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最強剣士、最底辺騎士団で奮戦中 ~オークを地の果てまで追い詰めて絶対に始末するだけの簡単?なお仕事です~  作者: 空戦型
最終章 ラストミッション

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457.基礎体力は大事です

 騎士ロックは休日も相変わらず酒を呷りながらふらふらとある場所へ向かっていた。しかし、目的地についたロックは「おろ?」と意外な顔をする。

 そこには騎士団一の嫌われ者、ヤガラが何をするでもなく壁にもたれかかっていたのだ。目を閉じて腕を組んだままのヤガラは、不意にその細い目を開くと横目でロックを見やる。


「どれだけ下品な酒を飲まされて利用されてきたと思っているのですか? お見通しですよ」

「おやおや、これはこれは。流石は記録官殿、キレものだぁ。オジサン最近はすっかりおしっこのキレが悪くなって残尿感に……」

「御託は結構。とっとと行って終わらせますよ」


 ヤガラは壁から背を離し、歩き出す。

 ロックもそれに続く。


「どこに行って何をするのですかな、記録官殿?」

「すっとぼけても無駄です。この高貴な私を利用して王立記録書庫襲撃事件の現場資料を漁りたいのでしょう? 騎士ヴァルナと交友があり行方不明になったちんけな三等書官のね」

「あれま、お見通しか」


 意外そうな顔をするロックだが、全て分かっていて自ら手伝うのも意外だった。それだけ彼もこの問題を重要視しているのか、それとも愛しのフィーレス先生に良いところを見せたいのかは定かではない。

 尤も、また酒に酔わされて記憶が飛ぶのが単純に嫌なだけかもしれないが。


 つかつかと規則正しい足音と、どこかふらつく不規則な足音が絶妙な不協和音を奏でる中、二人は互いに顔も合わせず会話する。


「よく聞きなさい、酔っ払い。議会に犯人がいるとすれば、下手人は聖靴と関わりがあると考えるのは自然なこと。この手の事件で聖盾は他派閥に一切温情をかけません。現状聖靴派閥が最も疑われている」

「騎士団の中で最も容易に王立記録書庫の構造を知れるのは、王都を中心に活動する騎士団だけ。ヤメ騎士して私兵やってるような連中は大体が聖靴OB。そして襲撃されたのが元は騎士の訓練も受けていた男ということは、下手人がそこらのチンピラというのは考えづらい。下手すりゃ現職で関わってる騎士かもしれない」

「疑い出すとキリがない。結局の所、聖靴は聖靴が関わっていない証拠が欲しいんですよ。これは私の個人的な印象ですが、聖靴のトップたちもこの件にはとんと心当たりがないようで「これもルガーの策略か」などと戦々恐々のようです」

「そりゃないねぇ。あのジジイはスレスレのスリルが楽しいんだ。犯罪ってのはやるのは簡単だからやりがいがないんだと」

「相も変わらず理解に苦しみますね、貴方方のお山の大将は」


 侮蔑の籠った声で吐き捨てたヤガラは、不意に事務的な声になる。


「ところでここいらでハッキリさせておきたいのですが……貴方、件のひげジジイに直接命令を受けてこそこそ動いていますね?」

「こぉんな酔っ払いがぁ? 千鳥足ステップ踏み放題なのにぃ?」

「転んでないでしょうが。流石に一年もいれば分かります。内容は主に正義感の強すぎる騎士ヴァルナのカバーで、時折他の細かな命令でこの私に探りを入れていたでしょう。大した男ですよ、スパイの才能が大いにおありだ」

「なぁんのことかねぇ~? オジサンすっかり耳が遠くなって聞こえなかったなぁ?」

「ま、酔っ払いの戯れ言などいいえもはいも信憑性などありませんがねぇ。いいでしょう、そういうことにしておきます」


 確信を持った物言いに、ロックは何も言い返さずまた美味そうに酒を呷った。


 なんにせよ、これから二人のやることに代わりなどないのだから。




 ◇ ◆




 ロックとヤガラは現場の書類を次々に読み解く。


 襲撃者の犯行は実に鮮やかだった。

 見張りのいないタイミングに侵入し、目的地に一直線。

 恐らくここでヒュベリオと交戦したと思われる。

 激しく暴れたのか本が現場に散乱していたらしい。


 戦いの結果は不明だが、少なくとも現場に残されていた暴徒鎮圧用の警棒に付着していたのは人間の血液で間違いない。流石に誰の血かなんてことまでは不明だが、問題はこれがどうやってひしゃげたのかだ。

 曲がりなりにも暴徒鎮圧用だけあって、この警棒はちょっとやそっとでは曲げることも出来ない頑丈さを誇る。それをひしゃげさせるには常軌を逸したパワーが必要な筈だ。


「プロの戦士ならこんなひしゃげ方をする戦闘はしない。無駄だらけだもん。ボスオークに棍棒で殴られでもしないとこうはならないねぃ」

「本当に貴方方豚狩りはあのアオブタの話がお好きですね」


 これだけで犯人が朧気ながら輪郭を帯びてくるが、話を戻す。


 その後、ヒュベリオか犯人かは不明だが少なくともどちらか――或いは両方――は窓を突き破って逃走して行方をくらます。

 もしかすればヒュベリオが拉致されたという可能性もあるし、うっかり相手を殺してしまったヒュベリオがパニックになって死体を抱えて逃げたということもあるかもしれない。が、ここは順当にヒュベリオが負けた、ないし旗色の悪さから逃走したとみるべきだろう。ヴァルナから聞いた性格では最後まで戦うなんて騎士道精神溢れた人間とは思えない。


 となれば必然、問題はどこに逃げたのかということ。

 そして、逃走経路だ。


「屋根の上と床の下、どっちがいいかなぁ~?」


 絢爛武闘大会に乱入した犯人は、屋根の上と地下水道を複合的に使用していた。だが、あのときの調査資料は王国にも渡っている筈だ。当然、聖盾騎士団は調べただろう。

 と、ヤガラが小馬鹿にするように鼻を鳴らした。


「フン。内通者がいるならもっと都合のよろしい道がありますよ? 書庫の警備は衛兵の仕事です。鼻薬を嗅がせればなんとでもなります」

「サミットが近いこの時期にかい? それも聖盾騎士団は探っただろうに、めぼしい成果はなかったんだろ?」

「……」


 ヤガラは押し黙る。

 しかし、反論できないというよりは、何かを思い出してる顔だった。

 ふと捜査資料を纏めた場所の近くを見ると、なにやら書庫内の資料らしきものが積み重なっている。気になって聖盾騎士団員に聞いてみると、意外な返事が返ってきた。


「あれは我らが『無傷の聖盾』セドナ殿が現場から持ち出した資料です。あれを見た後に現場を見て、去って行きました」

「ふーん。見てみよっと」


 ロックは殆ど面識がないが、ヴァルナが優秀だと断言するくらいだから優秀な人間には違いない。何かに気付いたのかもしれない。


 資料には賭博街ルルズと『コロセウム・クルーズ』を股にかけて大暴れした正体不明の犯人の情報を纏めたものだった。彼女はこの資料を見て、襲撃犯とこの犯人を重ねたのだろうか――そう考えたロックは眉を潜める。


「あれ? ねぇ、この事件の関連資料ってここにある分だけ?」

「はぁ、そうですが……」

「フーン」


 資料が足りない、と、ロックは思った。

 大きく欠けている訳でもページを抜き取った訳でもない筈なのに、資料にはいくつかの部分――主に事件の犯人に関する情報が欠落している部分があった。会議に参加していた一人のロザリンドが非常に詳細に内容を報告していたので覚えている。


 そのうちの一つは、確か『エボローズの花蜜』というとてつもなく臭い蜜を浴びた男が書いたので書類そのものが臭く、処分されたと聞いている。しかし、抜けている部分は明らかにそれ以上に存在する。


(……セドナちゃんとやらがわざわざこれを集めて読んで気付かなかったってことは多分ない。なら、この線は彼女に任せれば良いかな)


 一応記憶に留め、ロックはヤガラを振り返る。


「で、何考え込んでんのかな、記録官殿は?」

「……ここでは場所が悪い」


 部屋の端に控えている聖盾騎士に聞こえないほど小さな声だった。

 ヤガラは普段通りの傲慢な態度に戻るとロックを手招きする。


「もう結構でしょう? 聖盾はその道のプロですし、あなたの如き酔っ払いに大切な資料の上で吐瀉されても迷惑です。とっとと帰りますよ」

「ハイハイ。じゃ、帰りにバーにでも寄って帰りますかねぃ」

「真っ昼間ですが???」

「だからなにか???」


 二人は不審がられないようその場を後にし、ヤガラ先導で中庭に出る。

 ちょうど窓を突き破った人物が着地したであろう場所は、既に調べ尽くしたとばかりに誰もいない。ヤガラはちらちらと誰も見ていないかを確認すると、中庭の隅にある道具入れのスペースに入る。周囲からすると丁度死角に入る場所だが、それは中庭の景観を保つためであって逃走経路として使えるものではない行き止まりのスペースだ。


 ヤガラは「緊急事態故に見せますが、終わったら酒を飲んで忘れるように」と念押しすると、壁のブロックを数え出した。そのカウントはある一点で止まり、ヤガラはある一点のブロックを押し始めた。


 ごり、と、ブロックが奥に押し込まれる。

 しっかり作られている筈の壁に施工不良があるとは思えないため、そういうことかとロックは納得する。


「ここに、ですねっ。ふぬぅ……こう、押すと! ひぃ、ふぅぅ、ぬぅぅぅ……あら不思議、通路が、通路がぁぁ……」


 顔を真っ赤にしてブロックを押しているヤガラだが、ブロックはほんの少しずつゴリ、ゴリ、と押し込まれてはいるのに不思議な通路が出てくる気配がない。仕方ないのでロックが剣の鞘でぐっと押して見ると、一気にガコン! とブロックが押し込まれ、ゆっくりと壁が開いて隠し通路が姿を現した。


 それはそれで驚きだったのだが、とロックは哀れみの目でヤガラを見る。


「おたく、もうちょい筋トレとかしたら? いやオジサンの言えた義理じゃないけど……ねぇ?」

「ぜえっ、ぜぇっ、はぁっ、うるさっ、ひぃぃ……!!」


 膝に手をついて肩で息をするヤガラは、今の行為だけで疲労から腕がぷるぷる震えている。酔っ払いが押しただけで解放出来る隠し扉のブロックを押し込むだけで疲労困憊のヤガラの余りの貧弱さに、流石のロックも呆れる他なかった。

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