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最強剣士、最底辺騎士団で奮戦中 ~オークを地の果てまで追い詰めて絶対に始末するだけの簡単?なお仕事です~  作者: 空戦型
断章 外対騎士団ユージュアリィ

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444.なおのこと猫まっしぐらです

 ショルツ・ジュノーンは困惑していた。


 罠設置やバリケード張り、偵察時の報告の速さなど様々な項目を争い白熱した戦いとなった『外対騎士団技術大会』の目玉、騎士同士の直接対決『模擬決闘』の代表の一人として、彼は第二部隊の威信を背負ってこの戦いに臨んでいた。


 安定した給金に惹かれてスカウトを受け、あの伝説の冒険者である『藍晶戦姫カイヤナイト』シアリーズの薫陶を――内容を思い返すと割と雑でスパルタだったが、冒険者の指導なんてあんなものだろう――受けたショルツは、大陸で駆け回っていた頃より強くなった自負がある。


 しかも今回は対戦相手が槍を苦手としているという噂を聞いたときは思わずガッツポーズをしてしまったほどだ。


 大陸で将来の収入を気にしていた中堅冒険者のショルツはいない。ここで勝利とともに騎士団内での序列を確実なものにし、幹部への昇格を狙う。ビバ定職、ビバ出世。ショルツの未来予想図は虹色だった。


 しかし、いざ対戦相手のアマルテアを前にすると、ショルツは頭が混乱した。

 ショルツ以外の大勢の人も混乱していた。

 対戦相手のアマルテアは、何故かネコミミと猫の尻尾を装着した謎の猫コスプレスタイルで出てきたのだ。


(なんだこれは??? わたしを惑わせるための高度な揺さぶりなのか? それとも趣味なのか?)

「にゃあ!」

(人語すら喋らない……???)


 美少女がネコミミと猫の尻尾をつけていればさぞ可愛らしく見えただろうが、アマルは別に美人という訳でもなければスタイルがいい訳でもないので、なんとも反応に困る。


(これは気を散らすための高度な戦略なのだろうか……いやしかし……いや……でも……)


 冷静に分析しようとしているようで、何も理由が思い浮かばず逆にドツボに嵌まっていくショルツ。アマルは非常に自信満々な顔をしているが、時折猫のように手で顔をこするような仕草を見せる。


 趣味か。

 趣味なのか。

 ショルツは対戦相手の奇行の理由をそう結論づけた。


(そもそも外対騎士団は前々から偏屈な変人の集まりだったと聞いたことがある。あれもそういうキャラなんだ……喋らない設定なんだ……)

「にゃー! あ、今のあんま似てなかったかな……んん、にゃお!」

(いや喋るんかい!!)

「ノリで尻尾までつけたけどちょっと邪魔だからやめよっと」

(やめるんかい!!)


 尻尾を取り外してぽいと控えのベンチに投げるアマルに、なら何故それをつけてきたのか、着脱可能だったのか、じゃあネコミミの方は何の意味があるのか……疑問が止まらない。ショルツは細かいことが気になって仕方ない性格だった。


 そんな二人を観客席から見つめるロザリンドは呆れたため息を漏らす。


(なんだか妙なところで猫作戦の効果が出ているようですが……大丈夫なのかしら)


 ここ数日、ロザリンドはアマルのやりたい訓練に延々と付き合った。

 猫になりたいという、叶える方法が謎すぎる訓練にだ。

 訓練内容はある意味熾烈を極めた。

 なにせロザリンドからすれば前代未聞、かつ到達点のビジョンがまったく思い浮かばない謎の訓練である。アマルを猫じゃらしでじゃらし、アマルと追いかけっこし、アマルとかくれんぼし、アマルと昼寝。定期的に猫を観察しにも行かされた。

 食事もやたら魚に拘っていたが、猫は別に魚が特別に好きな訳じゃないのではないかと思うも指摘しなかった。


(おかげで周囲にすっかり変な目で見られるようになるし……)


 具体的にはロザリンドにはアマルをペットにする願望があるとか、アマルはロザリンドのペットになりたい願望があるとか、互いのどぎつい性癖を組み合わせ始めたとか。噂した人物達にはヴァルナ直伝の太ももパーンキックをお見舞いしておいた。何故か喜び勇んで蹴られたがる人間もいたのでカルメの的役を任命しておいた。

 

 こないだなどロザリンドの個人的ファンだという少女に期待した目で大型犬用の首輪をプレゼントされた。これで何をやれというのだろうか、あの少女は。何故ロザリンドとアマルを交互にちらちら見て頬を赤らめていたのだろうか。ロザリンドは考えることをやめた。


 ともかく、アマルは猫として最高に仕上がっている。

 仕上がったら強くなるのかは謎だが仕上がっている。


 審判も困惑の色を隠せない表情だ。


「アマルちゃんは猫っていうより犬じゃない? 解釈不一致だわぁ……」


 別次元の困惑だった。

 ロザリンドはさっさと試合終わってくれないかなぁと思った。




 ◇ ◆




 アマルは考えた。

 猫になれば強くなれると。

 そこには理由も根拠も何もない。

 ただ、猫には自分に出来ない動きが出来るから、自分も猫のように動けるようになれば強くなれると思った。


 いわば、単なる思い込みだ。


 猫と化したアマルの前に、ショルツの槍が迫る。


「ビバ出世人生の為に、よく分からんが倒す!」


 模擬槍とはいえオーラを乗せた強烈な刺突は、直撃すれば下手をすると骨を砕くほどの威力。更にオークとの戦いで正確性に磨きがかかり、シアリーズの指導で鋭さを増したそれは、下手をすると将来の御前試合参加も見込める鋭さだ。


 第一部隊がおお、と感心し、第二部隊が色めき立つ。

 それに対してアマルはというと――。


「うにゃ」


 ふにゃりと体を曲げて槍を躱した。


(ばかめ、ふざけているのか!)


 ショルツは憤慨する。

 確かに彼女の回避は柔軟な動きだったが、戦いにおいては余りにも無駄の多い回避だ。無駄が多ければそれだけ追撃が容易になる。ふざけた女を叩きのめす為に、ショルツはすぐさま彼女めがけて槍を薙ぎ払った。

 

「ふにゃっ」

「何ッ!?」

 

 次の瞬間、アマルは間の抜けた声とともにその場から弾かれるように消えた。

 否、予想だにしない姿勢と角度から跳躍して射程外に逃れていた。

 一瞬唖然としたショルツだったが、すぐに気合いを入れ直す。


「逃げるな、このぉ!!」

「にゃっにゃっにゃっ」


 まるで嘲るような鳴き声とともにアマルはにゅるにゅると不可思議な動きで槍を避け続ける。通常のセオリーがまったく通じない未知の動きにショルツの頭は困惑で一杯になった。


(くそっ、まるで小動物みたいに捉えどころがない!!)


 大型の魔物はいくら狩れても、ネズミやリスのような小動物は思いのほか捕まえることが難しい。彼らは別に二足歩行に拘らないし武器も持たない。故に、人間のセオリーを無視した予想外の動きをする。


 のらりくらりと避けるアマルは、そもそも剣すら抜いていない。特に片手を、或いは両手を地面につけて駆けたり跳ねるかと思えば急に静止してこちらの様子を窺うような素振りも見せる。


 攻めてくれば倒せるのに、攻めてこない。

 苛立ちの余り、ショルツは怒鳴り散らす。


「これは真剣勝負だぞ!! 真面目に戦え、卑怯者!!」

「うみゃ?」

「なんだその何言ってんだコイツみたいなきょとんとした顔!! 脳みそまで猫になってるのか!?」


 まったく悪びれる様子もないどころか話を聞いているかも怪しいアマルに業を煮やしたショルツは恥も外面も投げ捨ててひたすら槍を連打した。リーチの長さではこちらが勝る以上、一刻も早く先に命中させて倒したい。


「アマルは何やってんだ?」

「まぁアマルだし仕方ない」

「アマルテアちゃん頑張れー!」

「ショルツのやつは何遊んでるんだ?」

「おら、フェミニスト気取ってないでとっとと倒せよ! それともそういうのが好みかぁ!?」


 とうとうショルツにまで野次が飛び始めたところで、ロザリンドがアマルに向けて叫ぶ。


「このおバカ!! 猫にばかりなりきってないでたまには人間に戻りなさい!?」

「うみゃ?」

「まさか本当に頭まで猫になりきってますの!? ああもう、今晩最高のお魚をご馳走してあげるから真面目に戦いなさい!!」

「……お魚っ!!」


 アマルの両目が猫のようにキラリと光った。

 人間も猫も食事の為なら戦える。

 直後、アマルは突如としてショルツの間合いに鋭く踏み込んだ。

 しかし、それはショルツには都合が良い動きだ。


「馬鹿め、目先の餌に釣られて功を焦ったか!!」

 

 受け流すにしても受け止めるにしても、槍と剣なら槍が有利。

 大地を踏みしめ、筋肉を躍動させ、ショルツは文句のつけようがない理想の一撃をアマルめがけて放つ。

 決まった――そう思った刹那、ショルツは驚愕する。


「晩ご飯のためならどっこいしょ!!」

「しまっ、槍を!?」


 アマルはまた猫のような予想外の柔軟さで槍を躱したかと思うと、中ほどで槍をがっちり抱え込んだのだ。それも、突きと引きの丁度中間に当たる理想的なタイミングでだ。慌てて振り払おうとするが、既に猫モードから人間の戦い方に戻っているアマルの足腰はしっかり地面を踏みしめており、動かせない。


 獣性と人間性のオンオフの切り替え。

 ショルツは、猫の動きに完全に翻弄されてしまった。

 アマルはそこで初めて剣を抜いてショルツの喉元に突きつける。

 誰がどう見ても、決着はついていた。


「そこまで、勝者アマルテア!!」

「うっしゃーーーー!!」


 先ほどまでの猫ムーブが嘘のようにアマルは高らかなガッツポーズを掲げる。

 ショルツの出世の夢は、予想だにしないおバカ剣士の魚を食べたいという欲に完全敗北した。

 その場でがっくりうなだれるショルツを見たアマルは、何を思ったか自分の頭に装着していた猫カチューシャを取り外してそっとショルツの頭に装着する。


「まぁまぁそう落ち込まずに。猫になってたまにはだらだらするといいよ」

「……バカにしてんのかお前ぇぇぇぇぇーーーーッ!!」


 最後まで翻弄され尽くしたショルツの慟哭が会場に響き渡る。

 ネコミミを装着したいい大人の男の大泣きなのでシュール極まりない。


 アマルは猫のように伸びをすると、ぱぁっと明るい顔で観客席に駆け出す。

 そこには、アマルの活躍を見るためにわざわざ王都までやってきた彼女の家族たちが笑顔で待ち受けている――筈だったのだが。


「みんなー見てたー!? お姉ちゃんのかっこいい勝利を……ってあり? なんでみんな顔そらしてるの?」

「お姉ちゃんの身内だと思われるのが恥ずかしいから」

「シッ、口きいちゃダメよ!」

「絶対に目を合わせんな。俺たちは他人、俺たちは他人」

「でもお姉ちゃん……」

「あれは人型の猫だから。わたしたちのお姉ちゃんは騎士であって猫ではないから人違い。試合中ににゃあにゃあ言ってふざけた動きはしないし、負かした相手に煽りのネコミミなんてつけない」

「……むぅ~~~~!! くぉら~~~!! お姉ちゃんを無視すんなぁ~~~!!」


 身内の恥とばかりに他人のふりという体を崩さない兄弟たちに業を煮やしたアマルは襲いかかって妹や弟を擽り、兄弟が悲鳴を上げ、そして忙しい中で駆けつけてくれた両親はそんな子供っぽさの抜けない長女に苦笑いしていた。


 ちなみにこのあと恋人紹介で連れてこられたエリムスを見て兄弟たちが「嘘だこんな人がうちのバカ姉ちゃんと付き合う訳がない!!」と叫ぶ事件でアマルはもう一度傷ついたり、食事を奢ってくれたロザリンドばかり感謝されて自分が感謝されないのにいじけてエリムスに慰められたりした。


「凄かったって、マジで。俺がやったら三回ぎっくり腰になるような凄い動きだった!」

「動きしか褒めてない~~~!! もっと褒めれ~~~~!!」

「ええっ、えーといや、俺ってば後で考え整理して詩にしたためるタイプの人だから急にそんなこと振られても……!!」

「じゃあいいや。詩とか分かんないし」

「急な興味喪失!? でもそんなアマルちゃんも好きなんだよぉ~……」


 相変わらずよく分からないところで噛み合っているアマルとエリムスに、兄弟達が辛辣な言葉を贈る。


「エリムスさんて顔はかっこいいけど相当変な人だよね」

「だよねー。アマル姉ちゃんのどこをどう見たら好きになんだろ?」

「女の人を選ぶセンスがないわね」

「ゴボッフゥ!? 子供達の言葉の刃が俺の心を千々に切り刻んでゆくぅ!?」


 もしアマルと結婚したら、自分はこの家族とやっていけるのだろうか――と不安になるエリムスとは対照的に、アマルは既に彼の膝の上で寝息を立てていた。


 こうしてアマルはよりパワーアップし、よりおバカさを広く周知されたのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >アマルちゃんは猫っていうより犬じゃない? 確かにアマルは猫と言うより犬…いや、でも気まぐれだし猫では… しかし、審判までコレとはね…ロザリンドのファンやエリムスと言い、謎の変人集積率で…
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