453.邪悪を滅する純真さです
騎士団工作班に所属する騎士、ケベスとネージュ。
二人の仲がいい(と言うとネージュは否定するが)ことは周知の事実だ。
二人は王都の同じ孤児院で育った幼なじみであり、同じ学校に進学して同じ騎士団の同じ所属になった。これをケベスは運命と呼び、ネージュは腐れ縁と吐き捨てる。そしてケベスは昔からネージュ一筋であり、ネージュはそんなケベスを遇いつつも別の誰かと交際しようとはしない。
緊急事態になれば抜群のコンビネーションを見せるのも相まって、ネージュはよく料理班や同僚から「もうさっさとくっつけばいいのに」と揶揄われては心底うんざりしたため息をつく。
「ネージュ! 俺と結婚してくれ!」
「はいはい、勝手に言ってなさい」
「ネージュ……結婚してくれないと俺……グハッ!」
「はいはい、血痕死体ね。そのためだけに山で赤い木の実を手に入れて丹念に血糊をこしらえたその根性には敬意を表すから暫く死んでてね」
「ネージュ!」
「なに?」
「三段オチにしようとしたのに三つ目思いつかない!」
「意識オとしてあげようか?」
ケベスはよくおどけて馬鹿なことを言うが健気でタフな男で、いつも明るい性格から騎士団女性陣の中では意外と評価が高い。そんな彼のネージュへの一途さは、ある事件で騎士団内全体に知れ渡った。
――数年前のその日、騎士団は偶然にも特権階級身分の令嬢を保護する事件が起きた。
事件の場所はその令嬢の親の別荘地で、不運にもはぐれオークがそこに侵入したことで事件が発生。偶然にも近くで任務をしていた外対騎士団に声がかかり、ケベスとネージュがこれを討伐した。
単に討伐したなら普通のことだが、このときは状況が問題だった。
はぐれオークは別荘から逃げようとしていた令嬢――ユノはこのとき、不運にも逃げ道側からやってきたオークと鉢合わせて震えていた。人生で初めて目撃する異形の怪物を前に彼女は死を覚悟して震えたことだろう。
しかし、そんなユノの前に颯爽と現れ、オークの振りかぶった拳をその身で受け止めたのがケベスである。
『……ッ!! お嬢さんはやらせねえぜ!!』
このときケベスははぐれとは言えオークの拳をまともに生身で受けていた。両手を交錯させて籠手越しのガードだったとはいえ、その時点で骨折か脱臼を起こしていてもおかしくない衝撃だ。
だが、ケベスは耐えた。
この男、実は打たれ強さとタフネスは騎士団でも抜きん出ていた。
普通なら手が痺れて動けないであろう状況で、ケベスは躊躇いなく抜刀してオークの心臓を貫いた。「ブギャッ!!」と、短い悲鳴をあげて崩れ落ちるオークを前に血払いした剣を納刀したケベスは、笑顔で令嬢ユノに手を差し伸べた。
『ご無事ですか、お嬢さん?』
『……!!』
周囲曰く、女が恋に落ちる音がしたそうだ。
どんな音かは分からないが、多分ほわわ~んみたいな音だろう。
それから数日間、彼女を実家に送り届けるまでの間、ユノはそれはもう他のモテない男騎士たちが歯ぎしりするほどケベスに恩返しと称してアプローチを仕掛けた。
ユノは儚げな美しさを持つ少女で、気立ても良く、健気だった。そんな少女が恋する乙女の顔で一途にケベスを想っているのだから、これで恋に落ちない人はいないという程だったという。
『ケベスさま、今晩のケベスさまの料理はわたくしが作ったのです。どうぞお召し上がりください』
『そうなんだ。もぐもぐ……美味い!』
『ケベスさまに喜んでいただけて何よりです。あら、お口元が……お拭きいたします』
料理班の手伝いがあったとはいえ、挑戦したことすらないであろう料理をするユノ。
『ケベスさま、衣服が破れておりましたので、僭越ながら修繕させていただきました』
『マジで!? 助かるなぁ! てか裁縫上手いねユノちゃん!』
『母に教わりましたので。お力になれて何よりです』
ケベスに褒められてほんのり頬を朱に染めつつも控えめに頷くユノ。
『ケベスさま、訓練お疲れ様です。タオルをどうぞ』
『何から何までありがとうね、ユノちゃん』
『いえ、これも恩返しですから』
他の訓練を終えた騎士達をガン無視してケベス一直線のユノ。
周囲は、これはケベスもユノに落ちるだろうと思っていた。
ケベスのネージュ好きだアプローチは成功しているところを見たことがないというレベルだったし、もしユノと良好な関係を築ければ逆玉結婚も夢ではないし、ユノ自身がそれを望んでいるように見えた。
ネージュはユノに甲斐甲斐しく世話されたりいちゃついている様を「勝手にすればいいじゃない」とつっけんどんな態度で無視していた。一部の料理班の乙女は「あれは意地でも意識してると思わせたくないが故の頑なさだ」と分析していた。
しかもユノはそれなりに名のある貴族の家の出身で、もしこれで恋仲になれば親を外対騎士団のスポンサーに引き込めるとかで、ひげジジイことルガー団長も暗にこれを後推しするよう指示を出していた。
そして、彼女の実家に到着したその日、遂にユノは意を決して告白に乗り出した。
『ケベスさま! もし……もしわたしの願いを聞いていただけるなら! わたしの伴侶となって、共に人生を歩んでいただけませんか!』
彼女にとって初恋であり、初めての告白だったのだろう。
精一杯に勇気を振り絞っているのが見て取れたという。
対して、ケベスの返答は欠片の躊躇いもないどストレートなものだった。
『え? ごめん、おれネージュと結婚するって決めてるからそれは無理!』
『……!?』
満面の笑みでの拒否。
凍り付くユノと周囲。
そして、断末魔の悲鳴を上げて天に召されていくルガー団長の生き霊。
沈黙を破ったのは顔を真っ赤にしてケベスの頭をぶん殴ったネージュだった。
『な、な、なに言ってんのよあんたはぁ!? だだ、第一私は一言たりとも一度たりともあんたと結婚するの了承した覚えもないしする気もないし!! そもそもあんた今のこの状況分かってんの!? この数日間、ユノさんがどういう気持ちであんたと接してきたか本当に分かってる!?』
『分かってるけど、でもおれネージュが好きだからさ。今は振り向いて貰えなくても、いつか振り向かせてみせるよ』
『~~~~~~~ッ!?』
料理班の乙女達曰く、あの時ほどネージュが乙女の顔をしているのは見たことがなかったという。
結局、令嬢ユノの初恋は一途すぎるケベスを前に無惨に散り、彼女は一晩失恋の悲しみにむせび泣いたという。ユノの父はこれに激怒するも、娘が平民と勝手に婚姻を結ばなかったという点で責めるに責められず、結果的にお咎めはなかったもののスポンサーの話は一度断たれることになった。
ちなみにネージュにも一つ逸話がある。
彼女は実は特権階級フローコン家の妾の子であり、一度フローコン家から正式に子供として迎え入れる代わりに縁談を呑むよう持ちかけられるという密かな事件があった。密かな、というのは、この話はネージュが一人で片付けてしまったので目撃者が殆どいないのだ。
平民出身のネージュがフローコン家に正式に迎え入れられれば、彼女は立派な特権階級だ。もう危険な仕事をしなくて済むし、縁談の相手も相応に財力のある家の気立ての良い整った顔の男だった。しかし、ネージュはフローコン家の要求を全て突っぱねた。
噂ではこのときもルガーの生き霊は縁談を呑んで貰えれば縁が出来てスポンサーの話も弾むのに狙いが断たれて断末魔の悲鳴をあげながら天に召されたとか。
後に報告を受けたルガーは思わずネージュにこう問いかけた。
『なんでこんな旨い話を蹴ったんだよ、お前さん! 散々ケベスとは付き合わないって言っておいてよぉ!!』
『一度も育ての親の責務を全うしたことない奴に親ヅラされてもあっそうとしか思いませんし……何より、婚約者の男が片手で捻ったら根を上げるような根性無しだったもので』
そのときのネージュは、根性のあるだれかを思い浮かべているような柔らかい笑みを浮かべていたという。
『めんどくさっ、お前らめんどくさっ。とっととケベスとくっつきやがれ』
『は、はぁぁ!? あいつの話なんて一つも出てきてないですけど!? そういう話するから貴方はセクハラエロジジイなんですよ!!』
『誰がエロジジイだ!! 儂が部下共からあることないこと叩かれてるのをいいことに勝手に事実無根のキャラ付けするんじゃねえよッ!!』
と、まぁ。
互いにこんな事件を起こしておいて、それでも関係性は変わらずコンビで動くこの二人を「さっさとくっつけよ」と周囲が思うのは無理らしからぬ話なのである。
「なあネージュ。お前は色々言うけどさ。このまま婚姻も彼氏も断り続けたら最終的には俺しか夫の候補残らないぜ?」
「うっさいわね、余計なお世話よ!! あんただってこのままだと嫁の貰い手皆無でしょうが!! あの時ユノちゃんの話を受けていれば良かったのに、なんで断ってんのよ!!」
「それを言ったらお前だって婚姻受けてれば良かったって話になんね?」
「普段ボケキャラの癖にこんな時だけ正論言ってくるの腹立つ!?」
今日も二人は仲睦まじげである。




