449.何も分っていません
遂に登場、ガーモンとナギの両親編です。
これは、第三回絢爛武闘大会終了からヴァルナ婚約者騒動の間のどこかで起きた話――。
この日、ガーモンのイライラは最高潮に達しつつあった。
普段面倒見が良く温厚な彼をこれほど怒らせるバカはどこの誰か?
そんなものは決まり切っている。
彼が露骨なまでに嫌悪感を露にする相手はこの世に二人しかいない。
彼とナギの両親、フレミング夫妻だ。
「皇国の騎士団に比べると随分古くさいですが、それはそれで趣がありますねぇ、あなた」
「そうだね。しかしこの揺れはどうにかならないものかな。少し埃っぽいし」
部外者であるにも拘わらず騎道車に相乗りしておいて絶妙に空気を読まない傲慢な発言を繰り返す夫妻を案内する役割を賜ったガーモンは、お願いだから二度と口を開かないで欲しいと実の両親を疎む。
(お願いだから抑えてくださいね、先輩)
(分ってますよ、ヴァルナくん)
隣のヴァルナがいなければ何度怒鳴り散らしたか分らない。
それほどに、この両親はガーモンとナギが嫌ったときのままだった。
父、シュラース・フレミング。
母、ピア・フレミング。
ガーモンもナギも、この高級な服を着飾った両親を親と慕い感謝した記憶がない。そんな勝手な二人は今、特権階級にして騎士団のスポンサー候補として騎士団と行動を共にしている。
二人は、とにかく自分の子供に興味のない人間だった。
自分で産んだ子供の顔を数年見なくとも平然としているピアに、その状況に何も思うことのないシュラース。しかも二人の最もたちの悪いところは、そのことにまったく自覚がないことだった。
二人は海外との貿易で財をなした商人であり、今なお現役で商人として活動している。その生活は殆ど海外が主であり、実家には手紙と金しか送っていないような状態だった。そのクセして、手紙ではこちらの様子を見てもいないのにまるで近くで見守っているかのようにつらつら愛の言葉が並べられており、見る度にガーモンは業を煮やしていた。
挙げ句、実際に兄弟の面倒を見ていた祖父母が亡くなってもこの二人はなんと弔辞の手紙を送るだけで墓参りにすら戻ってこない。葬式に間に合わないのはまだ仕方ないとして、これが兄弟が両親を拒絶する決定打になった。
(まったく変わっていない。むしろ直に会ったことで余計に嫌いになりそうだ……)
ガーモンは本音を言えば今すぐこの二人を追い出して、騎士団のスポンサー契約を白紙にしたかった。しかしそれは余りにも個人的な感情であり、後ろ盾が一つでも多く必要な外対騎士団でそのような身勝手は許されない。
ルガー団長に「お願いだから抑えてくれ」と言われたとき、「今ほど団長を憎いと思ったことはない」と返事をしたほどだ。
再会の瞬間を思い出すと今もイライラする。
『ガーモン! 大きくなったなぁ。しかし何故騎士なのだ? しかも平民の寄せ集めの豚狩り騎士団などに……?』
『ただいま、ガーモン! 愛しい私の子! ところでなんでフレミングの性を名乗っていないの? 知っていればすぐにでも騎士団のスポンサーを引き受けたのに、ねぇアナタ?』
『そうだとも、家族だからな!』
ガーモンが騎士になったのはもう何年も前である。
しかも、御前試合に出場する程度には国内で名を上げた。
両親がまともに王国に戻っていれば、或いは王国の親しい者に息子のことを伝えていれば、とっくに気付いている筈の事柄である。そんなこともつい最近まで気付かなかったらしいこの両親に、ガーモンは呆れて物も言えず、率直にそのことを伝えた。
すると、この両親は何を当然のことを聞くのかとばかりにきょとんとした。
『だって、忙しかったからね』
『貿易商は一日でも場を離れれば流れに乗れないもの。でも代わりにたんとお金が手に入ったでしょ? そのおかげでガーモンもナギも立派に育ったわ!』
『このあいだナギに海外の港でばったり再会してな。照れていたのか顔を赤くして大声を出して、すぐ行ってしまったよ』
(絶対に怒ってたろ、それ!!)
しかも、ナギもガーモンも既に独立しているのに、まだ自分たちが世話を焼くべき子供だと思っているのもガーモンは許せなかった。金と手紙を送るだけで世話など焼いたこともないくせに実の親という立場を振り回すこの両親は、息子の仕事ぶりを見たいと無理矢理騎道車にまで乗り込んだ。
特権階級の良くない例、権力の乱用だ。
ガーモンはこんな二人の身内であることが恥ずかしく、騎士団に対して申し訳ない気持ちになった。
フレミング家の家庭の事情を知っているヴァルナが「なんともズレた人達ですね」と身も蓋もない事を言いつつフォローしてくれるのが今のガーモンにとっては救いかもしれない。
ちなみにヴァルナが王国最強、そして世界最強の騎士であることについては「凄い」と褒めはするが、でもヴァルナは平民であるという前提があるためか言い方が「平民にしては凄く頑張ってるから褒めてやる」という上から目線になっているのが腹立たしかった。
別にフレミング夫妻が特別に傲慢かと言われればそうではない。これくらいの態度を取るのは特権階級にとっては普通で、その中ではまだ彼らは寛容な方と言える。だからこそルガー団長も彼らをスポンサーにしようと思ったのだろう。
権力の座に居座って威張っているだけのバカをルガーは絶対に味方に引き入れない。
いざというときに足を引っ張る邪魔な存在だからだ。
フレミング夫妻の無茶ぶりは、辛うじて許容範囲内なのだろう。
恐らくこの夫妻は金だけ出して方針には口を出さないタイプだから。
遠巻きの騎士たちは、そんなフレミング夫妻を邪魔そうに見ている。
「いやーガーモン班長には悪いけどすっげー邪魔だな」
「任務を視察するって、どこまで見て回る気かしら。お願いだからこっちの忠告を無視して設置した罠に引っかかるのは勘弁して欲しいわ……」
「あの二人が個室が良いって騒いだから副団長が自室追い出されたんだよな。唯でさえ部屋数の限られた騎道車なのに……」
「食堂で『シェフの腕はいいけど素材は三流』って言い出したとき、タマエ料理長がブチギレなくて本当に良かったよ……」
ガーモンは俯いて呟く。
「もう何でも良いから早く一日経って帰ってくれないかな、あいつら」
「帰るってどこにですか?」
「どうせいつも海外で活動してるんだから、もう海外が実質ホームでしょ」
投げやりになるガーモンに、ヴァルナは困ったように頬を掻いた。
◆ ◇
ガーモン班長の投げやりな態度に、俺は困った。
率直に言って職場の空気が最悪である。
これほど空気が悪いのは、先輩曰く別の島流し組の騎士が副団長になったとき以来なのだそうだ。
そのときの上司は特権階級の立場と副団長の地位にあぐらを掻いて業務内容をまともに把握せず、自室から一歩も出ずに指示だけしていたらしい。しかしオーク討伐は生き物、刻々と変化する状況に対応するには現場を見る必要がある。
必要があるのだが、本人だけは必要がないと頑なに思い込んで行動を続けた結果、一ヶ月も持たずに騎士達は旧副団長を無視して作戦を遂行するようになったようだ。
もちろん旧副団長は怒り狂ってひげジジイに怒鳴り込み、即座に事実確認が始まる。
そして、旧副団長はほどなくしてクビになった。
まぁ、当たり前である。現場指示以外の部分でも副団長が出張るべきあらゆる場面での職務怠慢が全て白日の下に曝け出されたのだ。他ならぬ自分の訴えがきっかけで。
さて、そのような屑野郎とガーモン班長には、極めて残念なことに一つだけ共通項がある。
(そんな不機嫌丸出しの態度でいたら、周りも仕事しにくいでしょーが……)
旧副団長は利己的な性格が災いして平気で周囲に当たり散らして周りのやる気を削いでいたようだが、ガーモン班長の場合は自覚がない、或いは自覚してても止められないので余計にたちが悪いと俺は思う。
ガーモン班長の家の事情はある程度は知っている。
だが、それはそれ。仕事は仕事だ。
正直、もう少し節度を持った態度を取ってくれると思っていた。
実際、余りの空気の悪さに耐えられず何人かの同僚が「今度飲みに行こう」とか「明日おもいっきり訓練に付き合う」とか「おすすめの本がある」とか、色々とガーモン班長の気をそらすような話をした。
ガーモン班長はそのときは彼らがどういう気持ちで気遣っているのか察したように笑顔で応え、気を落ち着かせた。が、両親が口を開くと即座に苛立ちモードに戻ってしまう。しかも、自分の機嫌が悪いのは両親が悪いと思っている節さえある。
(そりゃ腹が立つことは誰しもあるけどさぁ……実際あの両親も相当な空気の読めなさだけどさぁ……お願いだから気分で仕事しないでくれよ?)
自分の機嫌で仕事をする上司は上司として最悪だ。
機嫌の悪さで判断力を鈍らせ、本来すべきでないイレギュラーな行動を指示する。
ガーモン班長はその辺で公私混同はしないと信じたいが、なにせナギとの和解でも相当苦労させられた御仁だ。更なる確執のあるフレミング夫妻といますぐ関係を改善させる方法も思いつかないし、なによりガーモン班長の側から拒絶しているようにさえ見える。
(胃が痛い……これがローニー副団長の味わう世界か……)
俺の中で、フレミング家は全員面倒臭いという結論が出た瞬間だった。
――その後もフレミング夫妻の奔放かつ迷惑な視察と、ガーモン班長の怒りは続いた。
勝手に他人の部屋に突入。
自分がトイレを使いたいからと使用中の騎士を追い出させる。
ティータイムのために騎道車を停車させる。
浄化場の薬品や設備を勝手に触る。
何かある度に注意するが、その度に「可愛い我が子の職場のことだから調べない訳にはいかない」と正当性を主張し、その度にガーモン班長の額にビキビキと青筋が走る。無論、班長も全力で冷静な口調を維持して注意を促すのだが――。
「やっぱりこんな野蛮な仕事に就いたせいか、少し野蛮な振る舞いが移っているな」
「ガーモン、大丈夫よ。お父さんとお母さんに任せなさい。必ずこの職場を改善してあげるから! やっぱり三時半のティータイムを欠かすのはありえないわよね!」
「だから、ですね……人の話、聞いてました?」
もはやブチギレ寸前の息子をわざと煽っているのではないかと疑いたくなる猛烈なすれ違い。しかも結局最後まで話が噛み合わないまま話を終わらせる自分勝手さ。
立場上激しく口論する訳にはいかないガーモン班長の怒りのボルテージは如何ほどか。きっと今、班長はたった一日の筈の視察が永遠の地獄のように感じている筈だ。なにせ、周囲の俺たちもそうだもん。
本音が伝わらずすれ違い続けるという関係性が過去のどこかの誰かさんを見ているようであって、それもまたガーモン班長的には腹立たしいのかも知れない。
早い話、同族嫌悪である。
なんで直接育てられてもないのに似ちゃったかなぁ、と、俺は頭を抱えた。
どっかの誰かさん……一体何ーモン班長なんだ。




