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最強剣士、最底辺騎士団で奮戦中 ~オークを地の果てまで追い詰めて絶対に始末するだけの簡単?なお仕事です~  作者: 空戦型
最終章 ラストミッション

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456.頼もしい後輩です

 休暇休みに、俺は王都から少し離れた場所にある王国騎士団大規模演習場に来ていた。


 ここは基本的に特殊戦術騎士団や聖靴騎士団のナワバリのようなもので、王立外来危険種対策騎士団が使おうとしてもろくすっぽ許可の下りない場所だ。

 狭いエリアに山や林、川など複数のシチュエーションが用意された平野であり、何を訓練するにも現地に近い環境で行うことが出来る。


 俺がそんな場所に来たのは休みを返上して訓練に来たという訳ではない。

 世界サミットに際して他の騎士団が忙しくなった隙に演習場の使用許可をもぎ取った抜け目のない後輩の様子を見るためだ。


 その後輩――騎士団一の射手であるカルメは、普段の自信なさげなほわほわした顔からは想像もつかない、冷淡なまでに静かな目で、遠い的をみつめていた。


 彼が手にしているのは、彼の背丈を考えても持つのがやっとではないかと思える大きな弓『チャンドラダヌス』。

 竜の骨という世界最高級の素材で出来たそれは、王都一の鍛冶屋ゲノン翁の孫娘であるタタラちゃんがこしらえた初の本格武器だ。

 俺が海外に行っている間に完成し、弓使いとしてカルメに託されていたらしい。


 カルメは足幅を開くと丹田に力を込め、全身に氣を纏う。

 そして矢を番えてゆっくりと引く。

 竜の骨がぎしりとしなり、弦が張り詰める。


「ふっ――!!」


 次の瞬間、ボッ、と、剛弓より放たれた一矢が大気を穿った。

 後ろに控えている俺にも風が届く程の衝撃だった。

 矢はあっという間に青空の彼方に飛んで見えなくなり――遙か彼方に辛うじて見える的の旗を粉微塵に打ち砕いた。跳ね上げられてくるくると宙を舞う旗の軸に布が欠片も残されていないのが威力の壮絶さを語っていた。


 カルメはふぅ、と息を吐き、双眼鏡で着弾地点を観測する。


「よーしよしよし、やっとイメージとの誤差がなくなってきた!」

(……相変わらずカルメはこの分野だけは人間辞めてんな)


 世界中探してもあんな遠くの的を弓矢で穿てるのは彼だけではなかろうかと思える絶技に、俺は見惚れた。


 以前に絢爛武闘大会の小大会で二〇〇メートル先の的の真芯を三連続で撃ち抜くなどという芸当をしたり、アルキオニデス島では弓で一度に複数の矢を放って空中のブーメランを複数叩き落とすなどの絶技をかましていたカルメ。


 しかし、今回の的はなんとキロ単位で離れていた。

 氣の力が加わり、更にドラゴンウェポンという最強の武器が加わったカルメは最早最強の長距離精密射撃砲である。俺の他に複数いた見物人が歓声を上げるが、カルメはそれに笑顔で手を振って返すと続く二射目に移り、またもや正確無比に的を貫いた。


 アガり性も完全に克服し、すっかり俺が世話を焼く必要もなくなったカルメは無事に全ての的を粉砕し、近くの台にそっと弓を置く。すると近くで待機していたタタラと、いつの間にか杖をつきはじめたゲノン翁と弟子数名が弓に近づく。


「どう、おじいちゃん!! バッチリでしょ!!」

「……ああ、悪かねぇ。こんだけ仕上げられれば上出来だぞ、タタラ」


 ゲノン翁に頭を撫でてもらい、タタラはご満悦の様子だ。弓の具合を確かめるために来ていたようだが、彼女も職人としての第一歩を踏み出したらしい。心なしか後ろの弟子達も鼻高らかな顔をしているのは、ドラゴンボーンという初使用の素材の加工に一役買っていたからだろう。

 悪戯心が芽生えてゲノン翁を揶揄う。


「弟子も剣士も一切褒めないことで有名なじいさんも孫娘は可愛いと見えるな」

「うるせぇ。そういうテメェはきちんと剣の手入れしてんだろうな?」

「ほれこの通り」


 翁から託されたミスリル製の二本の剣を見せてやると、ゲノン翁は一瞥するや興味を失ったように視線を逸らす。


「可愛げのねえガキだったよ、お前は」

「なんだよ、おれガキ扱い卒業か?」

「証書はやらねえがな」

「……ありがとよ。それとこれからもよろしくな」

「かぁーッ、引退したジジイをまだこき使う気か!」


 ゲノン翁も次代の風というものを本人なりに感じているのかもしれない。俺と翁はにやっと笑うが、その空気を読めなかったタタラは「翁にナマイキな口をきくでないわ~!」とか叫んでいた。

 彼女が大人の職人になるにはまだ時間が必要らしい。


 と、俺の背をカルメがつんつんつつく。

 振り返ってみると、カルメはおずおずしながらも何かが欲しいかのように上目遣いでこちらを見てくる。出張前より少しだけ逞しい体つきになったカルメだが、それでもスポーティ寄りになった女子くらいのものなので相変わらず女に見える。


「あの……あのぅ……」

「あー、成長したなカルメ。偉いぞ」


 そう言って頭を撫でてやると、カルメはその手を取って自分の頬を寄せ、嬉しそうに「頑張りましたもん」とはにかんだ。男らしくしたいと思っている筈なのにらしさの欠片もない。マジそういうとこだぞカルメ。


 カルメも騎士として極まってきたが、他の新人たちも成長著しい。


「にゃー!!」

「本当に動きが読みづらいですわっ!!」


 にゃーにゃー叫びながらしなやかな肉食獣のように跳ね回るアマルと、その読みづらい動きに文句を言いながらしっかり迎撃するロザリンド。


 ロザリンドは相変わらず堅実に成長しているが、どうやらアマルは俺のいない間に一皮むけて内に秘めた獣性を目覚めさせたようだ。目覚めすぎて何故か言語能力が低下しているのが気になるところだが、槍相手でも前のようにあっさり負けずに粘れるようになってきたそうだ。


 ただ、そんな彼女たちより更に成長が著しい存在が居る。


「みゅーんみゅんみゅん、みゅみゅんみゅーん♪」

「くるるっくるるっくっくっく~♪」

「ぴろろろろろろ、ぴろぴっぴ~♪」


 訓練場の端で楽しそうに歌う人外娘三人衆。

 ヴィーラのみゅんみゅん、ナーガのくるるん、ハルピーのぴろろだ。

 訓練に疲れ切った騎士たちは可愛い×三のトリオ合唱で効果三倍になった彼女たちに存分に癒やされているようだ。


 暫く見ない間に身体が成長した三人だが、特にみゅんみゅんは以前より更に成長し、段々出るところが出て大人っぽくなり始めている。それでもまだブッセくんに漸く追いついてきた程度の大きさだが、彼女はとうとう魔力の高まりによって自分の周囲を魔法で作り出した水球で覆って地上を移動出来るようになっていた。


 これにはくるるんとぴろろが色々教え込んだらしい。

 おかげで最近堂々と後ろをついてくるとは、彼女たちを保護者のような目つきで見守るキャリバンの言だ。


「くるるんも最近可愛くなってきて、俺の後ろをついてくるんすよ。前は自分のナワバリに籠ってあんまり動かなかったのに。ぴろろ曰く、みゅんみゅんもぴろろも俺についていくから寂しいらしいっす」

「そういやナーガ連中は今はどうなんだ?」

「交流は順調です。建築長のドゥジャイナさんも来てますよ?」

「もう!? いや、確かにあれから数ヶ月だし変じゃないかもしれんが、よりにもよってドゥジャイナさんかよ……」


 ナーガの社会システムの頂点を務める三人の長の一人、建築長ドゥジャイナはいわゆる天才肌の女性ナーガで、国王も唸らせた技術力や文化性と、それに反比例する子供みたいにこらえ性のない性格が印象深い。

 ナーガの三権の長がもう来ていることに驚きはしたが、よくよく考えれば変でもない。


「知的好奇心を抑えきれなくなってワガママ言ったんだな、きっと」

「ご明察っす。ただ、研究院で研究中の人工ゴーレムをいたく気に入ったらしくて今はそこの部署とすっかり仲良しっすね」


 トラブルになっていないのは結構なことだ。

 ただ、彼女が暴走しないためにも念をおしてピオニーが側に控えているそうだ。騎士団内でも十指に入る実力者であるピオニーなら彼女の暴走も止められそうだが、逆にピオニーは過去の様々なトラウマでメンタルグズグズなのが気がかりではある。

 あいつ特に女性はダメだった筈だけど、ナーガの女性はセーフなんだろうか。

 今のところ問題がないのなら、なんか上手いこと噛み合っているのだろう。


「ところでベビオンが見当たらないんだが、あいつなにしてんだ? 休暇か?」


 カルメとキャリバンは、同期であるベビオンとよく一緒に居る。

 ノノカさんの自称第一助手を名乗り子供に見境なく優しくてちょっと気持ち悪いと評判だ。

 キャリバンは「恒例のやつですよ」と説明する。


「有給とって墓参りっす」

「そっか、激甚災害の……てことは、今日で八年目か」


 八年前のギャラクシャス川豪雨災害の折にベビオンは当時の親友を亡くしてしまったらしい。以来、命日には必ず有給を取って墓参りに行くそうだ。それがどういう拗らせ方をして偏愛的な子供好きになってしまったのか分からないが、あいつはあいつなりに重たいものを背負って騎士をやっているのだ。


 ふと上を見上げると、聖天騎士団のワイバーン部隊が編隊飛行していた。

 連中も訓練許可を取っていたのか、と思う。

 カルメが感心したようにほえー、と間抜けな声をだす。


「訓練場とはいえ王都にほど近い場所で飛ばすんだ」

「世界サミットの歓迎セレモニーの練習だろうな……おっ、ネメシアとミラマールいる」

「マジっすか。あーほんとだ」


 あの銀髪とワイバーンの体つきは間違いではないだろう。

 騎士団一視力の良いカルメも目を細めて頷く。


「サミットの歓迎部隊に抜擢されるなんて、ネメシアさんも出世してますね……」


 一糸乱れぬ見事な陣形で長い旗をはためかせながら飛行するワイバーンの姿は実に美しく見応えがある。テイムドワイバーンを有する国家は世界的に見ても少数な為、さぞ各国首脳陣を感心させることだろう。


 ちなみに俺たちは平然とネメシアがいると気付けるが、これは任務の性質上遠くを観察する場面が多いからであって常人には殆ど見分けがつかない。更に言うとカルメの視力は騎士団どころか王国トップレベルにいい。


 後でネメシアにもねぎらいの言葉と差し入れのドーナツでも持っていってあげようと決める。ついでに俺も久々にドーナツが食べたい気分だし。

 また「いきなりアポなしで押しかけてくるなんて平民ってものは常識がないのかしら!? すごく嬉しいからお茶で歓迎はするけども!!」とかツン素直なこと言ってくる気もするけど、それも彼女のチャーミングなところだ。


 考え事をしていると、ローニー副団長が周囲に声かけをする。


「さあ、そろそろ引き上げますよ! サミットに参加する各国首脳陣のお出迎えには我々外対騎士団も参加するんですから!」

「えー、気が早いですよ班長~。あと四時間もあるじゃないですか~」

「えーじゃない、四時間しかないの!」


 不平を口にする女性騎士を叱るローニー班長。

 ちなみに俺はというと一応王国筆頭騎士なので別の場所に行かされそうになったが、ここはあくまで外対騎士団所属騎士として仲間と一緒に並ばせて欲しいと少しゴネたのでみんなと一緒だ。

 尤も、外対騎士団だけ相変わらず雑に扱われているのか警備当日の休暇申請をしたら普通に許可が下りたベビオンみたいに他の騎士団だと絶対無理なことも起きている。ついでに首脳陣のお迎えに割り振られたスペースが絶妙に狭いので数十人ほど休暇で削るなどという訳の分からん事態も起きている。


 見れば王都の周囲は今回のサミットの為だけに道が大通り以外全て閉鎖され、普段の開かれた王都と違って少々物々しい雰囲気になっている。外対は聖天騎士団とともに外の警備に当たり、他の全ての騎士団は王宮や都内を厳重に警護する。各国首脳陣が集まるのだから当然であり、更に言えば国内の不穏分子がこのタイミングで事を起こす可能性を憂慮しているのか騎士の動員数が過去最多を記録している。


 なのに外対の扱いが雑なのは、もしかしたら不穏分子を捕えて手柄を立てるのは外対であってはならないという固い意志の表れなのかもしれない。


「こんな時まで足の引っ張り合い、か……」


 仕事熱心なのは結構なことだが、そうして縄張り争いをして王都内の兵力が減ったら有事の際に一番損をするのは国民である。不穏分子がこのタイミングで馬鹿をやらかすほど無謀とは思えないが、なんとなく釈然としない。


 一人では乗り越えられないことがあるから人は集団を形成して、理念と秩序を束ねて社会や組織というシステムを構築した。所属するのはみな分別を弁え、学問を修めた優秀な大人ばかりだ。

 なのに、いざというときになってみれば理念そっちのけというのは如何なものだろうか。この国の平和ぼけも案外洒落にならない所まで来ているのかも知れない、と、俺はひとりごちた。

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