448.友達じゃいけませんか
コメットさんの短編。
なかなか好きな人なので出番です。
コメットは今、イセガミ商事で働いている。
黒い眼鏡、三つ編みの髪、質素な服――がトレードマークの彼女だったが、今は相応に出来る女風の着飾りをしている。
少し前まで自然保護を目的とした慈善活動団体『ネイチャーデイ』で秘書をしていたコメットは、親友マモリとその母親であるコイヒメのことが気になり、思い切ってネイチャーデイの秘書を辞めたのだ。
代表のミケランジェロにはかなり残念がられたが、元々コメットはチャレンジャー気質なところがあり、転職することに躊躇いはなかった。きっちり引き継ぎと次期秘書の育成は済ませていたのも彼女のそつのない所だ。
そんな彼女は既に王都では『マシンガンセールストークのコメット』、ないし『イセガミ商事の尖兵』として名が知られ始め、海外出張までこなすほどの能力を発揮していた。
今日の彼女はイセガミ商事の直営店の開店セールの手伝いがてらセールスのマシンガンをばら撒いた。結果は上々で、客足も安定しそうだ。
店じまいして休憩室に入ったコメットは、流石に汗をかいたためシャツの上ボタンを外して襟を緩める。蒸れた肌に風が入り、張り詰めていた気が途切れる。
「ふぅ、営業時間が終わる前に在庫がなくなっちゃった。在庫補充は間に合うけど、飛ばしすぎたかな?」
「お疲れ、コメット」
一息つくコメットの汗を拭うハンカチを手渡してくれるのは、マモリだ。
「ありがと。それにしても、マモリのお母さん凄いよね。ちょっと前まで病気で伏せってたのに復活するなりこれだもん。無茶してないか心配になるくらいだよ」
「今は、父上がいるから大丈夫」
「タキジロウさんかぁ……」
死んだと思われていたマモリの父、タキジロウ。
それが実は生きていて、しかもあの騎士ヴァルナに発見されて戻ってきたと聞いたときには流石のコメットも暫く言葉が出なかった。運命の女神の悪戯は人の想像の尺度をあっさり超えてくる。
「お父さんが戻ってきて本当によかったね」
「うん」
本当に嬉しそうに頷くマモリ。
あの復讐に燃える鋭い目つきがなくなったマモリのかわいさには、さしものコメットも衝撃を受けたものだ。しかし、接していればやはり基本的な所は変わっていないように思う。今のマモリはちょっと素直になっただけなのだ。つまり彼女のかわいさを知っていたコメットの大勝利である。
「朝起きるとね、父上と母上に朝の挨拶にいくの。それが嬉しい……でも今はお兄ちゃんに挨拶できないからちょっとだけ寂しいかな」
「長期出張中だもんね、騎士ヴァルナ。いや、今となっては御曹司とか呼ばないといけないのかな?」
「嫌がりそう。使用人の若旦那呼びも未だに慣れてなさそうだし」
「じゃあマモリのお兄ちゃん呼びは?」
「分らないけど、嫌じゃなさそうだからいいと思う」
コメットはマモリにお姉ちゃんと呼ばれるのを想像し、多分ヴァルナも同じ気分を味わっているんだろうなと思うと少し羨ましくなった。
時に、家族を父上、母上呼びしているのに何故ヴァルナは兄上ではないのだろうかと気になって聞いたことがあるのだが、そこはヴァルナの為に王国のスタンダードに合わせてみたらしい。この健気さも可愛らしかった。
と、店の休憩室の扉が開いてコメットの知らない顔が覗いた。
「ごきげんよう、マモリ? 近くを通りかかったらいるって聞いたからご挨拶にきましたわ」
「エリシア!」
部屋に入ってきた如何にも貴族令嬢然とした銀髪の少女に、マモリは驚く。
コメットは面識がないので「いつの間に友達が増えたんだろう」と思っていると、マモリが紹介をしてくれた。
「コメット、こちらはエリシア・レイズ・ヴェン・クリスタリア。前に屋敷に滞在していたネメシアの妹さんなの。エリシア、こちらはコメット。友達なの」
「初めまして、コメット様。マモリからお話は常々御窺っておりますわ」
(わぁ、バリバリの貴族令嬢だ……!!)
カーテシーで丁寧に挨拶するエリシアに、コメットは「自分の知らない世界だ」と感じた。
クリスタリア家が以前イセガミ家と騒動を起こしたことや、その後クリスタリア家の跡取りでもあるネメシアが滞在していたことも聞いていたが、その妹君の話まではまだ聞いていなかった。
クリスタリアと言えば『法規の番人』の異名を持つ超名門の一族で、王国議会で代々議長を務める、まさに天上の存在だ。そんなエリシアと対等に口を利いているのを目の当たりにして、コメットはほんの少し寂しい気持ちになった。
(マモリ、本当にお嬢様になっちゃったんだね……)
実の所、イセガミ商事に入ってからコメットとマモリは以前ほど緊密に話が出来ていない。単純にコメットが仕事に忙しいこと、以前と違って同居していないことが主な理由で、むしろ最近はマモリの方が時間を見て自ら会いに来ることの方が多い状況だった。
彼女が幸せになり、よい環境で過ごすのはよいことだ。
しかし、平民の労働者であるコメットと雇用者の娘にして特権階級となったマモリの間には、見えない壁ができているように思えた。エリシアとマモリが談笑している光景を目の当たりにして、胸の奥に一抹の寂しさが芽生える。
(……お暇しちゃうかな)
もう、マモリは自分がいなくても大丈夫だ。
寂しいが、人の心は移ろうもの。
自分も寂寥感を振り払い、新たな環境で出会った人々との繋がりを模索しよう。
ひとりでに決意したコメットは立ち上がり、そして即座にマモリに腕を掴まれた。
「えっ? ど、どうしたのマモリ?」
「コメットのこと一杯紹介したいから、お屋敷に行こう?」
唐突な一言に戸惑っていると、エリシアもそれに乗ってくる。
「まぁ、実はわたくしも気になっておりましたの! 商売の基本はコメット様に習ったようなものだと以前からとても嬉しそうにお話しておられましたので! マモリのお友達ならば、わたくしともお友達ですわ?」
「あっと、えーと……」
戸惑うコメットは二人の顔を見やる。
マモリは自分の行動の何がおかしいのか分らずきょとんとした顔をしている。
一方のエリシアはにこにこ笑っているが、何だか少し引っかかる感じがした。気配の理由を思い出そうとした刹那、マモリがエリシアの方を見てまた首を傾げた。
「エリシア、なんでそんなににこにこしてるの? なんだかわたしの世話を焼いてくれてたときのコメットみたいな笑い方してる」
「なら、きっと同じ理由で笑っているのですよ」
そう言われ、ああ、とコメットは納得してしまった。
あれは多分、演技の笑いでも楽しい笑いでもなく、微笑ましいものを見たときに思わず浮かんでしまう笑い方なのだ。
それはエリシアから見てマモリとコメットが仲睦まじく見えたということだ。
コメットは自分が身を引くなどと考えていたことがマモリの意志を無視したものだと気付き、また、こんなにマモリが好いてくれているのに勝手に勘違いで縁を遠ざけようとした自分が恥ずかしくなり、彼女としては極めて珍しく赤面してしまった。
「コメット、照れてるの? ……可愛い」
「ちょ、やめてよマモリちゃん恥ずかしいじゃない!」
「コメットだって、やめてって言っても可愛い可愛いって言ってきたじゃない。今こそ復讐の時だよ」
「うわーんマモリの裏切り者ぉ~~!」
「ふふふ……」
慈しむような目で見守るエリシアの笑い声が余計に恥ずかしく、そしてもう開き直ろうと決めたコメットは言われるがままにマモリと手を繋いで屋敷に向かった。
――なお、その後コメットは「改めて娘を支えてくれたことに礼をしたい」とコイヒメ、タキジロウ両名に頭を下げられてわたわたしてマモリにも甘えられ、もっと照れまくるハメに陥るのだが……以降、彼女はマモリと接する際に身分の差をいちいち気にすることはなくなった。
翌日もまた、王都のどこかであの声が聞こえる。
「包丁なんてどれも同じ、そう思っていませんか!? 或いは良い包丁は高い、そう思っていませんか!? でも違うんです! 安くて良品、そんな夢のような包丁がイセガミ商事にはあるんです!! 商事独自のシステムでギリギリまでコストをカットし、更にはどんなお肉お魚お野菜も美しくカットして断面も美しい!! そんな夢の新商品こそがこちらぁっ!!」
扱う品は悉く良品、どんな相手でも物怖じしない。
伝説のマシンガンセールストークウーマン、コメット。
彼女は今日も商品を捌き、そして仕事が終わると親友と談笑するのである。




