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最強剣士、最底辺騎士団で奮戦中 ~オークを地の果てまで追い詰めて絶対に始末するだけの簡単?なお仕事です~  作者: 空戦型
最終章 ラストミッション

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458.合縁奇縁です

 ヤガラに案内されるがまま、ロックは謎の隠し通路に入る。

 道は大人二人が肩を並べて歩ける程度には広く、下り階段の多さからして地下通路と思われる。ひんやりした空気の隠し通路の天井には、王国ではあまりお目にかかれない光源が使われている。

 尤も、ロックはそれが騎道車内の光源に使われているものと同系統であることにすぐに気付いたため、恐らく帝国由来の技術だろうと当たりをつけていた。


「で、なんなのコレ?」

「王都の国有施設に仕込まれた王の遊び心というやつです」


 そこはかとなく人を見下した自慢げな笑みでヤガラはつかつか通路を歩く。

 要するに、王宮の人間しか知らない隠し通路のようだ。


 王国は国内での争い事や王族間の諍いによる殺し合いのような血腥い事件が殆どないので必要性は薄いだろうが、備えあれば憂い無しということだろう。或いはロマン的なものかもしれないが、ロックはそれを税金の無駄遣いだなんだと追求する気はない。


「わたくしこれでも宮仕えですので、王宮内のお偉いお方に偶然聞いたことがあったのです」

「おいおい、そんな情報漏洩しちゃって大丈夫なの、宮仕えってさ?」

「酒の席でしたし、相応に酔っていらしたので。無論、このヤガラが王家に忠誠を誓う立派な文官であればこその気の緩みでしょうがね?」


 その自己肯定感がどこから湧いて出るのかは知らないが、そのおかげで知らない道を案内して貰えるのは確かだ。

 ヤガラの自慢は続く。


「逃走ルートが不明だと聞いたとき、真っ先に気付きましたとも。ここを使ったのではと。犯人が使ったのか元平民書官が使ったのかは知りませんが、聞くところによると世渡りの上手い男だったのでしょう? 身内に王宮の人間もいた筈です。わたしと同じようにどこかで話を聞いていたのかも知れません。ああ、わたしが現場に来ていなければのスクーディア嬢でさえ気付けなかったであろう真相を見抜く我が慧眼と明晰な頭脳が恐ろしい!! ……ちょっと酔っ払い、黙りこくるな。何か言いなさい」

「何か。ひっく」

「面倒臭くなっていい加減に返すな! 地べたに額を擦り付けて感謝するところでしょうが!」


 いい年こいてかまってちゃんなヤガラは鬱陶しいことこの上ないが、ここで酔わせると後が面倒なのでロックは自分に酒を与えることにした。


 ヤガラは気付いていないようだが、もし襲撃者側がこの通路を知っていた場合はかなりまずいことになる。この通路は国営の重要施設に繋がっているらしいので、王都のあらゆる要所に奇襲が可能である。

 戦う者とそうでない者の差は、現場を見ていたとしても埋められないものらしい。


「うん? なんだこのキツイ臭い」


 少し進むと、異様な臭いに気付く。

 ヤガラも気付いたのか、呟く。


「香水ですね。原液をぶちまけたくらい濃いですよ」


 素早くハンカチで鼻元を覆うヤガラだが、ロックはこれが香水の匂いとは気付かなかった。そもそも香水などつけて仕事をしてはオークに存在を悟られるので気付かずとも当然だ。

 戦わない者は戦わない者なりに分かることもあるらしい。


 二人は注意深く周囲を観察する。

 隠し通路には備蓄を置く倉庫のような場所もいくつかあるらしく、ヤガラもそれほど通路の構造に詳しい訳ではないために慎重に動く。


 倉庫の中に入ると、香水に加えて微かな異臭がした。

 獣臭とでも言うべき臭いだ。

 ヤガラは何か身の危険を感じたのか怖じ気づき、ロックがショートソードを抜いて部屋を検める。


 果たして、その部屋の隅にこっそり隠れるように、いかにも書官という格好をした青年が倒れていた。


 生きているが、意識がないのか反応はなく、血色が悪い。負傷もしているようだ。恐らくこの青年が件のヒュベリオだろう。彼の周囲を見るとこの倉庫の食料を失敬して食いつないでいた様子が覗えるが、事件以来ずっとここに潜伏していたのだろうか。


 聞きたいことは多くあるが、ともかく彼を死なせる訳にはいかない。

 ロックは彼を担ぐと、年齢のせいで弱った腰を酷使しながらヤガラに「今すぐ地上に出るから一番近い道」と告げた。


 ヤガラは一瞬優位な立場を悟って煽ろうとしたが、どっちにしろ隠し扉のブロックを自力で押し込めない自分では自力でここから脱出出来ないことを悟ったのか急に大人しく言うことを聞いた。

 本当に優秀なのだろうか、この男。


 ――二人は気付かなかった。


 ヒュベリオを担ぎ出す際に、通路にいた別の何かに捕捉されていたことを。

 これがもっと氣に精通した者であったならば結果は変わったかも知れないが、或いは気付かなかったからこその幸運であったのかも知れない。


 二人は何も気付かずにヒュベリオを連れて地上に脱出した。




 ◆ ◇




 そこは、王都の外れに存在する馬車の中継地。

 ちょっとした宿泊施設や店も存在し、長旅の人や馬にしばしの休息を与える中継地の、その喫茶店の中。今、そこに異質な存在が鎮座していた。


 推定身長二メートル以上、筋骨隆々の肉体を薄紅色の女性用衣服で彩った、ケバい女化粧の男。どこからどう見ても男。余りにもアンバランスというか、似合わないというか、率直に言って化物と言ってしまいそうなえげつない異物感を纏うその男性に対面して座るのは、可憐な少女だった。


 橙色の髪をふわりと纏めておさげにした華奢な少女は物憂げにほう、とため息をつきながら、男を上目遣いにみつめる。


「浮気性に効く治療法ってありませんかねぇ」

「あったら世界平和賞貰えるんだけど、こればっかりは性根の問題だしねぇ。へきの矯正ってほぼ無理だもの。アタシが身体は男なのに心が乙女なのとおんなじなの」

「そうですか……そこは分かりませんがとりあえずそうですか……」


 少女の名はリーカ・クレンスカヤ。

 海外では『千刃華スライサー』の異名を持ち、足の速さならば世界最速とも謳われる七星ドゥーベランク冒険者である。


 そしてもう一人は肉体は男だが心は乙女という業を背負ってこの世に降り立った堕天使(自称)ジュドー。彼女――ジュドーの名誉の為にあえて彼女と断言する――は王国でも腕利きの治癒師であり、ただ治癒するだけでなく多方面での医療知識を学ぶ医者でもある。


 ちなみに二人の近くには嘗て大陸で勇者と呼ばれ、その重責(?)から逃げ出した希代の女誑しクロスベルと、彼の落ち込む様を面白がる騎士ベビオンの姿もある。


 この余りにも異質な人間が集合したのは単なる偶然であった。


 ジュドーとベビオンはこの日、八年前のギャラクシャス川豪雨災害で喪った人々の追悼の為に慰霊碑に赴き、その帰りの途中で偶然乗り物酔いでダウンしているクロスベルとそれを看病するリーカに出会ったのである。


 クロスベルは数ヶ月前に結婚詐欺などの事件で騎士団に逮捕されるも、莫大な示談金と殆ど強制労働と言って差し支えない奉仕活動によって牢屋行きを辛うじて免れ、本日解放されたらしい。リーカはその知らせを受け、わざわざ冒険者を休業して王国まで迎えに来たらしい。

 彼の顔が余りにも騎士ヴァルナと似ていることにベビオンは「本当に本人じゃない!?」と何度も確認していたが、今は彼に優しくしている。


「気持ちは分かるよ? 世の中は誘惑がいっぱいだ。でも相手に対して誠実じゃなくちゃ、半端な言葉だと相手は余計に不幸になるだろ?」

「うっ、うっ、みんな俺の意志ガン無視だから仕方ないじゃんよぉ……」


 まるでやけ酒の末に泣いているかのようにしくしくと机を濡らすクロスベルだが、飲んでいるのは酔い止めがてら渡されたただの水である。ベビオンはそんな彼の肩をさすって励ますが、そこに善意はなくあるのは「あのヴァルナ先輩がクソダメゴミ人間になったみたいでおもしろっ」という変な優越感を得て楽しくなってきているようだ。


「と、あんな感じで不可抗力だって言ってイマイチ反省しきれてないんです」

「浮気男なんて大体そんなもんよ。ある程度は相手の気持ちを察するけど、一定のラインを越えた途端に急に自分の判断に盲目になっちゃうのよ」


 普通ならそんな駄目男は捨ててしまえば良いと言ってしまうのが人情だが、ジュドーはそうは思わない。


「そんな駄目な子ほど、自分が付いていてあげないと心配なのね」

「……はい。私の頼りない勇者様です」

「なら、くれぐれも変に甘やかさず、でも彼の気持ちをしっかり考えてあげるのよ?」


 照れ笑いしながら頷くリーカに、ジュドーはウィンクする。

 ……筋骨隆々の漢女のウィンクなので可愛らしさは皆無で、むしろいろんな意味で殺傷力があるが、少なくともリーカにとってはちゃんと心にも響いたようである。何故か吐血しそうな「ごぶっ」という咳き込みをしたし、店がギイギイと謎の軋みを上げたが。


 と――遠くから王国音楽騎士団のかき鳴らす甲高い歓迎の音楽が響いた。

 続いてパン、パン、と破裂音。

 ジュドーとベビオンはその音に心当たりがあった。


「あら、もうこんな時間なのぉ? 歓迎式典の始まりの花火の音よね? 演奏もこんな所まで響いてくるのねぇ」

「サミット参加者が王都正門に到着したみたいだな。同僚達は今頃隊列組んで並んでるのかぁ~……なんかずる休みしてる気分になってきたな」


 ダメ元で提出した有給申請が通ったために隊列から抜けることとなったベビオンは、同期のキャリバンやカルメ、先輩に後輩たちのことを思い出して妙な罪悪感を覚える。もちろん彼が気に病む必要など一切ないのだが、社会人歴の短いベビオンはそうした責任感を自分が覚えるのが意外だった。

 きっと忙しすぎてこのような機会が訪れなかったせいだろう。仲間と一緒にヴァルナをワーカーホリックだと笑っていたが、自分もそれほど大差ないのかもしれないとベビオンは自戒した。


 ジュドーは身をくねらせて残念がる。


「あ~あ、私も式典に興味あったのになぁ~。各国首脳陣に護衛たち、それに王国騎士団の勇姿も見たかったのにぃん! せめてサミットが明日だったらなぁ……診療所の仕事の兼ね合いで午後までは空けられないから仕方ないとはいえ残念……」


 当然、彼女の身のくねらせは目撃者たち――ベビオンは慣れてるのかノーリアクションだが――の精神に多大なダメージを蓄積させていくし店内の何の変哲もない食器がガタガタと震えたが、リーカは少しは慣れてきたのか苦笑いする。


「そんな忙しい中でも行きたいくらい追悼が大切だったんですね」

「当然よ! ま、それはそれとしてベビオンくんの伝手を使えば豚狩り騎士団の勇姿くらいは見られるかしら? お嬢とアマルちゃんも女を磨いてるといいけど……」

「お嬢って誰です?」

「んー、『若獅子レオプライド』って言えばわかるかしら?」

「あぁ! シアちゃんがカワイガリしてたあの!」


 人間関係とは妙なところで繋がるものだとリーカは不思議な縁を感じたのであった。


 ――そんな束の間の平和を謳歌していた彼女たちの元に一人の酔っぱらいと一人の貴族とが衰弱しきった若い男を連れて訪れるのは、そう遠くない未来の話である。

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