喉元が窮屈に感じるのに、今回の礼服はひげに貰ったものとはグレードが三段は違う。これほど窮屈に感じるのに生地の肌触りが恐ろしくなめらかであるのが高級さを物語っていた。これ俺の給料半年分以上するんじゃないのか。
ちなみに俺と同じくらい高級な礼服に身を包んでいるのは周囲ではシアリーズだけである。どんな形であれ彼女も王国の騎士団に士官してる上に、大陸冒険者としての数え切れない実績と絢爛武闘大会準優勝の実績から彼女も目立たせるべきという判断が下ったようだ。
件のシアリーズも多少窮屈そうではあるが、緊張の色は見られない。
「こんなもんは自分が着て当然って顔して突っ立っていれば良いの」
「そういうお前はこれまでこの手の式典はバックレてきた側じゃねーの?」
「未来の夫が出るのに妻が出ないってのも、ねぇ?」
「……もう突っ込まないからな」
意味ありげに妖艶な笑みを浮かべて腕を絡めてこようとするシアリーズをやんわりたしなめる。自分の感情をまったく隠さないシアリーズの積極性には困りものだが、彼女は無理強いはする訳ではないのに感情に素直に何かやらかしそうなのが怖い。
それさえなければシアリーズは接しやすい友人で済ませられるのに、ままならない。そう言うと「別に友達でいいけど? こっちが甘えたいときだけ甘えるだけだし」と屈託のない笑みで言われてしまい、実際の所問題は彼女ではなく自分にあるのではないかとさえ思わされる。
カルメには「ダマされないでください、あの人の感覚がおかしいだけです!」と念を押され、周囲もあんまり否定しなかったので俺の気のせいかも知れないが。
改めて周囲を見渡すと、ロザリンドは元々社交界にも顔を出していただけあって威風堂々。自分の二つ名に合わせて獅子の刺繍を入れたマントを羽織っているが、彼女の凜々しい印象とは相乗効果で似合って見える。
そしてカルメは妙に女性ものっぽい礼服になっている。
「既にお約束感さえあるけど、また女物渡されたのかお前?」
「いえ、男物を用意されるはずだったんですけど……仕立屋さんに『何をどうしても男物が似合わない』と言われまして……」
「そうか。じゃあ仕方ないな」
「仕方なくないですよう!!」
涙目で抗議してくるカルメだが、まぁこの後輩のスカートが似合うこと似合うこと。元々スカートは女性だけの衣服という訳ではないが、カルメの細い美脚が見事に栄えている辺り、仕立屋の見立ては正しかったと思える。
先輩方もうんうんと頷き、思い思いの言葉を口にする。
「まぁ気にすんなよカルメ。女と勘違いされても別に仕事に支障はないし」
「そうそう。てかそもそもお前が女装しても誰も驚かないし」
「もともと女みたいなものだし。あ、でもパンチラすんなよ? 変な性癖拗らせた変態に見つかるかも知れないし」
「ヒドい、ヒドすぎるっ!! 僕の男の尊厳を何だと思ってるんですかぁっ!!」
朗らかな先輩方の何気ない一言がカルメを傷つけているが、そもそもお前は男らしさを追求する気があるのかとたまに思う。全然矯正してる様子がないし。
わいのわいの騒いでいるうちに定刻となり、全騎士が所定の位置に就く。
珍しく表の場に出てきているルガー団長が咳払いした。
「今回は国を挙げたイベントなのでいつもの茶番は省略するぞー」
「えー」
「咎なく罵倒出来る貴重な場だったのに?」
「ケチハゲ」
「スケベジジイハゲ」
「やらないっての!! あと天地神明に誓ってハゲとらんわ!! ったくこの騎士共は……」
と言いつつ一回は付き合ってくれる団長と、一回で済ませる騎士団員たち。流れるような連携であるが、ちゃんと真面目な話もする。
「俺たちの出番は二回。一回目はこれからの歓迎式典で凜々しい顔のカカシになること。二回目は翌日の帰りの式典で同じくカカシになること。合間に緊急事態が発生したら当然対応するが、俺たちが主導するようなことはない。帰りの式典が終わったあとに本部で打ち上げやるから、それまでは暴飲暴食酒の飲み過ぎに要注意! どこぞの大陸最大の騎士団みたく二日酔いでカカシがフラフラするのは勘弁だからな!」
にやにやしながらの注意にどっと騎士団員たちが笑う。
皇国騎士団に関する俺の報告を全員読んでいるからこその反応だろう。
式典に慣れずにガチガチになっていた幾人かの騎士の緊張がほぐれた。
相変わらずこの団長は出来る男だ。
ロザリンドが挙手して質問する。
「ルガー団長。王宮周辺や内部の警備計画などの伝達がありませんでしたが、これは聖靴派閥と足並みが揃わないことが原因でしょうか?」
「いや、それに関しては別件だ。世界サミットは色々と警備が特殊でな? 警備内容は主催国の限られた一握りの人間にしか教えないならわしなんだよ」
「外に警備情報が漏れないための情報閉鎖ですか……」
「そう考えてくれて良い。多分事前にきっちり内容を知ってるのは王宮騎士団くらいのもんで、聖靴や聖盾も当日聞かされるくらいのモンじゃないか?」
へー、と周囲が納得する。
そういうことならアストラエ経由で王宮騎士のメンケントにでも話を聞いておけばよかったが、流石にそれは職権を逸脱するから教えて貰えなさそうだ。
尤も、各国首脳陣も当然護衛を引き連れているし、王国中の精鋭が集結している現状で大きな事を起こせる者はいないだろう。ルガー団長も同意見、騎士団全員も恐らく同意見だ。なので、ルガーの続く指示にも予想がついた。
「まぁ大丈夫だろう、と思ってるときが一番危ないからいつも通り抜かりなく仕事しようぜ? 堅苦しい指示は以上!!」
抜くところは抜くが、張るところは張る。
現場が考えていることは、団長も当然考える。
やはり、この団長がトップにいるからこその外対騎士団だ。
◇ ◆
セドナは人より推理力に優れている、らしい。
実の所そのことについて彼女は自覚的ではないが、そうらしい。
そんな彼女はヒュベリオ失踪事件について調べている際に、あることに気付いた。散らかっていた本を整理していくと、その中に棚からぶちまけられたものとはジャンル的に一致しないものが混ざっていたのだ。
彼女は現場を丁寧に見聞しながら『仲間はずれ』の資料をかき集め、そして意味を考える。
これは恐らくヒュベリオが襲撃前に調べていた資料だ。
その本を特定されないように犯人は上に別の資料をぶちまけたと思われる。
つまりヒュベリオはこの資料から読み取れる真実によって目をつけられた可能性が高い。
セドナの明晰な頭脳は資料の違和感や共通項を全て読み取り、そこから二人の人物が浮かび上がることに気付いた。二人ともセドナの知っている人物であり、そして立場を考えた際に連鎖的に考えたくもない想像をさせられる人物だ。
セドナは、そのうちの片方が犯人であることを殆ど確信している。
だが、真実を暴く為に式典を放り出して疾走するセドナの顔には隠しきれない焦りがあった。
(もっと早く気付くべきだった! 今からじゃ遅い、遅すぎる……!!)
せめて、この確認で自分の証拠もない推理がまったく根拠のない戯れ言であると証明されて欲しい。でなければ、もう手遅れだ。
町の各所に設置された、ナーガの技術提供で実現した遠隔拡声装置が王国史上初の魔法による町内放送を実施し、丁寧だがくぐもったような大きな声が町に響く。
『あと十分で、大通りは完全に通行禁止になります。ご用のある方は早い内に渡り、往復の方は恐れながら歓迎式典の終了を待つか、通行禁止エリアを避けて大回りしてください。繰り返します……』
(ヴァルナくん、アストラエくん……今だけは側にいない二人が恨めしいよ)
それが己の不手際であることに歯がみしながら、セドナは交通規制が敷かれる寸前の町を駆け抜けた。
彼女とすれ違った人物は、その背中を視線で追う。
その名は、ノノカ・ノイシュタッテ。
ソコアゲール靴を器用に履きこなして急ぐノノカは、人差指で唇を触って己の記憶を呼び起こす。
「あれって確かヴァルナくんのお友達の……」
接点が少ないのですっと名前が出てこないが、とにかくヴァルナの友人だ。随分と急いでいたが、彼女は歓迎式典に遅刻でもしそうなのだろうか。それにしては向かう方向が違うように思うが、真意を確認する前に彼女の背中は見えなくなった。
或いは、聖盾騎士団は元々一般人のふりをして捜査や警備に当たると聞いているので彼女はそちらの方に回されているのかも知れない。確かに彼女の人の良さそうな顔と体格はお世辞にも頼もしい騎士という映え方はしないだろう。
そんなことよりも自分の用事を優先しなければ、と、ノノカは目的地の建物を見上げる。それは王国議員庁舎だ。すなわち今からノノカが会うのは王国議員の一員であり、それどころか大臣という重要な地位に座る人物である。
実は何度か面識がある人物でもあり、だからこそ逆にノノカには意外だった。あの議員がそんな重大な秘密を握るとは想像出来なかったからだ。ただ、想像してなかったとはいえ情報を鵜呑みにする気はない。
「鬼が出るか蛇が出るか、或いはオークが出るか……うん、研究用オーク一択でおねがいします♪」
……今日もノノカ女史は平常運行だった。




